挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
謙虚、堅実をモットーに生きております! 作者:ひよこのケーキ
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました
167/299

167

 私は次の週末に、ケーキを買うという名目で若葉ちゃんの家を訪ねてみた。

 お店に入ると私を覚えていてくれた若葉ちゃんのお母さんが、笑顔で迎えてくれた。


「まぁまぁ、いらっしゃい!」

「こんにちは。先日はお世話になりました」

「とんでもない!こちらこそ、この前はおいしい紅茶とコーヒーをわざわざ贈ってくれてありがとうね。今日は若葉に会いに来てくれたの?」

「はい、でもケーキもいただきたくて。先日こちらで求めたケーキがとってもおいしかったものですから」

「そぅお?瑞鸞のお嬢様の口には合わなかったんじゃないかって、おばさん少し心配だったんだけど」

「そんなことありません。ふんわり甘いのにくどくなくて、何個でも食べられそうでした」


 実際、家ではいっぺんに2個もぺろりと完食した。時間を置いて残りも食べた。おいしかったなぁ…。今日はどのケーキを買って帰ろう?


「そう言ってもらえると嬉しいわ。若葉はバイトに行っていてまだ帰っていないの。でももうすぐ帰ってくると思うから、中で待ってて」

「えっ、それは申し訳ないので帰ります。元々約束もせずに来てしまった私が悪いのですから。それに今日はケーキが一番の目的ですし」

「あら、ケーキなんてあとでいいじゃない。それともこれから用事があるの?」

「いえ、特には…」


 恋愛ぼっち村村長の私には、休日なのになんの予定も約束もありません。


「だったら寄ってって!せっかく遊びに来てくれたんだもの、遠慮しないで。若葉ならすぐ帰ってくるから。ね!」

「でも…」

「いいから、いいから」


 若葉ちゃんのお母さんはショーケースの向こうから出てくると、もうひとりのカウンター業務の人に「ちょっとお願いね~」と頼み、私の手を取って半ば強引に家に連れて行ってしまった。

 その時目の端に映った、お店に角にドーンッと鎮座するやけに立派なフラワーアレンジメントに、嫌な予感がした。





「吉祥院さんだったわよねぇ?どうぞ、どうぞ。ここに座って!」


 若葉ちゃんのお母さんは私をソファに座らせると、紅茶まで出してくれた。


「すみません。約束もなしに急に訪ねて来てしまったのに…」

「いいのよぉ。若葉の学校のお友達がわざわざ遊びに来てくれたんだもの。そうだ!若葉が寄り道しないように、先にメールしておくね」

「本当に申し訳ありません」


 私はペコペコと頭を下げた。

 世の中、私のように暇な休日を過ごしている人間ばかりではないのだ。アポなしで突然来た私が全面的に悪い。でも今回は若葉ちゃんの家のケーキを食べたかったのと、ケーキを買いに行ったついでに若葉ちゃんにも会えたらいいなという気持ちだったのだ。


「あの、これ、もしよろしければ」


 私は手に持っていたかりんとうの詰め合わせを差し出した。


「えっ、なあに?やだ、気を使ってくれなくていいのに。でもありがとうね。まぁ、かりんとう?可愛いわねぇ」


 ここのかりんとうは梅や唐辛子などいろいろな味があって、さらに可愛い和袋に小分けされているので、見た目もいい。私のお気に入りだ。それに和菓子ならケーキ屋さんを営む若葉ちゃんの家への手土産にしても失礼にならないかなと思って。


