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その週の日曜日、葵ちゃんと会った私は盛大にピヴォワーヌの次期会長要請を愚痴った。
「つまりその会長に、麗華ちゃんはなりたくないんだね?」
「うん、絶対にヤなの。荷が重すぎるの。私に出来るのは、精々クラス委員までなの」
「そっかぁ。ほかに適任者はいないの?」
本来なら一番影響力を持つ鏑木がなるべきだと思う。若しくは円城か。でもそんな面倒なことを鏑木がやるわけがない。ピヴォワーヌの会長として権力を握ることにも興味は全くなさそうだし。現会長の瑤子様達もそれがわかっているから私に話を持ってきたんだろうな~。
「約2名いるけど、とても引き受けるとは思えないの…」
円城のほうがまだ頼めば引き受けてくれる可能性があるけど、どうだろうなぁ。
「会長の仕事っていうのはそんなに大変なの?」
「仕事自体は大変ではないと思うけど…」
サマーパーティーなどの各種イベントはすべて外注だし、ピヴォワーヌ専用のコンシェルジュが細々とした事務作業はすべてやってくれる。生徒会長と違ってピヴォワーヌの会長は具体的な仕事としてはあまりない。だから受験生なのに12月までやっていられるんだと思う。
「それでもやりたくないんだね」
「うん…」
困ったね~と葵ちゃんに慰められていると、マナーモードにしておいた携帯がバッグの中でブルブル震えた。
「あれ?麗華ちゃん、携帯鳴っているみたいだけど出なくていいの?」
「ごめんね。確認だけさせてもらっていい?」
「遠慮しなくていいよ~」
携帯を出して着信相手を見たら桜ちゃんからのメールで、予定が空いちゃったから今から遊ぼうという誘いだった。桜ちゃんめ、私が常に暇人だと思っているな。
「お友達から遊ぼうっていうメールだった」
「そうなんだ。大丈夫?」
「うん」
桜ちゃんには友達と一緒だからムリだと返信した。ふふん、私にだって休日に遊ぶ友達がおるのだよ。
「今のはね、百合宮の子で小学生の時には私達と同じ塾に通っていたのよ。外見は日本人形みたいだけど、中身は面白いの」
「へぇ。なんだったらここに来てもらって一緒に遊ぶ?」
「えっ!いいの?!」
「うん。私はかまわないよ」
いきなり知らない子と遊ぶのも平気って、小学生時代に私から逃げ回っていたおとなしい葵ちゃんとは別人のようだ。あれ?それともあの頃の私がそれだけ怖かったってこと?いや~、まさかね。
「じゃあ一応メールしてみるけど」
猫かぶりの桜ちゃんこそ、友達の友達と急に一緒に遊ぶなんて嫌がりそう。きっと断るだろうなぁ。
と思ったのに、桜ちゃんから“ちょうど近くにいるからすぐ行く”と返ってきた。ええっ!みんなアクティブなのね?!
「来るって」
「そっか。お店の場所わかるかな?」
葵ちゃんはニコニコと笑った。本当に気にしないんだ…。
近くにいるという言葉通り、桜ちゃんはわりとすぐに現れた。
「こんにちは、頼野葵です」
「初めまして、蕗丘桜子です」
初対面の子と一緒に遊ぶといわれても、ぎくしゃくしちゃうんじゃないかなと心配だったけど、ふたりはすぐに意気投合した。主に恋愛面で。
「葵ちゃんは同じ学校に彼氏がいるんだ~。いいなぁ」
「でも桜子ちゃんも瑞鸞にいるんでしょ?」
「まだ正式に彼氏ってわけじゃないの。あと一押しなんだけどね」
学園祭以来、秋澤君の態度が変化したと桜ちゃんから聞いている。桜ちゃんを好きなディーテの存在に嫉妬して、秋澤君は桜ちゃんに対する恋愛感情をやっと自覚したらしい。ディーテ様様だ。
そのディーテはまだ桜ちゃんを諦めていないらしく、私に桜ちゃんへの熱い想いを語ってきたり、熱い想いをバイオリンで表現した自作CDを聞かせてきたりする。厄介な物件をまたひとつ抱えてしまった。
「吉祥院君、どうにかしてくれたまえ!」と言われても、秋澤君をずっと好きな桜ちゃんがディーテに振り向くことはまずないと思うので、次の恋を探したほうがいいのではと言うしかない。まずはそのアフロを切ることから始めてみてはどうだろう?
