146
各クラスがそれぞれ生徒達の運動会の出場種目を決めた頃、私は岩室君にこっそり呼び出された。なにやら相談があるそうだ。
「実は今度また、仮装リレーに出ることになったんですけど…」
岩室君のクラスの仮装リレーの演目はピーターパン。そしてその中で岩室君はウェンディをやることになったらしい。いいじゃないか、また可愛い衣装が着られるぞ。しかしさすがに岩室君のティンカーベル抜擢はなかったか…。
「クラスの連中が去年のシンデレラを面白がって、今年も出ろってうるさくて…。もちろん出るのはかまわないんですけど…、その、野々瀬さんがどう思うかなって…」
どうやら恋する乙女は、女装をしている自分の姿を好きな女の子にどう思われるか心配しているらしい。
「野々瀬さんなら面白がって見てくれると思いますけど」
「そうかな。気持ち悪いとか思われないかな…」
「では仮装リレーに出るのをやめますか?」
「……」
あ、葛藤してる。そうか、そんなに女装がしたいか。公然と女装できる数少ないチャンスだもんな。
「…俺、変ですよね?」
「なにがですの?」
「女の子の格好して楽しいって、おかしいですよね…」
岩室君が暗い顔をした。えっ、もしかして自分の隠れた趣味に悩んでた?!
「そんなことありませんわ!別に人に迷惑をかけているわけでもありませんし、好きなことをすればよろしいんですわ。それに大丈夫!世の中には女性になってみたいという密かな願望を持つ男性は多いのです!」
「え…そうですか?」
「そうですわ!思い出してみてください。去年の学園祭での女装メイドカフェを。私達のクラスの男子達は嬉々としてメイド服を着ていたではありませんか。岩室君だけではありませんのよ。紀貫之の土佐日記を読んだことがありますか?千年以上も前に、岩室君の先輩がすでにいたのです。大丈夫、岩室君はひとりじゃない。もし心配であれば、私が野々瀬さんに聞いてみましょう。仮装リレーで女装をする男子をどう思うかと」
「本当ですか?!」
「ええ、まかせてください。私は岩室君の味方ですとも」
「師匠!」
岩室君は「俺、ウェンディでも必ずカツラは巻き髪にします!」と言って、さきほどよりは明るい表情で戻って行った。
とりあえず野々瀬さんに探りを入れないとな。岩室君が女装に目覚めてしまったのは、私が唆したせいというのが多分にあるので、これに関しては責任を感じているのだ。
「野々瀬さん」
教室で野々瀬さんが友達と話していたので、さりげなく声を掛けた。
「なんでしょう、麗華様」
「実は運動会のことなんですけど、申し訳ないんですけど私が自分の種目に出ている間は野々瀬さんにクラスのことをお願いしてもいいかしら。遠足の時も迷惑をかけてしまったので心苦しいのですけど…」
「もちろんです!そのくらいいつでもお手伝いしますわ。なんでもおっしゃってください!」
「麗華様、私達も出来ることがあればいつでもお手伝いいたします!」
「ありがとう。とても嬉しいわ」
野々瀬さんの友達の子達も一緒になって言ってくれた。ありがたい。そしてこれからが本題だ。
「運動会といえば、ほかのクラスでは仮装リレーで男子が女の子役をやって盛り上げるそうですわ。楽しそうですわね?」
「まぁ、そうなんですか!」
「私も去年のクラスではシンデレラを男子がやったんですけど、あれも盛り上がりましたわねぇ」
「へぇ。あ!確か岩室君がやったんじゃありませんでしたか?」
野々瀬さんが思い出した!といった顔をして言った。
「ええ、そうですわ。岩室君は真面目なかただから一生懸命やっていらしたわ。おかげでとても完成度が高かったと思います」
「そうでしたね。岩室君には悪いですけど、私も大笑いしてしまいました。まさかあの体の大きな岩室君がドレス姿って…ふふっ」
野々瀬さんの様子からは岩室君の女装に対しての嫌悪感は見られない。よし。
「ちょっと野々瀬さん、よろしいかしら?」
私は野々瀬さんを友達の輪から連れ出した。
「実はね、ここだけの話、今年も岩室君はクラスのために仮装リレーで女の子の格好をすることになったらしいんです」
「えっ、そうなんですか?」
「ええ。一応どんな仮装にするかは当日までどのクラスも秘密にしているから、詳しい衣装などはわかりませんけど、でもそうらしいんです」
「へ~え、あの岩室君が。あとでからかっちゃおうかな」
「ただ本人は仮装リレーといえども、女の子の格好をすることで、人からどう思われるかちょっと気にしているみたいなの」
