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謙虚、堅実をモットーに生きております! 作者:ひよこのケーキ
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 愛羅様からのメールによると、鏑木がとある女の子に興味を示しているらしいとのこと。これは確実に若葉ちゃんのことだな。

 どう返事をしていいかわからなかったので、とりあえずこっちは保留。先に葵ちゃんにゲットしたナル君の名前を知っているかメールをした。

 隣で私が自分のことを調べているなんて全く知りもせず、ナル君は真剣な顔で勉強をしている。前世の本物のナル君が勉強をしている姿は見たことがなかったけど、きっと私の知らないところではこうやって勉強していたんだろうなぁ。

 葵ちゃんからの返事はまだなかったので、私も真面目に本を読み始めた。すこーしだけナル君のほうに椅子を近づけて。





 家に帰って愛羅様に返信を打つ。若葉ちゃんの噂を私が積極的に吹聴しないほうがいいと思ったので、“そうなんですか?お相手は誰でしょうね?”と惚けておいた。

 するとしばらくして愛羅様から電話がきた。


「麗華ちゃん、久しぶり。元気だった?」

「お久しぶりです、愛羅様!」


 愛羅様も大学に入って忙しそうなので、こうして話すのも久しぶりだ。嬉しいな。今年は優理絵様も愛羅様も用事があって学園祭に来られなかったので、クラスの出し物や手芸部の話などをした。


「ところで、メールで言った雅哉の新たな恋なのだけどね」

「はい」


 そもそも気が付いたのは優理絵様なんだそうだ。夏休み頃から鏑木の様子が変わったと。


「この前も雅哉が優理絵の家に会いに来た時、普段雅哉が食べないような素朴な感じのケーキを持ってきたんですって。聞いたら同じ瑞鸞に通う女の子の家のケーキだっていうじゃない?全種類食べたなかで、雅哉が選んだ選りすぐりを買ってきたって自慢げにしていたそうなんだけど、ただそこのお店のケーキが好きってだけじゃあなさそうなのよねぇ。あいつは面白いヤツでとか、自転車に妙なシールを貼ったりして変わっているとか、その女の子の話ばかりしていたんですって」


 鏑木は若葉ちゃんの家にも通っているのか?!ストーカー気質健在だな。

 そして若葉ちゃんの家のケーキを全種類制覇とは!ずるい!私だって若葉ちゃんの家のケーキを買いに行きたいのに!エクレア食べたい!


「考えてみれば、雅哉が優理絵を吹っ切ることができたのも、雅哉の中に新しい恋が芽生えていたからなのかもしれないわねぇ。優理絵は“なんだか雅哉が浮かれているの”って楽しそうだったけど」

「そうですか」

「私としては密かに麗華ちゃんを推していたんだけどなぁ」

「なにを言っているのですか、愛羅様」


 不吉なことを言わないで欲しい。それは没落ルートと同義語だ。


「麗華ちゃんは好きな人はいないの?」

「えっ!」


 好きな人?!えーっと、今一番気になっているのは図書館のナル君だけど…。


「特にはいませんわ」

「あら~。寂しいわねぇ」

「愛羅様はいらっしゃるんですか?」

「どうかな~」


 むむっ、気になるじゃないか。素敵な愛羅様の好きになる人が万が一にでも変な人だったら、絶対にイヤだ。

 愛羅様からはそれ以外に、瑞鸞の大学に進んだ女子の先輩達の卒業後の進路の話などを聞いた。愛羅様は働くつもりだそうだけど、卒業と同時に結婚したり就職せずに花嫁修業と称して家にいる人も多いそうだ。

 そして地方公務員になった人はあまり聞かないらしい…。





 鏑木のせいで若葉ちゃんへの風当たりが前以上に厳しくなったので、心配した同じ生徒会の同志当て馬が、若葉ちゃんのボディーガードのように傍にいることが多くなった。そしてそれがさらに女子達の反感を買った。


 瑞鸞学院では高等科から週に一回選択授業で、華道、茶道、書道、剣道、弓道のどれかを選び、授業を受けることになっている。

 これは主に高等科から入学してくる一般家庭の外部生のためという意味合いが強い。

 そしてそんな選択授業で、女子の大半は華道か茶道を選択し、私は1年の時から茶道を選択している。私が華道を選択しなかったのは、決して自分の生け花のセンスに自信がなかったからではない。昔から私が習っている流派と選択授業の華道の流派が違ったからだ。そうなのだ。

 私は花鋏は蕨手しか使わないことに決めておりますの。ええ、そうですの。決して逃げたわけではありませんの。

 私はやれば出来る子です。


 若葉ちゃんはこの機会になるべくいろいろ経験したいと考えたのか、毎年選択を変えている。去年は華道で今年が茶道だ。

 でもなー、だったらせめて1年の時に茶道を選択して、2年で華道にしておけばよかったのに…。茶道は毎年少しづつ習うお点前が変わる。去年は袱紗の捌き方などを練習する基本から盆略手前までだった。盆略なら使うお道具も少ないので、失敗する確率も少しは減っていると思う。でも2年でやる風炉手前は手順も増えてそれだけ難しくなっている。いきなり基本をすっとばしてやれるもんじゃない。教本を読み込んで手順を覚えてきていても、実際にやると勝手が違う。

