今日6月19日、メルカリがいよいよ東証マザーズ市場に上場する。国内でフリマ市場の急拡大を牽引してきた流通革命児の新たな“船出”には大きな注目が集まっている。短期的な利益は追わず、「人」「テクノロジー」「海外」に積極的に投資する――。そう明言する同社は、上場の先にどんな成長戦略を描くのか。創業者でCEOの山田進太郎氏に、余すところなく聞いた。
好機は一つも逃したくない
――このタイミングで上場に至った経緯は。
これまでさまざまな資金調達手段を比較検討しながら経営してきたが、サービスの知名度が上がる中で、「社会の公器」になる必要があると感じた。上場企業というステータスを得ることで、年配の男性など顧客層を拡大できる可能性もある。今後、(昨年11月に設立した)子会社の「メルペイ」が決済・金融サービスを始めるうえでは、会社の信頼性を高めることも重要だ。そうした総合的な判断があり、上場の準備を進めてきた。
――昨年は「年内にも上場へ」という報道もありました。金融庁など、関係各所との調整が難航した部分があったのでしょうか。
難航したという感覚はない。ちょうどいいタイミングでの上場だと思っている。ただ、われわれのスタートアップとしての意識と、世間から求められる責任にはギャップがあり、安心・安全の面などでそれに気づくのが遅かったという反省はある。上場にあたってはいろいろな関係者としっかり話し、メルカリの方針を理解していただけるようなプロセスを踏んだ。
――上場を前に、「創業者からの手紙」を公開しました。
フェイスブックやグーグル、アマゾンといった米国企業も同じようなことをしている。IPO(新規株式公開)は会社を知ってもらういいチャンスだ。経営者が今何を考えているか、わかりやすく示したかった。社内的にも、従業員が1000人を超えてきたので、うちの会社が大事にしていることを改めて確認・周知する意図もあった。そのために、今回は外に公開したものとは別に、社員用の手紙も用意している。
――手紙の中では、「Go Bold(大胆にやろう)」という経営方針を強調しています。上場すれば投資家の厳しい目にさらされますが、大胆な意思決定や投資を継続できますか。
改めて決意したところだ。これまでも一般的なセオリーとは異なる、まさに「Go Bold」なやり方で、日本のメルカリを軸に飛躍的な成長を実現してきた。次は海外でもっとやれるんじゃないか、メルペイで金融もできるんじゃないかと、周辺領域でたくさんの可能性が膨らんでいる。好機は一つも逃したくない。
目指すのは安定的成長ではなく、2倍、3倍、5倍、10倍という非連続的成長だ。短期的には収益が落ち込むことになっても、チャンスがあるなら大胆に投資をする。そんな会社の考え方を支持してくれる方に株主になってもらいたい。当面は売り上げ規模の拡大に期待を持って、応援してもらえればと考えている。
だからこそ、投資はディシプリン(規律)を持って行う。見込みがないのに投資し続けることはない。たとえ悪くない成果を出している事業でも、小さいビジネスに終始してしまいそうなら撤退し、別のところにリソースを割くという判断もする。
アプリの見た目は変わらずとも、中身はどんどん進化
――メルカリはサービス投入から5年目に入ります。アプリとしては古株といわれる領域ですが、伸ばせる余地は。
国内の月間アクティブユーザー数が1000万人強まで来た。だがネット業界の巨人を見れば、LINEが7500万人、ツイッターが4500万人、フェイスブックが2800万人。その水準は当然射程に入る。1人当たりの売り上げももっと上げられる。成長のためにやらなければならないことがまだ残っている。
まず欠かせないのが、テクノロジーだ。社内では「感動出品」と呼んでいるが、写真を撮るだけで、商品のカテゴリー、ブランド、値段など、入力に必要な項目を自動的に提案する機能を取り入れた。この精度を高め、出品の完了率、取引の成立率を上げていきたい。
そのほかにも、アプリのトップ画面に表示される商品一覧をよりパーソナライズされた形にしたり、不正(利用規約違反)出品を自動で検知したりする機能を強化する。アプリの表面的な見た目は変わらなくても、中身はどんどん進化させている。
開発スピードを加速するため、体制も見直している。タイムライン、出品、検索など、各領域を「マイクロサービス化」する新しいアーキテクチャー(システム構造)を取り入れていく。足元ではエンジニアやデザイナーが数百人という規模になった。1000人、数千人の規模になると、この仕組みが必須になる。
「マイクロサービス化」とは、「フリマ」のように巨大なひとかたまりのプログラムではなく、「タイムライン」「検索」「出品」「決済」など、機能ごとに完結したモジュール型プログラムを基盤に開発を進めること。これにより、サービス全体を管理しやすくできる。
機能ごとのモジュールであれば構造がシンプルになり、バグ(障害)が入り込みにくい。また、開発や実装、効果測定などを機能ごとに独立したプロセスで動かすことができ、あるモジュールに不具合があっても、それがほかに影響しにくく、対処しやすいというメリットがある。
フェイスブック、グーグル、ウーバー・テクノロジーズ、エアビーアンドビーなどがこの方法を採用しているが、日本だとほぼ例がない。技術的な難易度も高い。だが実現すれば、より早く、よりよい開発が可能になる。
たとえば、商品カテゴリーごとの利便性向上を加速できる。(書籍、DVDなどエンタメ商品特化型の)「メルカリ カウル」や(高級ブランド品特化型の)「メルカリ メゾンズ」で実装しているようなカテゴリー特化型の機能を充実させていきたい。
――確かに「テクノロジーへの投資」は上場後の最重要事項の一つに挙げています。“テック企業メルカリ”としてどのような未来像を描いていますか。