「あら、そんなこと気にすることないのに。私は岩室君の女装、むしろ見たいですけどね」
「そうよねぇ!それ、ぜひ野々瀬さんからも岩室君に言ってあげて!楽しみにしてるって」
「はい。当日の出来が良かったら、記念に一緒に写真撮ってもらおうかな。でも女装かぁ。私達のクラスの仮装もそっちにすればよかったでしょうか?」
私達のクラスの仮装リレーの演目はブレーメンの音楽隊だ。各自が犬とかロバの扮装をして走る。
そしてなぜブレーメンの音楽隊になったかというと、私が去年ネズミや羊の仮装をしたので、なぜかみんなが私は動物の仮装をするのが好きだと誤解をしたらしく、では麗華様のために動物がたくさん出てくる演目にしましょうと、妙な気遣いをされてしまったのだ。
いやいや、私は別に仮装趣味はないから。あれは仕方なくやったことだから。
ということで、私のために選んだ作品らしいけれど、きっぱり辞退させてもらった。出ない言い訳としては、「鏑木様から去年、動物の仮装なのに鼻をつけていないのは怠慢だと注意されてしまいましたの。でも私、鼻をつけて走るのは苦しそうで…」と鏑木の名前を使った。するとみんなは皇帝の名前にあっさりと引いた。さすが皇帝。
そして今、仮装リレーに出る子達は「皇帝は動物の鼻にこだわりがあるらしい」と鼻重視の仮装を用意し始めている。大変そ~。
まぁそんなことが私達のクラスではあったが、今は岩室君のことだ。私は野々瀬さんに一緒に岩室君の変身に協力しないかと持ちかけた。
「去年、私が岩室君のメイクや衣装をあれこれアドバイスしたんですけど、楽しかったですわよ?」
「そうなんですか?!いいなぁ、面白そう」
「まぁほとんどは岩室君のクラスの子達が協力するから、他のクラスの私達が口出しするのは迷惑かもしれませんけど、ほんの少しだけなら、ね」
「そうですね。私も岩室君にメイクしてみたいなぁ」
「頼めばさせてくれますわよ、きっと」
ついでに美波留ちゃんと委員長も巻き込むことにした。あぁ、私ってばなんて有能なキューピット!
無事退院した雪野君から、保健室まで運んでくれたお礼にとイギリス製のアロマキャンドルとタオルをプレゼントしてもらった。
残念ながら雪野君は体調のことを考え、初等科の運動会は見学だそうだ。「僕の代わりに運動会頑張ってくださいね。タオルは運動会の練習の時に使ってくれたら嬉しいな。一番柔らかいタオルを選んだんですよ」と言われた。雪野君!貴方はなんていい子なの!
「アロマキャンドルは兄様が家で使っている物と同じなんです。いい香りだから麗華お姉さんも気に入るかと思って」
円城とお揃いのアロマキャンドルか…。微妙だな。でも雪野君のせっかくの好意だ。ありがたくいただこう。
運動会で私は流寧ちゃんと二人三脚に出る。去年は惜しいところで若葉ちゃんに抜かされちゃったんだよなぁ。今年こそは1位を獲るぞ!
私達が校庭に練習に出ると、若葉ちゃんが玉入れの玉をバンバンぶつけられていた。若葉ちゃん、もしかして玉入れに出るのか?無謀すぎる…。ボコボコにされるぞ。
私は流寧ちゃんと二人三脚の練習を始めた。私達が地味に二人三脚の練習をしている向こう側では女子の歓声の中、鏑木と円城がリレーの練習をしていた。いいねぇ、あちらは華やかで。
私と流寧ちゃんの二人三脚の息もだんだんと合い、一度休憩をしようということになった。私はさっそく雪野君からもらったタオルを使った。雪野君が一番柔らかいものを選んでくれたというだけあって、このタオル肌触りが最高!
「あらっ、麗華様の使っていらっしゃるタオル、円城様とお揃いじゃありません?」
「えっ」
誰かが私の使っているタオルを目敏く見て言った。するとその場にいた子達が向こうで円城が首から下げているタオルとを見比べて騒ぎ始めた。
「まぁっ!円城様とお揃いのタオルだなんて!」
「このブランド、日本では取扱店が少ないブランドですわよね!」
「もしかしてどちらかからののプレゼント…」
「違いますわっ!これは円城様の弟様からいただいたもので!」
「まぁっ!家族ぐるみのお付き合い!」
「違…!」
私の否定の声ははしゃぐ女の子達の声にかき消された。
雪野くーんっ!お揃いっていうのはアロマキャンドルだけではなく、タオルもかーっ!そこははっきり教えておいてくれないと!
雪野君、無垢な善意が時に人を窮地に陥らせることもあるんだよ…。
私はタオルを家専用として封印した。
あっ!ベアたんぬいぐるみがまるで進んでないっ!