いつもは一日置いてチェックしてましたが前回はそれをせずでした(言い訳
ps
ダイコクコガネ様の『Die Zeit heilt alle Wunden』面白いですね。重厚なのに読みやすくて、先の展開が楽しみで仕方ありません。
でも最新の二話読んで気が付きました。
この話と真逆の方向性だ!
【訂正】
前回、配置転換は統括殿の命令としてましたが、正しくはデミウルゴスでした。大きくは影響しませんが、ニュアンスが若干変わります。修正済みです。
「セバス殿が如何なる意図を以ってサボタージュしていたのか推測しか出来ません。そしてセバス殿が理由を説明しない以上、我々には肯定する事は出来ない。本来ならば
ソファーに座る二人のプレアデスを前にしてサトルは演説をするように朗々と語っていた。
「恐怖公が仕込みに失敗したと言われた件ですね」
ソリュシャンが問う。
「少々です。致命的ではありません。差し迫っているという話ではありませんが、余裕がある訳でもありません。ですのでセバス殿には申し訳ないと思いましたが……申し訳ない? モモンガ様の偉大さを広く知らしめる一大事業に携われるセバス殿に申し訳ない? これは間違いなく栄転……なのに私は……左遷……たらい回し……気鬱……うっ頭が。この貸しは大きいですよ、
ぐぬぬと体を折り曲げてサトルは本気で悔しがっているように見える。ナーベラルは、お労しいと呟いて、本気で信じている。だがソリュシャンは違った。これは演技だ。彼は道化を演じていると。
ソリュシャンは
パンドラズ・アクターはモモンガが創造した唯一の下僕だ。宝物殿で財宝の管理をしていた彼がいつ創造されたのかは知らない。至高の存在四一柱がナザリックを去る前か去った後か。ソリュシャンは後者ではないかと考える。
至高の四〇人がナザリックを去り、悲嘆に暮れたのは下僕だけではない。主、モモンガも下僕同様、いや下僕以上の悲しみに包まれたのではないか? 心優しいモモンガは下僕に悟られぬよう、誰も入れぬ宝物殿にパンドラズ・アクターを配置し、外装を変更させ、懐かしき日々を思い出す事で無聊を慰めていたのではないか。
なんと情けないことだ。主のお心を癒やすことが出来ない無様を晒すどころか、気を使わせてしまうなど下僕としてあってはならないことだ。
至高の存在の胸の内を慮るなど不敬だ。しかしこれだけは下僕として見過ごせない。
パンドラズ・アクターは道化師だったのだ。主の心を癒やし慰める宮廷道化師だ。彼の動作、言動の一つ一つが派手なのは頷ける。宝物殿守護者にしてモモンガの心を癒やす宮廷道化師。
この件はアルベドに報告せねばなるまい。モモンガが帰還した時、下僕の目など気にせず、パンドラズ・アクターと気の済むまで向かい合って欲しいと。心ゆくまでパンドラズ・アクターのエンターテイメントを楽しんで欲しいと。
「なにか?」
「いいえ、なにも」
視線を感じたサトルにお気になさらずと返し、ソリュシャンはモモンガのお役に立てる喜びを素直に表情に表した。
「セバス殿の事はここまでにしましょう。先日デミウルゴス殿から一つの知らせがありました」
サトルは懐から一枚の紙を丁寧に取り出した。内容が読み取れないほどびっしりと文字が書き連ねられている。
「そこから私なりに考察した結果は、統括殿、デミウルゴス殿とほぼ一致しました。別に秘密の話ではありません。今頃、仮拠点でも統括殿が下僕を集めて同じ説明をしているはずです」
「パンドラズ・アクター様。それは良い話なのでしょうか」
サトルの表情から良い話とも悪い話とも読み取れない。ただ下僕にとって重要な話なのだと理解したのか、ナーベラルが問う声は少し堅い。
「サトルです。良い話ではありますが、少々落胆するかもしれません」
「モモンガ様の話ですね」
既に察していたソリュシャンは、半ばナーベラルに聞かせるつもりで確認した。静かに頷いたサトルはゆっくり口を開いた。
「モモンガ様がこの地に御降臨されるのは、今から一〇〇年後です」
