死の超越者は夢を見る   作:はのじ
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詳細は活動報告に書いてますが、ブックマーク削除とポイント取り消し時に、ダメ出しを
感想で貰えると嬉しく思います。



切りどころ分からずいつもより少し長いです。
約一万文字。



5/9訂正
統括→デミウルゴス
ほぼ影響しませんがニュアンスが変わります。


カルネ集落の奇跡

 デミウルゴスは読み終えた書類に小さく一礼し、右側にうず高く積み上げられた書類の山を少しだけ高くした。五つある書類の山はデミウルゴスが自身の法則に従い整理・分類したものだ。アルベド、またはパンドラズ・アクター以外の者が見ても法則は読み取れないだろう。

 

 左側にも書類はある。だが右側の書類に比べて圧倒的に少ない。せいぜい二〇〇枚足らずといったところだ。デミウルゴスにとって片手間で処理できる量でしかない。 

 リ・エスティーゼ王国にいるパンドラズ・アクターと、バハルス帝国にいるセバスから送られた調査報告書だ。

 

 それぞれ建国から一〇〇年の歴史を持ち、片や権力基盤の薄い王が治める封建国家、片や絶対的な権力を保持する皇帝が治める同じく封建国家。成り立ちも歴史も違うが人口の大部分を人間が占めるという意味では大した違いはない。

 

 国教を共に四大神(偽神)とし、貴族が領地を治め、人間が人間を管理する。身勝手な欲望で同族同士で殺し合い、それでも飽き足らず異種族の血を求める。

 

 情勢の変化で風見鶏の如くくるくると立ち位置を変え、強者に(へつら)い阿る。そこに誇りなどなく、あるのは自己本位の生存欲求のみ。これが人間の生存戦略だ。その姿のなんと醜く浅ましい事か。

 

 愛を語り、勇気を示し、誇りを抱き、忠義を高らかに。

 

 なんという自己矛盾の塊なのだろう。デミウルゴスはそんな人間が愛おしくて堪らない。

 

 愛を叫んだ口で恋人を罵らせ、勇気を示す勇者に許しを請わせる。ゴミの価値すらないちっぽけな誇りを眼の前で粉々に砕き、忠義を語る騎士に主君を殺させる。悲鳴、嗚咽、 叫換、断末魔。希望など一切ない絶望だけが人間の生を美しくする。魂をすり減らしながら囀る歌声のなんと甘美な事か。

 

 しかしデミウルゴスは人間に同情する。人間の生まれの不幸に同情する。人間には普遍的で絶対的な主がいない。心からの忠義を示さずにはいられない真の支配者がいない。

 

 ナザリックの下僕全ての魂を魅了してやまない死の支配者。その尊き名は。

 

「デミウルゴス。手伝いなさい」

 

 アルベドだ。デミウルゴスは主を思う幸せな気持を霧散させ、声の主を探した。天井に届きそうな程、高く積み上げられた書類の山がいくつもあるだけだ。アルベドはいない。

 

「おや、声は聞こえど姿はみえず。不思議な事があるものです」

 

「そういうのはいいから、さっさと手伝いなさい」

 

 少し苛立ちのある声にデミウルゴスは小さな意趣返しを終える。

 

 アルベドは書類の山に隠れていた。仕事の内容はデミウルゴスと変わらない。効率もほぼ同じ。デミウルゴスの方が少しだけ処理が早い程度だ。単純に仕事量が違うだけだ。

 

 リ・エスティーゼ王国、バハルス帝国、スレイン法国から送り続けられる情報。情報は紙媒体に記録され、仮拠点に届けられる。

 

 リ・エスティーゼ王国はパンドラズ・アクターが。

 

 バハルス帝国はセバスが。

 

 スレイン法国は恐怖公が、それぞれ現地で直接指揮を執っている。

 

 送られた情報をアルベドとデミウルゴスが取捨選択し、分類、整理、統合、分析、考察を行う事で効率よく三国を丸裸にしていた。

 

