髭男爵・山田ルイ53世の告白「『あっ、ルネッサンスや!』と言われると傷つきます」
自ら「一発屋芸人」を名乗る髭男爵・山田ルイ53世さんが、レイザーラモンHG、コウメ太夫、テツandトモなど“テレビから消えていった”芸人を追跡取材、雑誌ジャーナリズム賞作品賞を受賞した新刊『一発屋芸人列伝』。
【写真】「お互い、いい本を書きましたね」笑いあう二人
今や視聴率トップを走り続ける日本テレビが90年代、当時の覇者フジテレビをどのように逆転したのかを描いた、てれびのスキマ(戸部田誠)さんのノンフィクション『全部やれ。 日本テレビ えげつない勝ち方』。
もともとテレビやラジオ番組を通して親交のあった二人がそれぞれの本を読んで、一発屋芸人と日本テレビをテーマに対談しました。
前半〈髭男爵・山田ルイ53世が語る「僕を通り過ぎた一発屋たち」〉より続く
対談は新潮社クラブで行われた ©鈴木七絵/文藝春秋
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ハローケイスケさんを取り上げた理由
戸部田 『一発屋芸人列伝』に登場する芸人さんの人選はどのように?
山田 担当編集とリストを見ながら相談です。でも、ハローケイスケさんとかはそもそものリストには載っていなかったんです。やっぱり一発でなくて“0.5”発芸人なんで(笑)。
戸部田 それでなんでハローケイスケさんを取り上げたんですか。
山田 まず、僕が好きで尊敬してるから。あとテンポ的にこのへんで1じゃない、0.5があってもええかなと。ハローケイスケさんは、芸が好きなんですよね。あのアンケートの芸(※観客に挙手を促すアンケートを行うハローケイスケのネタ)って、ピン芸の中では、iPhoneぐらいの、芸のデザインがすごくかっこいいなと僕は勝手に思っているんです。すごく削ぎ落としていて、客に手を挙げさせるだけでツッコミや、ボケの代わりにできていたりしてスゴい。そういう尊敬の念から入れさせて貰ってるんです。
一発屋芸人といえば男ばかりなのはなぜ?
戸部田 この本ではキンタロー。さんが出てきますが、女芸人さんはそのキンタロー。さんひとり。女芸人さんを取り上げるのに苦労をしたのでは。
山田 具体的な名前は言えないですけど、何人かの女芸人の方には取材を断られました。そもそも一発屋芸人といえば男ばかりのイメージでそれは何でなんやろということで、本の中で社会学の先生にもわざわざ取材して。
戸部田 あれは本当にすばらしいなと思いました。一発屋芸人の特性からジェンダー論まで発展するという。
山田 でも、たぶん感覚としてみんなちょっと思っているでしょ。女芸人が「一発屋ですねん。最近、仕事ないですわ」というトークを始めたとき、男の感覚なんかもわからないですけど、ちょっと引きますよね。女性はどう感じますか? と思ったので『一発屋芸人列伝』担当の女性編集者に聞いたら「報われない感とか、救われない感がダブルで来ている感じはします」って。
「もともと女芸人であるということ自体がある種のネガティブなところに立っている。ブスだとかモテないとか不幸の上に成り立っている芸が多い。そこでさらにもう一個、一発屋というのをかぶる。二個かぶるというのはちょっときついんじゃないか」と。男女問わず、多少引く。だから感覚的にも学術的にも裏付けが取れたということなのかなと(笑)。そういえば、今日聞こうと思ってたんですけど、スキマさんって、一発屋芸人、好きじゃないでしょ?
