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鏑木に、我が渾身の作品ベアたんぬいぐるみを地獄の番犬呼ばわりされ、私は大いに憤慨した。
ケルベロスだと?!暗に私が大食の罪を犯しているとでも言いたいのか!貪食者の地獄か!違う!この子の名前はベアトリーチェ!ダンテの神曲における永遠の恋人だ!ケルベロス呼ばわりしたことを、ダンテ梅若に謝れ!パペサタンパペサタンアレッペ!おのれ鏑木、地獄へ落ちろ!
心の中で罵るだけ罵り、私はベアトリーチェの入った袋を担ぎ、サロンを飛び出した。手芸部のみんなにこの私の無念を聞いて欲しいっ!
私は手芸部に着くと、3つのベアたんの頭部と写真を持って部員達に切々とこの胸の内を訴えた。似ているかどうかはともかく、こんなに可愛く出来たのに!
手芸部のみんなは「3つという数が良くなかったですわね~」などと遠慮がちにフォローした。まぁ、確かにそうかもしれない。でもさ、こんなに可愛いんだよ?数が合うだけでケルベロス扱いなんて酷いっ!
「まぁまぁ、麗華様。鏑木様が驚くような愛らしい作品を作り上げればよいではないですか。私もお手伝いしますから。この写真の顔に似せたいのですよね?」
前部長さんが私に優しく声を掛けてくれた。そうだった!あんな体育祭バカの言葉に憤っている場合じゃない。このベアたんぬいぐるみの顔をできるだけ本物そっくりにまで仕上げるのが今の私の最大の課題であった!まずはこの3つの候補から、どれが一番似ているかを選んでもらわないと!
「麗華様、動物の首を持ってうろつくのはあまりよろしくないかと…」
あ、そう?
私は前部長さんにアドバイスをもらいながら、ベアたんの顔を修正していった。
「ところで麗華様、明日は各部の部長が集まる学園祭会議ですね」
そういえばそんなのがあったな。部活別の学園祭のいろいろを決めるんだっけ?初めて出席するけど、なにをやるんだ?
「なにか注意事項はありますか?」
「いえ、これといって特には。使う教室などの話し合いなどをするのですが、例年通りの割り当てでしょうからね。予算も決まっていますし。ただ進行に沿っていればいいと思いますよ」
「そうですか」
形だけの会議ってやつか。でもまぁ、私の手芸部部長としてのデビュー戦といっても過言ではない。手芸部のためにも気合を入れて張り切って行かねば!
「手芸部の不利益にならぬよう、精一杯頑張りますわ」
私はにっこりと笑った。
そして次の日の放課後、各部の部長が一堂に会した。進行役は生徒会。
部活動に今まであまり関心がなかったから、ほかの部の部長達を初めて知ったよ。文芸部の部長って委員長だったのね。
おとなしく指定された席に座っている文化部と違って、運動部は騒がしいのが多いな。若干鼻につくと思ったけれど、大会に出場したりして名が売れている部だからしょうがないのかな。
予定調和の会議は進み、次の議題は各部の使用する教室などの場所についてだ。前部長の話の通り学園祭の割り当てはほぼ例年通りの内容で、私は手元の資料を見ながらふんふんと話を聞いていた。
するとここでいきなり、毎年屋外で模擬店をしているいくつかの運動部が文句を言い始めた。
「あのさー、屋外だと天候に左右されるし、俺達今年は屋内がいいんだけど」
「ああそれ、うちの部も。どっか空いてる教室ないの?あ、もちろん広い教室で。毎年うちの部は繁盛してるんだし、それくらい当然だよね」
「俺達の部は学院にかなり貢献してるんだから、それくらい融通してくれてもいいだろ」
「全然客が入ってない部とかあるじゃん。それらが1室に固まってくれたら教室も余るんじゃない?」
「それいいね!写真部や文芸部、生物部とかな」
「あと囲碁将棋ってなかった?あいつら学園祭でなにやってんの?」
「知らね。展示系?」
名前を出された部の部長達の体が強張った。同志当て馬が「おい」と窘めたが、そんなことは意に介さず、連中は好き勝手なことを言い続けた。こいつら…。
私はカバンを開けて、封印を解く準備をした。
「見に来るヤツも少ないんだから、纏めて同じ部屋で展示すればいいんだよ。そのぶん俺達が盛り上げてやるんだからさ」
「ほかに展示系の部活ってなんだ~?美術部、書道部…」
「あとほら、あれ!手芸部とか!」
その言葉に私はすっくと立ち上がり、扇子をパシっと打ち鳴らした。
「手芸部が、なんですって?」
その瞬間、騒々しかった会議室が水を打ったように静かになった。
私は微笑を湛え、展示系文化部から展示室を取り上げようとした部長達の顔を、目を合わせてひとりひとり確認した。
「今、手芸部の名前が聞こえたような気がいたしましたけど、なにかしら?あぁ、申し遅れました。私が手芸部の部長ですわ。みなさま、どうぞよろしく」
「え…」
さっきまで好き勝手な発言を繰り返していた連中は、どうやら私が手芸部部長だったと知らなかったらしい。全員がギョッとして顔を引き攣らせた。ピヴォワーヌの女子が入部するのは主に華道部や茶道部あたりと油断したか。展示系なのに華道部の名前は出さなかったものな。愚かなり!