 デミウルゴスがリ・エスティーゼ王国とバハルス帝国の二国を、アルベドはスレイン法国を担当していた。

 

「コック美とコック男のラブロマンスなんてどうでもいいわ!」

 

 突然アルベドが切れた。

 

 さもありなん。デミウルゴスはくくくと笑った。

 

 アルベドの担当するスレイン法国の情報は恐怖公の眷属が収集している。当初は大した問題は無かった。情報の精度は多少甘いものの、それはアルベドの処理能力でカバー出来る。しかし徐々に情報精度は落ち始め、首を傾げる情報が混じり始めた。

 

 恐怖公が大規模召喚で呼び出した眷属が無視出来ない数に膨れ上がったのだ。現地で子を成し更に孫を産み、曾孫、玄孫、来孫、昆孫と増え続け、眷属とは呼べない程血の薄まった黒い虫達が情報を送り続けていた。その数は数十億。最早恐怖公にすら正確な数を把握出来ない程だ。

 

 送られ続けられる情報は玉石混交。しかも玉の含有率は異常に低い。はっきり言おう。ゴミだらけだ。だが質の悪い事に見逃せない情報が、稀に、稀に、極稀に混ざっていた。例えばこの世界のものとは思えない高性能な魔法アイテム。例えばレベル九〇を超える可能性のある人間。

 

 殆ど現地に同化する直前の眷属の子孫達は食欲と繁殖に基づいた本能を満たす以外の命令効率は非常に悪い。恐怖公に同行している司書達は、余りの多さに情報の精査が出来ず自動書記アンデットと化し無心に手を動かし続けるしか出来ない。

 

『情報の取捨選択はこちらで行うわ。恐怖公はスレイン法国を丸裸にすることだけを考えなさい』

 

 アルベドが恐怖公を送り出す時に言った言葉だ。朝令暮改は組織が歪む第一歩。アルベドは吐きたい唾を飲み込んだ。

 

 アルベドの処理能力が高い事も悲劇に拍車を掛けた。食事・睡眠不要の指輪(リング・オブ・サステナンス)など無い。アルベドは持ち前の体力で二四時間、情報を精査し続けていた。

 

 奇しくも愛するモモンガの本体、鈴木悟と同じブラックな環境を体験する事が出来ていたが本人は永遠に知らぬことだった。

 

 対して王国と帝国を担当するデミウルゴスは余裕綽々だ。

 

 リ・エスティーゼ王国から送られる情報は、既にパンドラズ・アクターが考察まで済ませ、非常に見やすい形式で纏められていた。デミウルゴスがする事は他の二国との関連性を分析し考察するだけだ。これは現地にいるパンドラズ・アクターには出来ないことだ。

 

 対してバハルス帝国の情報は単純な文字情報の総量としては、王国の一〇〇〇倍を超える。だが情報の価値としては全く足りていない。デミウルゴスがモモンガを称える余裕があるほどに。セバスに何度も催促をしているが、のらりくらりと躱されていた。直接現地に飛び確認したくもあるが、今のデミウルゴスは仮拠点を出て自由には動けない。

 

 アルベド、パンドラズ・アクターと共に、下僕の成長を行動の柱の一つに据えるデミウルゴスは我慢強く待っていた。アルベドの目の下にうっすらと浮かび上がるクマを横目に。

 

「アルベド、する事があるので失礼するよ」

 

「この鬼! 悪魔! 蛙顔! いいから手伝え!」

 

「あなたも淫魔(悪魔)ですからね。大口ゴリラ」

 

 デミウルゴスは少々の驚きを苦笑で隠した。この女、まだまだ余裕あるなと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「当初カルネ集落は繁殖実験を兼ねて家畜化する予定でしたが、もう少し様子を見ようと思います」

 

「ルプスレギナの遊び場になっているって聞いていたけど?」

 