戸部田 あはは(笑)。いや、そんなことないです。逆に僕は好きなほうだと思います。
山田 本当ですか? スキマさんがテレビについてよくつぶやいているツイッターの監視は、僕、けっこう厳しいですよ(笑)。
“漫才道”的な雰囲気には惹かれないです
戸部田 僕はむしろ、「ライブだけがホンモノ」みたいな感じでテレビに背を向ける芸人さんたちのほうが苦手ですね。
山田 なるほど。だってテレビっ子ですもんね。スキマさんにとって一番価値のある戦場というのはそこ。僕もそうです。テレビに出てなんぼやという。じゃあ、昨今、漫才をしている若手芸人の界隈に、“漫才道”的な雰囲気が流れているのは。
戸部田 価値観としては色々あっていいと思うんですけど、僕はあんまり、それには惹かれないです。
山田 なるほど。僕と一緒ですね(笑)。うちの事務所の(カンニング)竹山さんが昔、「賞レースに勝つだけが道じゃない。芸能界には裏から梯子かけて登るところもある」とおっしゃっていて、そのイズムを浴びている人間なので、やっぱりテレビに出て、ご飯食べられてなんぼという気持ちでこの仕事を始めているから、ちょっと違和感があるんですよね。「正統派の漫才をやっているんだからいいんだ」みたいな、感じはあまり好きじゃない。
マスを相手に、いかに戦っていくか
戸部田 やっぱり僕が興味があるのは、マスを相手に戦う人。
山田 じゃあ、やっぱりそんなに一発屋好きじゃないじゃないですか。
戸部田 え、なんでですか?
山田 今や一発屋たちはマスで戦っていないですから。
戸部田 いや、でもそれはマスで戦った結果でしょう(笑)。
山田 誰が敗戦処理や(笑)! でも、一度は戦った人間としてのリスペクトはいただけているんですね。
戸部田 もちろん、もちろん。今も戦ってらっしゃるじゃないですか。すごくリスペクトしてます。
山田 ありがとうございます(笑)。だから今日、スキマさんの『全部やれ。』という立派な本と、角突き合わせていますけど、言うたら、日テレのつくり手のことを描いたこの本は、一発屋からするとものすごい上空の話なんですよ。
戸部田 でも、やっぱりどちらもマスを相手に、いかに戦っていくかを描いた本だと思うんですよね。
山田 そうですね。この本に出てくるテレビ屋さんたちの考え方は、少なくとも僕はすごく共感できる部分はあります。やっぱり最終的に「わかってもらってなんぼや」「勝ってなんぼや」「数字取れてなんぼや」「俺らはやっぱり売れてなんぼや」という考え方って、ともするとあまりよく思われない考え方かもしれませんが、勝負して、俺らは一発当てたんやという気持ちはありますね。その気持ちが高まって、みんな変な生き物に変わっていったという(笑)。ちょっと斜に構えていたら、俺らはコツコツと正統な漫才の道でやっていくんやということになりますもんね。売れなくても、板の上に立ち続けるんやという。いや、もちろんそれもいいんですけど。僕はやっぱり『全部やれ。』のほうに共感する部分はありましたね。
結婚式は一発屋の芸が生まれる場所
戸部田 『全部やれ。』に出てくる90年代日テレの人気番組『SHOW by ショーバイ』とか『マジカル頭脳パワー!!』とかはご覧になってましたか。
山田 親父の教育方針でテレビがない時期があったんで、あんまり見てないですね。知らないわけではもちろんないんですけど。だからこの本を読んでびっくりしましたよ。クイズの回答席が、画角に全部収まるようにデザインされてるとか。セット全体よりも回答席がどう画面に収まるかが大事なんだと。
戸部田 じつは僕もそのお話を聞いて「へえ」って思いました。見てても、言われないとなかなか気づかないですよね。
山田 だからテレビ好きの方が読んでも面白いですよね。豆知識的な部分もたくさんある。
戸部田 豆知識的なことでいえば、僕は『一発屋芸人列伝』を読んで結婚式ってけっこう大事だなって、思いました(笑)。
山田 結婚式は一発屋の芸が生まれる場所です。やっぱり芸の源泉って余興なんやなと思いましたね。アトラクション的な芸というか、一般の人が実際にやってみることができる芸やから、消費されるのも速い。やっぱり、企業の忘年会で「ちょっと今年、和牛の漫才やろうか」ってならないでしょ(笑)。
戸部田 難しすぎる。
われわれの芸は、簡単なのか?
