死の超越者は夢を見る   作:はのじ
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トーマス

「それと村が見つかったわ」

 

 アルベドとデミウルゴスの三人での会議の終盤だ。パンドラズ・アクターは孔のあいた一見ユーモラスな顔を傾げた。

 

「規模はいかほどでしょう?」

 

「訂正するわ。村になりかけね。開拓途中みたい」

 

 つまりこの周辺は辺境に類する地域であり、国家と呼ばれる規模の集団が存在する可能性が高い。情報収集に適していないものの、とっかかりとしては十分だろう。周辺で幾種かモンスターの存在も確認している。ちっぽけな開拓村などモンスターに襲われ、住人が全て消えてしまっても不自然ではない。

 

八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)を忍ばせて調べさせているところよ。代表者の名前はトーマス・カルネ。人数は大人のみ二四人。レベル五以上は存在せず。汚い掘っ立て小屋で毎晩盛ってるそうよ」

 

「ふむ。それは興味ありますね」

 

 デミウルゴスの興味はどこにあるのか。同じ悪魔種に属するパンドラズ・アクターだが付き合いがまだ浅い事と、カルマ値の違いもあり予想が難しい。デミウルゴスの嗜好の方が人間より興味が沸いた。

 

「デミウルゴス。任せていいかしら?」

 

「勿論ですとも、守護者統括殿」

 

「アルベドでいいわ」

 

「いえいえ。未来の妃殿下に畏れ多い」

 

 アルベドはデミウルゴスの言葉で頬を朱に染めた。

 

 アルベドはモモンガを愛している。造物主モモンガもアルベドに愛を囁いた。モモンガとの未来は約束されている。

 

「そっ、それでもよ。今は浮かれてる場合じゃないの。堂々と胸を張ってモモンガ様にお会いできる日まで、あぁ! モモンガ様! お会いしとうございました! アルベドは頑張りました! ご褒美を下さいませ! え!? ここで!? 皆が見ている前でアルベドは初めてを迎えるのですね……」

 

 くねくねと体を揺らし自らの体を抱き締めるアルベド。抱きしめた両腕の間から大きな胸が飛び出していた。

 

「ふむ。統括殿は当分戻ってきませんね。今日はお開きと致しましょう!」

 

「そうだね。急ぎの案件は話し終えたので当面は大丈夫でしょう。アルベド。至急の用事があれば伝言(メッセージ)で呼んでくれるかい?」

 

「モモンガ様ぁ そこは子宮ではありませんっ いえ……何も問題ありませんぁっ アルベドは……アルベドは……モモンガ様の全てを受け入れる準備はとっくにっんふっ……出来ていまっすぅ……あぁぁ」

 

「行こうか。パンドラズ・アクター」

 

 

 

 

 

 

 

 

「デミウルゴス殿もお人が悪い。統括殿がああなるのはご存知でしょう」

 

 パンドラズ・アクターは少しだけ怒った、そして呆れて心情的に少し距離を取った態度を表現した若干派手目な仕草をしながら苦言を呈した。声の抑揚を抑え、さり気なく律動(リズム)を刻むのがコツだ。

 

 デミウルゴスはいつもに増して軽薄な笑みを深めた。あの日からだ。デミウルゴスはこの笑みを浮かべるようになったのは。

 

 デミウルゴスは何も言わないが、自らにヘイトを集めている事を推測するのは容易だ。数人は気付いている者もいる。そう、数人だ。大多数はデミウルゴスに不快を感じている。デミウルゴスが本気を出せば身内すら簡単に騙せる。

 

 お陰でアルベドとパンドラズ・アクターが自在に動ける様になってしまった。とりわけアルベドの負担が軽減したのは大きい。

 

 下僕としてモモンガの不在を不安に思うのは勿論だが、愛し合うモモンガとの離別が与えた心のストレスは非常に大きい。他にも淫魔(サキュバス)であり処女であるという矛盾。種族特性を裏返した矛盾が心と体に与える負担は想像以上だろう。

 

 パンドラズ・アクターも種族特性に矛盾する形で存在していれば、アルベドのように夢想の世界へと逃げてしまうのだろうか。

 

「済まなかったね。アルベドは思いつめていたようだから、ストレス発散に丁度よいかと思ったんだよ」

 

 苦言を呈しながらも、デミウルゴスが切っ掛けを与えなければ、パンドラズ・アクターは同じ事をしていた。だがこの配役はデミウルゴスだけのものだ。パンドラズ・アクターは知らない風を装い、デミウルゴスの熱演に乗せられ踊らされる。それが悪役を演じてくれるデミウルゴスへのパンドラズ・アクターなりの配慮だった。

