沢山のアンデッドに帝都は阿鼻叫喚!
そして再びデスナイトを召喚してしまうモモンガさん!
「オオオァァァアアアアアアーーー!!」
地が割れ、建物が揺らぎ、空気が震える。
人々の慟哭すらかき消すように
その内の一体の
たまたまその場に居合わせたイビルアイの背に冷たいものが走る。
(ま、まさか、逃げ遅れた人々を直接その手で嬲る気か…!)
低位のアンデッドに人々を襲わせていながらも、この強大なアンデッド自らが狩りに来るという残忍さに恐怖と共に嫌悪感を覚えるイビルアイ。
(いや、王都と同じように帝都を血の海にするつもりなら当然か…! なるほど、低位のアンデッド共は人々を逃がさぬ為の壁…! な、なんという奴だ…! 王都での経験を確実に生かしている…! 王都は血の海に染まったものの、多くの民衆は逃げる事に成功した。だが、今度は王都のようにいかぬと…、帝都では人々を漏らさず殺すという事か…!)
憎しみと共にかつて対峙したアンデッドを思い起こすイビルアイ。
蒼の薔薇全員の総攻撃を受けてなお平然とし、たった一つの魔法で"国堕とし"たるイビルアイを戦闘不能にまで追い込んだ恐るべき
仕舞には、伝説とまで呼ばれ一体でアダマンタイト級冒険者チームにすら匹敵する強さのアンデッドを十体以上も使役するという馬鹿げた離れ業までやってみせた。
(やはり私だけでは無理か…)
世界の危機とも呼ばれた200年前の戦い、十三英雄と轡を並べ魔神と戦った時でさえこのような絶望的な気持ちは抱かなかった。
信頼できる強さを持つ仲間が複数いた事もあるだろうが、なにより魔神の一体を単体で倒す事にイビルアイは成功しているのだ。
だが今度の相手はとてもではないが単体で勝てるビジョンが見えない。
それは蒼の薔薇の仲間がいても変わらないだろう。
だからこそ、仲間である彼女達を置いてまでイビルアイは単身で飛び出したのだ。
(魔神をも超える強大な存在…、竜王級の力を持つということか…!)
イビルアイの知る中でも最強の存在である竜王達。強さに差はあれど、竜王と呼ばれる者達はいずれも強大な力を有している。アダマンタイト級の冒険者がいくら集まろうと手も足も出ないだろう。
それほどの領域にあのアンデッドはいるのだ。
イビルアイ一人ではどうにも出来ない。
ならばどうする? 逃げるべきだろうか。
否。
相手がどれだけ強大であろうと悪から逃げる訳にはいかない。
十三英雄の仲間達と旅をした時からその想いは変わらないままだ。
もちろんただで死ぬつもりなど毛頭ない。
一つだけイビルアイにも勝機はあると考えている。
超接近戦に持ち込み、命と引き換えに肉弾戦で倒す。
原始的で作戦もくそもない方法だが
だからこそ、ここでその眷属たる伝説のアンデッドと事を構え消耗する訳にはいかない。本来ならばここでの事は見なかった事にし、元凶たる例のアンデッドを探し出し叩くのがベストだ。
なのだが。
もしイビルアイがそれほどに利口であったなら、きっと今までも苦労はしなかっただろう。
「やめろ貴様ぁぁ!!」
大地を蹴り、イビルアイが飛び出す。
疾走する
魔法を撃つ時間が無かった為、このような形でしか方法が無かった。
どこまでも愚かで、滑稽。
分が悪いと知っていながら、その選択肢の先には未来が無いと理解していながら――
目の前の人々を見殺しにする事などイビルアイには出来なかったのだ。
「オォォォオオオ!」
「ぐぅぅうう! い、行かせるかぁ…!」
正面から組み合い、微動だにしない二者。
イビルアイにとっては悪手も悪手。
元凶を潰さねば解決はしないのに。
仮にここで
ならばやはり見殺しにするべきなのか。
今すぐに元凶を探しに行くべきなのか。
恐らくそれが最善なのだろう。
だがそれはきっと正義じゃない。
彼女の、蒼の薔薇の求める正義はそこにはない。
イビルアイの背の向こうでは逃げ遅れた人々が絶望に染まり、悲しみに打ち震えている。
それを見て何もしないなど出来る筈がない。
これを放置する事が正義である筈がない。
正義であっていい筈がないのだ。
大局的に見れば愚かとしか言いようがない行為。
だがもしそれが愚かと呼ばれるならば、正義の味方とは愚か者の代名詞なのだろう。
ならば200年前からずっと変わっていない。
今もイビルアイは愚か者のままだ。
「《クリスタルランス/水晶騎士槍》!」
わずかな隙を見つけ魔法を詠唱するイビルアイ。
その頭上に透き通った氷のような槍が形成される。
大地系の宝石特化から、さらに水晶に限定して強化したという極端すぎる魔法。
だがそれ故に
強さならば英雄、逸脱者の領域をも超えるイビルアイの最大最高の一撃。
「喰らえ!」
それが
「オォォォオオオオ!」
だがイビルアイの顔にあるのは焦燥。
(やはりか…! アンデッド、特に骨で構成されるスケルトン系には効果が薄い…!)
体を貫通し風穴を空けたとしても生者と違いアンデッドに効果は薄い。しかも相手が骨であるならば余計にだ。
効率で考えれば《ドラゴン・ライトニング/龍電》を放つべき場面だが密着している状態では自分にも被害が出る為に撃つ事が出来ない。
効果が薄いと判断しながらもここは物理的な《クリスタルランス/水晶騎士槍》を放つしかなかったのだ。
(くそ…! 効果が薄い以前にこいつ…、なんて固さだ…! 私の魔法を受けて数本の骨が折れるかヒビが入る程度だと…! 相性の悪さを考慮しても固すぎる…!)