テック企業の代表といえば、先ほど挙げた米国の大手IT企業が思い浮かぶが、どれもテクノロジーでイノベーションを起こしてきた会社だ。世界で唯一無二、ほかの会社に作れない技術を武器にサービスを展開すれば、客もついてくる。ネット業界においては、残念ながら日本には今そういう会社がない。だからメルカリがそういう会社になりたいし、世界で戦うにはそういう会社にならなければならない。
ではテクノロジーをどうやって進化させるのかといえば、人に投資していくしかないと思っている。国内、海外を問わず、積極的に技術者の採用を行っている。最近では、インドの学生に向けた採用活動も強化している。
こうした技術開発や人材の採用活動は、中長期的な視点だけでなく、目の前の収益にも非常に密接にかかわる。特にAIの研究開発はレバレッジが利く。出品完了率、取引の成立率が改善されれば、流通総額の拡大に直結する。そういう意味では、テクノロジーにおカネをかけていくことは、経営上何の疑問もないことだ。
――2016年3月に投入した、利用者同士が直接会ってモノやサービスの売買を行う地域コミュニティアプリ「メルカリ アッテ」は、撤退を決めました。こうした決定は設立後初めてです。
経営資源の集中というのが大きな理由だ。アッテは各種の経営指標を見てもそれほど悪くない数字だったし、5~10年かければ大きく成長する可能性はあった。だが、今は別のところにもっと力を割きたい。いいサービスだったので、すんなりと決断できたことではなかった。
自社で独占するのではなく、エコシステムを作る
――ユーザー同士が直接会うという点で、安心・安全の担保が難しいという面もあったのでしょうか。
年齢確認などの対策をしていたので、そこがネックになったわけではない。現にアッテの一部は、今年3月に学びのC to Cアプリとして投入した「ティーチャ」に移行している。ただ“コト消費”の領域は、すべてを自分たちでカバーするのが難しいとわかった。教える、学ぶという部分はティーチャでできるが、それ以外にも家事代行やベビーシッターなど、無限にバリエーションがある。
そこで今後カギになるのが、今年末にも投入を予定しているメルペイだ。メルカリはID、売買履歴、検索履歴など、たくさんのユーザーデータを持っている。取引の相互評価によるレーティングや信用情報もある。まずはメルカリで稼いだおカネを別のネットサービスや街中のカフェで支払いに使えるようにしたい。その後、中国で勃興しているような、信用情報を噛ませたサービスを追加していくことを考えている。
メルペイの上に乗るサービスは、自社のものでも他社のものでもいいと思っている。最近ではスタートアップへの出資も積極的に行っているので、そういう会社に「メルペイの仕組みを使ってビジネスしないか」と提案していく。中国の「アリペイ」や「ウィーチャットペイ」といった決済アプリはまさにその手法で広がり、一気に街の風景を変えた。われわれもすべてを自社で独占するのではなく、エコシステムを作る。
――自社で手掛けるか、他社に任せるかは、どう意思決定しますか。
難しいところだが、こういうビジネスは「自分でやりたい」という高いモチベーションを持つメンバーがいないとものにならない。会社として取り組んだほうがよさそう、という程度では勝てないと思う。C to Cはホットな領域なので、面白いサービスに乗り出す企業も増えている。メルペイのエコシステムにもパートナーとして、どんどん参画してもらえればと思う。
“並の成功”を狙っても仕方がない
――育成中の米国事業は投資が膨らんでいる一方、流通総額は日本の10分の1にも満たない水準です。
ジョン・ラーゲリン(米国CEO)をトップに、いいチームができてきたところだ。彼はかつてグーグル、フェイスブックにいたこともあり、現地での人脈も広い。優秀な人材が入ってくれている。サービス面では、根本のコンセプトこそ変えていないが、今春からロゴやブランディング、宣伝でユーザーに訴求するポイントを見直している。
この調子でやっていけば、並のビジネスにはなるという感覚がある。ただ、並の規模を狙っても仕方がないので、人もおカネも大胆にかけている。(ネットオークションサービスの)イーベイの規模を考えれば、米国の市場は日本の4倍はある。そして米国で成功すれば欧州、アジアなどでの成功の足掛かりになる。投資金額は大きいが、リターンを考えればそれだけの価値があると思う。
――米国でも、日本のメルカリアプリのように、爆発的に伸び始めるタイミングが来るのでしょうか。
なるべく早くと思っている。ただ、米国では、日本のようなテレビCMでの認知獲得が難しい。最近ではネット広告以外にも、たとえばラジオ広告や道路脇の看板広告なども試験的に展開している。結果がわかるのはまだこれからだ。
プロダクト自体の改善や作り込みも、米国ではまだ不十分。いいサービスでなければユーザーは使い続けないし、口コミも広がらない。(これまでの伸び悩みの要因は)競合などの外的なものより、内的なものが大きい。今後はきちんと現地化されたチームによって、あらゆる施策を展開していきたい。
――日本は小泉文明社長、米国はラーゲリン・米国CEOがそれぞれ責任を持っている中、山田CEO自身は日々どのような活動に注力していますか。
直近はIPO関連でバタバタしていたが、普段はそれぞれの事業の進捗を見つつ、優先事項やリソースの配分を考えている。最近では、自ら少人数のチームを持って、新しい領域での開発に挑戦し始めている。詳細は言えないが、まったく新規のサービスというよりは、既存のサービスに中長期でいい影響を及ぼしそうなもの、というイメージだ。楽しみにしていてほしい。