死の超越者は夢を見る   作:はのじ
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S様、G様、誤字報告ありがとうございます。

ps
日々あとむ様の新連載始まりましたね。
この方の書かれる話は、ちょっと凄すぎて真似出来ないです。楽しみですね。



グロ注意。


君の名は

 四〇〇年前、八欲王は始原の魔法(ワイルドマジック)しかなかった世界に、ユグドラシルの位階魔法を持ち込む事で世界の在り方を歪めた。スレイン法国はこの位階魔法を人類の新たな武器として研究し、普及させる事に成功している。これで異形の者達を滅ぼせる。法国は人類の勝利を確信した。

 

 もう一度言う。八欲王は世界の在り方を歪めた。世界そのものに干渉した。それはこの世界で生きとし生けるもの全てが含まれている。つまり位階魔法は人類だけの武器ではないと言うことだ。

 

 法国が国是で討ち滅ぼすと決めた異形は生まれながらに位階魔法を行使し人類に牙を向けた。勇み足とも言えた法国の夢は儚くも崩れた。

 

 六大神信仰が生まれる以前、つまり五〇〇年以上の昔。人類が信仰する神は四大神だった。土、水、火、風。素朴な自然信仰からやがて複雑に体系化され、巫女が神の声を聞き、その声を神官が民に説いた。

 

 『土、水、火、風をそれぞれ統べる神がこの世界を作り出した』

 

 スレイン法国は、従来からある四大神信仰に、光を司るアーラ・アラフと闇を司るスルシャーナのニ神を加えた六大神教を立ち上げた。それは四大神を六大神の一柱として習合し、光と闇のニ神を四大神の上位に位置づけるものだった。

 

 『最初に光と闇があり、その後、四大神が生まれた』

 

 自然信仰を核に長い時間をかけ市井から生まれた四大神教。

 

 政治と密接に結びつき、新たな教義を生み出した六大神教。

 

 四大神教と六大神教は、教団、信徒共にお互いを嫌っている。片や、後発の分際で光と闇が先に在ったと戯言を捏造するばかりか、教義を掠め取り四大神を貶めたと怒り、一方は、光と闇の下位でしかない四大神を最上とする愚かな宗教だと嘲った。

 

 更に複雑なことに、六大神教はいくつかの宗派に別れお互いを非難することも忘れない。アーラ・アラフ原理派、スルシャーナ融和派を筆頭に幾つもの宗派を作り、それらは更に分派し、実に複雑怪奇なモザイク模様を織りなしている。

 

 どの世界、いつの世、汎ゆる国と地域で起こる宗教論争である。

 

 宗教は多くの人の心を癒やすと同時に、争いの種も振りまく。狂信者を生み出し、邪悪である、異端であると、神の名のもとに死を大量生産する。一〇〇年前がそうであったように、一〇〇年後もきっと変わらない。宗教と戦争は切っても切れない関係なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新月。

 

 月と太陽の黄道が重なり、背後から太陽の光を受けた月は地上から視認できない。天を薄く覆う雲が星明かりをも隠している。

 

 始原の魔法(ワイルドマジック)が唯一の魔法であった時代、人類が手にする光は自然の力を頼るものだった。火だ。

 

 火は闇を払うと同時に濃くもする。大気に揺らぐ炎がゆらゆらと影を、まるで生きている様に変幻に形を変える。

 

 何もいない。人の魂に刻まれた太古の記憶がそこに何かがいると訴える。何もいない。不安に駆られ何度も確認する。何もいない。

 

 ぞぞぞ、と地面が動く。ぶぶぶ、と羽音が鳴り空気が振動する。

 

 それは光を嫌って闇に逃げ込み姿を消す。何もいない。何もいない。

 

「夜は朔月。隠したる雲はさらなり。闇もなお」

 

 雲に隠れ星の煌めき一つ見えない暗闇に、朗々と重厚なバリトンが響く。聞くだけで耳が孕むと口にする拷問官がいるかもしれない。闇は聞く者の想像の翼を広げる一助となる。なんといい声だろう。この美声の持ち主はきっと素晴らしい男性に違いない。

 

(ともがら)のおおく(おごめ)きたる。(かふ)のほのかにうち光て行くもをかし」

 

