157
魔法の手を持つお兄様に助けられ、なんとか学園祭当日までにベアたんぬいぐるみを仕上げることができた。大変だった…。
あの長い毛を再現するのが意外と難しく、特に犬バカ君が私とそっくりと評した耳のウェーブをきれいに出すのに苦労した。元々ウェーブになっている羊毛を使ったのだけど、本物のベアトリーチェとなにかが違う。試行錯誤の末、単色だからニセモノっぽい質感になるのかもしれないと、あらゆる茶色のウェーブフェルトを買い込んで混ぜて植毛していったら、どうにかそれらしく出来上がった。やったよ、私…。
おかげで私の部屋には今、余った茶色の羊毛フェルトが溢れている。あれらを消費するのに、学園祭が終わったら茶色の動物でも作るかなぁ。でも当分ニードルフェルトはしたくないかも…。
手芸部の展示室には、中央に手芸部員の努力と情熱の結晶である美しいウェディングドレスが飾られ、各部員達の作品が壁に沿って展示されている。部員達の出品物も素晴らしい出来栄えで、特に南君はウェディングドレスの銀糸刺繍の主力メンバーだったにも関わらず、自分の出品物の聖母子像の見事な刺繍のタペストリーまで仕上げてきたから凄い。私なんて部長なのにウェディングドレス制作にはほとんど携われなかった…。ブーケ作りを手伝ったくらいだ。う~ん、不甲斐ない。
それでも私の作った等身大ベアトリーチェのニードルフェルトは、リアリティがあって可愛いと言ってもらえたので、手芸部員としての面目は保たれたかな。手伝ってくれたお兄様、秘書の笹嶋さん、手芸部のみんな、ありがとう。
手芸部は受付なしの見学自由なので、案内係として数人の部員が交代で詰めるだけでいいので楽だ。
そのぶん、クラスの出し物に全力投球だ。
中国茶カフェ“徐福”
私達は方士徐福とともに日本に渡ってきた弟子という設定で、「これは不老不死の妙薬にございます」と、霊感商法まがいの怪しい謳い文句で訪れたお客さんにお茶を薦める。
お茶は烏龍茶、ジャスミン茶、プーアール茶といった普通の物から、花茶や工芸茶など多数揃えた。特にガラス容器の中で花が開く工芸茶は、私が家から持ってきた物をクラスで試飲してもらった時に女子受けが良かったので期待している。
お菓子は杏仁豆腐、マンゴープリン、黒ゴマプリン、月餅数種などを用意した。もちろんすべて外注なので味は確かだ。私も一通り試食したけれど、おいしかった。
そして店内はシノワズリーを意識した装飾を施し、衣装は男子は長袍、女子は旗袍にズボン着用だ。最初女子は天女のような唐服を着る案も出たのだけれど、方士の弟子っぽくないのでやめた。
これでほぼ完璧に思えた“徐福”だが、ディーテのバイオリンがオリエンタルな雰囲気を微妙にぶち壊す。事あるごとにバイオリンを弾きたがるディーテは、もちろん今回の学園祭でも絶対に弾くと言いだした。中国茶カフェにバイオリンは合わないから、楽器を弾きたいなら二胡でも弾いとけとみんなに言われても、ディーテは譲らなかった。
結局ディーテの説得が面倒になった私達が折れ、ディーテは西洋から来た楽人という設定で、即席舞台で自己陶酔しながらアフロを揺らしてバイオリンを奏でている。
「いらっしゃいませ。こちらはかの蓬莱山より取り寄せた、不老不死の妙薬でございます。このお茶を飲めば、たちどころに若返り…」
私もせっせと接客に努める。
珍しいお茶目当てにやってくる子達やお友達が遊びに来てくれたりして、そこそこ繁盛してはいるが、大盛況というほどでもない。ゆったりくつろいでお茶を楽しめるので、このくらいのペースでいいのかなとも思うけれど、副委員長としてお店の外で客寄せをしたほうがいいだろうか。
廊下に顔を出し、道行く生徒達をチェックしてみる。おや、あれに見えるはサッカー部の部長ではないか。私は来い来いと手招きをした。
するとサッカー部の部長は「ひっ、則天武后…!」と言って、逃げて行った。
…………。