「うちの悪ガキ達に見つかっちゃうとあっという間に食べられちゃうから、おばさん大事に隠しておかないと」

「ふふっ」


 若葉ちゃんのお母さんはおどけるように紙袋を抱えた。いいなぁ、このノリ。前世のお母さんを思い出すよ。


「若葉のバイトは2時までなの。だからもうすぐ帰ってくると思うんだけど」

「そうなんですか」


 時計を見るともう2時半だ。


「若葉の学校での様子はどう?あの子、瑞鸞みたいな学校でちゃんとやっていけてるのかしら」


 うっ、痛いところを突かれた。きっとお母さんは若葉ちゃんが瑞鸞でつらい目に合っていることを知らないのだろう。


「ええ。高道さんは成績がとにかく良くて。今度生徒会の役員にもなったんですよ。その生徒会の人達と仲がいいみたいです」

「そうなの。上手くやっていけているなら良かったわ」


 ホッとしたように笑うお母さんに、胸が痛んだ。

 そこへ「ただいまー!」という若葉ちゃんの声が聞こえた。


「吉祥院さんが来てるんだって?」


 バタバタと足音を立ててリビングに入ってきた若葉ちゃんは、ソファに座る私を見て、マフラーを外しながら「いらっしゃい」と笑った。


「お帰り、若葉」

「お帰りなさい。お留守の間にお邪魔して、ごめんなさい」

「ただいまー」


 若葉ちゃんのお母さんが「じゃあ私は店に戻るね」と席を立ったので、私はもう一度お礼を言った。


「吉祥院さん、今日はどうしたの?なにか用事?」

「いえ…。この前のケーキがとてもおいしかったので、また食べたいと思いまして。もしその時に高道さんにも会えたらな~、と」

「そうなんだ。待たせちゃってごめんね」

「いえ、こちらこそ。勝手に上がらせていただいて…。でも高道さん、バイトなさっていたのね?」

「え、ああ、うん。ファミレスで休日のランチだけやってるんだ。前に吉祥院さんと会った時も、バイトの帰りだったんだよ」

「そうでしたの」


 あの、私がいか焼きにかぶりついていた時か。


「あ~、お昼まだだからおなか空いちゃった。私、カレー食べるけど、吉祥院さんもお昼まだなら食べる?」

「いえ、私は大丈夫ですわ」

「そう?」


 若葉ちゃんはキッチンに立ち、お鍋を温め始めた。すぐに漂ってくる食欲をそそるカレーの匂い。う…、おなかが…。

 若葉ちゃんはお皿を出して炊飯ジャーからごはんをよそい、そこにカレーをかけた。はうっ、おいしそう。


「吉祥院さんも一口くらいは食べる?」


 一口…。一口なら図々しくないかな。


「では、せっかくですから一口だけ…」

「オッケー」


 若葉ちゃんがダイニングテーブルにふたりぶんのカレーを用意してくれた。


「いただきまーす」

「いただきます」


 ゴロっとしたじゃがいもやニンジン入りで、市販のカレールーを使った懐かしの家庭カレーだ。スプーンで掬って食べる。おいしいっ!


「おいしいですわ」

「一晩寝かせたからねー。あー、労働の後のごはんはおいしいっ!」


 私達はニコニコと笑いながらカレーを食べた。


「でもバイトは瑞鸞では禁止のはずですから、大っぴらには言わない方がいいと思いますわ」

「あ、そうだね。気を付ける!」


 本当に気を付けないと。こんなことを敵方に知られたら大変だ。


「そういえば、上靴のことなんだけど、改めてありがとうございました。おかげで助かっちゃった。あの汚れた靴、やっぱり洗っても落ちなかったんだ」

「そうですか。気にしないでくださいな。あの靴は今後履く予定はなかったのですから」


 捨てるのも忍びないし、かと言って履きたくないしで、むしろ引き取ってもらえてありがたいくらいだ。


「ところで高道さん、先日のことなんですけど…」


 凄く聞きにくいけど、私は雨の日のジャージ事件を切り出した。


「あれって、蔓花さん達になにかされたんですよね?」

「え、う~ん…」


 若葉ちゃんは困った顔をした。

 あの日、帰りには若葉ちゃんは制服に着替えていたから、食堂で言っていた通り濡れただけなんだと思うけど、絶対に蔓花さん達が噛んでいるはずだ。でもそれとなく周りに聞いても、私のところまでは真相が入ってこなかった。


「高道さん?」

「えっと、お昼に1階の非常口に呼び出されて、いろいろ言われて、そのまま外に締め出されちゃったんだ。非常ドアには鍵が掛けられちゃったから、そのまま走って玄関まで回ったの。でも雨が凄かったからびしょ濡れになっちゃったんだー」

