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しかし今回のパーティーに参加してわかったことは、今のところ吉祥院家が潰れるような要素が見当たらなかったということ。
パーティーを仕切っている社員の人達も、エリート!仕事出来ます!って感じの人達ばかりで、その表情も明るかったから業績も悪くないんだと思う。
私が小さい頃から口を酸っぱくして「不正はダメ!」と言い続けたおかげで、お父様も悪事に手を染めている気配もないし、なにしろあの優秀なお兄様がいる!お兄様だったら内部の不正も他社からの乗っ取りも未然に防いでくれると思うんだ。お父様の秘書の笹嶋さんもいるしね。
お母様も浪費家ではあるけど身代を傾けるほどではないし、私だって慎ましやかに生きているつもりだ。
君ドルでは吉祥院家を破滅させる鏑木との関係も、仲良くはないけど悪くもないと思う。少なくとも潰してやろうと思われるほどの恨みは買っていない、と思う。たぶん。
これだったら、無理に国公立の大学を目指さなくても、瑞鸞の大学に行っても大丈夫かなぁ。学費の心配がないのなら、本当は瑞鸞大学に行きたいんだよな~。
夕食とお風呂を済ませた後、リビングでクッションを抱えてうんうん唸っていたら、仕事から帰ったお兄様にどうしたのかと聞かれた。
「う~ん、進路のことで悩んでいるんです」
「進路?瑞鸞の大学に行くんじゃなかったの?」
「そうしたいんですけどね~」
お兄様はネクタイを緩めながら私の隣に座った。
「だったらなにが問題なの?行きたい学部に成績が足りないってこと?」
「いえ、学部はまだ決めていないんですけど、学費とか、どうなのかな~って」
「学費?」
お兄様はなにを言っているんだ?という顔をした。まぁ、そうだよね。吉祥院家の娘が大学の学費の心配をするなんて。
「たとえば、急に吉祥院家が斜陽族になるとか…。そんなことがあった場合、瑞鸞の高額な学費を払えるかな~とか…」
「斜陽族?また麗華のいつもの悪い想像の話だね。なぜか昔からそんな心配ばかりしているよね、麗華は。なにか理由があるの?」
「理由は特にないですけど…」
まさか前世のマンガで読みましたなんて、トチ狂ったことは言えない。
お兄様は大きく息を吐くと、黙り込んだ私の頭に手を置いた。
「あのね、麗華。なにがそんなに心配なのかわからないけど、会社も家も大丈夫だから安心していいよ。それにね、もし家にお金がなくなっても、僕にだって妹を大学に通わせるくらいの蓄えはあるから、行きたい大学に行けばいい」
ね?とお兄様が安心させるように笑ってくれたので、私の漠然とした不安も解消された。そうだよね、お兄様もいるもんね。私はひとりじゃないんだもん。きっと大丈夫だよね。
「麗華はもっと家族を頼っていいんだよ」
うん、ありがとう。
鏑木は相変わらず毎日若葉ちゃんのクラスに通っていた。若葉ちゃんは鏑木の前以外ではみんなと同じように「鏑木様」と呼んでいたけれど、鏑木と話す時は鏑木に言われた通り、「鏑木君」と呼んだ。あくまでもそれは鏑木に半ば強制されて呼んでいるに過ぎないのに、周囲の目は吊り上がった。
サロンでは会長が冷たい表情で“今日の高道若葉”の報告を聞いている。ピヴォワーヌ至上主義の会長達は、一般生徒の若葉ちゃんがあの皇帝を「鏑木君」と気安く呼び親しくしているのが、どうにも我慢できないらしい。若葉ちゃんに対して「立場をわきまえなさい」と内々に注意をしたけれど、鏑木の希望だと言われれば会長達でもそれ以上は言えない。それが余計に若葉ちゃんへの苛立ちを募らせていた。
会長達は今日も固まってヒソヒソとなにかを話し合っている。
テスト勉強もあるので早々にサロンを後にした私が駐車場に向かうと、偶然鏑木と会った。
「ごきげんよう、鏑木様。もうお帰りですか?」
「ああ」
鏑木もトップの成績を維持するために陰ではしっかり勉強しているのだろうな。
「先日はお忙しい中、パーティーにお越しくださってありがとうございました」