山田 そこなんですよ。今、難しすぎると言ったでしょ。確かにそうなんです。和牛の漫才のマネするのは難しいけど、じゃあ、われわれの芸が、簡単なのかという話になっていくんです。企業パーティーの営業に呼ばれて、一発屋と呼ばれる人のコスプレをして、芸を披露するシロウトの人を山ほど見てます。まぁ、ひどいですよ、それは(笑)。格好はマネできるけど、われわれの芸にもちゃんと言い方とか、間(ま)とかがある。だから、そういう悔しさもあって、この本ができたという部分もありますよね。
戸部田 そういう意味でもHGさんの「やってることはずっと面白い。ただ、皆が“知り過ぎてしまった”だけ」という言葉が、もうすごい響く。
山田 ほんとに、HGさん、いいこと言うなあと思った。で、それを言わせてしまったし、書いてしまった僕は、ちょっと罪を感じる。本来なら、芸人がそんなことを言うべきじゃないし、HGさんも言うタイプでもないんですけど、やっぱり、あの熱い思いで言ってくださったというHGさんには感謝ですよね。『全部やれ。』を読んでても同じことを思いました。ワイプの発明のくだりとか、テロップの使い方だとか。あれ、お茶の間の人はわかってないですもんね、基本的には。で、わからんでええ。そういう精神がやっぱりテレビ屋さんたちの中に流れてる。だから、みんなそれぞれ、演者と、もちろん次元とかも立場も違いますけど、とにかくわかりやすく、とにかく見やすく、面白く、パッケージ化していく作業を懸命にやっている。
髭男爵が“キャラ芸人”になったきっかけとは
戸部田 そもそも髭男爵さんがいわゆる“キャラ芸人”になったきっかけや影響は何だったんですか。
山田 そこも奇しくも『エンタの神様』で吹き荒れたあの空気、雰囲気は無関係ではないです。もちろん『エンタの神様』だということではなく、『笑金(笑いの金メダル)』や、まだ『(爆笑)レッドカーペット』は始まってなかったですけど、フジテレビの深夜とかで、さまぁ~ずさんがやっていた番組のミニコーナーみたいなのが花盛りの時期。周りを見ていると、今までずっとライブで一緒に愚痴言うてた奴が、『エンタ』に限らず、ちょっとキャラつけたトリッキーな芸人になって、テレビに出てたりする変化が起こり始めた。
ほんで、僕らは一回正統派の漫才で、ライブレベルではそこそこ笑い取れたりするようになったんですけど、当然このままじゃどうにもならんなというのもあったんですよ。ただ、シルクハットとワイングラスで貴族みたいなところが、一番、印象として表に出ているから、非常にくやしいんですけど。僕的にはすごくよくできた漫才をつくったという自負があったんです。
戸部田 漫才批評的な漫才ですよね。
山田 だから、「あっ、ルネッサンスや」と言われると、すごく傷つくんですよね(笑)。
戸部田 髭男爵さんが芸風を変えた時、周りの芸人さんの反応はどうでしたか。
山田 いや、けっこう白い目とまでは言いませんけど、やっぱり否定的でしたね。当時、芸人が三派に分かれたんですよ。「まずテレビに出なあかん。当然そこにはオリジナリティや発明がないとダメだから、安易なキャラづけではもうダメだ」と新しい形を考えて成功していく人。「逆に、あんなんはかっこ悪い。バケモノになるのはイヤ。ライブでコツコツ、正統なネタをやっていくんだ」という人。そして、ホントに『エンタ』とかに振り回されて、おかしくなっていく人たちという(笑)。
戸部田 安易なキャラづけでは失敗するんですね。
山田 アンタッチャブルさんなんかはそれまでの実績で『エンタ』に出ているから、自分たちのスタイルのまんまで出ているけど、やっぱりそれまでにお笑いで爪痕を残していない人間は、新しいことをやらないと注目されない。やっぱりいいふうに転んだ人も、完全に背を向けた人もいたし、おかしなった人もいたし、けっこうかき回されましたね。でも、そのかき回した五味さんも『全部やれ。』を読むと、視聴率を取るためにツラい思いをしているんだなと(笑)。そういうのを知ると納得できる。だから、あのときの芸人たちのモヤモヤとか、溜飲を下げる本でもありますよね(笑)。
戸部田 なるほど(笑)。
スキマさんは実はあまり“スキマ”ではない?
