みなさんは「バラン」をご存じだろうか?
竜魔人(ダイの大冒険)ではない。お寿司やお弁当などによく入っている“草みたいなやつ”である。知ってはいても、その存在についてあまり気にかけたことはないのでは?
まあ、僕もなかったのだが、先日帰省した際のこと、そんなバランについて父親から興味深い話を聞いた。
「お前が入ってた少年野球チームの監督って、『バランの大会』で入賞したことあるんだって」
ん? バランの大会? なにそれ!
しかし、ネットで調べても詳しい情報は出てこない。本当に実在するのか、そんな大会。
真相を探るべく、15年ぶりに監督のもとを訪ねることにした。
というわけで、JR高崎線桶川駅から徒歩10分「花寿司」にやってきました。
そして、こちらが親方の稲生弘さん。寿司職人歴50年のベテランにして、少年野球チーム「桶川ヤングアローズ」の監督でもある。おひさしぶりっす、監督!
聞けば、埼玉県鮨商生活衛生同業組合で副理事長兼技術委員長を務め、さらに一昨年には厚生労働大臣賞を受賞している。漢字だらけでなんか凄そう!
とにかく、寿司のエキスパートなのである。単なる野球好きのおじさんだと思ってましたごめんなさい。
寿司日本一を決める大会に「バラン部門」がある
さっそく、「バランの大会」のアレコレについて、稲生監督、いや職人・稲生氏に伺ってみた。
——「バランの大会」なんて本当に存在するんですか?
「あるよ。正確には4年に1度開催される『全国すし技術コンクール』の中で競われる部門の1つ。全国から集まった寿司職人が握り寿司や巻き寿司などの技術を競い合うんだけど、おそらくヨウヘイ(筆者)が言ってる『バランの大会』ってのは『笹切り競技』のことだね」
——ん、バランじゃないんですか?
「俺らはバランとは呼ばない。バランの語源は大きな葉っぱを持つ植物、葉蘭(ハラン)から来ているんだよ。
元々、プラスチック製のものは『人造ハラン』と呼ばれ、いつしか『人造』と『ハラン』が連濁して『人造バラン』となり、さらには人造を省略して呼ぶようになったんだ。要するに、プラスチック製はバラン。葉蘭を細工したものは葉蘭切り、笹を細工したものを笹切りって呼ぶのが正しい名前なんだ」
▲葉蘭は稲生氏が自ら育てているという
——稲生さんはその笹切り部門で入賞されたことがあると聞いたんですが?
「若い頃にね。準優勝した」
——つまり、日本2位! すごいじゃないですか!
「でも、俺が準優勝した頃に比べると笹切り・葉蘭切り(以下、笹切り)はさらに進化してるよ。今では左右非対称は当たり前だし、若い職人の創造力溢れる作品がどんどん生まれてるからね。もはや芸術の域だと思う」
▲こちらは稲生氏の作品。充分すごいけど、これより進化してるの……?
なお、稲生氏は第二回大会から出場し、笹切り部門での準優勝を皮切りに第三回では巻き寿司部門、さらに第四回、五回、六回では握り寿司部門でも準優勝を果たしている。
——全て準優勝!……だけど毎回、ちょっとだけ惜しいですね。
「集大成として挑んだ第六回大会の準優勝は本当にショックだった。もう、放心状態で家に帰れず、近くの宿に泊まったもんね」
“嬉しさ”よりも“悔しさ”ばかりが残っているという稲生氏。とはいえ、当時100名以上の職人が集う大会で準優勝5回は本当にすごい! 超一流の職人じゃないか!! この人には、野球より寿司を教わるべきだったのかもしれない。
▲大会に挑む若き日の稲生氏
ちなみに、実績を認められ、今は同大会の審査員を務めているという稲生氏。技術やオリジナル性はもちろん、服装や頭髪、爪、態度、時間など、その判定基準は細かく、多岐にわたるそうだ。
作ってもらった
さて、せっかくなのでその技術を生で見せていただくことにした。
▲笹切りには写真手前の短い包丁を使用
「今はこんなに短いけど、元は普通の出刃包丁だったんだよ。俺が18歳の時、修行先の親方が就職祝いに買ってくれたんだ。50年間も研いで使い続けると、ここまで小さくなるんだね」
▲いざ、プレイボール
▲一気に職人の顔に
▲繊細かつ大胆に
寿司の笹切りは、日本料理における「野菜の剥き物」のようなもの。どちらも熟練の包丁技術を必要とし、職人にとって腕の見せ所でもある。1mm単位でその良し悪しが決まるという繊細なものだ。
▲あっという間に完成。左から「剣笹」「せきしょ(松)」「せきしょ(海老)」
こちらは笹切りの基本形、折り紙でいうところの「鶴」みたいな、いわゆる入門編であるらしい。「松」なんてめちゃくちゃ難しそうだが、稲生氏にとっては朝飯前であるという。
さらに高度な技術を要する「化粧切り」や絵画のような「飾り物」などもあり、コンクールでは「基本形」と「オリジナルの作品」を制限時間内に披露していくそうだ。
彩りだけじゃない、じつは大事な笹切りの役割
しかし、そんな笹切りは単なる曲芸ではなく、あくまで寿司職人としての包丁技術を磨くためのもの。元日本2位の卓越した技量から生み出される寿司とは、いったいどんなものなのだろうか? おまかせで握っていただいた。
▲シャリにはこだわりの赤酢を使用
▲人気の「おまかせセット」 2,000円。ネタが美しく光り輝いているし、口のなかではらりとほどけて魚のうまみが広がる。このひと皿に、どれだけの包丁技術が駆使されているのだろうか……
——稲生さん……これ1位です! めちゃくちゃうまい……!