単純な攻撃力においてはイビルアイと同等に近い
純粋なレベルで比べるならばイビルアイの方が上だが、戦士系である吸血鬼に加え
とはいえ、一対一ならばイビルアイの方が強い。
時間はかかるだろうが万全の状態でイビルアイが負ける事はないだろう。万全ならば。
「く、ぅうぅううぅぅ…!!!」
ダメージを受けてなお
イビルアイは
力は互角に近いが、体勢や質量はそうではない。
次第にバランスの悪さや重さに負けイビルアイの身体が少しづつ押し込まれ後退していく。
「ぐっ、くそっ…! 逃げろ、早く逃げるんだっ!」
背の向こうの人々へとイビルアイが叫ぶがそれは叶わない。彼等の周囲には有象無象のアンデッドが跋扈している。
イビルアイを悲壮感が襲う。
結局自分は何も出来なかった。
目の前の人々を見殺しに出来ず、悪手と思える選択肢さえ取った。
それでも誰も救えない。
ふと絶望に染まるイビルアイの視界の端に新たに動く物が映った。
それは絶望を超える絶望。
もう一体の、
一体でさえ強敵なのにも関わらず、それがもう一体。
突如として現れイビルアイの後方にいる逃げ遅れた人々へと向かって疾走してくる。
「や、やめろ…、やめてくれ…!」
イビルアイは現在、目の前の
これから巻き起こされる蹂躙に怯え、ただ叫ぶしかない。
「こ、殺される…! 皆殺されてしまう…! た、頼む、逃げてくれっ…! 逃げてくれぇぇええ!!!」
それが無理な事は誰よりもイビルアイが知っている。
無数のアンデッドに囲まれ泣き叫ぶ人々。
逃げる事など出来る筈がない。
だからこそ彼等を助けに間に入ったのだから。
しかしもう彼等は助からない。
それでもなお叫ばずにはいられない。
その人々の命が散った時、きっとイビルアイの心は折れるだろう。
自分の無力を嘆き、悲観する。
王都での蹂躙を許し、さらに帝都での蹂躙さえ許してしまえば自分の存在意義は何だったのだろうかと苦悩する事になるだろう。
正義の心は打ち砕かれ、抗う意思さえ消え果て、死んだように茫然と人々の死を見届ける事しか出来ない。
残酷な世の中を受け入れ、神を呪う。
世界とはそういうものなのだと諦めるしかないのだ。
もう無数のアンデッド達と人々との距離は無くなっている。
その手が彼等に触れ、命を奪おうとした刹那――
無数のアンデッド達が爆発したように吹き飛んだ。
目の前の光景が理解出来なかった。
だが、見たものは見たまま受け入れるしかない。
駆け付けた
次に
「オオオァァァアアアアアアーーー!!」
恐るべき悪意と暴力。
さらに
あちらこちらにアンデッドの肉片や骨片が飛び散り、建物の壁には直撃したアンデッドの衝撃でヒビが入る。四肢が千切れてもなお地面を這っていたアンデッドは足で踏み砕かれ、その箇所は地割れでも起きたかのように蜘蛛の巣状に割れる。
無数のアンデッドを蹂躙し、黒い残像を残しながら目にも止まらぬ速さで人々の間を駆け抜ける
すでに人々とアンデッド達が入り乱れ始めているにも関わらず、人々には傷一つ付けずにアンデッドのみを正確かつ確実に次々と屠っていく。
しかし何が起きているのかわからぬ人々は黒き暴風に怯え、一様に頭を押さえ地に伏し慈悲を請う。
頭上を飛び交う轟音にただただ震えながら。
少しの時間が経った後、不意に訪れた一時の静寂を訝しみ恐る恐る人々が顔を上げる。そして、視界に映る惨状を前に誰もが恐怖に耐えかね絶叫した。
この場にいた無数のアンデッド達は全て動かぬ骸と化していた、しかし。
むせ返る腐肉のただれた匂い。
黒く腐った血に染まる街並み。
その中心に君臨するは死を齎す絶対者。
ここは本当に自分達の見慣れた帝都なのだろうかと誰もが疑問を抱く。
それほどに凄惨で受け入れ難い景色だった。
仮に地獄の入り口だと言われても誰も否定しないだろう。
次にその絶対者によって自分達へ死の刃が振り下ろされるだと誰もが確信した。
しかしそうはならなかった。
肝心の
イビルアイと組み合っていた
残された人々が安堵の前に抱いたのは困惑と空虚。
「ま、まてっ……!」
思わず手を伸ばし声を上げるイビルアイだが
一瞬の事で何が起きたのか理解出来ない。
なぜアンデッドがアンデッドを狩っているのか。
どうして自分には攻撃を仕掛けなかったのか。
それどころか目的だと思われていた人々には手を出さず、まるで助けるように。
「な、何が…、何が起きているんだ…? お、お前の目的は何なんだ…? 一体何をしようとしているんだ…?」
両膝を地に着き、放心したままイビルアイは虚空へと語り掛ける。
王国を滅ぼしたあのアンデッドの目的がまるで見えない。
やっている事がチグハグだ。
だがそれでも一つ分かった事がある。
今、この帝都で理解の及ばない何かが起きている事だけは確かだ。
◇
「こ、これは…? 何が起きてるの…?」
「な、なんだ…。ま、まさかアンデッド同士で仲間割れ…?」
皇城から飛び出したレイナースとナザミが目撃したのは異様な光景だった。
複数のアンデッドに民衆が襲われていると報告を受け外に出てきたものの、もう彼等の出番は無さそうだった。
目の前の広場では強大なアンデッドが無数のアンデッドを刈り取っていた。
人々に被害は出ていないようで、その隙に兵士達が順調に民衆を逃がしていた。
「そこのあなた! これは一体どういうことなの!?」
近くにいた兵士にレイナースが詰め寄る。
「こ、これはレイナース様! それがわからないのです! た、ただあのアンデッドはなぜか我々には攻撃して来ないのでその隙に民衆の避難をと…」
「訳が分からないわ…」
困惑するレイナースに対してナザミが嬉しそうに声を上げる。
「これはチャンスですよ! 敵同士が仲間割れしている間に兵を集め、あのアンデッドに総攻撃をかければ…!」
「やめておくんじゃな」
後ろからナザミを制止する声がかかる。
「あ、フ、フールーダ様!」
そこにいたのはフールーダ。
ナザミの横まで来ると目の前で暴れるアンデッドを見ながら口を開く。その瞳には少年のような輝きがあった。
「あれは
「デ、
「あの動き…、素晴らしい…。私が戦った野生の
長い独り言を言い終えた後、急にフールーダがどこかへと駆けだしていく。
「ああっ! フールーダ様どちらに!? お待ちを!」
すぐにナザミがその後ろを追っていく。
一人その場に残されたレイナースは静かに二人を見送る。
広場の方へ再び目をやると広場にいた無数のアンデッド達はすでに
その後は民衆に被害を出す事なくどこかへと走り去っていく。
「あれが
だがここで走り去る前のフールーダの言葉が脳内で反芻される。
『かの御仁は確実に私より高みにいる
その言葉はレイナースの心を揺り動かすには十分だった。
世界でも最高峰とも呼べる大賢者フールーダを超える
しばらく熟考した後、誰にも聞こえぬほど小さな声でレイナースはポツリと呟いた。
「もし敵対することになったら申し訳ありませんわね、陛下」
そしてレイナースは姿を消した。
◇
「カジット様! 大変です! 何者かにアンデッド達が襲われているようです! 他の弟子達とは次々と連絡が取れなくなっております…!」
アンデッドの大群の最後尾にいるカジットの元へ弟子の1人が駆け寄る。
「な、なんだと! 何が起こってる!? 先ほどの咆哮と関係があるのか!?」
「わ、わかりません! しかし無関係とはとても…」
「くっ…!」
自分の計画が崩れていくのを苦々しく思うカジット。
大量のアンデッドを動員したにも関わらず一向に負のエネルギーが集まらない。つまりはこの帝都でほとんど誰も死んでいないという事を意味している。
いくら帝国兵が善戦したとしても死者がこれだけ出ないというのはおかしい。
「まずいぞ…! 負のエネルギーが全く集まらないとは計算外だ…! このままでは盟主達が来るまでもたんぞ…!」
500という数は帝都を襲うには少ない。
帝都の兵に対して物量で遥かに劣るのでいつかは殲滅されるだろう。