「本人は知られていないと思っている様ですが、あそこには恐怖公の眷属がいるので」

 

 知らぬは本人ばかりなり。

 

 デミウルゴスが手伝い初めて二時間。二つの書類の山が消えた。追加で三つの山が出来たが問題ない。眷属の子孫の殆どが現地に同化したと報告があった。ゴミ情報は急速に減っていくだろう。

 

 パンドラズ・アクターに連絡を取り、恐怖公の仕込みも済ませてある。準備は着々と進んでいる。情報収集に手は足りてなかったが、ルプスレギナの様に、隙を見る余裕のある下僕もいる。喜んで参加してくれるだろう。

 

「ガス抜きに放置してましたが、集落の人間が四大神(偽神)信仰を捨てて、モモンガ教に入信したのは想定外でした」

 

「人間にモモンガ様のお名前を軽々しく呼んで欲しくないわね」

 

「一人呼び捨てにした者がいたので、餓食狐蟲王(がしょくこちゅうおう)の巣に放り込みました」

 

 アルベドがぶるりと体を震わせた。恐怖ではなく生理的嫌悪からだ。

 

「モモンガ教の教義なんてないでしょう?」

 

 二人は休憩がてら書類処理の速度を落としていた。集中しながらでも会話は可能だが、アルベドを少し休ませる必要がある。会話をしながらも書類の山は少しづつ崩れていく。

 

「えぇ。ルプスレギナが適当に説法を説いていましたが、口任せでよくもあそこまで辻褄を合わせたものだと感心しました。演じていればそれなりに見える事ですし」

 

「見えるようだわ。自作自演で重症人を出して治療してるわね。間違いないわ」

 

「ご明察。他にも女性が全員妊娠して、今のところは順調のようです。そのせいもあって村人全員モモンガ教に転びました」

 

「やる気を取り戻した集落に笑顔が戻った。ルプスレギナがますます喜ぶシチューエーションね」

 

 ルプスレギナは生粋の外道だ。高低差のある絶望は彼女の大好物である。

 

 現在のカルネ集落は、代表のトーマス・カルネが新規の開拓民を募集しながら、畑を拡張しようとリーダーシップを発揮し精力的に動いている。子を宿した女性の扱いも穏やかになった。父親は誰かわからない。逆に言えば自分の子かもしれない。明日への希望が見えた時、人は変われるのかも知れない。

 

「不幸にしてモモンガ様の素晴らしさを知らない人間に、偉大さを知らしめる丁度良いテストケースだと思ったのですが、アルベドはどうでしょう?」

 

「あの集落はあなたに任せると言ったわ。好きにしなさい」

 

「ありがとう。正式に周辺にいくつかある小規模の開拓村にルプスレギナを派遣します。彼女も忙しくなり喜んでくれるでしょう」

 

 元々言質は取っている。わざわざ報告する必要もない。本命は人員の確保だ。瓢箪から駒の思わぬ出来事だったがルプスレギナには確りと責任をとって貰う。

 

「それはいいけど、あの子なら途中で飽きるか、全員死ねば解放されるとか考えるわよ」

 

「ご心配なく。ちゃんと引率者をつけますよ」

 

「……そういうことね。それも自由にしていいわ」

 

 デミウルゴスは軽く頭を下げることで礼とした。

 

「あら、これは……」

 

 アルベドが一枚の書類にしばらく目を止め、内容を咀嚼しているのか瞳を閉じた。

 

「デミウルゴス」

 

 小悪魔(インプ)がアルベドから書類を受け取りデミウルゴスに恭しく手渡した。デミウルゴスは書類を丁寧に受け取り読み始める。

 

「……ふむ。パンドラズ・アクターの意見も聞きたいですね」

 

「そうね。送っておいて頂戴。ぬか喜びはしたくないわ」

 

「同感です」

 

 二人は希望と小さな小さな諦観が綯い交ぜになった目で虚空を見つめた。

 