一〇〇年。寿命を持たない、もしくは長命種で構成されるナザリックの下僕にとっても決して短い時間ではない。人間なら例外を除き寿命で天に召されるのに十分過ぎる時間だ。
アルベドは法国のゴミ情報を大量に処理しながら、王国と帝国から集まる、単体で完結している情報の結合と統合、分析を繰り返し一つの仮説を得た。
最初はリ・エスティーゼで親が子供を叱りつける時に使う有名なしつけ話だ。
『悪い子は八欲王に攫われて頭から食べられてしまうよ』
八欲王は悪魔や竜、多種多様なモンスターに変わる事もあるが、王国の広い地域で八欲王の名は流布している。これだけなら世界を変えてもどこにでもあるよくある話だ。
帝国では親が子を寝かしつける時に、御伽話の悪者として八欲王が登場する。
『四〇〇年前に突然現れた悪い八欲王。沢山の国を滅ぼして、竜と戦い、最後はお互いに争ってみんな死んでしまいました』
そして法国では、
次はスレイン法国の建国紀だ。
スレイン法国では、各国で広く信仰される四大神信仰に、光を司るアーラ・アラフと闇を司るスルシャーナの二柱の神を加えた六大神教が信仰されている。法国の建国はこの六大神と密接に関わっている。
五〇〇年前、人類は多種族との生存競争に敗北し死の縁に立たされていた。そこに従属神を従えた六大神が現れ、人類の生存圏を取り戻した。その後国家の基盤を六代神と共に策定しスレイン法国が建国される。重要なのは六大神が実在したとされる記録が大量に存在することだった。
そして一三英雄。王国、帝国、法国で知らぬ者がいない有名な、巷間で広く信じられている伝説だ。伝説とは言え国家を超えて広範囲での分布状況から、元となる事変があった事は疑いようがない。事実、リ・エスティーゼ王国の建国記と、スレイン法国の禁書にも一三英雄の名は出てくる。
一〇〇年前、魔神が配下の悪魔を従え、世界各地で猛威を奮い、幾つもの国を滅ぼした。
一三英雄の伝説は歴史が新しく文献が多い。ただし改竄の跡も多く見受けられ、実際には一三人以上の英雄が存在したと思われる。古い記録を遡れば、有翼の双槍使い、蟲の魔神に対して特効魔法を持つマジックキャスター、身の丈を超える剣を振るった水棲の爬虫類種。その他にも多くの英雄が記録から消されている。
これだけではない。二〇〇年前に各国で大きく地面が揺れる現象を、言い伝えを口伝で残す各国村々の長老衆が残している。この世界には『地震』に該当する言葉がない。地面は揺れるものではないのだ。夜空が赤く染まり、轟音が鳴り響いたとも伝わっていた。常識ではありえない超広域に渡る天変地異。いかに恐ろしかったのかの記憶を現代にまで語り継いでいる。
いずれも超常の現象、或いは存在が突如として現れ、この世界に伝説として刻まれている。他にも、ユグドラシル由来としか思えない、アイテム、魔法、装備。特定の血脈のみに誕生する高レベルの神人と呼ばれる超人。八欲王が残した空に浮かぶ
五〇〇年前に六大神。
四〇〇年前に八欲王。
二〇〇年前の各国で同時に観測された天変地異。
一〇〇年前の一三英雄。
そして現在、この地にはユグドラシルから転移したナザリック地下大墳墓の下僕がいる。空白の二〇〇年前に何もなかったと考える方が不自然だ。ひっそりと目立たぬようにしているのか、低レベルで転移し歴史に埋もれたのか。もしかすると寿命で既に死んでいるかもしれない。
「以上から一〇〇年周期でユグドラシル世界から何者かが転移していると推測出来ます。仮説ではありますが間違いないだろうと三人の意見は一致しました。今回は我々ですね」
サトルは一息つき、ソリュシャンが用意したお茶に手を付けて一口。
「モモンガ様はこの世界があることを何らかの理由でご存知だったのです。ただし一〇〇年周期でしか送り込めない。下僕を送り届けた後、ユグドラシル世界は崩壊し、モモンガ様は今も私達の手が届かないどこかで一人……」
お労しや! とサトルは嘆いた。ナーベラルは瞳に涙を溜め、ソリュシャンは表情に影を作った。