だがそれまでにいくらか死者が出れば話は変わる。アンデッドの数が減ろうとも負のエネルギーさえ集まれば、再び新たなアンデッドを使役できるようになるので長期戦に持ち込める。
しかしこのままではそうはいかない。負のエネルギーが集まらなければ時間稼ぎすら危うくなってくる。
「仕方ない…! クレマンティーヌを呼び出し…、ん?」
カジットの視界に巨大な影が映った。
その影はカジットの前方にいる数十体のアンデッドを赤子のように蹴散らしていく。
「な、何者だ…?」
「オオオァァァアアアアアアーーー!!」
全てを切り裂くような咆哮を上げながら
沢山いたアンデッドの大群が軽い木の棒か何かのように簡単に吹き飛び粉砕されていく。
「ま、まさか
何が起きているのかぼんやりだが理解が追いついたカジット。
目の前の
間違いない、王都を襲ったあのアンデッドが今この瞬間、帝都を襲っているのだと。
「は、ははは…! まさか偶然にもタイミングが被ってしまったというのか…? だ、だがそれなら共に帝都を死の都へと変えようではないか…! 我々は味方だ! 攻撃をやめてくれ!」
だが
ひたすら無数のアンデッドを黙々と屠っていく。
「くぅっ…! 術者がいなければ話が通じないか…! 何という事だ…! すぐに探し出し伝えねば…! 我々は味方だと!」
しかしカジットの願いが叶う暇も無く、この場にいた無数のアンデッド達は瞬く間に全滅した。
後に残されているのはカジット本人と一人の弟子、そして切り札のスケリトルドラゴンだけだ。
「オォォオオオオ…!」
敵意を剥き出しにしながら
彼は今、創造主から先ほど下された新たな命令を遂行しようとしていた。
「うっ…」
カジットは悟る。
なぜかは分からないがこの
謎のアンデッドと話そうにもここを切り抜けねば未来は無い。
「構えろ! やるぞ!」
弟子へと声をかけ戦闘態勢に入るカジット。
即座に隠し玉である二体のスケリトルドラゴンを召喚し盾にすると魔法を詠唱する。
「やられはせん…! やられはせんぞ…! 儂はこんな所で…、こんな所でぇぇぇ!」
召喚された二体のスケリトルドラゴンが
スケリトルドラゴン。
レベルにして16程とこの世界においてもそこまで突出した強さではない。魔法の無効化という強力な特殊能力を持つものの、上位の冒険者であれば十分に対処が可能だ。
とはいえこのスケリトルドラゴンはカジットの各種魔法によって強化、支援されており野生のものより強力である。カジットがこの二体のスケリトルドラゴンを率いて戦えばアダマンタイト級の冒険者チームすら壊滅させられるだろう。それ程の強さ。
なのにも関わらず、目の前の
さらにはカジットと弟子が魔法を撃っても大きなダメージを受けていないのだ。何十、何百と撃たなければ倒すのは不可能だろう。
であれば後はスケリトルドラゴンの奮闘に期待するしかないのだが。
「オオオォォォーー!!」
するとその巨体がいとも簡単に吹き飛んだ。
遅れて、ズスンと地面が揺れるような衝撃が広がった。
周囲には砕けた骨の数々が散っており、その威力の高さを物語っている。
次に
すると力任せに振り上げその巨体をぶん回す。
「な、なんだとっ…!」
十メートルをゆうに超えるスケリトルドラゴンの巨体が簡単に宙に浮き振り回されているのは悪い冗談か何かのようだ。必死に抜け出そうともがくスケリトルドラゴンだが
次々と壁が粉砕され巨大な土埃を上げる。
それが何度か繰り返され周囲が瓦礫の山となった頃、手に持ったスケリトルドラゴンは粉々になっていた。
次に最初に殴りつけたスケリトルドラゴンの元へと向かう
未だダメージが残るのか、起き上がれないスケリトルドラゴンの前まで行くと再び拳を振り下ろす。
何度も、何度も、何度も。
叩きつけられた拳で小さなクレーターのような物が出来上がる頃にはそのスケリトルドラゴンは塵と化していた。
「ひっ、ひぃぃぃいっ!」
カジットの弟子が恐怖に耐えかね逃げ出す。
強化された状態のスケリトルドラゴン二体があっという間に屠られた。
とてもではないが自分達の手に負える相手ではないと判断したのだ。
だが弟子が逃げた先からもう一体の
「あ、あわわわわわ!」
それを見て弟子が腰を抜かしたのは逃げられなかったからではない。
その
他の
いずれもがその手にカジットの弟子達を抱えていた。
「な…、あ…? ど、どういうことだ…?」
何が起きているのか理解できないカジット。
だが少なくとも、目の前の
問題はなぜこうなっているかだが――
「よくやった
集まった12体の
◇
短時間で帝都のアンデッドを殲滅していく
当然、その者達を連れてこいと新たに命令を下した。
そして最後の一体からはその首謀者らしき人物を発見したと報告を受け、モモンガはそこへと向かう事にした。
その
「よくやった
「お、お待ちください! な、なぜ我々を攻撃なさるのですか! わ、我々は貴方様の味方です! 貴方様同様この都市に死を齎そうと…」
「黙れ」
一言で鼓動が止まるかと錯覚する程の威圧感。
怒りを隠そうともしないモモンガのその気配にカジットの額から大量の汗が噴き出る。
まるで直接心臓を握られているのではないかと感じる程の圧力がそこにあった。
「この都市に死を齎すだと…? よく臆面も無くそのような事が言えるな…! アンデッドに罪も無い人々を襲わせるなど言語道断…! 到底許せるものでは無い…!」
憤怒に支配されたモモンガが呪いのような言葉を吐く。
「お前達のような奴がいるから…」
「ひぃっ…」
その殺意を受け、初めてカジットが擦れた悲鳴のようなものを上げた。
自分がどれだけ絶対絶命なのか理解したからだ。
この局面に至って無意識に口から零れ出たのは紛う事無き本音。
カジットを構成する全て。
「わ、儂はこんな所で死ぬ訳にはいかん…! 儂は自分の過ちを正す為…、その為だけに生きてきたのだ…! あらゆる欲望を捨てて、それだけの為に…! 何年も、何十年も…!」
言葉と共に何度もカジットが魔法を放つ。
だがその全てはモモンガにダメージを与えるには至らない。
「満足か…?」
「わ、儂はただ…! 儂はただお母さんに…!」
カジットの魔法の嵐の中、モモンガがゆっくりと手を上げる。
その手はカジットへと向けられていた。
それを見て恐怖に竦み、立ち尽くすカジット。
恐らくもう自分は助からないのだと理解する。
「お待ち下さいモモンガさん」
後ろに控えていたデイバーノックが慌てて前まで出て来てモモンガを制止する。
「なぜ止めるんですかデイバーノックさん、こんな奴…」
「そうかもしれません。しかしまだ聞くべき事が残っています。なぜこんな事をしたのか、そして例の生贄を必要とする邪教集団と何か関係があるのか等…」
「なるほど…」
デイバーノックの言葉を受け、冷静さを取り戻すモモンガ。
「ここは私にお任せください」
そう言って立ち尽くすカジットの元へと歩み寄るデイバーノック。
「まず最初に聞いておこう。なぜこんな事を?」
もはや嘘も何も通用しないと観念し、カジットは正直に吐露する。
「わ、儂は、儂はただお母さんを生き返らす為に…。それを可能にする為には既存の蘇生魔法ではなく新たな魔法を開発する必要が…。だがその為には人の身ではとても足りない…。だからアンデッドとなり悠久の時を…。その為には膨大な死のエネルギーが必要で…」
たどたどしく断片的に語るカジットだがデイバーノックは内容を理解しているようだった。
「ふむ…。幸いこの帝都でまだ死者は出ていない。事の次第ではお前の命をモモンガさんに嘆願してやってもいい。だから正直に答えろ。次に聞きたいのは帝都で行われていた人身売買だ。心当たりは? 金で子供を買い、生贄とする邪教集団とはお前達の事か…?」
その事を問われカジットの背がビクンと跳ねた。
「当たりか」
仮面の奥でデイバーノックの瞳の炎が揺れた。
「その子供達の中に私達の探している子がいる。意味は分かるな? どこにいる? まだ無事か?」
その問いでカジットの顔面が蒼白になり全身が震える。