 しんみりとした空気を入れ替えたのはデミウルゴスだ。

 

「話を戻しますが。今回の件は本当に想定外でした。人間の事は理解しているつもりだったのですがまだまだですね」

 

 アルベドはこの言葉に驚いた。悪魔が人間を理解? 何の冗談だと。人間など理解しようとも思わない。そもそも興味すらない。モモンガを愛するアルベドは淫魔(サキュバス)の種族特性を無視して、人間を性の対象とて考えることすらおぞましい。理解など不可能だ。

 

「デミウルゴス。貴方は人間を理解してないわ。出来るはずがない」

 

「心外ですね。ナザリックの者で私程人間を愛している者はいませんよ」

 

異形種(私達)には無理よ」

 

 アルベドは書類から目を離し、デミウルゴスの眼鏡越しに宝石の瞳と視線を合わせた。右手と左手が独立した動きで何かを書き留めながら。

 

「でもね、女としてなら共感できるわ」

 

「女?」

 

「そう。私のお腹にもモモンガ様の御子がいるのよ」

 

 アルベドは高速で動かしていた手を止め、うっとりと優しく愛おしそうに自らの下腹部を撫でた。

 

 デミウルゴスの宝石の瞳から輝きが消え、どろんと淀む。

 

「……それは妊娠ではありませんし、想像妊娠ですらない。ただの妄想妊娠です」

 

「いやん、モモンガ様……そこはお腹じゃありません……でもモモンガ様がそこまで求めて下さるのなら……」

 

 デミウルゴスの口がもう一度開きかけた時、骸骨魔法師(スケルトン・メイジ)がアルベドの前に九つの書類の山を積み上げた。

 

 瞳の輝きが死んだアルベドが書類の山に隠れたのを機にデミウルゴスは手を止めた。

 

「ではアルベド。私はこれで失礼するよ」

 

「待って! お願いだから見捨てないで! 貴方がいないと私は駄目なの! 一人にしないでよ!! 分かってくれるのは貴方だけなの!」

 

 立ち上がり扉に向かって歩き出したデミウルゴスに叫ぶアルベド。本気の必死が伝わった。

 

「相互理解は難しいようだね。私達は異形種なのだから」

 

 後でちゃんと戻りますよと、デミウルゴスは扉を閉めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユリは妹達の為に辞退した。ルプスレギナはする事があるからと遠慮した。ナーベラルはパンドラズ・アクターに同道し、現地人と接する機会の多さを考慮したセバスが無口を理由にシズを除外した。

 

 紆余曲折を経てソリュシャンはセバスと共にバハルス帝国の首都、アーウィンタールにいた。

 

 ソリュシャンは王都の調査の随行に自ら名乗り出た。転移してから無為な時間が増え、やり甲斐を失ったからだ。モモンガの勅命は主が帰還してからしか遂行出来ない。さすがモモンガだ。嗜虐嗜好(サディスト)のソリュシャンを焦らす事が出来るなど考えもしなかった事だ。

 

 捕食型粘体(スライム)が本性のソリュシャンは気落ちした内面を表情として表に出すことはない。ソリュシャンが笑う時、それは顔の位置にある粘体をそう見えるように制御しているからだ。

 

 ソリュシャンはウキウキしながらこっそり出かけるルプスレギナを問いただした。ルプスレギナ曰く。玩具を見つけた。壊すと怒られるけどそれがまた楽しい。ばれないからへーきへーき。

 

 嗜好の方向性はルプスレギナと似ているがベクトルが違う。規律と節制を持つことが出来るソリュシャンはルプスレギナの真似が出来ない。

 

 羨ましいと思いながら、至高の存在のお役に立てぬ日々をまんじりと過ごす中、絶好の機会が訪れた。帝国への潜入調査だ。ソリュシャンは潜伏、隠密、調査に有用な職業を多数取得している。まさにうってつけだった。姉妹は辞退、或いは弾かれ心苦しい思いをすること無くすんなりと決まった。