 古い言葉で紡がれる(うた)。聞き手がいれば、まるで魔力の籠もった呪歌のように魂にまで歌声は響き、うっとりと聞き惚れるに違いない。

 

「星辰の煌偲ぶもをかし」

 

 終句が歌われ、場に静寂が訪れた。不思議な余韻を残した静寂は胸に心地よく、温かみすら感じられた。

 

「良い夜ですな。こんな夜は肝胆相照らす盟友と一献酌み交わしたい。そう思いませんかな?」

 

 雲間に切れ目。星明りが僅かに声の持ち主を照らした。ぎらりと黒光りする外骨格。鞭のようにしなる二本の触覚。左右三対の節足。頭には黄金に輝く王冠。節足に純白の宝石をはめ込んだ王笏。全身を覆う金糸で縁取られた真紅のマント。

 

 雲が折り重なり再び星の光を隠した。彼の種族は光を嫌う。暗闇こそ彼ら種族が最も映える場だ。異形の存在は再び闇に身を溶かした。

 

「わかんなーい。もきゅもきゅ」

 

 バリトンとは違う別の声。口足らずなのに甘い。口調は幼く可愛らしさを感じるには十分だ。

 

「何を食べているのですかな?」

 

「んー? おやつー」

 

「それは吾輩の眷属ですぞ! 食べるのなら現地産をと口を酸っぱくして何度も申しましたぞ」

 

「これ酸っぱくないよー? それにぃ、ここのはコクがないしぃ。もきゅ」

 

「あぁ! 言っているそばから!」

 

「もきゅもきゅ……あ、ナーベラルから伝言(メッセージ)が来たよぉ」

 

「むむむ……してデミウルゴス殿はなんと?」

 

「もきゅっ、定刻通りにぃって」

 

「承知したとお伝えくだされ。それと食べるのはそれを最後にするように……せめて吾輩の目の届かぬところでの配慮が欲しいところですな」

 

「はーい。もきゅ」

 

「全く……デミウルゴス殿。あの時言われた言葉。我輩この街を眷属で埋め尽くすつもりでありましたが……失態に失態を重ね、その上、仕込みも関係者に多大なるご迷惑をお掛けしましたこと、深くお詫び申し上げます」

 

「もきゅ?」

 

「これ程の失態にも関わらず今日まで使って頂いた事、この恐怖公、感謝の念に堪えません」

 

「もきゅー」

 

「今宵、準備は万全に整いました。さぁ人間達、ささやかであるが我輩の饗応を受け取るがいい。ジェリコの夜を存分にご堪能あれ」

 

「おぉー、んっぐ」

 

「……エントマ嬢。ちょっと屋上に行きますぞ」

 

 暗闇に響く二つの声。ぞぞぞと地面が動いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「パンドラズ・アクター、貴方は王国と帝国を。シャルティアは法国です。二人は転移門(ゲート)の展開と維持に集中。特にシャルティアは血の狂乱にはくれぐれも注意して下さい」

 

「お任せ下さい!」

 

「わかってるわよ!」

 

 仮拠点では出撃前の最終確認が行わていた。総司令官はデミウルゴスだ。これまで自らは積極的に動かず、仮拠点から出るのは初めてになる。下僕に経験を積んでもらい成長を狙っての事だった。

 

 一部例外を除き、戦闘に不向きな下僕や動かせない下僕以外は全て出動する。コキュートスは仮拠点の防衛だ。最低限の防衛を最大級の戦力に任せる形だ。

 

「王国と帝国の指揮はパンドラズ・アクターに一任します。法国は私が。王国も帝国も目につく人間はいません。油断は禁物ですが、必要以上に警戒する事もありません。作戦の目的は物資です。生物(なまもの)は不要です。つまむ程度は黙認しますが我を忘れないように。分かってますね、シャルティア?」

 

「わかってるって言ってるでしょ!」

 

 流通ルートの開拓に成功した現在では食用としての人間は足りている。足りていないのは、生物以外の食糧、素材、鉱石、魔法触媒、魔法アイテム、何もかも足りない。だが質はどれもこれもかつてのナザリックの物とは比較にならない程劣る。それらは調査の過程で判明済みだったが、仮拠点にはそれすらない。だが現在は保険の意味合いが大きかった。