すぐにデイバーノックはそれが何を意味しているのか察した。
「まさか、すでに…? な、なんということだ…!」
途端にデイバーノックからもモモンガ同様強い殺気が放たれる。
カジットは自分達が手を出してはいけない人物に手を出してしまっていたのだと思い知る事になる。
誰が予想できようか。
借金塗れの没落した貴族の子供が、世界を揺るがすような力を持つアンデッドと繋がりがある等と。
「場所を言え…! そこに子供達の死体があったら…」
デイバーノックが強い怒気を孕み、カジットを威嚇する。
それに怯えながらもカジットにはその場所を言う事が出来ない。
なぜなら例の儀式はすでに完了している。
つまり、子供達は全員死んでいるということだ。
そこへ案内すれば自分に待っているのは終わりだけ。
「……」
「どうしたなぜ言わない」
沈黙を続けるカジットに対してさらに問い詰めるデイバーノック。
だが返答は無い。
「答えられないという事か、それとも知らないのか? ふむ、他に仲間は? お前がここにいるという事は他に儀式を取り仕切る者がいるのか? どうなんだ? まさかそれすらも知らないという事はあるまい?」
その問いの間もデイバーノックの後ろにいるモモンガの殺気は見る見ると膨れ上がっていく。
これ以上の沈黙は死を意味すると悟り、観念して口を開くカジット。
「ク、クレマンティーヌという仲間がおります…。金髪で猫のような目が特徴的な女です…。その者が儀式を取り仕切っております…。そ、その場所までは私は…」
クレマンティーヌを売るような形になってしまったがこれしか道はない。
少なくとも場所は知らないとシラを切る事でなんとか時間を稼ごうと考えるカジット。
「金髪で猫のような目…? モモンガさん! 帝都の広場でモモンガさんとぶつかった女では!?」
「あぁっ!」
モモンガとぶつかり罵声を浴びせていった女。
今日の昼間の事だ、忘れる筈が無い。
「し、しかしどうしましょうか…。人物は分かっても場所が分からなければ…」
困ったというような声を上げるデイバーノックだがモモンガはそうではない。
「いいえ、朗報ですよデイバーノックさん。対象が分かり、その持ち物を持っていれば問題ありません」
そう言ってモモンガが懐から出したのは冒険者のプレート。
モモンガとぶつかった際にその女が落としていったものだ。
「まさかこれが役に立つときが来るとは…。親切心で拾っていた事に救われたな…。おい、そこのハゲ頭。帝都の地図はあるか? 持っているなら出せ」
「は、はいっ…!」
促されるまま持っていた帝都の地図をモモンガへと差し出すカジット。
それを受け取ると無造作に広げ、魔法の詠唱を始めるモモンガ。
「《フェイクカバー/偽りの情報》、《カウンター・ディテクト/探知対策》」
その後もいくつもの魔法を唱えていくモモンガ。
魔法を唱えながらも横にいるデイバーノックに講師のように魔法の効果、目的を教えていく。
その説明に気付けば横にいたカジットも自然と聞き入っていた。
「以上です。本来ならばスキルによる強化や対策までするのが基本ですが今は時間が惜しいですからね。ここまでで十分でしょう」
「な、なるほど!」
興奮を隠せない様子のデイバーノックを他所に、最後の魔法をモモンガが発動する。
「《ロケート・オブジェクト/物体発見》」
そしてその指で地図の一点を指す。
「ここか、墓地ですね。うん? このすぐ奥じゃないか。おいハゲ頭、知らないというのは嘘か?」
仮面越しにモモンガの鋭い視線がカジットへと突き刺さる。
たまらず顔を伏せるカジット。
「まぁいい…。問題は子供達が生きているかどうかだ。もし死んでいたら…、貴様には絶対の死が待ち受けていると知れ…」
目の前が真っ暗になるカジット。
場所を漏らしはしなかったものの、あっという間にその場所が割れてしまった。
自分はもちろん、クレマンティーヌも間違いなく殺されるだろう。
「お、お待ちを…。あの女は…、クレマンティーヌは命令を受け、仕方なく…!」
「命令を受け仕方なく、か…。知っているよ」
「へ…?」
呆けるカジットの前でモモンガは思い出していた。
昼間あの女は立ち去る間際ブツブツと小さく独り言をつぶやいていた。
自分も会社にいた時に上司の無茶な命令を断れない辛さは知っており、その点では同情できる。
とはいえそれにも限度がある。
いくらなんでも人を殺しておいて命令でしたすみませんでは済まない。
その女にも相応のものを支払って貰う必要がある。
「半分の
「はい!」
◇
帝都の墓場にある霊廟、その地下。
広い空洞の部屋の中では二十人程の男女が儀式を行っている。
純真無垢な十個もの魂を捧げ終わり、今はただひたすら邪神へと祈りを捧げている最中だ。
それに変化が起きたのは魂を捧げてからしばらく経った時。
地上から地下までをも震わす程の咆哮が轟いた時だ。
「な、なんだこれは!?」
「じゃ、邪神様じゃ! 邪神様が降臨なされたのじゃ!」
「我々の祈りが通じたのか!」
「あぁ邪神様! 邪神様!」
あっという間にこの空間は異様な熱気で支配されていく。
それを冷ややかに見ているのはクレマンティーヌただ一人。
(んなわけねぇだろバカ共が…。しかしこれはカジっちゃんが使役するアンデッドとも違うみたいだし盟主がやったのかな? なんだ、思ったより早いじゃん。心配する必要なんてなかったのかも…)
そう考えホッと胸を撫で下ろすクレマンティーヌだが、それが間違っていたと知る事になる。
信者共が熱狂している間、その恐ろしい咆哮は何度も続く。
どれだけの時間続いただろう。
短いと言えば短いが、長い間続いていたような気さえする。
やがてその咆哮が止み、静寂が訪れたかと思った瞬間――
轟音と共に激しく地下が揺れた。
「な、なんじゃ!?」
「何が起きた!?」
膝立ちすら出来ないような揺れに信者の全員が地に伏す。
祭壇の上の物が崩れ、壁にかけていたタペストリーなどは外れ地に落ちる。
何が起きたのかと誰もが混乱する最中、何か巨大なものがこちらへと向かってくる足音が響く。
先ほどの轟音はこの霊廟の地下への入り口を力尽くで開けたのだと誰もが理解した。
恐ろしい何かがこちらへ向かって来ていると誰もが感じでいた。
その足音が部屋の前まで来ると扉が粉砕され、一体のアンデッドが姿を現した。
それは軽く人の身を超える巨大なアンデッド。
漆黒の鎧に身を纏った死の体現者とも言うべき存在。
その強大さに誰もがそれこそが邪神なのだと信じて疑わなかった。
だがすぐに違うと理解する。
同様のアンデッドが五体、続けて入室してきたからだ。
その後に奇妙な仮面を付けた何者かが姿を現す。
「
その何者かがそう漆黒の騎士へと声をかける。
それだけで真の上位者が誰なのかは誰の目にも明らかだ。
規格外のアンデッドを複数従え、その中心に座するこの御方こそ自分達の求めていたものなのだと。
「じゃ、邪神様……」
誰かがポツリと呟いた。
自然とその言葉は伝播し、ここにいた者達が次々と声を上げだす。
「邪神様! 邪神様!」
「我らの願いが届いたのですね!」
「偉大なる邪神様! いと尊き御身のお姿を私どもの前に現せて下さったことを深く感謝いたします!」
「私どもの絶対なる信仰をお受け取り下さい!」
邪神を崇めるという憎き邪教集団。
アルシェの妹達を買い、生贄にしようとしている事から怒りのまま入室したモモンガであったが、静かに仮面の下で瞳を閉ざす。骨しか無いのでそれは出来ないがあくまで気持ち的な話だ。
なぜなら目の前に広がっているのは決して見たいものではなかった。
もはやそれは精神的ブラクラでしかなかった。
(な、なんだ、これは……ヌ、ヌーディスト……ビーチではない。グレイブヤード? ヌーディスト・グレイブヤードなのか? ……なんでこんな事を? 場所を間違えたか…? いやヌーディストとかではなく……噂の乱交とかだったらどうする? それとも裸を愛する貴族達の集会とか言われたら、俺はどうすれば良いんだ!?)
