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謙虚、堅実をモットーに生きております! 作者:ひよこのケーキ
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 夏休みの私は忙しい。早朝ジョギング、夏期講習に旅行、芹香ちゃん達や桜ちゃん達とのお出かけもあった。お父様やお母様の付き合いに駆り出されることもあった。そしてその合間を縫っての図書館通い。もちろん目当てはナル君似の男の子だ。

 なるべく近くの席を狙っているけれど、毎回そう上手くいくわけもない。そういった時には諦めて遠く離れた席でひたすら勉強するが、少しでも近くの席が空けば移動して距離を縮めていく。運良く隣の席に座れた時は体中が心臓になったみたいにドキドキした。横目で持ち物チェックをして、どうにか名前を知ることが出来ないか頑張ってみたけれどダメだった。これって一歩間違えば完全にストーカーだよね?でも後をつけることだけはしていない。それをやったら、人としてなにかが終わる気がするから…。だからまだ予備軍。

 私の夢を叶えるための時間は残り少なくなってきているのに、本当になにをやっているんだか…。



 私の前世からの夢。それは制服デート。とにかく好きな人と制服姿で一緒に歩きたい!放課後ふたりで帰りたい!そしてたどたどしく手なんかつないじゃったりして…きゃーっ!

 いいなーいいなー、憧れるなぁ。それ以外にも、好きな人の自転車の後ろに乗せてもらうっていうのも憧れる。荷台に横座りしちゃったりして…うわぁっ!

 前世で従兄のナル君の自転車の後ろに乗せてもらった時、頭の中で恋人シチュを妄想してたなー。まずい、あの頃と恋愛的精神年齢が全然変わっていない。

 そういえばナル君が高校生の時に、制服姿で彼女らしき女子高生と歩いているのを見た時はショックだったなー。ナル君の家の伯母さんに話したら、確かに同じ学校の女の子と付き合ってると聞いて落ち込みまくったけど。当時の私は小学生。あぁ、この年の差が憎いっ!

 そのナル君は伯母さんが親戚中に彼女が出来たことをペラペラしゃべったおかげで、お正月におじさんおばさん達の餌食にされて放心していた。今も昔も若者にとって親戚の集まりというのは鬼門だ…。

 それはさておき、制服デートだ。私が制服を着られるのも残りあと1年半。それまでの間に神様、私にも春を!





 今年のサマーパーティーは会長がピヴォワーヌの権勢を誇るために例年より力を入れたため、OBOGの参加者やプティの参加者も多かった。人の波に酔いそう。

 私は会長に挨拶に行った。


「まぁ麗華様、今日のドレスも素敵ですわ。先日の蛍狩りでのお着物もお似合いでしたけれど」

「ありがとうございます。瑤子様も夏の夕闇のような色合いのドレスに、月のような真珠が映えてとてもお似合いです」

「この真珠のイヤリングは母から譲り受けた一点物なの」


 会長はご機嫌に笑った。


「ところで麗華様、百合宮の舞浜さんからはあれからなにも言われていないかしら?」

「ええ。ご心配ありがとうございます」


 会長の周りには次から次へと挨拶に来るメンバーが続いているので、私は会釈をしてその場を離れた。会場を見渡すと讃良様を見つけたので小走りに近づき声を掛けた。


「讃良様、ごきげんよう!」

「ごきげんよう、麗華様」


 勝手に私が孤高の人と思っている讃良様とは、残念ながら学院ではそれほど親しくする機会がないのだけれど、自分の世界をしっかり持っている讃良様に私は一方的に好意を寄せている。なのでピヴォワーヌのサロンで会ったりこうしたパーティーの時は讃良様に率先して話しかけに行く。


「讃良様は夏休みをどうお過ごしになっていたの?」

「とりたてて話すほどの出来事もなかったのだけど。でも絶版になっていた本を手に入れることが出来たの」


 讃良様は相変わらず本の虫のようだ。やたら難しそうな本のタイトルばかり出てきて、正直言って私にはさっぱりだ。愛想笑いでごまかす。

 讃良様と談笑しながら前に目を向けると、満開の笑顔でこちらに向かってくる麻央ちゃんと悠理君がいた。


「麗華お姉様!」

「麻央ちゃん!悠理君も」


 今日の麻央ちゃんの装いは、先日私のお母様が見立てたレモンイエローのドレスだ。


「麻央ちゃん、ドレスとっても似合っているわ。可愛い!」

「ありがとうございます。悠理にも褒めてもらえましたの」


 そう言って、麻央ちゃんは隣の悠理君と笑い合った。あら~、悠理君たら紳士!麻央ちゃんが伊万里様によろめいたことは、悠理君には内緒にしておいてあげるね。

 私が麻央ちゃんと悠理君から夏休みの話を聞いていると、突然会場にどよめきが起きた。えっ、なに?