 

 任務は勿論真面目にするわ。でも……ついうっかり……逞しい男性が乱暴に私の体をこじ開けてしまうかもしれない。いけない事だけど一度体を許した以上はたっぷり楽しんでもらわないと。最後まで元気に動いてくれるかしら。久しぶりだから、体の奥を突かれてしまうとはしたない声が出てしまうかも。手綱をしっかり握って息切れしないようにしてあげないとね。最期までゆっくり、ゆっくり……。でも私が本当に欲しいのは無垢な赤子。私の赤ちゃん……玉のような肌を包み込んでけっして離してなんてあげない。あぁ。どんな声で泣いてくれるのかしら。

 

 班編成は破格だった。

 

 ナーベラルと八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)二体、影の悪魔(シャドウデーモン)三体の少数精鋭で王国に乗り込んだパンドラズ・アクター。

 

 補助要員の司書は別として、二人だけで潜入した恐怖公。

 

 帝国はセバスを筆頭に、ソリュシャン、八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)七体、影の悪魔(シャドウデーモン)一一体、郊外に司書数人と階層守護者から借り受けた配下複数。他にも貴重なアイテムの数々を受け渡されていた。

 

 魔法スクロールなど、補充の効かないアイテムは貴重だ。ユグドラシル金貨を使って召喚するモンスターはもっと貴重だ。

 

 ソリュシャンは万全の体制を得て、最速で最大の成果を得るつもりで仮拠点を出発したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふふ」

 

 年若い一人の女性がゆったりとした椅子に座り、少しだけ膨れた下腹部を撫でている。満ち足りて幸せそうな姿は子を愛おしむ聖母を連想させた。

 

 輝かんばかりの美貌だ。長く艷やかに螺旋を描く黄金色で編まれた金糸の髪。妊婦に到底思えないメリハリの利いた体は、美貌も相まって、一国の後宮に収まっていても不思議ではない。傾国の、と枕が付いても納得出来るだろう。

 

 ソリュシャン・イプシロン。

 

 戦闘メイド集団、プレアデス三女。暗殺、索敵を得意とし、魔法はスクロールを騙す事で使用可能。至高の存在の一柱、ヘロヘロに創造された美しき捕食型粘体(スライム)だ。

 

「あら? 終わったの? ありがとう」

 

 ソリュシャンの下腹部がペコンと凹んだ。まるでそこにあった何かが無くなってしまったかの様だ。

 

「ふう」

 

 滞在しているのは高級宿だ。費用は、先行した四体の八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシ)が用意した。隠密に特化した彼らには手段を問わなければいくらでも資金を捻出出来る。そしてデミウルゴスは手段を一切問うていない。

 

 ソリュシャンは身を持て余していた。執拗に迫ってくる人間を穏やかに躱し、すれ違いざまにこっそりと獲物を頂いた。来客を体調不良だと強引に断り、やっと稼いだ僅かな時間で趣味を満喫していた。終わってしまえば現実が襲いかかってくる。

 

 定時連絡で聞いた所、王国の調査は既に終了し、仕込みも終了したそうだ。法国は情報収集が佳境に入り一両日中にも終わるという。あとは情報を整理するのみ。仕込みについては今の所、何も問題はない。

 

 だが帝国は。

 

 帝国の調査は遅々として進んでいない。

 

 リーダーであるセバスは、優遇配置されたモンスターを文字通り一点集中で運用した。一つの施設に過剰なまでに戦力を投入したのである。それこそ建材の年輪まで丸裸にするほどに。念には念を入れて一日に一施設。皇帝の住処である帝城にいたっては未だに手付かずだ。

 

 セバスは調査と称して人脈を形成し、ソリュシャンは仕事として人間の対応と饗応を任せられた。優秀なソリュシャンはその対応を卒なくこなせる。望む望まないに関わらず、ソリュシャンの美貌は人間を引きつけ、調査に割り当てる時間は無くなった。