モモンガが仮面の下で精神抑制が追い付かない程激しく動揺していると、先頭に立つ男――当然、全裸である――が声を発する。
「邪神様! 仮面をお取り下さい! そしてその真なるお顔をお見せ下さい!」
(なんだ、何を言っている…? 邪神とは誰だ…?)
この異様な雰囲気を前に何が何だが理解できないモモンガ。
「邪神様! どうぞ、仮面をお取り下さい!」
男が何度もその言葉を繰り返す。
モモンガは嫌な予感を覚えつつ、目だけで周囲を見渡す。
いない。
邪神など何処にもいない。
何処を見渡しても、それらしきおぞましき存在はいない。
何処を見渡しても、それらしい絶対者はいない。
ならば残る答えは一つである。
それがどうやら自分へ向けての言葉だと朧げに理解出来てきたモモンガ。
(はぁ!? 何を間違えてるんだよ! 俺が邪神!? こいつら正気か!?)
動揺が落ち着かないままアタフタしているとデイバーノックがモモンガの耳元で小さく呟く。
「どうやらこの邪教集団はモモンガさんを自分達が崇める邪神か何かだと勘違いしているようです」
「な、なんでそんな事に…」
困惑するモモンガとは裏腹にデイバーノックは彼等の考えがあながち間違いではないのではと考えていた。
ただ邪神とはいささか物騒である。
神と形容すべき御方なのは間違いないのだが自分ならばこう呼ぶだろう。
魔法を統べる不死の王。魔導王と。
「彼等の目的が見えません。少し彼等の話に付き合い邪神のフリをして下さい、その目的を探りつつ子供達を探しましょう」
「わ、わかりました…」
デイバーノックの無茶ぶりにとりあえず頷くモモンガ。
「邪神様! どうか、どうか仮面を…! 我らにそのご尊顔をどうか…!」
いい加減男の声が煩わしくなってきてしまい、半ばヤケに対応するモモンガ。
「そこまで求めるか…。ならば見るが良い、私の素顔を…」
モモンガは仮面を外し、そのアンデッドの素顔を晒す。もうどうにでもなれだ。
動揺が走った。
だが、それはモモンガが想像していたものとは違い、マイナスではなくプラスの雰囲気を醸し出していた。
一斉に変質者達はひれ伏す。そして声を合わせて、呼びかける。
「間違いない! この御方こそが邪神様だ! 邪神様のご光臨だ!」
おお、という称賛の呻きが響く。
信者達は誰もがトロンとした目でモモンガを見上げる。
彼等の目には確かに見えていた。
眼前に座する死の邪神。
その感情を感じさせない瞳からは自分達に対して何を思っているのか窺い知ることが出来ない。
弱者が強者に対してみせる姿勢として最も正しいのは、崇拝であり、服従であり、敬服だ。
それ以外の行動──吐いたり、逃げたりは苛烈な怒りを受けるだろう。
その場にいる弱者である誰もが、理解している。だからこそ、怯えていながらも誰一人として無様な姿を見せなかった。
ハッキリ言ってその威圧感は尋常ではない。
並みの者ならば対峙しただけで恐怖に竦むだろう。
だが信者達は違う。
その絶対なる信仰心こそが彼等を奮い立たせていた。
口から出るのは邪神への賛美の言葉のみ。
「騒々しい、静かにせよ」
信者達の声が一斉に止んだ。
邪神の言葉は絶対だ。
あまりの興奮から賛美の声を上げ過ぎたかと誰もが反省する。
まかり間違っても欠片程の気分すら害してはいけない相手だ。
細心の警戒が要求されるのだ。
そして、しばしの沈黙が訪れる。
信者達にとっては生きた心地のしない状況であっただろう。
沈黙を破ったのは先頭の男。
「贄を! 邪神様に捧げた若き贄をここに持ってくるのだ!」
信者の全員が感心したように声を上げる。
邪神を呼び出す為に使用した十人の子供。
それは邪神の為に用意したものであり、その邪神が姿を現した今その御前に捧げねばならないものだからだ。
信者の何人かがすぐに十個の皮袋を運んでくる。
その皮袋はすでに赤く染まり、黒く濁っていた。
「こ、これは…」
モモンガが絶句する。
ちょうど子供一人が入りそうな皮袋。
それが刃物でも突き立てられたかのようないくつかの穴と共に、血に染まっている。
もはや疑問の余地などない。
買われた子供達はここで、贄とされ殺されたのだ。
つまり、モモンガは間に合わなかった。
「……」
放心状態になるモモンガ。
その姿を見かね、たまらずデイバーノックが前に出る。
「お、お前達! こ、これは何だ!」
デイバーノックの叫びに信者達が満面の笑みで答える。
「これは邪神様のお付きの御方。これらは邪神様に捧げる為の贄でございます。穢れの無い純真無垢な若き魂。どうでしょう? お気に召して頂けましたか?」
信者の誰もが誇らし気に返事を待っている。
邪神からの労いの言葉を待っているのだろう。
だが邪神は黙して語らない。
「……。この者達はどこから入手した? この者達の出自が知りたい」
冷静さを保ちながらデイバーノックが問う。
すでにこの者達を許さないのは確定だが、肝心のアルシェの妹達がここにいるのかは不明だ。
もしかしたらここにはいないかもしれない。
そんな淡い期待を抱いたデイバーノックだが。
「はい。全てではありませんがいく人かは貴族の高潔な血を引いております。没落したとはいえ貴族は貴族。邪神様のお気に召す者だと良いのですが…。そうであったよなクレマンティーヌ?」
「は、はひっ!」
先頭の男が部屋の隅にいる女へと声をかけた。
上ずった返事を上げたのは金髪で猫のような目が特徴的な女。
広場でモモンガとぶつかった女だ。
「お前か…。広場の時は…、いやいい。それよりもこの子供達の中にフルト家の者はいるのか?」
没落した貴族という単語で、もはやリーチみたいなものだが少ない可能性に賭けて再度問うデイバーノック。
「そ、そうです…。フ、フルト家の…双子の…姉妹です…、そ、その今回の中じゃ一番の上玉で…、その…」
モモンガだけでなくデイバーノックすらも言葉を失う。
もう疑う余地などない。
アルシェの妹達はすでに皮袋に詰められ、殺されていた。
「……死は私の支配するところ。いずれ来る命を私以外の者が、無下に奪うのは、不快だ……!」
ここにきてモモンガが口を開いた。
怒りを隠そうともせず、不快感を露わにするその様子に信者達が恐れおののく。
魂を捧げ、邪神より褒め言葉をもらえると思っていたら真逆の言葉が返ってきたのだから、驚きもより大きかったのだろう。
ただ、考えれば納得のいく答えだ。
死を支配する存在からすれば、生きている者はすべて己のものであろう。
そして死を絶対的強者として与えるのであれば、人間ごときに勝手に死を作り出されるのも不快ということだ。
「も、申し訳ありません! 申し訳ありません!」
立ちどころに信者から謝罪の言葉が吹き荒れる。
だがそれを物ともせずモモンガが続ける。
「しかもよりにもよってフルト家の双子の姉妹だと…? それは私の関係者の家族だ。知らなかったでは済まさんぞ…」
そのたった一言で室内が恐慌に支配される。
誰もが頭を垂れ、涙を流し糞尿を垂れる。
邪神の怒りに触れた、それだけで気が触れる者まで出始める。
泣き叫ぶ者、絶望する者、そして罪を擦り付け合う者達。
「ク、クレマンティーヌッ! き、貴様が準備した贄だろう! ど、どうしてくれるんだ! よ、よりによって邪神様の関係者だと…! 死ね! 死んで詫びろ! じゃ、邪神様! 私達は知らなかったのです! 全てはこのクレマンティーヌという女が準備したのです!」
他の信者からもそうだそうだと声が上がる。
「そ、そんな…、だ、だって私は言われた通りに…、あ、あんた達が貴族の血が必要だって…」
