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ハゲちゃった眉毛はウォータープルーフのペンシルで自然に見えるよう、丁寧にきれいに描いた。部分的に抜けちゃってるだけなので、よく見なければわからないはずだ。世の中にはスッピンになると、毛抜きで抜きすぎて麿眉の女の人もいっぱいいるし!それに比べたら私は眉頭も眉尻も残っているし!
前髪も眉毛が隠れるくらいの長さがあるから、走らない、向かい風に立たないを守ればきっと大丈夫!車通学、万歳。
私は海藻づくしの朝食を食べると、学校へ行く準備をした。
私が登校すると、芹香ちゃん達が昨日突然休んだ私を心配してくれた。
「前日までお元気そうだったのに、麗華様が風邪でお休みだって聞いて心配しましたのよ?」
「ごめんなさい。朝起きたら体調が悪くて…。疲れがたまっていたのかもしれませんわ」
「まぁ、あまり無理なさらないで?」
「それで麗華様、今日はもう体調は平気なんですか?」
「ええ。病院にも行きましたし、もうすっかり」
「良かったですわ。もうすぐ冬休みで、クリスマスもありますものね!」
クリスマスか…。
「みなさんはクリスマスはどうなさるの?」
私が聞くと、みんなは「私はパーティーに出席します」「私は家族で旅行に」などと計画を話してくれた。みんなしっかり予定が入っているらしい。ちぇっ、やっぱり暇なのは私だけか。
「麗華様のご予定は?」
「親しい方達からのお誘いで、ちょっとしたパーティーに…」
「まぁ!麗華様が出席されるパーティーですから、きっと華やかなのでしょうねぇ!」
「いえ、そういった類のパーティーではありませんのよ?」
空想の友達とのパーティーです。
これ以上追及されるとボロが出るので、私は話題を変えた。
「私が昨日お休みしている間に、なにか変ったことはありませんでした?」
「いえ、特には」
「あら、あったじゃない!ビッグニュースが」
「そうよ。昨日は鏑木様が次のピヴォワーヌの会長になるっていう話で持ちきりでしたのよ!」
あぁ、それか。昨日は朝から眉毛がハゲるという衝撃的な出来事に見舞われて、一日中大騒ぎしていたから、すっかり忘れてたよ。あのお茶会が、なんだかずいぶん前のことのように思えるな。
「まさか鏑木様が会長をなさるなんてね~」
「芙由子様から聞いたんですけど、ご自分から立候補なさったんですって?あの鏑木様がと、みんな驚きましたのよ」
「でも昨日もみんなで話していたんですけど、鏑木様が体育祭や学園祭でクラスのリーダーシップをとると、クラスが一丸となって纏まりますもの。会長にはぴったりだと思いますわ」
「そうよね~。瑞鸞の皇帝がピヴォワーヌの会長だなんて来年が楽しみ!」
「でも逆に生徒会の人達はピリピリしてましたけど…」
「そうなんですの?」
私は昨日の生徒会の様子を聞き返した。
「生徒会長は特に気にしているようには見えませんでしたけど、ほかの役員達は難しい顔をしていましたわね」
「来年から鏑木様を相手にするとなれば、生徒会役員達の顔色も悪くなるわよねぇ」
「鏑木様のピヴォワーヌ会長就任の話に平然としていた生徒会のメンバーなんて、生徒会長と高道若葉くらいじゃない?」
「高道さん?」
「あの人はなんにも考えていないのよ、きっと。いっつもボケッとした顔をしているんだから。あれで本当に特待生になれるほど頭がいいのかしら。信じられないわ」
「でも噂では電卓さばきが生徒会一だとか」
「なによ、それ。頭の良さと関係あるの?」
「さぁ」
ふぅん。1日休んだだけで、いろいろあったんだなぁ。しかし鏑木が次期会長になることが、それほど騒ぎになるとは。まぁ、鏑木だからかな。これが私だったらそんなに話題にもならなかっただろうし。
でも改めて、本当に会長をやるはめにならなくて良かった。鏑木に感謝だ。あのまま瑤子様に推薦されて会長にされてたら、今頃私の眉毛は左右全部丸ハゲになっていたに違いない。
おっと、そこの男子、迂闊に窓を開けないでおくれ。前髪が風になびくじゃないか。
サロンに行くと、「麗華様、風邪だったんですって?大丈夫ですか?」とみなさんに声を掛けられた。仮病なのに朝からいろんな人に心配されて、段々後ろめたくなってきた…。
おとなしくいつもの定位置でカモミールティーを飲んでいたら、鏑木と円城がやってきた。
「吉祥院さん、昨日風邪で欠席したんだってね。もう平気なの?」
「ええ…」
しょうがないから、病み上がりっぽく弱々しげに微笑んでみた。
「咳が出るならかりんがいいよ。雪野も喘息の発作が出ると、よくかりん湯を飲んでいるんだ」
「そうなんですか。ありがとうございます」
本当は眉毛以外は元気いっぱいなんだけどね。できれば咳よりも育毛に効く飲み物を教えて欲しい。
「今朝登校したら、鏑木様のピヴォワーヌの会長就任の話がすっかり広まっていて驚きましたわ」
私の前で足を組んで紅茶を飲んでいた鏑木が顔を上げた。
「まぁな…」
「昨日はもっと凄かったけどね」
「そうですか」
「面倒くさがりの雅哉が会長なんて、絶対にやらないだろうって誰もが思ってたんじゃない?」
「そうですわねぇ」
「どういう風の吹き回しなんだか」と円城が笑うと、ふいと鏑木が顔を逸らした。
私がジッと鏑木を見ていると、その視線に気づいて嫌そうな顔をした。
「なんだよ」
「いえ、別に」
なんで会長をやろうなんて思ったんだろうねぇ、鏑木は。
円城が新しいお茶を取りに席を立つと、私とふたりきりになった鏑木がボソッと呟いた。
「……ピヴォワーヌは、あいつをよく思わない人間が多いからな」
聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声だったけれど、私の耳にはしっかりと届いていた。
ふーん…。やっぱり若葉ちゃんのためだったか。実は尽くすタイプだな、鏑木。
「お前は…」
「え」
「お前は、あいつをどう思ってる…?」
私を見据える強い視線に、緊張で心臓がドクンとした。
「特には、なにも」
「……そうか」
怖い。もっとしっかりと若葉ちゃんの敵ではないとアピールしたほうがいいのかもしれない。でないと敵だと勘違いされて消えかかっているはずの破滅ルートが復活してしまうかもしれない。
私が口を開こうとした時に円城が戻ってきてしまい、そのまま鏑木が席を立ったので、話すタイミングを逃してしまった。
やばい、今度は左眉毛の危機か…?!家に帰ったらすぐに薬塗らなくちゃ。
若葉ちゃん特製ブッシュドノエルは、休日に私が取りに行くことになった。わーい、楽しみだ!
若葉ちゃんはクリスマス、どうするのかなぁ。