 

 一日に集まる情報は多い。当たり前だ。勤務する人間の頭に棲む虱の数まで正確に数えられている。情報は郊外に待機する司書が精査し仮拠点に届けるがその時には情報の殆どがゴミとして消える。

 

 ソリュシャンは僅かな隙きを突き、つまみ食いするのが精一杯。折角志願してきたのにと忸怩たる思いがある。こんなことならば、ルプスレギナに便乗していた方がまだ良かったとも思い始めてもいた。

 

 気配を感じた。セバスだ。ソリュシャンは音を立てずに立ち上がり扉に移動した。

 

 トントンとノックの音に合わせて扉を開く。

 

「おかえりなさいませ、セバス様」

 

「只今戻りました」

 

 腰を曲げるソリュシャンの前をセバスと女性二人が横切った。女性の内一人はまだ少女と言える年頃だ。女性は共に、血と事後の匂いを全身から発していた。

 

 またか、と顔を伏せたソリュシャンの眉が歪んだ。

 

「ソリュシャン、彼女達に治療をお願いします」

 

「……お断りします」

 

「ソリュシャン?」

 

 感情を込めずに発した声に驚いたのか、セバスの声に戸惑いが感じられた。ソリュシャンは下げていた頭を上げた。

 

「お断りしますと申しました」

 

 笑顔を貼り付けて、再度セバスのお願い(・・・)を断った。セバスはプレアデスのリーダーでもあり、調査団のリーダーでもある。命令ならば断腸の思いで受ける。だがお願いならこれ以上付き合い切れない。

 

「ソリュシャン、お願いします。彼女達は困っているのです」

 

 いけしゃあしゃあと言うセバスにソリュシャンは堪忍袋の緒が切れた。

 

「セバス様、これで何度目か覚えていますか? 三度目です。最初はプレアデスとして、その次は調査団としてお願いをお聞きしましたが、もう我慢の限界です。セバス様の行動は限度を超えています」

 

 セバスが連れてきた女性が、笑顔を貼り付けたまま静かに激高するソリュシャンの態度にビクリと体を震わせ、セバスの背中に隠れた。

 

「……分かりました。ではポーションを渡して下さい。治療は私がしましょう」

 

「それもお断りします。至高の御方が集め、モモンガ様が下僕に持たせてくれたアイテムをこれ以上人間に使うのを許すわけにはいきません」

 

 貴重なアイテムは全てソリュシャンが体内に隠し持っている。伝言(メッセージ)のスクロールですら緊急用の二つしか所持していない。定期連絡も受信待ちだ。念の為と渡されたポーションをこれ以上人間に使われるのはとても耐えられない。

 

「……それではお金を用意して下さい。四大神(偽神)の神殿で治療してきます」

 

「セバス様。この資金は調査用に八肢刀の暗殺蟲が集めたものです。人間の女を治療する事と調査に何の関係があるのでしょう?」

 

 セバスの眉がピクリと動き、鋭い眼光がソリュシャンを捉えた。ソリュシャンはそれは全身で受け止めた。明確なレベル差がある二人がぶつかればソリュシャンは瞬殺される。しかしソリュシャンは引けない。命令でもない、ただのお願い如きで、大切なアイテムをこれ以上、人間に使われる訳にはいかなかった。

 

 ピリピリとした空気に人間の女が怯えた。

 

 ソリュシャンに妥協などない。殺すなら殺せ。人間二人も道連れだ。

 

 突然ぐにゃりと空間が歪み、半球体の闇が広がった。転移門(ゲート)だ。定期連絡の伝言(メッセージ)代わりにシャルティアが何度か使用している。決められた時間ではなかった。緊急連絡かもしれない。

 

 セバスとソリュシャンはにらみ合いを一時解き、転移門からシャルティアが出てくるのを待った。女性二人は目を剥いて声も出ていない。

 