 

「量のある物資の搬入は召喚した眷属にさせるように。撤収時は一定時間で消える眷属を囮にします」

 

 死体と触媒を使っての魔法で創造するゴーレムやアンデットはこの作戦に投入しない。触媒が少ない事が大きいが、第五階層の氷河もなく素体となる死体の保存が難しい。魔法で凍結は問題ないが、いずれ破棄する仮拠点であり。無駄な物は省いておきたい。それに冷凍品は食用として人気がない。やはり新鮮で活きと反応が良いものが選ばれる。生物(なまもの)を優先しない理由である。

 

「あの……姿を見られたら、どうすればいいですか?」

 

 姉の背中に隠れながら、マーレが小さく手を上げている。

 

「そうですね。名乗りを挙げてみてはどうでしょう。その上で邪魔になるようなら、排除してください。方法はお任せします」

 

 戸惑ったマーレは姉の顔色を伺うが、アウラは、うんうんと頷いている。

 

「い、いいんですか!?」

 

「構いません。隠す理由がありません。我々は栄えあるナザリックの下僕なのですから」

 

 むしろ堂々とね。デミウルゴスはオーダーを追加した。

 

 

 

 

 

 

 

「誰かそこにいるのか?」

 

 恐怖公がもきゅりながら逃げるエントマを追いかけていると、その先の暗がりに間接照明の光が見えた。松明の灯りではない。白色の光源は同じ照度を保ち、揺らぐことなく影を直線的に形作っている。自然界に存在しない光は魔法でしか作れない。永続光(コンティニュアル・ライト)の光だ。

 

「エントマ嬢。ここは一時休戦といきましょう」

 

「わかりましたぁ。んぐぅ」

 

 間接光が徐々に範囲を広げていく。照らされる地面は僅かに動くがそこには何もいない。光から逃げる何者かがいた痕跡はない。

 

「ここは避難区域に指定されている。原因は調査中だが神都全体に油虫が異常繁殖している。この区域は特に多い。早く避難しろ」

 

 若い女性の声だ。張りがあり、生まれながらにして人の上に立つ事を約束された者特有の力強い声だ。

 

「おぉ、これはご配慮痛み入る。ですが心配御無用。(ともがら)共は吾輩の気配に惹かれて集まっておるだけですぞ。同化し最早眷属とも呼べぬが、己の起源だけは本能で察しているようですな」

 

 薄闇に響くバリトンに反応して四つの気配が動いた。

 

「お嬢様、様子が変です。スルシャーニアかも知れません」

 

「ふん。スルシャーナ様を悪魔の王と見立てる異端の連中か。神都の異常に便乗して良からぬことを企んでいるか」

 

「お下がり下さい。ここは我らが」

 

「馬鹿を言うな。カイレの女が逃げたと笑われるわ」

 

「この先のようです」

 

 お嬢様と呼ばれた女性と護衛と思われる男性が三人。女性はまだ若く少女と言っていい。艶のあるピンクブロンドの髪を無造作に一纏めにして背中に流している。肌は僅かに日に焼けているが若さにものを言わせて健康的だ。体の肉付きは薄い。しかし可愛らしい容姿もあり、成長を楽しみに思わせるには十分だ。

 

 護衛の男性は皆壮年だ。魔法詠唱者(マジックキャスター)と思われるローブを着た男一人と、鎧を身につけ剣を佩いた男性が二人。会話から主従関係は明らかだ。

 

 四人が辻を曲がり、魔法の間接光が直接光に変わった。白色の光は強く周囲を照らし、光を嫌がった小さな虫がかさかさと逃げていく。

 

「不浄の虫め」

 

 少女が忌々しげに呟いた。神都に異常繁殖している生理的に嫌悪しか浮かばない虫だ。

 

「そう言って下さるな。我が眷属には清潔を厳命しておりましたが、(ともがら)共には関係ありませんからな。同化した眷属の成れの果ても同様。既に本能しか持ち合わせておらぬが故に」

 

「何者だ! 名を名乗れ!」

 

 お嬢様と呼ばれた少女の意図を汲んだ魔法詠唱者が魔法の光に指向性を持たせる。収束した光はバリトンの声の主の持ち主を照らした。

 

