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謙虚、堅実をモットーに生きております! 作者:ひよこのケーキ
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 携帯に着信があったのでチェックしたら、梅若君から“来たよ~”とメールが入っていた。梅若君はさっそくベアたんぬいぐるみを見に行きたかったらしいけど、森山さんや北澤君達が先に食べたり遊んだりしてからにしようと言ったので、私が手芸部の受付をしている時に来るとのこと。

 あぁ、大丈夫かなぁ。犬バカ君に合格点をもらえるかなぁ。顔はお兄様に直してもらってずいぶん本物に近づいたと思うんだけど、ベアトリーチェを溺愛している犬バカ君からしたら「こんなの俺のベアたんじゃないっ!」って怒っちゃったらどうしよう…。

 そしてもうひとつのメールには桜ちゃんから“陸上部のマネージャーには無事釘を刺すことができました”とあった。なにをした、桜ちゃん…。




 接客の合間に委員長から、昨日美波留ちゃん達と学園祭を見て回ったのだと頬を染めて報告された。4人でお菓子を分け合って食べたりして、ずいぶんと楽しかったとさ。そりゃ結構。私は女の子の友達だけで見て回ったけどね。

 一番楽しみにしていた鏑木のクラスのお化け屋敷は、想像以上に怖かったらしい。委員長は「思い出すだけで…!」と、自分の耳を守るように両手でふさいだ。



 午後になって私は手芸部の受付当番に行った。受付と言っても記帳してもらうわけでもなく、ただ椅子に座って展示物に触ったりする人がいないかチェックするだけなんだけどね。

 私と一緒に受付をするのは南君だった。そういえば南君も昨日璃々奈達と鏑木のお化け屋敷に行っていたなぁ。


「どうでした?お化け屋敷は」

「凄く怖かったです。恥ずかしいですけど僕は途中でヘッドホンを外してしまいました…。そしたらそれを古東さんに気づかれて、あとで根性なしと怒られてしまいました」

「まあ。ごめんなさいね、南君。私から璃々奈を叱っておきますわ」

「いえ!僕が意気地がなかっただけですから…」


 全くもう、璃々奈のやつは。

 しかし手芸部の展示を見に来るお客さんはまばらだなぁ…。運動部の部長達の言い分もわかる気がする…。

 そこへ、連絡をしておいた梅若君達がやってきた。


「おおー、吉祥院さん!」

「いらっしゃい、みなさん」


 梅若君達は学園祭をいろいろと見て回ったのか、戦利品をぶら下げている。


「招待してくれてありがとう、吉祥院さん。瑞鸞の学園祭、チョー楽しい!」


 北澤君達がニコニコ笑って言った。


「そう言ってもらえて良かったですわ。楽しかった出し物はなにがありました?」

「パンの器に入ったクラムチャウダーを食べたよ。あれ、器も全部食べられるからいいね」

「それとピアディーニっていう、野菜や肉を挟んだクレープみたいなのがめっちゃ美味かった!人が大勢並んでたから俺らも食べてみたんだけどさ。人気があるだけあるよな~」

「あぁ、サッカー部の模擬店ですわね」


 サッカー部め、部長会議で幅を利かせるだけのことはあったか。


「一口ドーナツもおいしかったわよ。フレッシュジュースも」

「俺はフォーがおいしかったなぁ」

「みなさん、食べてばかりですのね」

「いやいや、ゲームもしたよ。ダーツとか。さすが瑞鸞、ダーツボードじゃなくてマシンだったのには驚いたよ。本物のお店みたいだった」

「あとさ、なんといっても一番はお化け屋敷だよ!スッゲー怖かった!たかが文化祭のお化け屋敷と完全にナメてたよ。マジで怖かった。耳が本当にもぎ取られる感じがしてさ!」

「北澤涙目だったもんねー」

「うっせ」


 うんうん、学園祭を満喫してもらえてるようで良かったよ。瑞鸞の学園祭はお金がかかっているから模擬店も出し物も普通の高校より充実しているはずだ。


「そうだ。学園祭に入る時に受付で吉祥院さんからもらったチケットを出したんだけど、チケットに押されてた赤い花のマークを見て、係の生徒達が慌てちゃってさ。あの花ってなんか意味があるの?」