 

 お互いを理解しながら、パンドラズ・アクターはデミウルゴスへのヘイトを演じる。さじ加減が大事だ。耳の良い下僕は多い。ひと目がある無しは関係なかった。

 

「それで開拓村ですが、ニューロニストを使いますか?」

 

 手段には嗜好が紛れ込む。パンドラズ・アクターなら情報収集だけでなく幾つかの目的を設定し達成させる。そこに趣味をいくつか紛れ込ませる。一石で何鳥も得るのだ。

 

 さて、この悪魔はニューロニストという呼び水でどんな趣向を凝らしてくれるのか。

 

「勿論それもいいでしょうが、まずは支援しましょう」

 

「ほう。支援と」

 

 思わず帽子のつばを指先で握ってしまった。右手は首筋だ。悪魔らしくない提案に素で驚いてしまった。

 

「えぇ。増えてもらわないと減らすのも躊躇してしまうでしょう? それに無垢な赤子や幼い子供が好きな下僕もいることですし。勿論食べ甲斐のある大人も大歓迎です。後々別の繁殖場から仕入れるルートも開拓したいですね」

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、デミウルゴス様から言われた時はどうしようかと思ったっすけど、パンドラズ・アクター様が一緒で安心したっすよ」

 

 人懐っこい笑顔を貼り付けた褐色の肌の美女。

 

 長い灼熱色の髪を三つ編みにし、背中に聖印を形どった巨大な聖杖を軽々と背負っている。服装はどこかの宗教組織に属する修道女を思わせるが本職は奉仕に従事するメイドだ。ただ美しさが尋常ではない。だがその口調が美しさを台無しにしていた。

 

 戦闘メイド集団プレアデスの次女、ルプスレギナ・ベータだ。

 

「ふっ。美しいお嬢さん。今の私はパンドラズ・アクターではありません。パンドラズ・アクターは世を忍ぶ仮の姿。その名も……」

 

「もう! 美しいだなんて、当たり前っすよー。でも嬉しいっす。あ、ルプーって呼んでいいっすよ」

 

「お嬢さん、私の話を聞いてますか?」

 

 謎の姿勢で固まった男性をを無視してルプスレギナは一人ずんずん歩いている。

 

「パンドラズ・アクター様こそ聞いてないっすよ。ルプーっす。ルプー」

 

 振り返って弾むように後ろ歩きをするルプスレギナは本当に楽しそうだった。それもそのはず。この先にルプスレギナ曰く玩具が沢山あるからだ。

 

 男性とルプスレギナは二人で村とも呼べない開拓中の集落に向かっている途中だ。

 

「別にセバス様は嫌いじゃないっすけど、ナザリックに相応しいメイドらしく振る舞いなさいって口うるさいっすから。普段からメイドとして完璧な仕事をしてるってのに」

 

 本来ならパンドラズ・アクターではなくセバスが同行するはずだった。だがパンドラズ・アクターが理を説いて代わってもらったのだ。当然デミウルゴスには了承を貰っている。

 

 アインズ・ウール・ゴウンの下僕は綺羅星の如く能力揃いだ。力、魔法、智、美、技。様々な分野で頂点を極めていると言っていい。だが足りない物もある。異形種故に純粋な人形を取れる者が非常に少ない。セバスはその数少ない者の一人だ。

 

 セバスを選んだのはデミウルゴスだ。適任だと思った訳ではない。他に選択肢がなかっただけだ。人型を取り、人当たり良く人間と交渉できる男性の下僕。見渡してもセバス一人しかなかった。ただの消去法だ。しかし問題もあった。

 

 身につけた装備とアイテムのみで転移した下僕は、かつて豊富だった予備の服装を持っていない。セバスは執事服を身に着けている。開拓途中の集落に執事服の初老の男性が尋ねても不審を買うだけだ。

 

 パンドラズ・アクターは至高の四一人ではない人間の外装(アバター)に変身しデミウルゴスに自らが赴くと説得した。モモンガに与えられた外装だ。デミウルゴスが反対するはずがない。

 

「ほんと楽しみっす。何人か壊してもいいっすよね? ところでその外装なんすか?」

 

「よくぞ聞いてくれました。これはモモンガ様から頂いた人間の外装です! あと壊すのは禁止します」

 

「マジっすか!? モモンガ様から!?」

 

「話を聞いて下さい」

 

 ルプスレギナは瞳を輝かせながら男性に詰め寄った。上から下まで舐めるように観察する。下から上へ。顔で視線が止まり瞳の輝きは消えた。

 

「なんというか……のぺーとしてるっす」

 

