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雪野君達に会いに行くプティへの道に、今日は邪魔者がふたりも付いてきた。せっかくの私の癒し空間、サンクチュアリだったのに。
思わず両手に持っていた紙袋をぶんぶん振って歩いていたら、円城に「吉祥院さん、ずいぶん大荷物だね。持つよ」と声を掛けられた。そうですか。では遠慮なく。私は一番大きな袋を円城に渡した。
「わ、結構重いね。これって中身はなに?」
「クリスマス限定ショコラですわ。プティの子達に配るんです」
雪野君が私にクリスマスプレゼントをくれると聞いたので、私も雪野君へのお返しと麻央ちゃん、悠理君へのプレゼントを用意してきたけれど、それ以外の子達にはなにもないというのはどうかと思ったので、クリスマス仕様のチョコレートを人数分用意してきた。ちょっとしたプレゼントは消え物が一番です。
「へえ。ここのショップからクリスマス限定のショコラなんて出てたんだ」
「アソートでツリーの形をしているものが入っていたりするんですよ」
すると横から鏑木が「お前、限定モノ詳しいよな」と、円城の持つ紙袋を覗きこんだ。別に詳しくないけど。そして鏑木にそんなことを言われるほど、私達は親しくないはずだけど。あれか、前に黄泉比良坂で魔除けに渡した桃のギモーヴか。
私達がプティに着くと、すぐに雪野君達が笑顔でお出迎えしてくれた。
「麗華お姉さん!」
「雪野君、ごきげんよう。麻央ちゃんも悠理君もごきげんよう」
「ごきげんよう、麗華お姉様!」
「こんにちは、麗華、お姉さん」
悠理君はいつまで経っても私をお姉さんと呼ぶのが恥ずかしいみたいだな~。うんうん、男の子だもんね。言いにくかったらムリにお姉さんを付けないで、麗華ちゃんと呼んでくれてもいいのよ?
プティの子達は鏑木と円城が来ることを知らなかったらしく、普段滅多に近寄ることの出来ない高等科の有名人ふたりに大騒ぎをして、周りを取り囲んだ。
なんということだ。この1年間、プティに遊びに来る上級生は私くらいしかいなかったから、お山の大将状態で子供達の人気は私の独占状態だったのに、あっという間に子供達のハートを根こそぎ持っていかれてしまった。私の妹分の麻央ちゃんまで、ちょっと向こうをチラチラ気にしているじゃないか!きーっ!やっぱり連れてこなければ良かった!
「麗華お姉さん?どうしたの。こっちに座って?」
あぁ、雪野君!君だけだよ、私の味方は!
私は雪野君に促されて、ソファに座った。あ、円城様、そのチョコレート適当に配っておいて。
「僕ね、麗華お姉さんに渡したいものがあったんです」
そう言って、雪野君が小さな両手で私に赤いリボンの付いたプレゼントを差し出した。
「麗華お姉さん、ちょっと早いんですけど、メリークリスマス!」
「ありがとう、雪野君!」
箱を開けると、中にはクリスマスツリーの前で雪だるまを作る男の子のスノードームが入っていた。可愛い!
「もしかしてこの男の子は雪野君?」
「うんっ!」
雪野君は笑顔で頷いた。雪野君は体が弱いから、寒い雪の日に外で大きな雪だるまを作るなんてことを、今までしたことがないのかもしれないなぁ。確か寝込んでいる雪野君のために、円城と鏑木が庭に雪だるまを作ってあげたっていう話を前に聞いたけど。いつか雪野君がこのスノードームの男の子のように、自分で雪だるまを作れるようになるといいな。
「では私からも。メリークリスマス、雪野君」
私が雪野君にプレゼントしたのは、制服にも合わせられる紺のマフラー。端に小さな白い雪の結晶のワンポイント付き。車通学だからマフラーはほとんど使わないかもしれないけど、どうだろう?