「とは言え、嘆いてばかりではいけません。ここは気持を切り替え、モモンガ様の為に力を尽くさなければいけないのです。私達が悲しんでばかりいては、モモンガ様に辛い思いをさせてしまう事でしょう」
サトルは、はははと笑う。モモンガの一番近い場所にいるパンドラズ・アクターが辛くないはずがない。プレアデスの二人を気遣っているのだ。プレアデスの二人はその心遣いに感謝する。
「しかし、一〇〇年後にモモンガ様が御降臨される保証がないのでは? 別の者が転移する可能性も」
「ナーベラル、それはモモンガ様のお力を疑う発言よ」
「ソリュシャンの言う通りです。モモンガ様は一〇〇年後の転移に向けてお力を溜めておられます。そこに疑いの余地などありません」
「あ、申し訳ありません!」
ソリュシャンに指摘され、愚問としか言いようのない発言をしたナーベラルは顔を青くした。
「聞かなかった事に致しましょう! なのでナーベラルは剣から手を離しましょうか」
サトルは、素早く動きナーベラルを羽交い締めにするソリュシャンに視線で感謝を送った。
「この一〇〇年が長いと感じるか、短いと感じるかは人それぞれです。拝謁することが出来ず残念に思うもの。準備万端でお迎えする時間を頂いたと胸を撫で下ろす者。ちなみに私は後者です。最初から御降臨を疑っていませんでしたので」
「私もです」
「わ、私も!」
「あら、ナーちゃんはさっき保証がないって言ってたわ」
「なっ! それは聞かなかった事にって!」
「私は言ってないわよ。言ったのはサトル様」
一方の女性は顔を赤くしながら、もう一方は楽しくて仕方がないという風に。見目麗しい二人の女性が、上になり下になり組んず解れつ言い合いながら組み合ってる。パンドラズ・アクターはその様子を見ながら、アルベドが説明している仮拠点の様子も同じようなものだろうと安心する。下僕が口にする絶対の忠誠。そこに疑いなどないのだから。
「お二人とも、眼福なのですがそこまでにしておきましょう」
ナーベラルは、はっと気付いて渋々の様子で、ソリュシャンは余裕の笑みで元の位置に戻った。
「我々がすべき一番の重要事項は、一〇〇年先に向けてモモンガ様をお迎えする準備をすることです。幸いな事に目星も付きました」
サトルは立ち上がり右手を振り上げる。全身から力を集めて伸びやかに。
「一から洗い直します! お二方! 帝国を丸裸にしてやりましょう!」
右手を振り下ろした謎の姿勢で固まるサトルにナーベラルとソリュシャンは力強く頷いた。
■
「セバス様ー! お帰りなせーー! 募集していた開拓団が来たっすよー!」
トーマス・カルネが村の入り口で手を振っている。セバスは同じペースで動かしていた足を少しだけ早めた。
「それは良かった。こちらは片が付きました。野盗集団は当分現れないでしょう」
「あは、はは、は。ほんと強いっすねぇ。お、俺もちったぁ腕に自信はあるんすけど、昔、膝に矢を食らったから、その。つ、次は一緒に行くんで……」
「頼りにしてますよ」
トーマス・カルネは元冒険者だ。英雄を夢見て家を飛び出したが才能の限界は直ぐに来た。まだまだ強くなれるんだと自分を騙し、冒険者だと強がっていた所で貴族に騙され開拓団のリーダーとして辺境の地に追いやられた。
冒険者自体が合っていなかったのだろう。元々は気のいい朴訥な青年だったのだ。明日の見えない生活の中、モモンガ教に出会い人生が一八〇度変わった。お腹が膨れかけの、妻と決めた女性を大事にし、真面目に畑を耕し、一日に五度、モモンガ様にお祈りを捧げる。一日の大半はそれだけで終わる。だがそれだけで心の平安を得ることが出来たトーマスは顔つきすら変わっていた。
今はどこの農村にもいる素朴な青年だ。意気がっていたのは、小さな自尊心と希望のない生活、そして周囲に流されていただけだ。
「セバス様、この前、領主様の徴税官を追い返したじゃないっすか。あれマズイじゃないっすか?」