泣き言のようにクレマンティーヌが呟く。
誰が知るだろう。
この子供のように怯える女が人類の最強国家である法国最強の特殊部隊、漆黒聖典の出身である等と。
だがそれ故に、この中で一番モモンガの脅威を理解している者こそクレマンティーヌだった。
自分と同等級のアンデッドの騎士を六体も従え、脇には自分よりも強そうな
肝心の邪神と呼ばれている存在の強さは読めないが、盟主と似た匂いを感じる。
つまり、触れてはいけない何かなのだ。
この者こそ盟主が求めていた王国を滅ぼしたというアンデッドなのだろう。
邪神かどうかは分からないが自分よりも遥かに強大な存在である事だけは理解出来る。
そんな者の怒りを買ってただで済む筈が無い。
「わ、私だって…、こ、こんな事やりたく…」
クレマンティーヌが恐怖の中漏らした言葉はもちろん子供を贄とした事ではない。
盟主に命じられてこんな危険な任務をやらされた事への言葉だ。
だがここにいる誰もそんな事など知らないだろう。
ただの言い訳としか映らない。
「うるさい黙れ! お前が責任を取れ! すぐに自害しろ!」
「そうだ! お前のせいで邪神様がお怒りだ!」
口々にクレマンティーヌへ浴びせられる罵倒の数々。
クレマンティーヌとしてはそんな言葉に何の痛痒も感じないが、今はただ目の前の邪神に怯えているだけだ。
(ふ、ふざけんなよっ! な、なんで帝国の没落貴族とこのアンデッドが関係者なんだよ! どう考えてもおかしいでしょ! 誰か突っ込めよ!)
だが心の中では必死に彼等を罵倒している。
「騒々しい、静かにせよ!」
ハッキリと怒気を孕んだ叫びを上げるモモンガ。
その言葉で信じられない程の静寂が再び訪れる。
「貴様ら恥ずかしくないのか…? 事情は知らんが会話を聞いている限りその女はお前達の部下なのだろ? 部下の失態をカバーするどころか罵るとは…! 私が知る中でも最悪の上司に該当するぞ…!」
「そ、そんな邪神様…! わ、我々は…!」
「もう口を開くな。お前達の言葉は私を不快にさせるだけだ。死を以って償え」
そして隅で震えているクレマンティーヌにも声をかけるモモンガ。
だがそれは労わる言葉などではない。
「ダメな上司に付いた自分を呪え。いくら命令されたとはいえ流石にこれは看過できん」
「い、いや…、た、助け…」
「お前らは皆殺しだ」
涙を浮かべるクレマンティーヌを侮蔑するように見やるモモンガ。
そして信者達に向かって手を向け、魔法を撃とうとしたその刹那、皮袋がゴソリと動いた。
「「「!!!」」」
誰もが驚く。
その刃物で開けられた穴の数、そして血の量。
まともな子供が生きている筈が無いのに。
「ま、まさかまだっ!?」
信者の一人が淡い希望に縋り、皮袋へと駆け寄り紐を解く。
他の信者達ももしかしたら助かるかもという希望を抱かざるを得ない。
もし生きていれば殺されずに済む可能性があるからだ。
だがようく見ていれば気付いた筈なのに。
一つならばともかく、その全ての皮袋がわずかに動いているのだ。
このような事態でなければ誰かが異変に気付いただろう。
だが邪神の前では些事に過ぎない。
それ故に、不用意に皮袋の口を開けてしまった。
「へ…?」
中にいたのは子供では無かった。
上半身しか無い大人の身体。それが蠢いている。
皮袋から這いずり出て、袋を開けた男の首元へと噛みつく。
そして首の肉を食い千切られた男は大量の血を吹き出し、死んだ。
「わ、わぁあぁぁぁ! な、なんだこれ!」
「ゾ、
動きは緩慢とはいえ、年老いた人間達を襲うのには十分なのだろう。
皮袋から這い出た
「モ、モモンガさん、こ、これは…」
何が起きたか理解出来ずにデイバーノックはモモンガの名を呼ぶ。
モモンガも何が起きたか理解出来ずにいた。
生贄にされた子供はおらず、その中には代わりに
そしてこの皮袋を準備したのは上司の無茶に振り回され、命令を快く思っていなかったクレマンティーヌなのだ。
そう考え、すぐにモモンガの中で一本の線が繋がる。
「そうか、お前がやったのか」
「え…?」
そうして再びクレマンティーヌへと視線を移すモモンガ。
だが肝心のクレマンティーヌは訳が分からない。
クレマンティーヌからすれば、皮袋には間違いなく子供達を詰めたのだ。
なぜその中から
面倒臭くて皮袋の管理などしていなかったから自分の知らない間に何かが起きたのだろうが分かる筈もない。
一番混乱しているのはクレマンティーヌ本人だろう。
「望まぬ仕事を強いられた者として必死の抵抗をしていたのだな…。いや、正義感ゆえか…? まぁいい。お前も殺そうとして悪かったな、私の早とちりだった」
「え、あ、え…?」
状況を飲み込めないクレマンティーヌだが殺されずに済みそうな事だけは理解できた。
「だが肝心の子供達はどこへ行ったのだ?」
モモンガの問いにクレマンティーヌは答える事が出来ない。
とはいえ、ここで対応を間違えれば殺される可能性はまだ十分にある。
決して間違えてはいけない。
「ご、ごめんなさい…、わ、分かりません…。あの、子供達を逃がすのに必死で…、それだけで…」
「ふむ…」
詳細を聞かれれば答えられない。
だからこそ、逃がしたという体を取る事にしたクレマンティーヌ。
逃がすのに必死でそこから先は知らないと、そう語る事にした。
話に無理も無く、先を尋ねられても答えようがない。
恐らく現状ではかなりベターな回答だろう。
「しかし希望が見えましたねモモンガさん。子供探しは振り出しに戻ってしまいましたがまだ生きている可能性があるんですから」
「そうですね! まだ安心は出来ませんが最悪の状況は回避できましたね」
モモンガとデイバーノックが穏やかな雰囲気で話している間も、横では今も信者が
「じゃ、邪神様お助け下さい! どうか、どうか…!」
「何でも捧げます! い、命だけは…!」
だが彼等の言葉など聞き入れる筈がない。
「お前達にはお似合いの末路だな。私が殺すまでもない。そのままここで無様に虫のように死んでいけ」
「そ、そんな…、じゃ、邪神様…! 邪神様ぁぁぁ!!」
信者の助けを呼ぶ声は届かず、彼等を残しモモンガは立ち去る。
どさくさに紛れてクレマンティーヌもその後ろを付いていく。
そして彼らが部屋を出ていき、その扉が閉められる頃、この部屋に生きている人間は誰もいなくなった。
◇
それは数時間前。
帝都で秘密裡に動き、借金取りや人身売買の連中を脅し渡り歩いていたイビルアイ。
まだ帝都に
その時には人知れず、すでに事件は解決していた。
「大丈夫か、助けに来たぞ」
墓地の霊廟を探し当て、その地下への侵入も成功させていたイビルアイ。
入手した情報通り、十人の子供たちが眠らされ皮袋に詰められていた。
幸い、警備の者はおらず簡単に助け出す事に成功していた。
流石にそのままだとすぐにバレそうなので、外にあった半分になっている謎の遺体を代わりに皮袋の中に詰めておいた。少し動いた気がするが気のせいだろう。今はすぐにでもここから逃げる必要がある、細かい事は気にしてられない。
そして起こした子供達を連れ脱出した。
その後、無事に親元へと子供達を返しながら帝都を歩き回るイビルアイ。
だが結局、親に売られたという双子だけは手元に残ったままだった。
どう対処すべきか考えあぐねていたのだ。
そうこうしている時に帝都内にアンデッドが出現した。
突然の緊急事態につき、双子には近くに隠れるように言い聞かせ、アンデッドの掃討へと出たイビルアイ。
しばらくしてあの咆哮が響き渡り、その後で
そして信じがたい物を見る事になったのだ。
(一体何が起きているんだ…?)