 ぞぞぞ、と地面が動く。ざわざわと壁が波打つ。羽音が重なり微風となって空気が小さく何度も痙攣する。

 

 ぶぶぶぶ。

 

 四人の視界は飛び交う輩共で埋め尽くされているだろう。足は(くるぶし)まで黒く埋まっている。顔を除く装備で覆われていない体表にも輩が這っていた。

 

「ひっ!」

 

 先頭にいた男性が悲鳴を上げた。それは皮膚を這う虫への生理的嫌悪か、それとも光に浮かび上がる高貴なる姿を見た恐怖からか。

 

「尋ねられたのならば答えねばなりませんな」

 

 魔法の光に照らされ、うず高く盛り上がった蠢く小山の頂上に屹立する恐怖公が名乗りを上げる。

 

「我輩、ありがたくも至高の御方より公の爵位を賜っております、名を恐怖、号して恐怖公と申します。ナザリック地下大墳墓にて第二階層黒棺(ブラックカプセル)を預かっておりました領域守護者ですぞ。一晩に満たぬ僅かな時間なれどお見知りおきあれ」

 

「ナザリック地下大墳墓、戦闘メイド集団プレアデスのぉエントマ・ヴァシリッサ・ゼータですぅ。源次郎様に創造されたんだよぉ」

 

 恐怖公の隣に立つエントマはぴょこぴょこと跳ねた。感情が少々昂ぶっていた。ナザリックの一員としての名乗りは誉れだ。

 

「ま、魔神……蟲の魔神!!」

 

 少女の顔が驚愕で歪んでいた。

 

「神などと畏れ多い。我輩は至高の御方に仕えるただの下僕ですぞ」

 

 恐怖公にとって神とは至高の四一人に他ならない。魔神と名を変えようが僭称することすら不敬だ。

 

「至高!? お前はぷれいやーの従属神か!?」

 

「ぷれいやーとは至高の御方達のような立場の存在を指す言葉ですな。従属神は下僕を意味していると承知しておりますぞ。お嬢さんが発する意味を汲めば()と答えるべきでしょうな。が、言葉の上では断じて(いな)とお答え致しましょう」

 

 恐怖公にとって譲れない一線だ。従属は当たり前であり神などと勘違いも(はなは)だしい。事前の調査通り法国は、転移して来た存在を正しく理解していない。

 

「神都に起こっている異常はお前が原因だ……待て!!」

 

「うおぉ! 火球(ファイヤーボール)! 死ねぇ!」

 

 恐怖に耐えかねたのか魔法詠唱者が火球の魔法を唱えた。火球の魔法は第三位階だ。この世界では熟練の魔法詠唱者しか行使出来ない。少女の制止は間に合わず、膨れ上がった炎の玉が、恐怖公に撃ち出された。

 

 周囲を赤く染めた魔法の炎が恐怖公に着弾する寸前、蠢く小山がぶわっと膨れ火玉を飲み込んで爆発した。爆発後、火の玉は弾けさらに複数の小さな爆発を誘発する。

 

 小さな虫は火に触れただけで次から次へと燃え上がり、蛍火の様に幻想的な光景を生み出していく。ごうごうと燃える灼熱は、さながら地獄で罪人を焼く獄炎だ。この炎の前では何人たりとも生き残れるはずがない。

 

「待てと言ったぞ! 会話が通じる魔神だ。まだ聞き出す事があったというのに……これではもう……流石に生きてはいまい……」

 

 少女は豪炎を前に呟いた。魔法で作られた炎はただの炎ではない。水をかけようが決して消えない。込められた魔力が尽きるまで対象を燃やし続ける。

 

「コ、永続光!」

 

 炎が急速に収束していく。魔力が尽きたのだ。灯りが薄れ周囲が闇に飲まれていく。二重詠唱まで後少しの位置にいる魔法詠唱者は急いで永続光の魔法を唱えた。

 

「神都の異常がこれで収まれば良いが……っ!!」

 

 黒く蠢いていた山は尽く燃えて消えていた。代わりに周囲の闇からからざわざわと小さな虫が集まり新たな小山が出来ようとしていた。小山は見る見るうちに大きくなり、その頂点、水面から浮き出るように恐怖公がざわりと姿を現した。