則天武后じゃないもん。心は楊貴妃のつもりだもん。
私達の学年の出し物で、学園祭前から期待値最大で、一番注目を浴びていたのが鏑木のクラスの3Dサウンド型のお化け屋敷だ。ほとんどのお客さんを今、ここに取られてしまっている。
さして広くない教室でお化け屋敷をやるには、動かなくて済む3Dが最適なのだ。そして妥協を許さない皇帝の指揮の元、音響設備にこだわり抜いた結果、たかが高校の学園祭の出し物とは思えないようなクオリティのお化け屋敷が出来上がった。
演目は“耳なし芳一”。白装束の係員から顔に般若心経のシールを貼られると、卒塔婆や火の玉が揺れる暗い室内に誘導され、椅子に座ってヘッドホンを装着する。そこからは阿鼻叫喚の世界だ。
暗い琵琶の音色。おどろおどろしい歌声。3Dだから、平家の亡者どもにすぐ耳元で語られている感覚がして、背中が終始ゾクゾクする。背後に立たれている気がするのだ。
そして般若心経を全身に書かれた芳一を亡者が迎えに来るあたりでは、あまりの恐怖に気の弱い人はこの後の展開に耐えきれず、ヘッドホンを外してリタイアしてしまうらしい。般若心経のシールは顔にしか貼られていないのだから。
クライマックスの、自分の耳がメリメリメリッと引き千切られる瞬間には、お客の絶叫が廊下まで響き渡った。
怖がりの私は絶対に行きたくないけれど、委員長達は4人で行く約束をしているらしい。なんだよ、ダブルデートか?羨ましい。でも個々に椅子に座って聞くタイプだから、普通のお化け屋敷のようにきゃーっ!ってくっつくことはできないよ?
さっき友達と一緒に“徐福”やってきた璃々奈もこの後みんなで行くと言っていた。その中のひとりの南君は、全身から行きたくないという空気を出していたけれど…。
工芸茶を注文した璃々奈が、お湯の中で水中花のように開いたお茶をいたく気に入っていたので、今度私の家にある台湾で買ってきた工芸茶を分けてあげることにした。
交代時間に私も友達と学園祭見学に繰り出した。今日だけですべてをしっかり見るのはムリそうなので、残りは明日見に行くことにする。
円城と若葉ちゃんのクラスもカフェをやっている。カフェって簡単だもんね。私達のクラスは中国茶だけれど、若葉ちゃん達のクラスはごく普通のカフェだ。ただし、限定でバリスタ姿の円城がラテアートを作ってくれるというので、その整理券を求めて、朝から女子達の長蛇の列が出来て話題になっていた。
「麗華様、円城様のカフェに寄って行きましょうよ」
「いいですけど、整理券がないのでラテアートは作ってもらえませんわよ?」
「それは残念ですけど、しょうがありませんわ。でもせっかくですから、円城様のバリスタ姿だけでも見たいんですもの」
流寧ちゃんは整理券をもらい損ねたのだ。円城人気を甘くみていたらしい。
賑わう店内に入ると、鏑木が来ていた。流寧ちゃん達は大喜びだ。コーヒーを注文した鏑木のテーブルに、お茶請けの手作りクッキーが一緒に出された。
鏑木は手作り物は食べない。なのでそのクッキーにも手は付けられないと誰もが思っていたのに、予想に反して鏑木はサクリと一口食べた。そして少し目を見開き、「これを作った人間を呼べ」とクッキー製作者を席に呼び寄せた。
何が起こったのかと注目される中、奥から出てきたのは若葉ちゃんだった。
「あの、なにか…」
「高道。このクッキー、お前が作ったのか?」
「え、はい。そうですけど…」
わけがわからず困っている若葉ちゃんに、鏑木はフッと笑い、
「美味かった」
と言った。
手作りの物は絶対に食べない鏑木が、いち女子生徒の作ったクッキーを口にして、しかも「美味かった」と褒めた。
その話は瑞鸞中を駆け巡り、芙由子様のクラスの占いの館“黄金の夜明け団”に女子達が殺到した。
鏑木、これって本当に若葉ちゃんを好きになっちゃったってこと…?
「吉祥院さん、これ僕からのサービス」
円城がうさぎのラテアートを私の前に置いて、にっこり微笑んだ。