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お兄様に学費のことは心配しなくていいと言われてから、確かに気が緩んだからな~。今までよりは少しだけ力が入っていなかったかもしれない。パーティーに時間を取られたっていうのも痛かった。それでもちゃんとテスト勉強はしたんだけどねぇ。
それとそろそろ進路を考えて、本気で受験勉強に取り組み始めた人達が出てきているからなぁ。一応全員内部進学は出来るけど、人気の学部は成績が良くないと入れないから。あ~、心を入れ替えて私も頑張らないと、ごろんごろん成績が落ちていきそう…。
そして今回もトップは鏑木、2位は円城だ。凄いなぁ。このふたりもパーティーに来ていたのに、圏外に脱落した私とは大違いだ。でも私は当日以外に、お母様に連れられてエステやヘアサロンに行ったり、ドレスを選びに行ったりしてたから~と、言い訳をしてみる。
カンニング偽装の嫌がらせまでされた若葉ちゃんはというと、同志当て馬に抜かされての4位だった。それでも4位。素晴らしい。その頭の中身を分けて欲しい。
女子の中では学年トップなのに、全然そうは見えない若葉ちゃんは今日も後ろ髪がちょろんと跳ねて、口が軽く開いていた。もっとキリリとしないと、若葉ちゃん!隙だらけだよ!
「ブスは勉強くらいしか取り柄がないから」
「おしゃれもしないで勉強一筋って、女として終わっているわよね~」
これみよがしに若葉ちゃんのすぐ後ろで聞こえるように陰口を言われても、若葉ちゃんに全く動じる気配なし。きっと頭の中では、ご褒美に食べる食堂メニューのことでも考えているに違いない。
「高道」
「あ、水崎君」
同志当て馬が若葉ちゃんに声を掛けて近づいてくると、若葉ちゃんの陰口を言っていた子達がサッと離れた。
「今回は水崎君に負けちゃったよ~」
「それでも4位だろ。しかも僅差。ま、次も高道に負けないように頑張るさ」
「うん、頑張って」
「なんだ、その余裕の発言は」
「あはは」
同じ生徒会の役員だからか、若葉ちゃんと同志当て馬はずいぶんと仲良くなっているんだな。若葉ちゃんの態度も鏑木相手の時にはない気安さがある。うわ、有馬皇子ファンの子達の顔がちょっと怖い。
きゃあきゃあと黄色い声とともに鏑木と円城が現れた。すでに周りを取り巻く女の子達から自分達の順位は聞いているのか、ふたりは順位表の上のあたりをちらっと見る程度だった。なんだよ、もっと喜べよ。私なんて圏外落ちなのに。
そのまま自分達の教室に行くかと思いきや、若葉ちゃんの姿を見つけた鏑木が足を止めた。
「…よお」
「あ、1位おめでとうございます」
「当然だろ?」
「ですね」
朝から若葉ちゃんと話せて嬉しいのか、鏑木の表情が楽しげになった。確かにこれはほかの女子と話す時とは全然違うから、鏑木ファンが嫉妬するのもわかる。
掲示板を背にした若葉ちゃんの隣には同志当て馬。その前には鏑木。そして鏑木の少し後ろに立っている円城。2学年というよりも高等科の男子人気トップ3に囲まれる女の子って、これはまた若葉ちゃん、まずいんじゃないの…?
ほら、少し離れたところにいる会長グループも厳しい顔で4人を見ているし!
若葉ちゃ~ん、終業式まで残り1ヶ月弱。なんとか穏便に乗り切ってよ~。
と祈っていたのに、さっそく若葉ちゃんは体育終わりの更衣室で、女子の集団に囲まれていた。
「あんた調子に乗り過ぎなんじゃないの!」
「鏑木様に円城様、それに水崎君まで侍らして何様のつもり!」
「お勉強の出来るかたは、男子に媚びるのも上手いのね~」
私がその情報を聞きつけて更衣室に行った時には、すでに若葉ちゃんは集中砲火を浴びていた。
中心に若葉ちゃんと若葉ちゃんを攻撃する女子の集団。その周りを囲むように野次馬の女子達がいる。更衣室は男子の目がないので、その攻撃に一切の遠慮がない。
「ねぇ、玉の輿狙いで瑞鸞に来たって本当?」
「この顔で?冗談でしょ?」
「でも順調に鏑木様を誑かしているものね~。計画通りなんでしょ?」
なにを言われても若葉ちゃんは困った顔でやり過ごすだけ。言い返せばいいのに。って、できるわけないか。余計に火を煽るだけだ。
若葉ちゃんは気にしていなさそうなだけど、見ているこっちが苦しい。胸が痛い。
「貴女の家ってケーキ屋さんなんですってね」
その瞬間、若葉ちゃんの顔がぴくりと動いた。それを見逃さなかったのか、攻撃していた子達が意地悪く笑った。
「まぁ、さぞや有名なパティシエが作るケーキなんでしょうねぇ。お名前は?」
「きっとクープ・デュ・モンド・ドゥ・ラ・パティスリーに出場されるような高名なかたなのよ」
「そうよねぇ。まさか町のちっぽけなケーキ屋の娘が、瑞鸞に入学するなんてありえないものぉ」
「噂ではお安いと聞きましたけど、材料はなにを使っていらっしゃるの?」
それはあまりにもルール違反だ。親のことを持ちだすなんて!
周りもクスクスと笑っている。家族思いの若葉ちゃんの顔色が変わった。
酷いっ!もう黙っていられない!
「私、食べましたわ。高道さんのおうちのケーキ」
「麗華様!」
私は輪の中心に入った。
「え、あの、麗華様…」
「とっても優しい味でした。私は一度でファンになりましたわ。いちごのショートケーキも、シュークリームも凄くおいしかったもの。お土産に買って帰ったら、兄もおいしいと喜んでいましたわ。兄はロールケーキが特に気に入ったみたい。でも、私や兄の味覚はおかしいのかしら?みなさんの今の言い方ですと」
私は若葉ちゃんを笑った人間をきつい目で見渡した。私と目の合った子達は次々に下を向いた。この中には在学中にお兄様に憧れていた子や、姉や従姉がお兄様を狙っている子もいる。お兄様の神通力よ、私を守って!
「麗華様と貴輝様が…」
「私達、そんなつもりでは…」
「ではどんなおつもり?」
更衣室が静まり返った。
「私、こういうやりかたはあまり好きではありませんわ」
私はそう言うと、更衣室に集まっている女子達に、解散を促した。
心臓がバクバクいって、足がブルブルと震えていたのをどうにか押し隠して私も教室に戻った。
あとで芹香ちゃん達からどうして若葉ちゃんの家のお店に行ったのか聞かれたので、偶然立ち寄ったお店が若葉ちゃんの家だったとごまかした。
あぁ、これが会長の耳に入ったら、私どうなるのかなぁ…。
その夜、初めて若葉ちゃんからメールが届いた。
“お礼に特製ブッシュドノエルをプレゼント!”