 

「我輩は平和主義者であるが、先に殴られ黙って済ます趣味はもっておらん」

 

「ぎゃぁぁぁぁ!!! うごぐぅぅぅ!!」

 

 魔法詠唱者があっという間に黒く蠢く塊に飲み込まれた。魔法詠唱者の上げる悲鳴はくぐもる小さな声に変わっていく。まるで口に中に何かがいるように。

 

「貴様!!」

 

「安心するがよい。輩共に大した力はない。我輩の命令を受け付けず、本能に基づく怒りと食欲で我を忘れているのみ。ゆっくり内と外から齧られているだけよ」

 

 護衛の男性二人が助けようと鞘で黒山を削っているが次から次へと虫が集まり黒山は徐々に大きくなるだけだ。

 

「お嬢! 逃げて下さい! この魔神は最悪です! 殿は我らが!」

 

「馬鹿を言うな! 邪悪な存在に背を向けられるか!」

 

 黒山を削りながら護衛の男性が少女に逃げるよう進言する。少女は使命感からか受け入れない。恐慌の中で感じる確かな主従の絆。恐怖公はそこに美を見出す。

 

「ふむ、カイレ家のお嬢さん。忠告は素直に聞いた方がよろしい。そこの魔法詠唱者も即座に息絶える訳でもない」

 

「貴様! 我が家の事を知って……!! サラサーン! 急いで母上に知らせろ! 魔神が神都に現れたと!」

 

「お嬢様がお伝え下さい! お嬢様は将来カイレの家を! 法国を背負う御方です!」

 

「そうです! 魔神はカイレの血脈を恐れて罠に嵌めてきました! お嬢さえ無事なら我らは安心して死ねます!」

 

「お、お前たち……!」

 

 恐怖公の眼の前で広げられる美しい寸劇。いや笑劇(ファルス)か。恐怖公はいつのまにか目の前のカイレ家の女性を恐れている事になっているらしい。

 

 調査の過程でスレイン法国の主要となる人間は調べている。恐怖公はその過程でたまたま覚えていただけだった。

 

 カイレ家は法国に数多くある名家の一つでしかない。多くの家が門外不出の魔法、技術、魔法アイテムを代々伝えている。その殆どはゴミだ。文字通りゴミほどの価値しかない。

 

 カイレ家の女性が扱うアイテムは『ケイ・セケ・コゥク』。複数の家が文字ではなく口伝で伝えるという無意味さのせいで無駄に時間を費やした。作戦の時間も差し迫り、調査はいくつか打ち切られている。カイレの家もゴミをありがたがる家の一つだと判断されていた。

 

「私の……事は……うぶっ……捨てて……逃げて……ぶちゅっ……火球(ファイヤーボール)っ!」

 

 六大神が齎した奇跡か。魔法詠唱者が護衛二人に引き釣り出された。口腔に侵入する虫を何匹も噛み潰しながら火球の魔法を唱えた。膨れる火の玉が蠢く虫の塊を襲った。焼き増しの様に獄炎が闇を塗りつぶし、魔法詠唱者は黒い波に飲み込まれ、集結する小山から無傷の恐怖公が姿を現す。

 

「時間だよぉ」

 

 違うのはエントマが恐怖公に、時間の到来を告げた事だけだ。

 

「見事なり! 忠義の心の片鱗、見させてもらったぞ! 本来ならば吾輩自らお相手する所であるが、国を越えて眷属を制御する役目を持った身。この場を動く事叶わじ。故にお相手は自慢の我が騎乗ゴーレムに任せる事にしよう。来よ! シルバー!」

 

 かさかさかさ。六本の節足が地面を掴む。

 

 ぶぶぶぶ。四枚の(はね)が空気を震わす。

 

 恐怖公のカルマ値はマイナス一〇の中立。多くの下僕が人間を見下し偏見を持つ中、恐怖公は一点に於いて人間を認めている。忠義を示す人間の心だ。

 

 恐怖や絶望、死の淵に追いやられた人間は、簡単に裏切る。口だけの忠誠を誓う者のなんと多いことか。だが彼らはどうだ。我が身を犠牲にして主を護ろうとする姿。主を護るためならば死など恐れず、喜んで身を犠牲にする我が身に重なるではないか。なんと美しい光景だ。

 

 この場は取るものも取り敢えず逃げの一手が最善だ。少女は愚かにも役目に縛られ、部下どころか自らの命すら無駄に捨てようとしている。だがそれが良い。部下の三人は演劇の脇役として主役を引き立て、その死は一層主役を引き立てる。故に。

 

「最期まで守り切る事が出来れば、お嬢さんだけは逃してあげますぞ。それが舞台の最後を彩る終幕(フィナーレ)となりましょう!」

 

 どん!