敵は主に、サッカー部、野球部、バスケ部だった。どれも大会で好成績を出している花形部活だ。それゆえ発言も傲慢になるのだろう。しかしどんなに活躍していようが私には関係ない。私にとって大事なのは、彼らが我が手芸部に仇なす敵であるということだけだ。
私はそのままゆっくりと彼らの元に歩き出した。静まりかえる教室の中、私の扇子の音だけが響き渡る。ピシリ、ピシリ。
まずはサッカー部の部長の後ろに立った。振り返ろうとしたので、その右肩に扇子を乗せて動きを封じた。サッカー部部長が前を向いたまま固まったので、そのまま扇子でトン、トン、トンと肩を叩く。
「サッカー部、ご活躍ですわね?」
「は…いや…」
「ご謙遜なさらなくてもよろしくてよ。大会ではとても素晴らしい成績を収めていらっしゃると、私も聞き及んでおりますもの」
「どうも…」
「でも、どうなのかしら…?」
一定のリズムで肩を叩いていた扇子を、頸動脈に当ててぴたりと止めた。
「優勝の打ち上げにお店を借りきってお祝いするのは結構ですけど、未成年として法は守るべきではないかしら。ねぇ、部長さん?勝利の美酒のお味はいかがでした?」
「え…」
私は次に野球部部長の元へ歩いて行き、その肩に扇子を乗せた。トン、トン、トン…。
「野球部の練習はとても厳しいそうですわね。でも、どうなのかしら?私の耳には野球部ではミスをした部員が殴られるなどという噂が聞こえてきますけど、本当かしら?体罰に対して世の中の風潮は厳しいですものね。中には出場停止なんて学校もあるそうですわよ?」
私は野球部部長の頸動脈をトンッと叩いた。
そして最後はバスケ部。そんな怯えた目で見なくても、一言で済みますわよ。ねぇ?
「貴方、先輩の彼女に手を出したそうですわね?」
石のように固まった3人の背中を確認し、私は悠々と自分の席に戻った。そして席に座ると、私は閉じた扇子で机をパンッと叩いた。
「それで?」
私はサッカー部、野球部、バスケ部部長を強い微笑で見据えた。
「さきほどのお話ですけれど、学園祭の教室がなんでしたかしら?私、物覚えが悪いのね?忘れてしまいましたわ。ぜひもう一度おっしゃって?」
「……サッカー部の模擬店は外でいいです」
「…野球部も外で」
「右に同じ…」
3部長は私を目を合わせないまま、そう言った。
「あら?でもさきほどは手芸部以外の文芸部などの名前も挙げていらっしゃったような気がいたしますけど…?」
「いえっ!俺達は外でいいです!」
「むしろ外がいいです!」
「雨が降っても外でいいです!」
「まぁっ!なんて紳士的なんでしょう。弱小文化部に広い心で譲って下さるその優しさに、私は思わず感動に打ち震えてしまいそうですわ」
私は口元に扇子を当て、ホホホと勝利の笑い声をあげた。
同志当て馬はため息をつき、若葉ちゃんはぽかんと口を開けていた。
ホーッホッホッホッ!