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休日に桜ちゃんと訪れたのはチョコレート専門店。ここでは有名な高級チョコレートを使った贅沢なチョコレートパフェが食べられるのだ。
チョコレートには心を落ち着かせる効果があるなどと言われていますからね。桜ちゃんにはぜひ食べてもらいたい。ささ、どうぞ召し上がれ。
むふ、おいしい。贅沢パフェ最高。
「匠に近づく女がいるのよ」
「ほぉ~ん」
「信じていないわね」
「そんなことないけどぉ」
本当はあまり信じていない。桜ちゃんが思うほど秋澤君はモテないってば。
「麗華は匠を見縊りすぎなのよ。前にも匠を好きな後輩がいたでしょう」
「後輩?…あぁ、そういえばいたねぇ」
確かにあの時は桜ちゃんの嫉妬による思い込みだと思っていたのに、情報通の璃々奈のお友達に調べてもらったら陸上部の後輩の女の子が秋澤君に片思いしていたのだ。結局あの子は諦めてくれたみたいで、めでたしめでたしだったけど。
「それで今回は誰でしょう?」
「夏に話したでしょう、陸上部の1年のマネージャーよ」
桜ちゃんによると、その1年のマネージャーから秋澤君宛にメールがよく送られてくるらしい。
「それはただの部活の連絡事項では?」
「違うわよ。“先輩、今度みんなで遊びに行きませんか”とかそんな内容だったもの」
「え、桜ちゃん秋澤君のメールを見たの?」
「勝手に携帯をいじって盗み見たわけじゃないわよ。匠が届いたメールを見ている時にじゃれつくふりをして横から覗き込んだだけ」
「凄いね…」
「とにかく、怪しすぎるでしょ。全部のメールを見せてもらってはいないけど、たぶん似たような内容だと思うわ。その子、体育祭の時にも匠にタオルを渡してきたり…」
「あれは陸上部員全員に、マネージャー達からの激励の意味を込めたプレゼントだったんでしょ?」
そしてそれを知った桜ちゃんも、負けじと秋澤君に自分の選んだタオルをプレゼントしたと体育祭の時に聞いていた。
「秋澤君は桜ちゃんからプレゼントされたタオルも使ってくれたんでしょう?だったら心配しなくて平気だって」
「麗華には好きな人と学校が違う、私のこの不安がわからないのよ。ただでさえ私達の関係は、幼馴染以上恋人未満なのに…。だから同じ学校に通う麗華に、匠に近づく女の子がいないか見張っててって頼んでおいたのに、なにをやっているのよ」
「すみません…」
一応チェックはしていたんだけどな。うっ、桜ちゃんの顔が怖い…。役立たずって、目が言っている…。
「ちょっと私、ショーケースのチョコレートを見て来ようかな」
桜ちゃんの恨みがましい目から逃げるように、私は席を立った。その間にチョコレートパフェの鎮静作用が桜ちゃんに効くことを期待しよう。
チョコレート売り場のショーケースにはおいしそうなチョコレートがいっぱい。お店で食べるぶん以外に、いくつか買って帰ろうかな。そうだ、雪野君にも買って行ってあげよう。悪者から守ってくれた小さな王子様へのお礼だ。あの日の雪野君は可愛かったなぁ。
「麗華さん…?」
「えっ」
後ろから私の名前が聞こえたので、誰かと思えば舞浜さんだった。
「ごきげんよう、舞浜さん。奇遇ですわね」
「ええ本当に。麗華さん、おひとり?」
「いいえ、お友達と一緒ですわ」
「へ~え」
舞浜さんは私をじろじろと眺めまわした。
「相変わらず雅哉様のそばを纏わりついているんじゃないでしょうね。いい加減目障りなんだけど」
それはこっちのセリフだ。鏑木に纏わりついているのは舞浜さんでしょうが。
「あぁ、でもこの前の蛍狩りでは円城家の秀介様にも色目を使っていたわよねぇ!麗華さん、貴女節操がなさすぎるんじゃない?」
ちょっと!ほかのお客さんもいる店内で、変なこと言わないでよ!人目を気にしろ!ってわざとか!
「人聞きの悪いことをおっしゃらないでいただきたいわ。貴女が鏑木様を想うのは自由だけど、それに私を巻き込まないでくださらない?はっきり言って迷惑よ」
「ふんっ、よく言うわ。あんたの魂胆なんてわかってるんだから!」
だから声が大きいってば!私が思わず口をムーっとさせると、すかさず舞浜さんが「なにその顔。頬袋に食べ物でも蓄えてるの?みっともない。もう一度断食にでも行ってくれば?」とせせら笑った。
頬袋だと?!こいつーっ!私がおたふく顔とでも言いたいのか!もう我慢ならない。よし!そのケンカ買った!シメる!