 

 虫で構成された黒山が内部から爆発した。輩は無数の弾丸となって全周に弾け飛んだ。爆発で生じた衝撃波が辺り一面に蠢いていた輩共を吹き飛ばし周囲から一掃した。余波で魔法詠唱者に群がる黒山をも吹き飛ばし、魔法詠唱者が転がりながら、傷だらけの姿を現した。

 

 恐怖公は上方に吹き飛ばされ、翅を広げ空中で静止し、くるくると回転しながら降下する。

 

 恐怖公がすたん、と二本の後肢で降り立ったのはゴーレムだ。銀色に輝く全身はこの世界の人間が見たことも聞いたことも、これから先知ることもない超希少金属を希少金属でコーティングした一点物だ。誤解の余地が無いほど精巧に精緻に精密に作られ、見る者の根源的な生理的嫌悪を最大限に誘う。

 

「これが至高の存在の一柱、るし★ふぁー様より賜った我が騎乗ゴーレム、シルバーゴーレム・コックローチである!」

 

 恐怖公の身長は三〇センチ。シルバーゴーレム・コックローチの体高は二〇センチ。後肢でゴーレムの背に立つ姿は正に威風堂々。蟲蟲一体、かつてナザリック地下大墳墓第九階層を駆け巡り一般メイド達を恐怖のずんどこに陥れたナザリック随一を誇る最悪のゴーレムだ。

 

「きょ、だいっゴッ、ゴキブ……!?」

 

「ただの虫故、輩に魔法を防ぐ力はない。先程の火球はこのシルバーが防いだもの。人間に分かりやすい強さで表すと難度二一〇といったところである」

 

「馬鹿な!! ゴッキ……ごときが難度二一〇だと!!」

 

 難度とはこの世界で、レベルの代わりに強さを表す数値である。数値が高い程脅威度は増していく。かつてビーストマンの都市に出現し、十万人以上を殺害した伝説のアンデット、魂喰らい(ソウルイーター)は、たった三体でこの暴挙を引き起こした。その魂喰らいの難度が一〇〇から一五〇と推測されている。対してシルバーゴーレム・コックローチの難度は二一〇。これがどれ程の驚異かと言えば。

 

「嘘だ! それが本当なら……法国どころか……人類が滅ぶ……」

 

 剣を握る護衛の腕が震えていた。絶望の底に穴が空き、そこにある想像を超えた絶望は理解不可能で、あり得ないはずの無限に続く暗黒の奈落だった。

 

「くっ! コローシェ! ハジューワ! サラサーン! 落ち着け! はったりだ! 難度二一〇などはったりに決まっている!」

 

 神は我と共に有り。法国の名家、カイレの女は恐怖公の言をはったりと決めつけ、シルバーゴーレム・コックローチの背中に立つ恐怖公を正面から睨んだ。

 

 これは勇気ではない。蛮勇だ。信仰する(偽神)に恐怖を委ね思考放棄したドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャにも劣る狂信者の蛮勇。しかし絶望に陥った人間に縋る事が出来る唯一の藁。護衛の男たちの瞳に絶望とは違うパンドラの箱という名の希望の光が灯る。

 

 恐怖公の心は沸き立つ。いいぞいいぞと心踊った。この絶望という舞台でお前たちは主を護る姿勢を最期まで貫き通せるのか。偽神信仰という名の偽りの脆弱な盾で心折れずに本当の忠義を見せてくれるのか。監督兼演出兼唯一の観客、恐怖公を最後まで楽しませてくれるのか。

 

 ここに、恐怖公が望む最後の舞台演出は整った。

 

「ねぇ恐怖公ぉ。あの女食べていぃ?」 

 

「台無しですな」

 