あれだけいた無数のアンデッド達は倒されており、人々にも被害は無かった。
もう帝都を襲うアンデッドはどこにもいない。
王都の時と同じように、帝都の所々が血に染まっているがそれは生きている人間のものではない。
いすれもアンデッドのものだ。
その為なのか、この状況にも関わらず王都の時のような悲壮感はどこにもなかった。
中には
(バカな…! 相手はアンデッドだぞ! それに王都ではあれだけの人を…!)
だがイビルアイも帝都で見ているのだ。
あれはそう、どう見ても
ここでふと思い出す。
助け出した双子をそのままにしておいた事を。
「い、いかん!」
そしてイビルアイは双子を隠れさせていた場所へと走る。
その場所ではまだ双子が震えて小さくなっていた。
「待たせたな、もう大丈夫だ」
イビルアイの姿を見ると泣きながら双子が駆けよる。
「怖かったよぉ、おっきなアンデッドがいて…」
「でも言われた通りずっと隠れてたよ…」
「ああ、無事で良かった…」
だがこれからどうすればいいのだろうとイビルアイは思う。
親に売られたというこの二人を親元に返すべきなのか。
そう逡巡している時、遠くから人の名を呼ぶ少女の声が聞こえた。
「クーデリカー! ウレイリカー! どこー! いたら返事をしてぇー!」
泥まみれになりながら走り回っている少女がいた。
それを見た双子が嬉しそうに声を上げる。
「姉さま! 姉さまだ!」
「探しに来てくれたんだ!」
双子の様子を見てイビルアイは思う。
親に売られた筈のこの子たちを探している姉がいる。
それならばそれだけで十分なのではと。
家庭の問題は家庭で解決するべきだし、何か問題があれば帝国が動くはずだ。
そっとイビルアイが双子の背を押す。
すると双子は飛び出す様に少女の元へと駆けていく。
「姉さまーっ!」
「ウレイリカ! クーデリカ! 良かった…!」
走ってくる双子を見た少女が泣きながら彼女らを受け止め抱きしめる。
それを見たイビルアイは思う。
家庭の事情までは知らないが、少なくとも彼女らの姉は妹の為に泣いてくれる。
ならばもう自分の出る幕ではないと。
「で、でもどうしたの? 二人ともどうやってここに…?」
「あのね、あそこのお姉ちゃんが助けてくれたの」
そうして双子が自分の後ろを指差す。
だがそこにはもう誰もいない。
「あれぇ? おかしいな、さっきまでいたんだよ」
不思議そうに首を傾げる双子。
助けてくれたという女性がどこに行ったのか少女にも見当が付かないが今はただ大事な妹達と出会えた事に感謝する。
余りの嬉しさに少女は再び大粒の涙を流した。
◇
帝都郊外。
漆黒聖典と事を構えようとしていた盟主と十二高弟達は戦慄していた。
帝都で起こった事が理解出来なかったからだ。
「て、帝都内にあった無数のアンデッドの気配が消えました…。探知できる中で残っているのは複数の
「民に被害も出ていない…、どういうことだ…?」
「カジットとクレマンティーヌはどうなったのだ? 殺されたのか?」
現場を直接見ている訳ではなく、郊外から魔法で感知しているだけなので正確な事情を把握できない十二高弟達。
だが言葉にせずとも誰もが理解していた。
例のアンデッドはカジット達と敵対し、帝都の人々を守ったのだ。
「め、盟主様…、こ、これは一体…、例のアンデッドは我らの味方では無いのですか…?」
「盟主様、何が起きたのか説明して頂けませんか…」
「うるさい」
盟主の冷たい一言で場が凍る。
誰もが思わず口をつぐんだ。
この時、盟主は自分の考えが間違っていた事を知る。
魔法を使い、カウンターを喰らわない範囲から俯瞰で帝都を見下ろしていたがそれだけで十分事態は認識出来てきた。
有り体に言えば盟主の予想は外れていた。
それどころか真逆と言ってもいい。
あれは人類に味方する側で自分達とは相容れない存在であると。
「……」
それと同時に感心してもいた。
盟主はアンデッドではあるが、少々特殊でアンデッド特有のスキルをあまり使えない。
故にスキルによるアンデッドの創造などは出来ないのだが例のアンデッドはそれを行えるようだ。
12体の
それだけで自分が長年育ててきた十二高弟に匹敵する。
「欲しいな…」
「め、盟主様…、どうかお気を確かに…」
十二高弟の一人が恐る恐る語り掛ける。
おそらく予定が大幅に狂った事で激高している盟主をどうにか窘めようとしているのだろう。
だが予想を裏切り、盟主から返って来たのは恐ろしく軽い返事。
「計画変更だ」
「え…?」
誰もが困惑した。
計画を変更する事ではない。
盟主の声だ。
声質は変わっていない。
間違いなく以前と変わらぬ同じ声だ。
だが何かおかしい。
誰もが疑問に思う。
盟主の声はこんなに若々しかっただろうかと。
「け、計画変更とはどのように…? 我々はどうすれば…」
問われた盟主の顔が骸骨であるにも関わらず嗤ったように思えた。
「お前達は、
近くにいた十二高弟の一人の身体が盟主の魔法によって一瞬で消し飛ぶ。
後には消し炭すら残っていない。
「な、何を盟主様!」
「あぁ、しまったな…。肉片くらいは残しておいた方がそれっぽいか…」
他の十二高弟の叫びに応えず淡々と一人ごちる盟主。
「ら、乱心したか…! 盟主よ!」
「お、落ち着いて下さい盟主様!」
「盟主様! 盟主ズーラーノーン様!」
一人の言葉にピクリと反応する盟主。
それは己が名前を呼ばれたからだ。
「ズーラーノーン…、ズーラーノーンか…。そんな奴もいたな…、二百年前に儀式を失敗した奴の名だ…。全く…成功させてくれていればこんな面倒をしなくても済んだものを…。それに貫禄のありそうな喋り方というのも疲れてきた所だしなぁ…」
まるで別人のように己を語る盟主に誰もが背筋を冷たくする。
「な、何を言っているのです盟主様…! あ、貴方様は二百年前に死の螺旋によって強大なアンデッドへと生まれ変わったのですよ…! お、お忘れですか!?」
「死の螺旋か…。それはお前達が勝手にそう名付けたのだろう…。あれは本当は…。まぁいい。今更お前達に語っても詮無き事だ」
そう言って再び盟主が魔法を唱える。
法国最強の特殊部隊である漆黒聖典、それに匹敵する力を持つ秘密結社ズーラーノーン。