 最初に渦を巻く暗闇から真っ白い骨の指が。続いて腕、豪奢なローブが続いた。ソリュシャンは自らを構成する核が一瞬震えたのを感じた。

 

 眼の前に世界中を見渡しても二人といない唯一無二の至高の支配者の姿が現れたからだ。

 

「モモンっ……!!」

 

 ソリュシャンは自然と折れそうになる膝に力を入れ直した。セバスは既に膝を折り、頭を垂れていた。

 

 索敵や探知、看破に特化したソリュシャンは直ぐに気がついた。これは違うと。

 

 膝を折らないソリュシャンに驚いていたセバスも暫くして気がつき、すっと立ち上がった。

 

「パンドラズ・アクター様」

 

 セバスの呼びかけに、モモンガの姿を取ったそれは形をぐにゃりと変えた。

 

「サトルとお呼び下さい」

 

 パンドラズ・アクターはサトルに外装を変更した。人間の女性二人がそれを見て意識を失った。セバスがそっと抱きかかえたのを見て、サトルは状況を察した。

 

 転移門からナーベラルと八肢刀の暗殺蟲、影の悪魔も姿を現した。ソリュシャンの目から、ナーベラルはどこか自慢げに見えた。

 

「突然すいません。私も急だったもので」

 

「パンドラズ・アクター様、それは構いませんが……」

 

 セバスは二人の女性をソファーに横たえた。

 

「サトルです。それはさておき、セバス殿。デミウルゴス殿から配置転換の命令が下りました。セバス殿はこのまま転移門を通って仮拠点に帰還して下さい」

 

「いえ、しかし……」

 

「何か問題でも?」

 

 サトルは首を傾げてセバスの視線の先を追い掛けた。ソファーだ。

 

「成る程! ご心配なく。こちらで適切に対応するのでお気になさらず! セバス殿は戻ってデミウルゴス殿の指示に従って頂きたい。モモンガ教に携わる大事なお仕事だそうです! いやはや! 羨ましい限り! 私もモモンガ様の素晴らしさを喧伝し、その大いなる神意(みこころ)を世界中に知らしめる一大事業に参加したいと統括殿に直訴しました。しましたとも! したんだよ!! ぐぬぬぬ。ですが、手は足りているとけんもほろろ。何事も適材適所があるそうで先程不覚にも涙してしまいました! ですがこの……」

 

「パンドラズ・アクター様」

 

「サトルです。ということで、セバス殿の任は私が引き継ぐ事になりました。若輩者だとご心配の程は重々ご尤も。ですが、恥ずかしながらモモンガ様不肖の被造物、このパンドラズ・アクター改めサトルが全霊を以ってセバス殿の後任を務めさせて頂く所存。これも全て統括殿のご采配。セバス殿はお気持ちも新たに、次なる任務を後顧の憂いなく務めて頂きたい」

 

 芝居がかった仕草を洗練された動きで踊るように舞うサトル。セバスの背中に回り込み、ぐいぐいと転移門まで押すが、レベル二のサトルではセバスは巌の如くびくともしない。

 

「パンドラズ・アクター様、せめて彼女達を安全な場所に……」

 

「サトルです。彼女達はこちらで適切に対応します。彼女達がセバス殿にしか理解出来ない重要な情報を持っているというのなら話は別になりますが」

 

 サトルは動かないセバスの背中をコミカルな動きで押し続ける。

 

「いえ………………せめて、安らかな慈悲をお願いします……」

 

「なんの事かは分かりませんが、承りましょう! では後の事はこのサトルにお任せあれ」

 

 サトルは最後の一押しで腰をくの字に曲げてぐいっと突き出した。間抜けな姿勢だがこれでセバスが動いた。というより自ら歩き出した。タイミングを合わせただけだろう。

 

 一度だけ立ち止まり、気を失った女性二人に黙礼するかのように瞳を閉じてから、セバスは転移門に入った。セバスが消えてからしばらくして転移門も消えた。

 

