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謙虚、堅実をモットーに生きております! 作者:ひよこのケーキ
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 バカで単細胞で考えなしの鏑木のせいで、蔓花さん達は完全に若葉ちゃんに対して臨戦態勢に入った。

 お昼休みにいつものお友達と食堂でランチを食べていたら、ずいぶん時間が経った頃、若葉ちゃんがジャージ姿で入ってきた。よく見ると髪も濡れている?

 若葉ちゃんは手近な席に着くとお弁当を取り出し、残り時間を気にして急いで食べ始めた。


「なに、あれ」

「さぁ?あの人、変わっているから」


 白い制服の中にひとりジャージ姿の若葉ちゃんは悪目立ちだ。あちこちでヒソヒソと噂をされていた。

 周囲に目をやると、若葉ちゃんを見ながら楽しそうに嗤う蔓花さん達を見つけた。もしかして、なにかされた?

 ジャージ姿の若葉ちゃんは、ピヴォワーヌ専用席からでもすぐに目についたようで、鏑木が立ちあがって若葉ちゃんの元にやってきた。


「高道、その恰好はどうした」


 食堂がザワッと騒いだ。

 皇帝が公衆の面前で女子生徒に話しかける。しかも相手は最近なにかと噂の若葉ちゃん。食堂にいるほとんどの生徒の目がふたりに向けられ、その会話に聞き耳をたてた。

 若葉ちゃんは口に入れたお弁当をもぐもぐと咀嚼し飲み込むと、「制服が濡れちゃったので着替えました」と答えた。


「濡れた?どうして」


 鏑木が眉をひそめた。


「ちょっと外に出たので」

「外にって、この雨の中をか?傘も差さずに?」


 思わず私も窓の外を見ると、朝からの雨は今もザアザアと強く降り続いていた。


「はあ、まぁ」

「なにをやってるんだ、お前は」

「すみません」


 若葉ちゃんはぺこりと頭を下げた。


「で、どうしてこんな雨の中、外に出たりしたんだ」


 皇帝のその言葉に、蔓花さん達が少し動揺したのが見えた。


「あー、ちょっと用事があって…」

「だから、なんの」


 若葉ちゃんがう~んと言いながら、視線をきょろきょろと泳がせた。どうやら鏑木に本当のことを言うつもりはないらしい。

 そこへ若葉ちゃんを心配した同志当て馬が席を立ってやってきた。


「高道、大丈夫か」

「水崎君」


 鏑木は同志当て馬の登場に少しだけムッとした顔をした。


「なんだ、水崎。高道は今、俺と話をしている」

「見ればわかる。食堂中の注目の的だからな。少しは自分の立場と周りの目を気にしろ。高道が困っているのがなぜわからない」

「あ?」


 鏑木が同志当て馬を睨みつけ、同志も強い目でそれを受けた。頭の上で火花を散らせているふたりを、おろおろと手で止めようとしている若葉ちゃんの顔には、はっきりと“お弁当を食べる時間が”と書いてあった。

 成り行きを見かねた円城が割って入り、ふたりを止めると、なんとか事態は収まった。が、そこで無情にも予鈴が鳴った。

 若葉ちゃんは最後の悪足掻きのように口いっぱいに煮物を詰め込むと、そっとお弁当の蓋を閉めた。



 鏑木は円城に連れられ食堂を後にし、若葉ちゃんは同志当て馬と一緒に出ようとしたその時、後ろから取り巻きを連れたピヴォワーヌの会長が声をかけた。


「高道さん、貴女には瑞鸞の制服よりもジャージのほうがお似合いだけど、よもやその姿で帰ろうなんて非常識なことは思っていないでしょうね。そんなみっともない真似だけは絶対にやめてちょうだいね」


 会長は若葉ちゃんに冷たい視線をくれると、ツンッと顔を逸らして去って行った。

 くすくすと笑う女子達に混じり、「ざまーみろ」「あいつマジ目障りなんだよ」「もっとやれ」という悪意ある男子の声も聞こえた。振り返るとその男子達の中に、例の葵ちゃんを好きな男子が、嫌な笑いを浮かべて若葉ちゃんの悪口を言っていた。

 これは確かに葵ちゃんにはふさわしくないね。




 放課後、私は一度サロンに行き、目的の物を手に入れるとすぐに2年の教室に引き返してきた。

 葵ちゃんにしつこくしている男子は、同志当て馬と同じクラスだった。

 私が彼を廊下に呼び出すと、それに気づいた同志がこちらを注視し、さりげなく会話が聞こえる位置まで移動してきた。いやだわ、水崎君たら。心配しなくても、言われた通り扇子は家に置いてきていますとも。


「あの、なんですか」


 件の男子は突然の呼び出しに困惑を隠せない。

 ふーん、さっき若葉ちゃんの悪口を言っていた時とはずいぶん態度が違うね。聞くところによると行きたい学部があるのに成績が足りないので、成績上位の若葉ちゃんを妬んで足を引っ張ろうといろいろやっているらしい。


「実は、私のお友達のことなんですけど」

「吉祥院さんの、友達ですか?」

「ええ、私のお友達。名前は頼野葵さんというのだけど」

「えっ、頼野…?!」


 男子の顔がサッと青ざめた。人間ってこんなに一瞬で顔色って変わるものなんだな。


「……それで、あの、僕になにか…?」

「おわかりにならない?」

「え…」


 私は手に持っていた赤い牡丹の花をタクトのように目の前で振って見せた。男子が顔を引き攣らせ一歩退いた。


「大切なお友達が困っていると、私も哀しくなってしまうの。哀しくて、自分でもなにをするかわからないわ。ですから…」


 私は牡丹の花を喉元に突き付けた。


「引いてくださるわね?」

「…っ、はいっ!」


 男子は直立不動の姿勢になった。私はにっこり頷いた。


「それと、ご自分より成績のいい女子を妬むのは、瑞鸞の男子生徒としてあまりよろしくないと思いますわよ?」


 私は牡丹の花を振って、逃げるように教室に戻る男子を見送った。

 よし、任務完了、と。あとで葵ちゃんにメール打っておかないとね。


「今のはなんの話だ」


 陰から聞いていた同志当て馬が出てきた。


「彼が私のお友達を好きになって、少ししつこくし過ぎているので、その子が困って私に相談してきたんですの」

「なるほどな…。でも吉祥院、それは扇子よりもタチが悪いだろ」


 同志当て馬は額に手を当て、ため息をつきながら私の持つ牡丹の花を指差した。


「とにかくその兵器をどうにかしろ。ピヴォワーヌが持つ牡丹の花なんて、リーサルウエポンじゃないか」


 どうにかしろって言われても~。

 部活に向かうためタイミング悪く通りがかったサッカー部部長が私を見てひいっと悲鳴をあげたので、部活頑張って!という意味を込めて牡丹の花をプレゼントした。触れた指先が氷のように冷たかったけど、体調が悪いのかしら?


「サッカー部のエースを再起不能にする気か!」


 まさか。私は善意の塊なのに。



 駐車場に行くと、またもや鏑木に強引に車に乗せられる若葉ちゃんの姿があった。あれはすでに拉致の域だろ。なにやってんだ、鏑木。

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