その時、スッと私の横に桜ちゃんが立った。
「麗華、なにしてるの」
「桜ちゃん」
「蕗丘っ!」
桜ちゃんの登場に、なぜか舞浜さんがうっと呻いて後ろに下がった。
「桜ちゃん、どうしたの?」
「戻ってくるのが遅いから、様子を見に来たのよ。それで?なにをしているの?」
桜ちゃんは私と舞浜さんを交互に見据えた。
「なんでここに蕗丘が…」
「なんでってチョコレート専門店にいるのだから、買いに来たのと食べに来たのに決まっているでしょう。そんなこともわからないの?頭悪いわね」
「なっ…!」
どこまでも冷静な桜ちゃんに対し、舞浜さんはいきなり挙動不審になった。さっきまでの強気はどうした。
「どうして麗華さんと蕗丘が…」
「ねぇ舞浜、麗華は私の親友なんだけど?」
「えっ!!」
舞浜さんがあからさまにぎょっとした顔で、私達を見比べた。それをわけのわかっていない私はボーッとした顔で、桜ちゃんは無表情で見返した。
「麗華さんが、蕗丘の親友…?!」
「そうよ」
舞浜さんは盛んに目を動かすと、唐突に「そ、う。では私はお邪魔のようなので、これで失礼しますわ。ごきげんよう」と言って、そそくさとお店を後にした。
……桜ちゃん、貴女はいったい何者ですか?
百合宮で気に入らない人間をいびり倒す性悪お嬢様の舞浜さんが、その姿を見ただけで怯えて逃げるって…。もしかして桜ちゃんこそが百合宮のラスボス?!
それともうひとつ、とっても、とっても気になることがあるんだけど…。
「さ、早く席に戻るわよ」
桜ちゃんに促され、後ろを付いていく私。
「桜ちゃん…」
「なによ」
「私、親友?!」
私は堪えきれず桜ちゃんの腕に飛びついた!
「私、桜ちゃんに親友って思われてたんだね!嬉しいよぉっ桜ちゃん!」
「ちょっと、気持ち悪い!離してっ、鬱陶しい!」
「桜ちゃーん!」
桜ちゃんは細い腕にもかかわらず、くっつく私を力づくで引き剥がした。痛いよ桜ちゃん!握力が凄いよ!
「酷いよ桜ちゃん、私親友なのに…」
「誰が親友よ、図々しい」
桜ちゃんは私を置いて、さっさと席に戻ってしまった。桜ちゃんてばツンデレ!しょうがないなぁ、でも私は親友だからそんな桜ちゃんも許してあげるよ!
「うへへ」
「…気持ち悪い笑い方しないで。あんたそれでも本当にお嬢様?」
「ツンデレ桜ちゃん」
「調子に乗るんじゃないわよ!」
も~う、照れ屋さんだなぁ。私達は親友なんだから、素直になればいいのに。
「桜ちゃんたら、ツンデレたん!」
私は桜ちゃんのほっぺを人差し指でツンツンとつついた。するとその指をガッと握られ、あらぬ方向に折り曲げられた!痛い痛い痛いっ!ごめんなさいごめんなさいごめんなさーい!
「調子に乗りました!ごめんなさい!」
「肝に銘じなさいよ」
「…はい」
ちょっと本気入ってたよね?桜ちゃん…。
「ねぇそれで、なんで舞浜さんは桜ちゃんが出てきた途端、怯えたように逃げて行ったの?」
「それは前に、私があの子にターゲットにされそうになって返り討ちにしたからね、きっと」
「返り討ち?え、まさか暴力?!」
「しないわよ。ただあの子が一番隠したがっている秘密を盾に、あんまり怒らせると、本気で追い込むよって言っただけ」
「え~っ、人の弱みにつけ込んで脅すような真似はよくないと思うなぁ。あの気の強い舞浜さんがあれほど怯えるって相当だもん」
「向こうが私に手出ししてこなければ、こっちもなにもしないわよ」
怖いなぁ。桜ちゃん、百合宮で恐れられているんじゃない?友達ちゃんといるのかしら。あ、でも親友の私がいるから平気ね!
「ところで、舞浜さんの弱みって?」
「秘密。でも麗華はもしあの子が嫌がらせをしてきたら、思わせぶりな笑顔をしてやればいいのよ。それで勝手に疑心暗鬼になってくれるから」
「うわぁ…。じゃあどうやって舞浜さんの弱みを握ったの?」
「相手の言動や行動から、どの話題の時に挙動不審になるかを観察していればだいたいわかるわよ。そうしたらあとは、その裏付けをとるだけね」
「うわぁ…。じゃあ私の隠したい秘密もわかるの?」
桜ちゃんは私の顔を見てから、目線を下に移した。凄いっ。私が今、パフェとチョコレートだけじゃ足りないって思っていることがわかったんだ!
「走っても引っ込まない、その丸いおなかね」
「……」
なんという千里眼。桜ちゃんは敵に回してはいけない人だということを再確認したので、陸上部のマネージャーという子をきちんと調べることを約束する。桜ちゃんは「学園祭に行って周りしっかり釘を刺しておかないとね」と悪い笑みを浮かべていた。怖い…。
学園祭で忙しいのに、また仕事が増えてしまった。璃々奈のお友達に頼めるかなぁ。
あぁ、ベアたんの顔が上手くできないっ!
鏑木のクラスはお化け屋敷をやるらしい。このままでは私の力作が、手芸部ではなくお化け屋敷のオブジェにされてしまうっ!
“吉祥院さん、俺のベアトリーチェを見に、みんなで学園祭に行ってもいいよね?楽しみにしてるから”
ぎゃーーーーっ!!
学園祭まであと数日。私はケルベロスを持って半泣きでお兄様の部屋を訪ねた。