この世界でも最高水準の強さを持つ者達だ。
それが一瞬にして、たった一つの魔法で。
あっけなく全滅した。
◇
帝国領を進む漆黒聖典達。
彼等がやっと帝都を見渡せる郊外に着いた時、近くに強大な魔法の跡を発見する。
「た、隊長…! こ、これは…」
それを見て驚愕する隊員と共に隊長が見たものは信じがたい現実。
「め、盟主及び、十二高弟達と思わしき者達の遺体と装備です…!」
そこに転がっていたのは無数の遺体。
装備から判断するに十二高弟及びその弟子達だろう。
盟主のものと思わしき装備も転がっている。
これが意味するのはただ一つ。
何者かの手によって彼らが全滅したという事だ。
「ば、馬鹿な…! ズーラーノーンが全滅するなど…!」
漆黒聖典の誰もが驚きを隠せない。
彼等がここに揃っていた事もそうだが、それ以上に全滅しているという事実にただ震える。
それも当然だ。
彼等は知っている。
法国の全てを。
だからこそ、極秘扱いである二百年前の裏切り者も知っている。
当時の神官長の一人。
名をズーラーノーン。
それが秘密結社を作り、世界に暗躍するようになった後は法国の歴史からその名は抹消された。
故に法国にはそんな人物は最初から存在しなかったという事になった。
今はズーラーノーンと言えば秘密結社を指す言葉である。
それが一般の認識。
だが彼等は違う。
その真実を知っている。
神人であり、第6位階魔法まで扱う希代の天才だった。
そんな彼はある日、法国の在り方に疑問を抱き、その立場を捨て姿を消した。
彼は強い。
漆黒聖典のメンバーでも隊長以外は敗北する可能性があるだろう。
しかしそれはかつての強さのズーラーノーンである。
彼は二百年前、法国を裏切り死の螺旋を行い一つの都市を死の都へと変えた。
そしてアンデッドの力を得てパワーアップしたのだ。
そんなズーラーノーンは漆黒聖典に対抗し、十二高弟達を作り上げた。
数も同じく、実力も同等。
それ故、法国は今までずっと手出しが出来なかったのだ。
だがそれが、法国の最高戦力と同等の組織が。
ここで無様に全滅している。
それの意味する所は漆黒聖典さえも全滅する可能性があるという事だ。
「これはマズイのう…」
チャイナドレスを来た老婆が口を開く。
ここで疑わしき人物は一人しかいない。
王国を滅ぼし、帝都を襲った例のアンデッドだ。
「ま、まさか…! まさかここまでとは…!」
焦燥する隊長。
想像以上に規格外。
仮に隊長が盟主を含め十二高弟全員と同時に戦った場合、勝てるだろうか。
これは少し難しいと言わざるを得ない。
勝てるかもしれないが、勝てない可能性も十分にある。
伝え聞く話がどこまで正しいかという問題もあるが、要はそれぐらい見えない戦いなのだ。
だがこれは、この跡は。
「わ、私ではここまで一方的に彼等を屠れない…」
隊長の言葉で隊員の表情が固まる。
帝都を襲ったアンデッドは隊長よりも格上かもしれないのだ。
隊長は思う。
占星千里の占いは間違っていなかった。
奴こそが
帝国で何をしていたのかは不明だが、これだけの力を持つ者を野放しにしてはおけない。
「どうする、儂のケイ・セケ・コゥクを使うしかない気がするが…」
「……」
老婆の言葉に隊長は逡巡する。
ケイ・セケ・コゥクが通ればよし、だが通らなければ…。
しばらくして隊長が下した決断は――
◇
盟主。
その真実は誰も知らない。
彼がズーラーノーンではないと知っているのは彼だけ。
二百年前、誰よりも正しき心を持つズーラーノーンは苦悩していた。
もっと正しく、もっと強く人類を導きたいと考えていた。
だが彼には力が足りない。
神人としての力があろうとも信仰する神の足元にも及ばない。
だから人類を救う為には多くの汚れ仕事もしなければならなかった。
やがて彼は長年続いた欺瞞と偽善に耐えられなくなった。
故にズーラーノーンは選択したのだ。
最高の正義を行うために。
だからこそ彼は二百年前に死の螺旋を起こした。
しかしあれは失敗だった。
生身の彼では儀式に耐えられなかったのだ。
大勢の命、都市一つ分のエネルギーを引き換えに行う邪法。
だがズーラーノーンの力不足により、いくらかのエネルギーが暴走し勝手にズーラーノーンの身体へと流れ込んでしまった。
それによるアンデッド化。
だが結果として人間の時の力を超え、土壇場で儀式を行うに足るギリギリの力を得た。
死の螺旋と呼ばれたものはただの副産物に過ぎない。
この後に起こった事こそ本物。
真の狙い。
もしこの儀式に名前を付けるとしたら――
『神降ろし』、そう呼ぶべきだろう。
己の身体を依り代に、肉体を失った神をこの世に顕現させるのだ。
もちろん強大な力を持っていなければ神の依り代足り得ない。
降ろした神の強さは依り代に大きく影響を受けるからだ。
神人たるズーラーノーンがアンデッド化し、ようやく最低水準を満たせるというラインだったのだ。だがズーラーノーンがアンデッド化する為にいくらかのエネルギーをすでに割いてしまっていた為、その復活は完璧では無かったのだが。
過程はともかくとして、ズーラーノーンの願い自体は叶った。
彼は心の底から神の再臨を望んでいた。
その身を捧げ、己が消えて無くなるとしても。
かつての死の神。
法国が崇める六大神にして最強の神。
再び法国を、人類を導いて貰うために。
だが彼がその身に降ろした神は――
モモンガ「民衆助けたった」
イビルアイ「あいつ何なん…」
クレマン「なぜか助かる」
カジット「儂は…?」
アルシェ「妹と再会やったー」
フルダ&レイナース「ドロン」
盟主「計画変更や」
隊長「ま、紛う事無き破滅の竜王…!」
今回もまた長くなってしまいました…。
文章量的には二分割とか三分割してもっと定期的に更新した方がいいのかもしれませんが1話である程度話を進めたいという願望がありこんな事に…。
あと解りにくかったかもしれませんが実は前話ですでにイビルアイが子供達を助けてると示唆しており、アンデッドが出現した時にも隠れるように指示してます。
ただ、うーん。自分的には伏線的というかそんな感じで書きたかったんですがあまり上手くないですね…。精進します!