「いや、こちらこそ楽しかった」
おおっ!鏑木が私に社交辞令を!珍しい。
その時、ふと鏑木が遠くに目をやった。その遠い視線の先には若葉ちゃんらしき姿が。鏑木はそのまま若葉ちゃんが見えなくなるまで、動かなかった。
「鏑木様は…」
「うん?」
鏑木の目はまだ見えなくなった若葉ちゃんを追っていた。その姿を探すように。
「高道さんが鏑木様にかまわれていることで、多くの人から妬まれていることを知っていますか?」
「えっ」
鏑木が振り向いたけれど、私はそのまま別れの挨拶をして車に乗り込んだ。
期末テストはなんとか乗り切った。期末は中間よりも教科が増えるからつらい。私は記憶容量が少ないのか、暗記をすると先に覚えたものがどんどん消えていってしまうのだ。脳のメモリを増やすにはどうしたらいいのかなぁ。
そのテストでは、若葉ちゃんが座る机にテスト範囲に関するなにかが書いてあったらしい。幸いにも始まる前に若葉ちゃん本人が気がついて先生に言ったそうだけど、気づかずにテストを受けていたら、カンニングの疑惑をかけられ大変なことになっていたはずだ。若葉ちゃん、動揺してテスト結果に響いていないといいけど…。
「あの、麗華様。今日から部活が再開されますけど、部室に寄って行きますか?」
手芸部の副部長の浅井さんが私のクラスにやってきた。もしかして誘いに来てくれた?凄く嬉しいんだけど、今日はこのあと予定が入っている。
「ごめんなさい。ピヴォワーヌのサロンに行かないといけないの。そちらの用事が終わって時間があったら行きたいと思っているのですけど…」
そう。私はテスト最終日の放課後に、サロンに来てほしいと会長に呼び出されているのだ。嫌な予感しかしない。行きたくない…。
「そうでしたか。たぶん部員もテスト終わりで疲れてほとんど欠席だと思いますから、麗華様も無理せずそのまま帰ってしまっても大丈夫ですよ」
「ええ、ありがとう」
私だって手芸部に行って楽しく手芸をしたい。これから寒い冬だから、自分用に手編みの腹巻を作りたいのだ。
でも会長の呼び出しを断るなんてことは出来るわけがない。重い足取りでサロンに行くと、会長とその一派が笑顔で待ち構えていた。
「ごめんなさいね、麗華様。テストが終わったばかりだというのに」
「いえ、とんでもありませんわ。私になにかお話があるとか」
「ええ、そうなのよ。ね、みなさん」
会長の周りのメンバーも同じように頷いた。
「実はね、麗華様に来期のピヴォワーヌの会長を引き受けてもらいたいの」
「えっ!私がですか?!」
私が来期のピヴォワーヌの会長って…、絶対にムリ!
だいたいなんで私がピヴォワーヌの会長なの?!会長っていうのはメンバー全員を纏める力がないといけないのに!私には鏑木と円城を従わせる力なんて持ってないよ。特にあの鏑木が、私の言葉に従うとはとても思えない。会長の言葉に従わないで好き勝手やる人間がいれば統率力が疑われ、そのうち他のメンバーも私の言うことなど誰も聞かなくなってしまうに違いない。
そして一般生徒達からも、メンバーが誰も従わないこいつならチョロイと軽んじられ、最後にはとうとう生徒会に革命起こされちゃったりするのだ!あぁ、そして私は哀れギロチン送り…。
私がロココの女王ならば、同志当て馬はロベスピエールなのだ!え、だったら若葉ちゃんがサンジュスト?いーーやーー!助けて、フェルセーン!
「麗華様?」
はっ、現実逃避!
「私ではとても…」
「大丈夫よ!ピヴォワーヌの下の子達にもしっかりと心得を説いてありますから、生徒会ごときには負けなくてよ」
いやいや、生徒会と対立する気なんて私には全くないし。もしや会長、私を次の会長に据えて院政を敷くつもりでは?
「ピヴォワーヌのためにお願い、麗華様」
ムリだ…。孤立無援になる姿しか想像できない。首切りサムソンが早く来いと私を手招く。
あぁ、ストレスで総白髪になりそうだ……。
葵ちゃんからテストが終わったから今度の休みに遊ばない?という誘いがあった。もちろん行くよー!瑞鸞生には言えない私の愚痴を聞いておくれよ~!