 それはピヴォワーヌメンバーの関係者という意味です。


「たいした意味はありませんわ」

「ふーん。でもなんかいろいろ優待券とかもらったから特別な意味があるのかと思ったんだけど。あ、それとさ、瑞鸞って女子が“〇〇様”とか呼ぶのな。もしかして吉祥院さんも麗華様とか呼ばれてたりして?!」

「ええ、まぁ…」

「麗華様って、似合う~。俺達も今日から麗華様って呼んじゃう?」


 あははと北澤君達に大受けされた。絶対に呼ぶな。


「ねぇ!私達疲れたからカフェに入ったんだけど、そこに王子様みたいなイケメンバリスタがいたの!物凄くかっこ良かった!誰、あれ。吉祥院さん知ってる?たぶん同じ学年だと思うよ。女の子達に囲まれて凄い人気だった。吉祥院さん、彼と仲いい?」


 イケメンバリスタ…。円城だな。


「顔見知り程度ですわね」

「な~んだ、残念」


 森山と榊さんはがっかりとした。それでもめげずに「ほかにかっこいい人いる?」などと聞かれ、北澤君達には「可愛い女の子いる?」と聞かれた。可愛い女の子?ここにいるじゃないか。


「ねぇ、それよりもベアたんを見せてよ!」


 梅若君が焦れたように私に言った。とうとう審判の時がきたか…。


「こちらですわ」


 恐る恐る梅若君達をベアたんぬいぐるみの元へ案内する。


「おおっ!」


 梅若君はベアトリーチェのぬいぐるみを感動したように見つめた。


「どうでしょう…?」

「似てる…。そっくりだよ、吉祥院さん!」

「そうですか!」


 やった!合格をもらえたようだ!


「ベアたんの愛らしさがよく出ているよ。凄いよ、吉祥院さん!」


そうかい、そうかい。苦労した甲斐があったというものだよ。


「ねぇ、吉祥院さん、これ触っちゃダメ?」


 一応展示物は触っていはいけないことになっているのだけれど、私の作品だけなら構わないと思う。


「どうぞ。ただしあまり力を込めると歪んでしまうかもしれませんので気を付けて」

「ありがとう!」


 梅若君はそっとベアたんぬいぐるみを抱っこした。そしてそのまま凝視する。どうした…?

 すると次の瞬間、梅若君は感極まったように「ベアたんっ!」とぬいぐるみをギュッと抱きしめた。


「ベアたん、ベアたん!なんて可愛いんだ!」


 そう言ってぬいぐるみに頬をスリスリし、「ラブリー!」と言ってぬいぐるみにキスをする背の高いピアスの男子高校生。シュールだ…。

 森山さん達は人目を気にして周りをきょろきょろし、北澤君は「落ち着け!」と犬バカを止めた。

 見ると受付に座る南君が口をあんぐりさせていた。ちらほらいた見学客は展示室から出て行った…。


「あぁ、ごめん、つい興奮しちゃって。でも吉祥院さん、このベアたん、なんだかいい匂いがするんだけど、これって吉祥院さんの家の匂いかなぁ」


 ぬいぐるみの胴体にクンクンと鼻を近づける梅若君。ふっふっふっ、気が付きましたか。


「実は中に薔薇のポプリが入っているんです」

「薔薇のポプリ?」


 そう。あえて公言せず、わかる人にだけわかるという、このさりげないおしゃれ心!こういうところにセンスって現れるよね!ほほほほほ。


「へえ。そうなんだ。でもこの子、本当に可愛いな。ベアたんにそっくりだ。…欲しいな。ねぇ、吉祥院さん、この子俺にくれない?」

「え?」

「ね、ね。絶対に大事にするから!ベアトリーチェの妹としてうちに養子にくれよ。ね、吉祥院さん!」

「え~っと…」

「ちょうだい、ちょうだい!」


 爛々と光る犬バカ君の目が怖い…。みんなも犬バカ病炸裂にドン引きだ。森山さん、貴女梅若君が好きだったんじゃなかったのですか?


「吉祥院!」


 振り向くと同志当て馬がドアの前に立っていた。


「ちょっといいか」


 厳しい顔で同志当て馬が私を廊下に呼び出した。え、私またなにかやった?


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