カルネ集落でのセバスの仕事は、説法と農作業、安全と食料確保を兼ねた狩り、徴税官を追い返し野盗の殲滅と割と忙しい。
「問題ありません。モモンガ様に祝福された村から上前を掠め取ろうなど見過ごす訳にはいきません」
「でも、このままだと領主様が怒って兵隊が一杯来るかも知れねぇんですけど」
「それも問題ありません。数千の軍勢だろうとも全て撃退して見せましょう」
「はは、は……すげぇ自信っすねぇ。セバス様とルプスレギナ様が強いのはよく知ってるんすけど……」
トーマスの顔は少し引きつっている。
「問題ありません」
自信満々に答えるセバス。実際に何も問題はない。万を超えようが人間の軍勢など緒戦で戦意を喪失させるだけの力を創造主たっち・みーから頂いている。
セバスの泰然とした姿にトーマスはぶるりと背中を震わせた。
「わかりやした。モモンガ様も見てくれてる事だし、俺も覚悟を決めやす。これだけはなんとしても逃しやすけどね」
小指を立ててトーマスは、はははと笑った。
「モモンガ様は一〇〇年後に降臨されます。命を捧げる程の忠誠を誓う者には慈悲を下さることでしょう。一〇〇年後、あなたは寿命でこの世にはいないでしょう。ですが教えを正しく守る事で、魂はモモンガ様の下へたどり着くに違いありません。その時どう生き、どう死んだか、モモンガ様に胸を張って報告出来るよう今日をしっかりと生きるのです」
ルプスレギナがいい加減に語った教えは、村人に根付き、小さな芽を出し始めている。だが当のルプスレギナは覚えていない。
「あ、説法っすね。みんなを呼んで来ないと」
「その必要はありません。彼女の事が心配なのでしょう? 行ってあげなさい」
「へへへ。すいやせん。これがこれなもんで」
お腹に子がいるもんで。そんな仕草で嬉しそうにトーマスは笑った。
「あ、セバス様、ルプスレギナ様の事なんすけど……」
「ルプスレギナがどうかしましたか?」
一歩踏み出したトーマスが思い出したように振り返った。
「えっと、シてる時に覗かねぇで欲しいんで。いつもいい所で萎んでしまって……」
クライマックス直前。薄暗い室内にぬぅっと目の前に笑顔のルプスレギナが突然現れる。施錠はしている。繁殖行為は信徒の努めっすから神官としてちゃんと見届けるっす、とガン見される。萎む。出ない。
たはは、と笑いながらトーマスは去り、セバスは目頭を押さえて見送った。
セバスはカルネ集落の地でモモンガ教の
去っていくトーマスの背中。その背中を見送りながらセバスは、パンドラズ・アクターが
名も知らぬ二人の女性は既に死んでいるだろう。死地に連れ込んだのはセバスだ。セバスが殺したようなものだ。金で体を売る商売女。貧しい農家で口を減らすため親に売られた。そんなところだろう。よくある話だ。
だからといって感情は揺らがない。目の前で困っていた。助けを求められたから助けた。ただそれだけだ。深い理由も考えもない。強いてあげるなら、何となくがしっくりする。何となくそうしたかったがより正しい。
パンドラズ・アクターに迫られた時、二人の女性を見捨てたのは、その程度の理由しか持っていなかったからだ。勅命を以って行動するパンドラズ・アクターに何となく助けたセバスが抵抗出来るはずがない。
胸の奥にもやもやとした澱が貯まる。この世界に転移し、セバスはモモンガの勅命を果たせていない。モモンガの勅命はセバスの主体性を問うものだ。目に見える形での達成は、なんとなくという、ふわふわとぼんやりした理由付で果たせるものではなかった。
調査に関して、セバスはサボタージュをしているという意識は全くなかった。デミウルゴスからの催促も、モモンガが創造した優秀なパンドラズ・アクターと情報収集に能力を発揮する恐怖公と比較されても困る、程度の認識だった。
しかし今思えばどうだろうか。調査する上で人脈を形成した人間達。街ですれ違う名も知れぬ人間達。彼らの顔が脳裏に浮かんではいなかったか。その顔が困った顔に変わるのを想像していなかったか。