みんなが注目している様子の入口付近に私も目をやると、そこには優理絵様をエスコートする鏑木の姿があった。ええっ!!

 そしてその後ろからは愛羅様をエスコートする円城もいる。これはいったいどういうこと?!

 鏑木が避けていたのか、優理絵様が気を使っていたのかは知らないけれど、あの冬以来、公式の場で優理絵様と鏑木が一緒にいるところは見たことがなかった。

 誰も表立って口に出すことはなかったが、ピヴォワーヌのメンバーもそれ以外の瑞鸞の生徒達も、なんとなく鏑木と優理絵様の間になにかあったのは気づいていた。そりゃそうだ。昔からなにかといえば優理絵様の隣にいた鏑木が、ぴたりと優理絵様を追うのをやめたのだから。そして先日の鏑木家主催の蛍狩りもそうだけど、鏑木関連のパーティーなどに、優理絵様が全く姿を見せなくなった。

 それと鏑木と優理絵様が一緒にいることがなくなった同じ時期に、鏑木の成績が下がったり面やつれしたりしたこともあり、みんな内心、なにがあったのか知りたい気持ちは山ほどあった。しかし迂闊に聞けば鏑木の逆鱗に触れかねないということで、ひたすら心の中で憶測するにとどまっていたのだ。

 その渦中のふたりが連れ立ってサマーパーティーに出席したのだ。会場中の関心はふたりに集中した。

 しかしそんな好奇な視線など意に介すそぶりもなく、まるで騒動前と同じように鏑木達は飲み物を手に4人で楽しげに話をしていた。

 そのうち鏑木が優理絵様になにやら耳打ちすると、一瞬驚いた顔を見せた優理絵様が笑顔になり、ふたりはワルツを踊る輪の中に入っていった。

 優理絵様の手を取り巧みに踊る鏑木。その顔は穏やかでその目は優理絵様への慈しみに溢れていた。

 これは、もしかしてとうとう鏑木の長年の想いが実ったということ?!高校2年生にもなり、体格も顔立ちもすっかり大人びた今の鏑木なら、優理絵様ともお似合いに見える。

 円城と愛羅様もワルツに参加し、ホールの中央は瑞鸞屈指の美貌の4人のおかげで、夢のように華やかな空間になった。


「素敵…。私もあの中に入ってみたいな…」


 麻央ちゃんがほうっとうっとりため息をついた。それを聞いた悠理君が「じゃあ僕達も踊りに行こうか?」と誘い、恥ずかしがる麻央ちゃんの背を、私が押してあげた。

 わくわくした表情で悠理君と踊る麻央ちゃん。私が初等科の時にお兄様にワルツを踊ってもらった時のことを思い出すなぁ。


「麗華様は踊らなくていいの?」

「えっ」


 私が見惚れてると思ったのか、隣の讃良様がそう言った。う~ん、ワルツねぇ…。あ、そうだ!


「私の踊りが観たければ、預言者ヨカナーンの首を持っていらっしゃ~い」


 私は近くにあった銀の盆を片手に持って、讃良様にサロメなポーズを取った。


「……そう」


 あくまでも冷静な表情の讃良様。

 デカダン趣味の讃良様に合わせた、私の渾身の文学ギャグはすべった……。

 私はそっとテーブルに銀の盆を置いて、今のことをなかったことにした。

 そこへ雪野君がやってきた。おおっ!このいたたまれない空気を払拭する救いの天使よ!


「麗華お姉さん、こんばんは」

「雪野君!」


 天使な雪野君に久しぶりに会えて、私のテンションは一気にあがった。


「讃良様、こちらは円城様の弟さんで雪野君ですわ!」


 私は自分の手柄のように雪野君を讃良様に紹介した。


「ごきげんよう、雪野さん。凌霄讃良ですわ」

「円城雪野です。よろしくお願いします」


 ニコッと笑う雪野君、可愛いっ!


「麗華お姉さんは踊らないんですか?」


 雪野君は自分の兄が踊る姿を見て言った。


「残念ながらお相手がいませんの」


 私の言葉に雪野君がきょとんとしたあとすぐに破顔し、「では僕と踊ってください!」と言った。

 ええーーーっ!


「えっ、でも…」

「僕ではダメですか?」


 ぐっ…。そんな哀しそうな顔しないで。


「……では雪野君、私でよろしければ、1曲お相手願えますか?」


 途端にパッと顔を輝かせた雪野君が「はいっ」と返事をし、私の手を取った。

 私と雪野君は讃良様に見送られ、華やかなワルツの輪に入っていった。


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