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ブッシュドノエルを受け取る日、私達は若葉ちゃんの家の最寄駅で待ち合わせをした。
「はい、これ!わざわざ取りに来てもらっちゃってごめんなさい!」
「こちらこそ、図々しくケーキを作ってもらっちゃって申し訳ないわ」
「全然!だってブッシュドノエルは結構簡単だし。って、手抜きじゃないよ?」
「もちろんわかっていますわ」
今日は若葉ちゃんは用事があるとかで、これから電車に乗らないといけない。私も帰る方向が同じだったので一緒に乗ることにした。
「吉祥院さんも電車に乗ることあるんだね…」
「あら、今日もここまで電車で来たのよ?」
若葉ちゃんは意外だという顔をした。まぁねー。毎日学院まで車通学だもんね、私。
「ピヴォワーヌの人って、電車やバスには乗ったことがないと思ってました」
「確かにそういう方々も多いかもしれないわねぇ」
「それじゃあもしかして吉祥院さん、自転車も乗れたりする…?」
「もちろんよ」
「えーっ、そうなんだぁ!」
私が自転車に乗れるのがそんなに意外かね。前世では毎日のように乗っていたし、今世でも小学校のお受験の時に自転車教室に通わされたからね。お受験以来乗っていないけど。
席がふたつ空いたので、私達は並んで座った。今日の若葉ちゃんは赤いダッフルコートを着ていた。元気な若葉ちゃんによく似合っている。
「今日はどこへ出かけるんですの?」
「もうすぐクリスマスでしょ。だから弟達のプレゼントを買いに行くの」
「そうでしたの」
若葉ちゃんの家は兄妹が多いから、プレゼントを用意するのも大変そうだな。
「高道さんは今年のクリスマスはどうなさるの?」
「私?私は毎年お店の手伝いだよ。うちはケーキ屋だからクリスマスは1年で一番忙しいんだ。もう冬休みに入ってるからね、朝から働くよ~」
「それは大変ですわね」
「うん。先に予約を受けているんだけど、受け渡し時間が何人もかぶると結構大変。そういう時に限って予約なしのお客さんが買いに来ちゃったりして、てんてこ舞いだよ~」
「あら~。では誰かとクリスマスを楽しく過ごすなんてことは出来ませんのね」
「残念ながらねー。でもお店が終わった後、家族みんなでパーティーするよ。パーティーっていっても、吉祥院さん達がするような豪華なパーティーじゃないけどねー」
若葉ちゃんはあははと笑った。
「鏑木君の家のパーティーでは、楽団が演奏したりオペラ歌手が歌ったり、マジシャンがショーをしたりするんでしょ。凄いよね~」
「それは、鏑木様から聞いたの?」
「え、うん」
「もしかしてパーティーに誘われたとか?」
「う~ん…」
あのバカ…。
「でも私はお店の手伝いがあるしね。それに私が鏑木君の家のパーティーなんて、場違いにも程があるだろうし。本物のマジックショーは見たいと思っちゃったんだけどね」
「そう」
「きっとさ、ケーキも物凄いのが出るんだろうね~」
「あら、私は今日高道さんからもらったケーキのほうが絶対においしいと思うわ」
「え~っ、でもそれはお父さんじゃなくて私が作ったケーキだからなぁ。ちょっと自信ないかも。お父さんが作ったケーキだったら胸を張って渡せるんですけどね」
「ふふふ」
「…だからね、あの時、吉祥院さんがうちのケーキを擁護してくれたの、凄く嬉しかったんだ。ありがとうございました」
「高道さん…」
「あっ、私ここで降りなきゃ。じゃあね、吉祥院さん!」
「ええ、ごきげんよう」
若葉ちゃんはホームから元気に手を振って見送ってくれた。
帰ってから開けた若葉ちゃん手作りのブッシュドノエルには、メレンゲで作られたサンタクロースの人形の隣に、巻き髪の女の子のメレンゲ人形も付いていた。
ええっ!もしかしてこの女の子って、私?!可愛すぎるー!若葉ちゃん、ありがとう!しっかり写真に撮っておかなくちゃ!
私を模ったメレンゲ人形は、あまりに可愛いくて食べるのがもったいなかったので、部屋の小型冷蔵庫にそれだけ取っておくことにした。あとでお兄様にだけ自慢しちゃおー!
若葉ちゃんには私とメレンゲ人形のツーショット写真とお礼の言葉をメールした。
サロンで鏑木に会った時、私はあのメレンゲ人形を自慢したくてたまらなかったが、ここはぐっと我慢した。このことを知ったら悔しがるかな?