カルネ集落に配置転換されたのは、一度己を見つめ直す時間をデミウルゴスが与えてくれたのか。デミウルゴスならセバス自身知らない心の葛藤に気がついていたかも知れない。
勅命を与えられても、果たす機会の場を見いだせないセバスの心は今もふわふわ揺れていた。
「おーい! セバスー!」
集落の入り口で己の心を探るセバスに耳に、聞き覚えのある声が届いた。階層守護者アウラの声だ。
「アウラ様」
アウラを乗せた
巨狼の突然の出現に集落がざわついたが、セバスが手を振り安全を伝えると、表には出てこないが、少し落ち着く気配が伝わった。
「よっと。セバス、久しぶり」
蜻蛉を切り、巨狼からアウラが飛び降りざまの挨拶をした。セバスは会釈で返した。
「セバス、実はお願いがあってさ」
「お願い、ですか」
「そうそう。あれなんだけど……」
アウラは巨狼が口に咥えている白いモンスターを指差した。
全身を覆う白い毛皮。体長を超えるだらんと垂れた長い尾。そして黒いつぶらな瞳。
「下ろして欲しいでござるよー」
「喋るネズミですか」
「そう。ネズミ。前に気になるって言ってた奴。山を越えてアークランド評議国ってところに行った帰りに拾って来たんだけど処分に困っちゃって」
会議でアウラが皮が欲しいと言っていたネズミだった。巨狼に首の後ろを咥えられ、じたばたと藻掻くものの身動きはそれしか出来ない。
「思ったより手触りが良くなくってね、司書長に全部あげようと持って帰ったんだけど……」
司書長は、ひと目見た後に肩を落とし、使えないと呟き受け取りを拒否した。その代わり、支配下の魔獣が戯れに狩った
「テイマーとして、ただ殺すだけってのもどうかと思って森に捨てようと思ったんだけど……」
「黒いのだらけの森は嫌でござるよー」
ネズミが叫んでいる。アウラとしても共感出来る言葉だ。聞けば黒い虫に棲家を侵食され北へ北へと逃げていたらしい。
もういいや、と仮拠点近くで捨てようとしたところで、アルベドに元の場所に捨ててきなさいと言われる。
仕方なく捨てに戻ろうとしたところでセバスを発見したという流れだ。
「ば、番犬に丁度いいんじゃないかなーって」
戻るのが面倒なのかアウラは押し付ける気満々だ。
「番犬ですか……ふむ」
セバスが見た所はレベルは大したことがない。しかし一般の人間のレベルを遥かに凌駕し、平均的な冒険者のレベルも超えている。鍛えればいないよりましだろう。
「分かりました。他ならぬアウラ様の頼み。お引き受けしましょう」
「セバス、ありがとう! フェン!」
「ぐへぇ」
巨狼はぺっと口を開き、重力に従うままネズミは大地に張り付く形で落とされた。
「酷いでござるよう」
「明日、あたしは帝国だけどセバスは王国だからね。一応それも伝えに来たんだ。それじゃ」
アウラはそそくさと伝言を巨狼に乗りながら伝え、あっという間に消えてしまった。残ったのはセバスとネズミだ。ネズミは意外と打たれ強いのか毛づくろいをしている。
「あなたを預かることになったセバスです。名前はありますか?」
「親はいない故に名は無いでござるよー。セバス殿が拙者の殿でござるか?」
アウラに言い含められていたのか、セバスの預かり知らぬ所で主従関係を結ばれそうになっていた。
「私には仕える主が既にいるので、あなたの殿にはなれません」
「ではその方を大殿と呼ぶでござるよ。殿」
「話を聞いていますか?」
「殿、拙者どこで寝ればいいでござるか? 森は嫌でござる。黒いのが一杯いるでござるが故に」
アウラが急いて逃げた理由が分かった気がした。そして押し付けた理由も。アウラの姿はもう見えない。返品は不可能だ。
「恐怖公に話を通しているので、この森に眷属はいません。それと殿ではありません」
「意味がよく分からんでござるが、委細分かったでござるよ。黒いのさえいなければ平気でござる。では殿、今日のところは失礼するでござる」
体の大きさに似合わない予想外の素早さでネズミは森に走っていった。