 残ったのは、召喚モンスターを除き、男性一人と女性四人だ。八肢刀の暗殺蟲は不可視化して天井へ、影の悪魔は適当な影に潜んでいる。高級宿だ。これだけの人数では狭苦しさなど一切ない。

 

「あの、サトル様。私はどうすれば良いでしょうか?」

 

 配置転換を受けたのはセバスだけだ。セバスの下で動いていたソリュシャンの立ち位置は一切明言されていない。

 

「ソリュシャンはこのまま残ってナーベラルと一緒に動いてもらいます」

 

 ソリュシャンは胸を撫で下ろした。やっと忙しくなると。ついでに嗜好を満たす時間はあるかしらと。

 

「状況を簡単に説明しますとですね」

 

 サトルは右を見て左を見た。ちょいちょいとソリュシャンに近づくよう手を振った。

 

 意図を察しソリュシャンはサトルに耳を寄せた。厳密に言えば耳ではないが見た目だけで言えば綺麗な耳に見える粘体だ。耳としての機能など一切ない。

 

 少し楽しくなったソリュシャンはあざとく頬を染めながら、少女の様に可愛い笑みを浮かべ、サトルの腰に手を回す。体温が交換出来るほど身を寄せ、パンドラズ・アクターの言葉を待った。

 

 ソリュシャンにアドリブで合わせたサトルはソリュシャンの腰を引きつけ、吐息を感じる程の距離まで口を近づけると赤くなった耳朶に囁いた。

 

「法国にいる恐怖公が仕込みを少々しくじりました。いやはや、どうしたらいいと思います?」

 




【捏造】

①大規模召喚で呼び出した眷属が現地虫と子を成す。情報収集用として特別に調整した眷属。非常に早いサイクルで卵を産み恐ろしい速度で増え続ける。血が薄まり、最終的には現地に同化し、ただのグリーンビスケットとなる。

②自動書記アンデット。ごっきーと意思疎通できるんですかね?

③転移門。ここでは使えるものとします。位階不明ですが一〇位階魔法であったとしてもレベルは足りているので使える可能性はあります。



【ミス】
バハルス帝国を専制君主国家と何度か書いてますが、この時点では封建国家でした。
その内直します。内容には全く影響しません。

専制君主制への流れ。
じじ  >改革の準備しとくわ。
ぱぱ  >わりい、死んじゃった。
じる  >即位するわ。親族に謎の事故死とか多いけど気にすんな。
     反対勢力は力で潰すけど気にするな。
     忠誠を誓う奴だけ残すわ。無能はいらん。死ね。のたれ死ね。
あるしぇ>ふぁっ!




【補足】

















四大神(偽神)
 神と呼ばれていいのはモモンガ様だけ。

・ブラックな環境。
 鈴木サトルの様なリーマン戦士は基本的にブラック会社に勤めているそうです。四時起きとかさらっと出てましたし。

・紙
 大事な紙です。それを捨てるなんてとんでもない!

・(アルベドの今の状況とか)分かってくれるのは貴方だけなの!。
 (情報の連結・統合・分析・考察まで出来るのは)貴方しかいないの!!

・プレアデス三女。
 ナーベラルとソリュシャン。二人とも三女です。

・「あら? (命が)終わったの? (楽しませてくれて)ありがとう」
 (白目

転移門(ゲート)
 一度行った場所に殆ど制限なしで移動可能。失敗率0、距離無限。ありんす運送で有名。目にした場所、もしくは遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)等で見た場所にも行ける。
 パンドラはそういうのが得意な至高の存在に事前に変身して位置を特定したという設定。位階不明ですが、レベル的には使える可能性が高いと判断。セバス糾弾シーンでは転移魔法でしたが、個人移動なので転移したと希望的観測。

・サトルは右を見て左を見た。
 上には蜘蛛、下には影、後ろにはナーベラル。ちょっとした事で自尊心をくすぐられる。ただし相手に通じているかは不明。







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