だがしかし鏑木よ、しれっとクリスマスに若葉ちゃんを誘っていたとは、なにげに積極的だよね。ま、断られちゃったんですけどね。うぷぷぷぷ。
私の心の声が漏れていたのか、鏑木が私を胡散臭そうな目で見てきた。いけない、いけない。
「そうだ、吉祥院さん。雪野が吉祥院さんに渡したいものがあるらしいから、終業式の日かその前にプティに顔を出してあげてくれる?」
「雪野君が?いったいなんでしょう」
「なんかね、クリスマスプレゼントを渡したいんだって。本当は当日に渡したかったみたいだけど、冬休みに入っちゃってるからね」
「まぁっ、雪野君が私に?!」
なんということでしょう!天使からクリスマスのプレゼントをもらえるなんて!
終業式の日は難しそうなので、その前日に行くと円城に伝言をお願いしていると、なぜか鏑木も一緒に行くと言いだした。
「雪野がプティでどんな様子なのか、俺も一度見てみたい」
え~~っ!勝手に別日にひとりで行けばいいじゃんか!すっごく迷惑なんですけど!
去年は呼ばれなかった手芸部の部活納めのお茶会。しかし今年は大手を振って参加できるのだ。なぜなら私は正式部員で、しかも部長だから。ふっふっふっ。
普段は食べ物の持ち込みは禁止なんだけど、こういった特別な日は学院側も黙認してくれる。私達はお茶やお菓子をテーブルに並べた。あぁ、楽しいなぁ。
すると何人かの部員が、手作りのキッシュやシュトレンなどを出してきた。
「もし良かったら、私が作ったものなんですけど」
「わぁ、おいしそうですわね!」
お茶請けが甘いものばかりだったので、これはありがたい。ドライフルーツの入ったパンっておいしいよねー。
みんなで楽しく食べながら今年あった出来事などをおしゃべりをしていると、隣に座っていた子が手作りキッシュを食べながら、「お恥ずかしいのですけど、私はお料理をほとんどしたことがないんです」と言い、それを聞いた数人の子が「実は私も」と同意した。
「家ではなかなかお料理をする機会ってないですものねぇ」
「そうなの。必要に迫られないとどうしてもね」
「麗華様はどうですか?」
げっ、私?!
「私はどちらかというと、お菓子作りのほうが好きなの。でも簡単なものしか作れないのよ?父と兄が私の作るチョコレートブラウニーが好きなので、毎年バレンタインに作ったり。あとは自家製ヨーグルトや、庭に咲いている薔薇を練り込んだクッキーを焼いたりとか…」
「まぁ、素敵ですね!」
「ううん。そんな全然大したものじゃないの。ただちょっとした工夫がね、作り手の個性になると思うのよ」
「そうなんですかぁ。さすが麗華様ですね」
「麗華様のお菓子、私達もぜひ食べさせてもらいたいですわ」
「うふふ。でも兄に、私の作るお菓子は家族限定だからねって約束させられているの」
「そうなんですか?お兄様に溺愛されているんですねぇ、麗華様は」
「どうなのかしら?」
私達はうふふ、おほほと和やかに笑い合った。
ホッ。お菓子の話題でなんとかごまかせた。早く耀美さんに料理を習いに行かなくちゃ。一応来年からって話にはなっているんだけど。実は包丁も満足に使えないなんて、みんなには絶対に言えないや。
しかしこの前の若葉ちゃんのブッシュドノエルは本当においしかったなぁ。チョコの甘さと中に入っていた苺の酸味が絶妙だった!若葉ちゃんも簡単だって言ってたし、冬休みに私も作ってみようかな。そうだ、苺の代わりにラベンダーのジャムを入れてみたらどうだろう。これは試してみる価値ありだな。
女子部員の中にひとりだけの男子部員の南君は、お茶会が始まった当初は若干居心地が悪そうだったけど、手芸の話になると活き活きと話していた。
「南君、部活納めに出たがっていた璃々奈は、あれからどうでした?」
「少し不貞腐れていましたけど、でも納得してくれましたよ」
「それならよかったわ。いつも南君達には迷惑ばかりかけているのでしょう?」
「そんなことないです。古東さんは誤解されやすいですけど、友達思いの優しい人だと思います」
南君は顔を赤らめてお茶を飲んだ。へー、ふーん。蓼食う虫も好き好きっていうしねー。
まぁなんにせよ、手芸部の皆さん、来年もどうぞよろしくね!