インターネットでつながる人々が共に楽しむオンラインゲーム。eスポーツとしても注目されるなか、WHO(世界保健機関)は生活に支障をきたすほどゲームに熱中する症状を「ゲーム障害」という新たな疾病として国際疾病分類に加える見通しです。その治療と対策を考えます。
「ゲーム障害」の詳しい実態はまだ把握されていないものの、その母体ともいえる「ネット依存」の傾向のある人は、日本全国に成人421万人、中高生52万人いると推計されています。
「ゲーム障害」治療の第一人者である久里浜医療センター院長の樋口進さんによれば、「ゲーム障害」の実態とは一般的に「ゲーム依存(症)」ともいえるものだと言います。
具体的には、下記4項目が12か月続く場合、ゲーム障害と診断されます。
●ゲームの使用を制御できない
●ゲームを最優先する
●問題が起きてもゲームを続ける
●ゲームにより個人や家庭、学習や仕事などに重大な問題が生じている
しかし樋口さんによれば小中学生などの場合、ゲームを始めて3~4か月でも深刻な状況となるケースがあることも多いと言います。このため、重症の場合は12か月未満でも診断できるとされています。
ゲーム障害による問題点として、「朝起床できない(76%)」「物にあたる・壊す(51%)」といったことが挙げられます(昨年、樋口さんらが新患120人を対象にゲーム障害の実態を調査<重複回答>)。さらに「昼夜逆転(60%)」は社会からの隔絶にもつながると懸念されています。
ネット依存・ゲーム依存に対する悩み相談や啓発活動を行う団体、エンジェルズアイズ代表の遠藤美季さんは、15年程前からネット依存の若者たちの相談を受けてきました。近年、状況の変化を感じているという遠藤さんは、年齢層・性別ともに裾野が広がってきていると言います。
「近年、環境が大きく変わったことで、2歳の子どもにスマホのゲームをやめさせるのが大変だという相談や、お母さんがゲームにハマっちゃって自分のご飯を作ってくれないというお子さんからの相談もあったりします。」(遠藤さん)
医師の樋口さんは、逃避や引きこもりの結果としてゲーム障害となる場合と、逆にゲーム障害の結果として引きこもってしまう場合の2パターンがあると言います。どちらのケースも、現実からの逃避が大きな要因になっていると指摘します。
かつて重度のゲーム依存に苦しみ、今も治療中だという江上敬一さん。
ゲームに依存するようになったきっかけは、社会のなかで居場所を失ったことでした。
35歳のとき、江上さんは飲酒運転で自衛隊の職を失いました。その後リーマンショックのあおりを受け、当時40代半ばだった江上さんは路上生活を始めることに。眠るために訪れたネットカフェで出会ったのが、オンラインゲーム(戦艦を操作しての海戦ゲーム)でした。1人で5隻もの戦艦を撃沈するなど「上手」であったことが、さらに拍車をかけていきました。
現実世界では必要とされていないが、オンラインゲームの世界でなら必要とされているという感覚になり、路上で雑誌を売って稼いだお金もすべてゲームにつぎ込んでいった江上さん。ゲーム漬けの日々は4年に及びました。
当時、心身にはどのような変化が起こっていたのでしょうか。江上さんは次のように振り返ります。
「すべてがゲーム中心で生活してるんで、他のことは一切目に入らない。ご飯食べることもお風呂に入ることすらやめていました。」(江上さん)
オンラインゲームはとくに依存リスクが高いと言われています。
その理由として挙げられるのは、次のような特徴です。
①常にアップデートされて終わりがない
②「ガチャ」のような課金システム
さらに、樋口さんがもう1つの大きな要素として指摘するのが、「向こうに生身の人間がいる」ということです。江上さんのケースでも、人から褒められることが事態に拍車をかけていました。
また樋口さんは、ゲーム障害が深刻化すると、実際に韓国で死亡例もあるエコノミークラス症候群などの健康問題が懸念されると指摘。しかし、最も深刻なのは、自らの状況の深刻さを認識し、自分を追い詰めていった結果、「自殺」に追い込まれていくケースです。