雪野君は「わぁ、あったか~い!」とマフラーを首に巻いて、フリンジに頬ずりをした。
「この雪の結晶って、僕の名前が雪野だからですか?」
「そうよ。雪野君のマーク」
特注で入れてもらったんだ。雪野君は「嬉しいです」と輝く笑顔を見せてくれた。喜んでもらえて良かった。
麻央ちゃんと悠理君にはお揃いのお道具バッグをプレゼントした。お揃いっていいよね~。憧れるなぁ、好きな人とのお揃い。ペアルックはイヤだけど。
「麗華お姉様、ありがとう!大切に使いますね。それと、私と悠理からもクリスマスプレゼントです!」
麻央ちゃんと悠理君からのプレゼントは、くるぶし丈のふかふかモコモコのルームブーツだった。リボンに付いたポンポンが可愛い!
「まぁ、あったかそう!私は寒がりなので、これから毎日使わせてもらいますわ」
色もピンク色で、私が編んだ腹巻とぴったりだ。これで越冬準備は万全だな。
私達がほのぼのしていると、チョコを配り終えた円城と鏑木がやってきた。うむ、ご苦労。余ったチョコは褒美として受け取るがよい。
「雪野、そのマフラー、吉祥院さんにもらったの?どうもありがとう、吉祥院さん」
「いいえ、どういたしまして。こちらこそ、こんなに可愛いプレゼントをいただいてしまって、ありがとうございました」
そこにチョコを持った子供達が「麗華様、プレゼントをありがとうございます」と、私の周りに集まって口々に笑顔でお礼を言ってくれた。ぬほほ、プレゼント効果あり。
「やっぱり麗華お姉様にも、私の家のクリスマスパーティーに来て欲しかったなぁ」
麻央ちゃんがちょっと口を尖らせて言った。
「麻央。麗華、お姉さんにも都合があるんだから我がままを言っちゃダメだよ」
「だって…」
ううっ、私も行きたいです!あの時、余計な見栄を張ったばかりに!私のバカ!都合がついたとか言っちゃおうかな…。
「雪野もお邪魔するんだよね。よろしくね」
麻央ちゃんは円城に微笑みかけられて、頬を赤くしながら「はいっ!」と返事をした。麻央ちゃん!悠理君が隣にいるんだよ!
「そういえば雅哉のお母さんが、吉祥院さんがパーティーに来られなくて残念って言ってたね」
「あぁ…」
円城の言葉に、鏑木がどうでもいいような顔で頷いた。
その話は先月の吉祥院家のパーティーの時に鏑木夫人に誘われ、あとからお母様達にも行くように何度も言われたけれど、頑として断った。だって猫かぶりって疲れるんだもん。ほかの堅苦しいパーティーも同じく。
しかしそんなお母様達からの面倒なパーティーの参加要請も、眉毛に円形脱毛症が発生したおかげで、すべて断ることが出来た。「こんな眉毛では人前に出たくありません!」と嘘泣きで訴えたら、同性としてお母様も気持ちはわかると許してくれたのだ。
災い転じて福となす。
「円城様は鏑木様主催のパーティーに行かれるのですか?」
「いや、僕はその日、用事があるから」
ふーん、そうなんだ。
雪野君がぷいっと横を向いたのを見て、円城が苦笑いしながら「すぐに帰ってくるから」と頭を撫でた。天使の雪野君も、お兄ちゃんの前ではそんな顔するのね~。可愛い。
「鏑木様もお家のパーティーに出席なさるのでしょう?」
「まぁな。去年出なかったから、今年は少しでいいから顔を出せと母親にも言われているし。でもすぐに帰るつもりだけどな」
「そうなんですの」
去年…。あぁ、君は旅に出ていたんだっけね。
鏑木は退屈したのか、席を立つと子供たちを集め出した。なにを始める気だ。
「吉祥院さんは友達と過ごすんだっけ?」
「ええ、まぁ」
円城は勘が鋭いから、エア友達だとバレたらどうしよう…。バレて寂しいヤツだと思われたらどうしよう…。なにか違う話題を…。
「雪野君は、今年はサンタさんになにをお願いしたの?」
「えっ」
雪野君はきょとんとした顔をした。あれ?
「サンタさんが選んでくれたものなら、なんでもいいです」
ニコッと雪野君が笑って答えてくれた。
子供って、いつまでサンタクロースを信じているんだっけ…?
鏑木は子供達の前で500円玉を消したり、ティッシュを浮かしたりして拍手喝采を浴びていた。
スナック芸?
瑞鸞は冬休みに入った。