「そうだったんですか…」


 最悪バケツの水でも掛けられたかと思ったんだけど。でも11月の肌寒い雨の中、外に締め出すなんて酷すぎる。


「これ、一応誰にも言っていないんで、内緒ね?」

「内緒って…。きちんと抗議したほうがいいんじゃありません?生徒会長の水崎君に相談するとか」

「水崎君かぁ。水崎君にもずいぶん聞かれたんだけどねー。でもあまり事を荒立てたくないんだ」

「でも…」

「大丈夫だよ。たいした被害じゃないから」


 いや、なかなかの被害だと思うよ。


「あのね、高道さん」

「なに?」

「もし、高道さんが今の状況がつらかったら、私が蔓花さん達に言っても、いいのよ?」


 本当は中等科の時と違って、勢力をさらに拡大させた蔓花さん達に私が確実に勝てるかはわからない。老舗は新興にちょっぴり押されつつあります。


「ええっ!いいよぉ。吉祥院さんにそんな迷惑はかけられない。平気、平気」

「でも…」

「心配してくれたんだ?ありがとう」


 にぱっと若葉ちゃんは笑った。


「鏑木様がもう少し考えた行動を取ってくれたらいいのですけど…」

「あはは。鏑木君も面白い人だね」

「鏑木“君”?」


 あ、と若葉ちゃんが口を押さえた。


「えーっと、鏑木様に“水崎を君付けで呼ぶなら、俺もそう呼べ”と言われてしまって…」


 鏑木…、なんて子供なんだ。私が顔を歪ませたのを誤解したのか、若葉ちゃんが「ごめんなさい」と謝ってきた。


「鏑木様とのこと、不愉快ですよね?」

「え、いえ別に。高道さんが大変だなと思ってはおりますけど」

「あれ…?でも、その、好き、なのでは?」

「は?誰が、誰をですか?まさか私が鏑木様を?それはないですわ」

「そうなんですか?」

「ないっ!」


 大事なことなのではっきりと答えた。


「そうなんだ。噂ではそんなことを聞いていたから…」

「噂など、当てにならないものですわ」

「そうなのかー」


 若葉ちゃんは感心したように頷いた。


「ところで、お店にあった豪華なお花ですけれど、もしかして…」

「あっ!気づいた?うん、あれ、鏑木君にもらったんだ。この前ケーキを買いに来てくれて…」

「まぁ!」


 あいつ、やっぱり若葉ちゃんの家のケーキ屋さんに通っていたか!私より先に、ケーキ全種類制覇を成し遂げた憎きヤツ。


「ちなみにお家にあげたりとかは…」

「ううん、それはないよ。自転車事故の時は何度かあがってもらったけど」


 ふっ、勝ったな。私はこうしてカレーまで振る舞われている。


「あの、私もまた、ケーキを買いに来ていいかしら?」

「もちろん!大歓迎だよ!」

「それと私のことは鏑木様には内緒に…」

「あはは、またふたりの秘密だね。オッケー」


 そのまま若葉ちゃんとアドレス交換までして、私はケーキをお土産に鼻歌を歌いながら家路に着いた。






 メールの着信があったので開いてみると、梅若君から七五三の赤い晴れ着を着たベアトリーチェの画像が送られてきていた。

 晴れ着姿のベアトリーチェの横には、しっかりと例の千歳飴の袋も置いてある。立派に七五三だ。犬用の着物なんてあるんだね。はっ、まさか犬バカ君の手作り?!いや、まさかね。

“ベアたんの3歳のお祝いだよ!似合うでしょ!”うん、うん、似合う似合う。

 もう一枚の画像には、私があげたベアたんぬいぐるみが同じ晴れ着を着て写っていた。

 どうやら梅若君は、実子と養子の区別なく大切にする素晴らしい人柄の持ち主らしい。


 しかし、七五三か。このぶんだと、確実にベアトリーチェ用のお雛様もあるに違いない。

 犬バカ君とベアトリーチェに幸あれ!

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。