「自分死んじゃった方がいいんじゃないかなって思う人も結構いる。自殺の方に走ってしまうケースも実際にある。」(樋口さん)
ではどのような治療や対策が必要なのでしょうか。
江上さんは昨年、生活困窮者の支援団体に勧められて精神科の病院を受診。ゲーム依存から抜け出すための方法は、意外にも、1年後の「未来」を具体的に思い描くことで、いまの生活を見直そうというものでした。
江上さんの通うゆうりんクリニックの精神科医、森川すいめいさんは次のように説明します。
「すこぶる順調な未来を1回想像するということをするんですね。状況は何も変わっていないんですけど、未来が見えて、そうするとここに向かうために具体的に何をしようかと話したんですね」(森川さん)
1年前、江上さんが医師とともに作った未来の計画表には、「ネットカフェに行っても連泊はしない。」といった決意が綴られていました。
未来語りをした半年後、江上さんは生活困窮者の支援団体が経営するカフェで仕事を始めました。
昔からコーヒーが好きという江上さん。現実世界では必要とされていないと諦めていた江上さんとは違う姿がありました。
「おいしいコーヒー淹れるにはどうするか毎日家に帰って試したり。みんなから称賛されるようなことを現実の世界でやっていきたいな」(江上さん)
現在、週に一度、作業療法士や看護師が江上さんを訪れています。日常生活に人との触れ合いを作る精神治療です。日常の悩みを話せる存在が心の支えになると言います。
「もしそういうのがまったくなかったら、以前のようにネットカフェの生活に戻ってしまうっていうのがあります。」(江上さん)
ゲーム障害からの脱却のために大切なことは何か。
それは「自覚」だった、と言う江上さん。「自覚」に至ったきっかけは、周囲からの指摘でした。ただ、「誰に指摘されるのか」というのもまた重要なポイントになるのではないか、と感じているそうです。
「周りから言われるんですよね。君はちょっとゲームやり過ぎでおかしい、それは病気だよって。とくに職場の同僚とかに言われると、あ、そうなのか、って。家族からだと反発するかもしれません。」(江上さん)
医師の樋口さんも、江上さんの意見に同意します。
「家族の指摘だと甘えや反発があって、なかなか建設的な議論が前に進まないですよね。だから第三者に入ってもらうのはいいと思います。」(樋口さん)
実際に当人への接し方に悩む家族からの声が寄せられました。
「高校生の息子がゲーム中毒です。注意してもその行為自体を『やっていない』と嘘をつきます。家族の意見は一切聞かず、どうしたらいいか分かりません」(五月さん・女性・40代)
樋口さんは、「嘘をつくのは依存の特徴である」と指摘しながら、家族から言葉がけやアプローチをする上で大切なのは、「あまり批判的にならず、子どもの言うことに耳を傾けること」だと言います。
さらに、実際に病院で治療を受ける際にポイントとなるのが以下の4点です。
・自分の問題を理解してもらう
・「断ゲーム」「減ゲーム」を決断してもらう
・それを実行に移してもらう
・その行動を支援する
そして、最も重要なこととして樋口さんが指摘するのは、「(途中で)治療から脱落するのを防ぐ」ことです。通院を続けている限り、たとえゆっくりでも改善の可能性があるからです。
ゲームのやり過ぎが、はたして病気といえるのか…。そう感じる人も多いと思います。
でも、「ゲーム障害」は本人の自覚がないままはまっていくのが特徴であり、深刻な点だと指摘されています。今、大丈夫と思っていても「予備軍」の可能性があるかもしれません。
悩んでいる当事者やご家族は、ぜひ医療機関・支援団体に相談してみてください。全国の精神保健福祉センターや保健所でも、依存症を診療する医療機関を紹介しています。
※この記事は2018年05月30日(火)放送のハートネットTV シリーズ ゲーム障害 第2回「LIVE相談 治療と対策」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。