 




サブサブタイトル 機動戦士G 大地に立つ


【捏造】

①四大神と六大神について。
 一部抜粋して殆どが捏造。でもだいたいこんな感じかなと妄想。

②バリトン
 大人の事情で三期に出番はきっとない。そうニグレドの様に……

③触媒。
 一部魔法を使うのにスクロールが必要なので、眷属も触媒が必要という捏造。一定時間で消える眷属召喚は条件が緩い。
 恐怖公を含む蟲系統の眷属召喚は、ありものを使って召喚する超エコ仕様という捏造。
 俺のターン! 眷属を墓地に捨てて眷属を召喚!

④少女
 わし、カイレ。一三歳じゃ。
 原作ではカイレ様と呼ばれる。カイレ様と名前に様をつけるのはなんとなく違和感。なのでカイレ家のお嬢様という位置づけ。ゴウン殿みたいな。
 傾城傾国を使え、かつ高LVの異名持ちが真っ先に護衛対象とする程の立場のある高齢者を様づけとは言え、名前で呼ばないんじゃないかなと。

カイレ >なんじゃ名前で呼びおって。お主、儂に気があるのか? かかか。

 数多くある名家の出。五〇〇年も続きゃー政治的な事情もあって有象無象もわんさかいるでしょう。
 代々傾城傾国を扱える女系の直系という捏造。


⑤スルシャーニア
 経典を超解釈して逝っちゃった派。混ぜるな危険が危ない。

⑥シルバーゴーレム・コックローチ
 体高20センチとしましたが捏造です。体高から体長等大まかに推測可能もそんな事したくない。20センチでも大概。
 Web版で登場するも書籍版では未登場。かと思いきや挿絵でそれらしい姿が描かれている。
 ゴーレムクラフターのるし★ふぁーに創造されるが、実は超希少金属が使われ、それを隠す為に体表を希少金属スターシルバーでコーティングされている。レベルは七〇。プレアデス姉妹全員のレベルを超えている。難度に換算すると210相当と人類存亡の危機並の数字。やはり最古にして最強か。バンカーバスターだと思っていたら地球破壊爆弾だったくらいの衝撃。
 余談ですが挿絵担当のso-bin氏は恐怖公のお陰で油虫の雌雄の見分けがつくくらい詳しくなったそうです。



【補足】
















・恐怖公
 恐怖公は公の爵位に相応しく大変な教養をお持ちです。Web版では、かのデミウルゴスが「申し訳ありません」とアインズ様に謝罪した社交の場に於ける教養を披露しました。作中の詩は誰もが知っている有名な随筆をそれなりに見えるよう適当に改竄しました。意味は想像しない方がいいです。大したこと言ってません。

・王国も帝国も目につく人間はいません。
 古田さん、眼中になし。ラナーいないしね。

・い、いいんですか!?
 自慢のナザリックを名乗れて嬉しいです!

・これではもう生きていまい。
 オーバーロード様式美。

・恐怖公の口調の変化。
 下々への戯れ。高貴な身が下賤相手に本気になるはずがない。ということもなかった。

・魔神はカイレの血脈を恐れて罠に嵌めてきました!
 恐 >え? そうなの? 我輩、特に誘ってないよね?
 エ >もきゅー。
 恐 >屋上な。

・お嬢様がお伝え下さい!
 お逃げくださいを言い換えた言い回し。なにげに護衛は法国でも上から数えた方が早いくらいの実力者。未来の傾城傾国の使い手の護衛なので。

・きょ、だいっゴッ、ゴキブ……!?
 でか! 小さいのにでか! え? 魔神もゴッキー!? マント邪魔すぎぃ!!
 暗いし高貴だから仕方ないよね。?のニュアンスはそういうことです。

・蟲蟲一体
 人馬一体みたいな。

・コローシェ! ハジューワ! サラサーン!
 左から
 剣士。プライベートに仕事を持ち込まない。
 魔法詠唱者。意外性が売り。
 野伏。ドライに見えて涙もろい。

 我ら、くっ殺恥は晒さん三人衆!

・ここに、恐怖公が望む最後の舞台演出は整った。
 ちゃんと仕事は忘れていません。

・台無しですな。
 とある作品へのオマージュ。











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