「ヨウヘイはうちの寿司を食べるの久しぶりだったよな」
——小学生の頃、親父に連れてこられて以来だから15年ぶりくらいです。正直、あの頃は味のことなんてよくわかってなかったけど、こんなにも奥深い味わいだったとは……!
「寿司の味がわかる大人になったんだね……。エラーばっかしてたのになあ……」
▲エラーはいま関係ないと思うが寿司はうまい
——寿司のおいしさに気を取られてたけど、皿の真ん中に笹切りがありますね。
「うちの寿司には必ず笹切りを入れてる。もちろん彩りを良くするためっていうのもあるけど、元々は腐敗防止の役割を果たしていたんだよ。日本で最も古い『熟れ(なれ)寿司※1』や古くから伝わる『箱寿司※2』にも、殺菌効果のある笹や葉蘭を敷いたり、器代わりに使っていた。枯れやすい笹は寿司の鮮度を知る意味でも重宝されたようだね」
ちなみに「笹」は江戸前の握り寿司、「葉蘭」は大阪の箱寿司に用いられていたとのこと。
※1:米と魚を漬け込んだ保存食。
※2:木製の型に魚と酢飯を重ねて詰め、押して四角い形に整えた寿司。
▲なお、自身が好きなネタは「マグロの赤身」
——なるほど。では、どうしてわざわざ細工するようになったんですか?
「はじまりは、江戸後期に誕生した寿司屋が出前の際に届け先の家紋を型取って寿司の上に乗せていたらしい。まあ、寿司を目でも美味しく食べてもらうための粋な演出だよね。それから寿司職人の包丁技術が上がってきたことが大きな要因だと思うよ」
——稲生さんも相当練習したんですか?
「俺の師匠は浅草の寿司屋出身だったから笹切りの技術は一級品だったんだよ。だから俺も毎日、昼と夜の営業の間にみっちり叩き込まれたね。あの頃は練習で笹を使うのはもったいないからって、ひたすら紙を切っていたな」
紙を使って練習することで、包丁技術の向上、そして笹切りを行う際の型紙としても役にたったそうだ。
▲弟子の練習用に親方が切ったという型紙
「今では、笹切りをする職人さんも減っているみたいなんだよ。寿司を彩飾する笹切りは日本の伝統でもあるから受け継いで欲しいけどね」と、どこか寂しそうな稲生氏。か、監督……!
▲そこで、「僕が受け継ぎます」と弟子入りを志願。さっそく基本の「剣笹」に挑むも……
▲ものすごくヘタだった。びっくりした
▲稲生氏のそれと見比べるとヘタさが際立つ
そうだった、僕は不器用で送りバントもろくにできないやつだった。
一方、稲生氏の手がけた笹切りはやはり芸術的なまでに美しく、特に「蝶」(右から2番目)なんて、今にも舞わんばかりの精密さである。15年越しに思い知る、監督の偉大さ。みなさんの周りにいる「野球好きのおっさん」も、掘り下げてみたらじつは凄い人かもしれませんよ。
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ともあれ、今まであまり注目してこなかったバランの奥深さを知ることとなった今回の取材。これからは、寿司を舌のみならず目でも楽しんでいきたい。そして、「いい笹切りだね!」と通ぶっていきたいと思う。寿司屋でいきなり玉子頼むやつ、みたいにうざがられるかもしれないが。
【紹介したお店】
- ジャンル:すし店
- 住所: 〒363-0021 埼玉県桶川市泉2-4-25
- エリア: 桶川・鴻巣
- このお店を含むブログを見る | 桶川・鴻巣の寿司をぐるなびで見る
営業時間:11:40~14:00 17:00~22:00
定休日:月曜日
URL:https://r.gnavi.co.jp/eb4er8nw0000/
【プロフィール】
小野洋平(やじろべえ)
1991年生まれ。編集プロダクション「やじろべえ」所属。服飾大学を出るも服が作れず、ライター・編集者を志す。自身のサイト、小野便利屋も運営。