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「昨日また、あの高道若葉が問題を起こしたそうですわね?」
会長はゆったりくつろぎながら、お茶に口をつけた。
「あの子ひとりのために、瑞鸞の風紀が乱れるのは本当に迷惑だわ。みなさんもそう思うでしょう?」
会長派のメンバー達が「本当にそうですね」と、若葉ちゃんに対しての不愉快な想いを表情に出して頷いた。
私は微笑みながらもひたすら無言を貫いた。
若葉ちゃんを庇ったことで、会長からなにか言われるかと昨日から戦々恐々としていたけれど、やっぱりきたか。
今日放課後サロンに顔を出すと、さっそく会長から「麗華様、こちらでお茶でもいかが?」と呼ばれてしまった。それからずっと動悸が止まらないんだけど、私の心臓大丈夫かな?哺乳類の一生の心拍数は決まっているという都市伝説めいた話を聞いたことがあるんだけど、私の寿命短くなっているんじゃないかな。
「麗華様はどう思っていらっしゃる?」
きた!
「私は特には…」
「聞いたところによると、昨日の高道さんと女子生徒達の対立を、麗華様が止めに入られたとか?」
うぉぉっ、ティーカップの中の紅茶が波打っちゃってるよぉ…。頑張れ、麗華!私は女優!
「ええ。なにか騒ぎが起こっていると聞いたものですから行ってみたら、それがあまりにも聞くに堪えない内容でしたので、つい…」
「まぁ…」
「いくら高道さん個人に問題があろうとも、そのご家族まで貶めるのはどうかと思いますの。私も家族のことを悪く言われたら、とてもつらいですもの…」
私は胸に手を当て、哀しい…を表現した。会長達は「麗華様はご家族と仲が良いと評判ですものね…」と同情してくれた。よし。
「麗華様はお優しいから見過ごすことがお出来にならなかったのね。確かに品位に欠ける発言ですわ」
「ええ…」
「でも元はと言えば、高道さんの分をわきまえない奔放な振る舞いが、多くの子達の反感を買ってしまったのが原因だわ。あの子さえいなければ、麗華様の御心を煩わせることもなかったというのに」
「え…」
メンバー達は口々にそうだそうだと言った。
「麗華様お可哀想」
「あんな子のために不快な思いをすることになって」
「麗華様の気も知らず、高道若葉は今日はずっと生徒会長の水崎有馬を横に侍らせていたんですって。いいご身分ですこと」
「生徒会がのさばっているから、あの女もつけあがっているのだろう」
会長は3年の男子メンバーの言葉に「その通りだわ」と言った。
「今期の生徒会が図に乗っているから、あの子も態度を改めないのよ」
会長は私の手を取った。
「麗華様。麗華様がお優しいのは私も充分わかっていますわ。でもピヴォワーヌの会長になったら優しいだけでは務まりませんのよ?時には厳しい対応もしなくては。でないと生徒会がますます増長してしまうのですから」
「いえ、前にもお話したように、私は会長の器では…」
「今期の生徒会は本当に忌々しい。ピヴォワーヌに取って代わろうという野心すら見えるようだわ」
「あの…」
それから話題は最近の生徒会との小競り合いに映ってしまった。あぁ、まだ私の会長就任話は生きているのか…。
私はそっと席を外して、いつも座っている壁際のソファに移動した。一応、昨日のことはごまかせたからよしとするべきか?あ~あ。
私が2杯目のお茶を飲んでいる頃に、やっと鏑木と円城がやってきた。人の苦労も知らないで!
私の鬱屈した気持ちが体から滲み出ていたのか、円城が「どうしたの、吉祥院さん。今日はなんだか疲れてるね」と声を掛けてきた。ああ、疲れているとも!
「師走ですから」
最近は気苦労が絶えなくて、毎日ストレス性の白髪が再発しているんじゃないかと、合わせ鏡で確認しているんだぞ。今のところはサロンでのヘッドスパと自宅での頭皮専用マッサージ器のダブル使いで、髪のコンディションは上々だけれども!
こんな日は、さっさと手芸部に行って腹巻作りに励もうっと。編み物をすると無心になれるんだよねー。
私は円城と鏑木に挨拶をして、サロンを出た。
手芸部は天国!
みんなで楽しく手芸をしながら、部活納めの日のお茶会についてのおしゃべり。去年は手芸部員(仮)だったので参加できなかったお茶会だけど、今年は正式部員だから堂々と参加できるのだ。嬉しいな、嬉しいな。
「古東さんに話したらお茶会に自分も参加したいと言っていたんですけど」
「あらダメよ、南君。参加したければ入部しなさいと伝えておいて」
璃々奈ったら本当に我がままなんだから。私なんて(仮)だったから去年は参加できなかったのよ。それだけ手芸部の部活納めのお茶会への道は険しいのよ。全くの部外者が参加できるようなお茶会ではないのよ。
「麗華様はネックウォーマーを作っていらっしゃるのですか?」
「うふふ、秘密」
腹巻とはまだカミングアウトできていない…。いざとなったら狸用だと言ってやろう。可愛いピンク色だけどね!
私は先日の桜ちゃんと葵ちゃん達の会話を聞いて、料理に対する危機感を覚えた。世間の女子はみな料理が当たり前に出来るものなのだろうか。それはまずいぞ…。
さりげなく芹香ちゃん達にも聞いたら、出来ない子のほうが多かった。お手伝いさんがいる家の子が多いからなぁ。でもそれで安心してはいけない。私だっていつ何時お料理を作らなくてはいけない事態になるとは限らないのだから。そう、例えば好きな人にお料理を作らないといけない時とか?!
料理本を片手に自己流でやってみようかと何回かチャレンジしてみたけれど、すぐに飽きてやめてしまった。やっぱり専門家に習いに行くのが一番か?
う~んと考えていた時に、ふと耀美さんのことが頭に浮かんだ。確か将来料理の先生になりたいと言っていなかっただろうか。
ここだけの話だけど、私はあまり料理の知識も技術もない。基礎の基礎から教えてもらわないとダメだと思う。耀美さんなら不器用な私相手でも優しく教えてくれる気がするんだよね。
私は耀美さんにお料理を習いたいというメールを送ってみた。耀美さん、引き受けてくれるかな~。
耀美さんからはすぐに私でよかったらという返事がきた。今度耀美さんの手料理を食べさせてもらって、その味が私の味覚が合うか確かめてから決めてくださいだって。わーい!
私だって未来の彼氏にお弁当を作れるようになっちゃうぞ!待っててね、まだ見ぬ我が恋人よ!
まだ確定ではないので、お料理を習うかもしれないことをお兄様だけにこっそり話したら、微妙な顔をされてしまった。どうして?一番に食べさせてあげるって言ってるのに。
なぜか鏑木にツボの本をもらった。付箋の貼ってある場所には“疲れに効くツボ”とあった。なんだこりゃ。
え~っと、おなかが引っ込むツボは…。