「週に1回お弁当を作って行ってるんだけど、頑張って凝ったお弁当にした時より、時間がなくて白いごはんに豚の生姜焼きを敷き詰めただけの適当なお弁当だった時のほうが、おいしいおいしいって喜んで食べられちゃうと、がっかりしちゃうんだ~」
「わかる!私も匠に時間をかけて作った より唐揚げのほうが食いつきがいいとがっかりしちゃう。陸上部の大会の時に私がお弁当を作って持たせるんだけどね、毎回唐揚げ唐揚げって、バカのひとつ覚えみたいに言うのよ。やんなっちゃう」
「あ~、わかる~。揚げ物の食いつきはいいよね。私の彼はエビフライも喜ぶ」
「そうなの。作り甲斐がないったら。でも匠が、桜子の作った唐揚げが一番おいしいって言うから、しょうがなく毎回入れるんだけどね~」
「あ、結局のろけ?」
「うふふ~」
桜ちゃんと葵ちゃんは「最近はなに作った?」「秋刀魚の竜田揚げは好評だったかな。甘辛い味付けがおいしいって。それとロールキャベツ」「ロールキャベツはいいね。ちなみにコンソメ?トマト?」「私の家はコンソメなの。でもトマトもおいしいよね」「トマトソースはドライパセリをまぶすと彩りもきれいだしね」「うんうん」と盛り上がっていた。私を置き去りにして。
桜ちゃんも葵ちゃんも当たり前のようにお料理出来るんだ…。私はたまにお菓子を作るくらいだ。なんだか焦る。私も未来の恋人のために、お料理を習おうかな…。
「クリスマスはどうするの?」
「私の学校はカソリック系だからクリスマスには教会でハンドベルを演奏したり、バザーをしたりと忙しいの。でも夜は毎年匠の家でクリスマスパーティーをするのよ」
さすが家族ぐるみのお付き合い。桜ちゃんは毎年、秋澤君のお母さんやお姉さんと七面鳥を焼いたりお料理を作ったりするらしい。
お母さんからも娘のように可愛がられている幼馴染が相手では、秋澤君も将来に向けて腹を括るしかないな。
「クリスマスのイルミネーションも観たいよね」
「いいよね~。私も行きたいと思っているんだけど、当日は混んでそうだからその前に行こうと思ってるんだ」
「私も。ちなみにどこ狙い?」
ふたりはきゃっきゃと楽しそうにクリスマスの予定をしゃべっていた。私は黙ってずるずるとお茶を飲んだ。
けっ、なにがクリスマスだ。大雪が降って交通網がガタガタになるがいい。
雪野君から練習をしたラテアートの成果を見て欲しいと、円城を通じて伝言を受け取ったので、喜び勇んでプティに行くと、出迎えてくれる初等科の天使達。
「麗華お姉さん、早くこっちに座って!」
私をソファに座らせると、雪野君はさっそくラテアートを作り始めた。
「雪野君、私達にも作ってくれる?」
「うん、いいよ」
雪野君は麻央ちゃん達にもねだられて、3連のハートのラテアートを描いてあげた。しかし私の前にはブチ模様も鮮やかな牛アート。これはホルスタインかな?
「凄く上手な牛ね?」
「えへへ、頑張りました」
雪野君は嬉しそうに笑った。私は記念に牛の写メを撮ってから、ありがたくいただいた。うん、おいしい。
「そうだ麗華お姉さん、この前はケーキをありがとうございました。ピスタチオのプチケーキがおいしかったです」
「そう?良かった」
先日のうちのパーティーの時、私はひとりでお留守番をしている雪野君にと、帰りにホテルのプチケーキセットをお土産に円城に持たせたのだ。
大きくなってお兄様が跡取りとしてパーティーに出席するようになると、お兄様は留守番をしている私にいつもケーキやお菓子などをお土産に買って帰ってきてくれていたので、それの真似。
「麗華お姉さんはクリスマスはどうするんですか?」
「私?私はお友達といろいろと予定があるけど…」
雪野君に聞かれて、つい見栄を張る私。するとそれを聞いた麻央ちゃんが、「ええっ!麗華お姉様には私の家のクリスマスパーティーに来て欲しかったのに!」と言った。
「雪野君もちょっとだけ来てくれるのよね?」
「はい」
雪野君は頷いた。ええっ、そうなの?!しまった、くだらない見栄なんて張らなければ良かった…。可愛い天使達と過ごすクリスマスを、自ら棒に振ってしまうなんて、私のバカ!今更予定がないなんて言えない…。
麻央ちゃん達はプレゼント交換をしようね~と楽しそうに計画を話していた。ううっ、私も参加したい。
そして期末テストの結果発表の日。いつものように「私は自分の順位はあまり気にしていないんですけど~」という顔をして見に行ったら、まさかの圏外だった。ぐおっ!!
ここ最近のツキのなさ。鏑木に見立てた黒豹ニードルフェルトからの呪い返しかもしれない…。