森に消えるネズミを見てセバスは何を思うのか。小さく嘆息した後、踵を返し集落に足を向けた。
集落の中央、広場に当たる場所に幌馬車が二台停まっていた。トーマスが言っていた追加の開拓団だ。何もない集落が募集をかけたところでまともな人間は来ないだろう。皆、何らかの事情を抱えているに違いない。
幌の中には誰もいない。入村を済ませて用意されてある家に移動したのだろう。
セバスはモモンガ教の教会を兼ねる集落で一番マシな小屋へと足を向けた所で背中から声を掛けられた。
「セバス様……」
振り向いたセバスの両目は驚きで見開かれた。女性だ。いや少女だ。容姿に幼さを残す、セバスが帝都アーウィンタールで見捨てた少女。
「……何故」
「何故って……セバス様が、行く所がなければ
言っていない。セバスが少女と交わした言葉は、『助けて』と『分かりました』だけだ。出会ってから
「駄目……でしたか?」
「っ! 駄目ではありません。よく来てくれました」
セバスの驚いた顔を見て別の意味に捉えた少女が、眦に小さな涙を浮かべる。動揺から回復しないセバスは、少女を歓迎し辻褄を合わせた。
セバスの動揺は、何故少女が生きているのかという疑問からではない。何故生かしているのかだ。少女を生かすメリットなどパンドラズ・アクターには皆無だ。
「よかった! お姉さんも一緒に来たの。ほら、あっちに」
少女が指差す方向。トーマス・カルネと話し込む女性がいる。確かにあの日セバスが見捨てた女性だ。少女は姉と呼んだが顔は全く似ていなかった。
「セバス様が治療してくれて、治るまで一緒にいてくれて……優しくされたのが嬉しくて……私……初めてだったから……」
出稼ぎで田舎から帝都に到着したその日に暴漢に襲われ、大怪我を負い死にそうな所でセバスに助けられた。つきっきりで治療され、ごにょごにょでセバスは去ってしまった。
耳朶を真っ赤にしながら説明する少女は顔を両掌で覆っていた。
セバスは動揺していた。先程とは違う理由で。
「そ、そうですか。か、歓迎します。そ、そう言えば、な、名前を聞いてませんでした」
「私の名前は……」
ざっと強い風が吹いた。風は渦を巻き少女の金色の髪に絡んでセバスの視界を奪った。
「……イロンです……ふつつか者ですが……よろしくお願いします、セバス様」
ナザリックの下僕が三都同時に襲撃をかける前日の事だった。
サブタイトル ウォルト・ネズミーと悩みました。
【捏造】
①八欲王、六大神、一三英雄の説明を一部捏造。
②長老衆の口伝。
③一三英雄は伝説。
原作では御伽話となってますが、一〇〇年と時間経過少ないことから、
当時は実在、一〇〇年経過で伝説、原作で御伽話という流れ。
異形種の活躍を改竄するため法国が裏で動いたというありそうな捏造。
④トーマス・カルネの全部。
⑤少女の全部。
【補足】
・トーマス
トーマスは農民出身で教育を受けていない。丁寧語、謙譲語、尊敬語を知らない。でも本人は精一杯丁寧に語っている。
・上前を掠め取る
人間じゃないので、感性も常識もずれてます。
普通は反逆とみなされ軍を送り込まれるでしょう。
・いつもいい所で萎んでしまって……
本番は無理なので、ほら、ね?
・ハムスケ(♀)
後にカルネの白い聖守護魔獣と呼ばれるとか呼ばれないとか。
ハムスケは難聴系主人公の系譜を受け継ぐ者でござる。にんにん。
・親はいない故に名前はござらんよー。
生まれた時から天涯孤独。生まれも種族も謎。
そんな過去を持ちながら、個人的には真っ直ぐな娘に育ったと感心しきり。
身元のしっかりした番を宛てがってやりたいですね。
森の賢王の名はこの先一〇〇年で獲得するはずだった。
・少女。
サービス業につき、言葉使いは少し教育受けてます。
帰ってこない内にソリュシャンが美味しく頂いています。
少女の兄か弟がツアレニーニャ・ベイロンの先祖という脳内設定。
・姉さん
血はつながっていないけど姉妹だと記憶改竄済み。
ある意味姉妹ですけど。