山田 僕の本のなかで出てくる一発屋芸人でいうと、スキマさん的に誰が一番興味があるんですか。
戸部田 そうですね……、みんなそれぞれ魅力的ですけど、やっぱりHGさんがカッコいい。あと、テツ&トモさんとか、すごい好きなんですよ。ベタに振り切ってるところが。
山田 スキマさん、けっこう、お笑いの見方が公平ですよね。あんまり穿ってない。よく、お笑いを見たり、分析したり、書いたりする人たちの中には、あまりにも、端に行く人いるでしょ。俺、こんなセンスですねん、という人(笑)。そういう意味では全然、実は“スキマ”じゃないですよね。
戸部田 ああ、確かにそうですね。けっこう真ん中の人が好きなんです。
山田 そのバランス感覚はすごくあるなあと思う。テツトモさんはでも、すごいですよ、今でも。ただ、“演歌”の方ですけどね、やっぱりね。
戸部田 この本でもまさにテツ&トモさんを「演歌」と書かれたり、「潮干狩り」に喩えたり、それが本当に絶妙ですよね!
山田 ワッハッハッハ。いや、褒められるな、今日は。
みんな、次の一手を探っている
戸部田 HGさんは「一発屋会の添え木」とか、中でも、コウメ太夫さんの芸風を「ひらがな感」と表現されているのは、本当に秀逸でした。
山田 一番「ひらがな感」が響きました?(笑) スキマさんに響くとうれしいのは何なんでしょうかね、これね(笑)。一発屋芸人としては、『全部やれ。』の中のある一文が響きましたね。
戸部田 どこですか?
山田 「逆襲は敗者だけに許された特権だ」。あの行のあとにこの本を入れたいぐらいですから(笑)。ちょっと分厚くなりますけど。でも、そうだよなあって思うし、たぶんみんな、多かれ少なかれ、そういう気持ちをもってやってるし。やってるからこそ、世間的にはそないかもしれませんけど、今また、みんな何かしら芽が出始めてる。
戸部田 そうですね。だから、一括りにされがちな一発屋芸人ですけど、この本で全部事情が違うんだということもわかったし、当たり前ですけど、みんな次の一手を探っているっていうのが見事に描写されてますね。
山田 でも、そういう意味でも、そこは『全部やれ。』も一緒ですよね。だって、“スタッフ”と言われる人たちに、こんなにドラマがあるかっていう。五味さんが中途入社で、CM業界から入ってきたみたいな話も、もちろん知らなかったから、すごい面白かったですし。男たちの熱くたぎる感じ。ドラマ化してほしいですよ。シーンとシーンの間に、オレンジの太陽、見えましたもん。ゴゴーッていう(笑)。
戸部田 あははは。僕は、『一発屋芸人列伝』もドラマ化したら面白いと思うんですよね。市井(昌秀)監督に撮ってほしい(笑)。
山田 元髭男爵のね。あいつも今、頑張ってますからね。それにしても、お互い、いい本を書きましたねぇ(笑)。
写真=鈴木七絵/文藝春秋
髭男爵 山田ルイ53 世
本名・山田順三。お笑いコンビ・髭男爵のツッコミ担当。兵庫県出身。地元の名門・六甲学院中学に進学するも、引きこもりになり中途退学。大検合格を経て、愛媛大学法文学部に入学も、その後中退し上京、芸人の道へ。著書に「ヒキコモリ漂流記」(マガジンハウス)。今回単行本になった「一発屋芸人列伝」(「新潮45」連載)は雑誌ジャーナリズム賞「作品賞」を受賞している。
戸部田誠
1978年生まれ。2015年にいわき市から上京。ライター。ペンネームは「てれびのスキマ」。お笑い、格闘技、ドラマなどを愛する、テレビっ子ライター。『週刊文春』『週刊SPA!』『水道橋博士のメルマ旬報』などで連載中。新刊は日テレがいかに絶対王者フジテレビを逆転できたのかを描いた『全部やれ。』、主な著書に『笑福亭鶴瓶論』、『1989年のテレビっ子』など。
(「文春オンライン」編集部)