 茶道の作法は面倒くさい。本当に細かい。畳を歩く歩数すら決まっている。あれは一朝一夕にできるものではない。

 その点華道のほうが全然楽だ。基本の生け方さえ覚えておけば、あとは自分のセンス次第。それに華道を選択すると、授業で生けた花を持って帰ることも出来るからさらにお得。瑞鸞だから華やかで高い花がバンバン用意されているしね。間違っても仏壇花みたいなしょぼい花は出てこない。

 でも今日は若葉ちゃんが亭主としてお点前をする日。どうか失敗しませんように…。

 そう思っていたのに。


「……っ?!」


 若葉ちゃんが釜に乗せた柄杓が床に転がった!

 あちこちから忍び笑いが聞こえてくる。若葉ちゃんは顔を赤くしてすみませんとペコペコ謝りながら、先生から柄杓をもう一度拭き直させられていた。

 あぁっ、わかるよ若葉ちゃん!若葉ちゃんの今のつらい気持ち、私には痛いほどわかる!私も昔、茶席で懐紙に取ったお菓子を落として、コロコロコローッと畳の上を転がしたことがある!いやぁ、あの時は本当によく転がったよ。丸かったから勢いついたのかな。おむすびころりんなみの転がり方だった。手を伸ばした時にはすでに届かない距離まで転がっていってたよ。あの時の、いっそこのまま記憶を失いたいと現実逃避した気持ち、今でも忘れていないよ。貧血を起こしたフリをしてその場に倒れてしまおうかと、真剣に悩んだ。うっ…、思い出すだけで胃がっ!

 あれ以来、丸いお茶菓子が出てくるとドキドキする。だいたいなんで懐紙なんて安定感の悪い物で食べなきゃいけないんだ。お皿持ってこい!お皿!


「やっぱりお育ちが…」

「ねぇ、みっともない…」


 ここぞとばかりに若葉ちゃんをバカにした声が聞こえる。あぁっ、どうしよう…。


「あ、あの、このお菓子、もしかしたら山茶花かしら?」


 苦肉の策でひねり出した言葉に、先生が食いついてくれた。


「まぁ、吉祥院さん。よくおわかりになりましたわね。椿と間違われやすいのですけど、今日のお菓子は山茶花を模した物ですのよ」


 みんなの気がお菓子に逸れた!今だ、若葉ちゃん!どんどん進めちゃって!って、若葉ちゃんまで感心したように頷いている場合じゃない!

 たどたどしく何度も先生に注意されながらも、若葉ちゃんのお点前は無事終了した。みんなの見ている前で失敗して笑われて、落ち込んでいるんじゃないかなと様子を見ていたら、先生に頑張ったご褒美にと余ったお菓子をこっそりもらって喜んでいた。うん、さすがだね…。





 今日は久しぶりに三原さんと皇居を走ることになった。髪をポニーテールにして気合充分!頑張るぞー!

 自分でいうのもなんだけど、夏休みに走った時よりはだいぶ成長したと思う。体力もついてきたしね。

ぜいぜい、はあはあ。

 皇居沿いを走る私達の横に、フライングレディを従えた、白い迫力のある車が止まった。

 なにごとかと思う前に、三原さんが私を庇うようにサッと前に出た。そういえば三原さんの本来の仕事は私の護衛だったな。

 なんだろう、怖い人に因縁つけられるのかな。応援呼んだほうがいいかな。

 すると、スーッと後部座席の窓が開き、中から顔を出したのは鏑木だった。


「やっぱりお前か」

「鏑木様!」


 迫力満点の車の主は皇帝鏑木だった。

 もしかしてこの車で自転車に乗った若葉ちゃんを轢いたのか?よく若葉ちゃん軽傷で済んだな。しかし轢いた相手がこんな威圧感の塊のような車だったら、そりゃあ高道家の人々も慰謝料を断る。これはカタギの乗る車じゃない…。


「こんなところでなにをやっているんだ?」

「なにって、見ての通り、ジョギングですわ」


 走っていたせいで息が切れる。長く話をさせんな、苦しいから。

 でもなにをやっているって見ればわかるでしょうよ。本当に残念でバカだなー、鏑木は。


「ジョギング?その場でずっと足踏みしているようにしか見えなかったぞ。歩行者にも抜かされていたじゃないか。妙なのがいると思って見ていたら、お前だった」


 なんだとーーっ!

 なにが足踏みだ!ちゃんと前に進んでるっての!むかつく!むかつく!むかつく!

 あんたは、思慮とか気配りとかデリカシーとかが決定的に足りないんだよっ!


「ヘアスタイルはジャマイカっぽいのに残念なヤツだな。まぁ、精々頑張れ。じゃあな」


 そうして言いたい放題言うと、わなわな震える私を残し、動くパルテノン神殿は去って行った。


「…お嬢さん、自分のペースで走ればいいんですよ?」


 失恋しろ、鏑木。失恋してしまえ!そしてまた、旅人になるがよい!

 私は見えなくなった車に呪いをかけた。

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