 今のパンドラズ・アクターは人間の姿をしている。髪の色はナーベラル・ガンマと同じ黒だがどこかくすんでいる。顔は凹凸が少なく、お世辞にも整っているとは言えない。服装はデミウルゴスによく似た背広と言われるものだ。ネクタイは少し曲がっていた。

 

「これはサトルという名の外装です。レベルは商人が一のみ。魔法は一切所持していません。スキルは『飛び込み』と『交渉』。今回の任務にうってつけと言えるでしょう」

 

「しょぼいっす」

 

「モモンガ様から頂いた大事な外装です」

 

「しょぼいっすね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これから向かう集落は八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)が潜入して、現在は恐怖公殿の眷属が監視しています」

 

「恐怖公ぱねぇっす」

 

「いくつかの国と都市の名、領主と思わしき名を口にしましたが、彼ら自身の教養が無いため詳しい事が分かっていません」

 

「ほんと人間って馬鹿っすね」

 

「農具に刻まれた刻印と集落に唯一ある書類、恐らくは開拓に関する契約書でしょうが文字が我々の使うものと違うため同じく詳細が不明です」

 

「片目をえぐって自分の(はらわた)見せてやればぺらぺらしゃべると思うっす」

 

「いいですか? 貴方が選ばれたのはクレリックとしての能力です」

 

「ルプーっす」

 

「彼らを支援すると決めましたが我々には十分な物資がありません」

 

「人間は食べれるっすよ?」

 

「そこで貴方の回復魔法を使い信用を得ます」

 

「ルプーっす」

 

「私達はアインズ・ウール・ゴウンという遠い国からモモンガ教を布教する為に旅を続ける神官とその従者です」

 

「モモンガ教! 入信するっす! 誰に言えばいいっすか!?」

 

「情報を得て今後の活動に役立てる大事な任務です」

 

「役得っすね」

 

「デミウルゴス殿から言われた事を覚えていますか?」

 

「忘れたっす」

 

 デミウルゴスーーーーー!!!!

 

 パンドラズ・アクターは大きく仰け反った。重力を無視したエビ反りだ。サトルの外装では重力無視の動きは出来ない。激高で本来の姿に戻ってしまったパンドラズ・アクターの顔にある三つの孔がわなわなと震えていた。叫ぶことだけはかろうじて耐えた。

 

 任務に当たりルプスレギナを選んだのはデミウルゴスだ。選ばれたのは勿論、人形を取れること、人当たりがいい事、そして回復魔法が使えるからだ。嗜好はナザリックの下僕として眉を潜めるものでもない。性格を含む条件を厳選すれば誰一人として適任者はいなくなる。

 

 パンドラズ・アクターは至高の存在の一人に外装を変え、精神の安定に効果のある魔法を自らにかけた。

 

「あ、やまいこ様」

 

「申し訳ありません。少し取り乱しました」

 

 サトルに戻ったパンドラズ・アクターは一度戻って作戦を変更しようかと真剣に考え出す。ニューロニストに頼んだ方がいっそ手っ取り早い。そうしよう。デミウルゴスには悪いが任務の失敗しか思い浮かばない。

 

「サトル。参りますわ。モモンガ様の大いなる慈悲の心で世界を照らす事は私達の生涯をかけた大事な使命です」

 

「はっ?」

 

「神、モモンガ様から賜った神聖なる回復魔法で人々の心と体を癒やして差し上げるのです」

 

「へ?」

 

「どうしたのですか? 驚いた顔をして。何かありまして?」

 

「ほへ?」

 

「ふふ。変なサトルね。さっ、行きますわよ」

 

「えぇぇぇぇぇぇぇーーー!!」

 

 今のルプスレギナは誰が見ても聖女と呼ばれても不思議ではない。神聖な雰囲気と清楚な佇まい。柔らかな微笑みを浮かべ、それでいて神の信仰心に溢れる力のある瞳。とても先ほどと同一人物とは思えない。

 

 聖杖を大地に突き歩き出したルプスレギナに遅れること数秒。ぽりぽりと頭をかいたサトルは、参りましたと一言呟くとその背中を追い掛けた。

 

 ルプスレギナはくるりと振り返り、聖杖を肩にとんっと乗せた。人懐こい笑顔をサトルに向けて一言。

 

「ちゃんと時と場所は弁えるっすよ」

 

 サトルは向かった先の集落で三度仰け反りそうになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




【捏造】

①ドッペルゲンガーを悪魔に分類。
②モモンガ様から頂いた大事な外装『サトル』に関する全般。
③開拓団の代表者『カルネ』とその集落


デミ >(非常事態に備えてペストーニャは動かせません)
デミ >(セバスも今後の事を考えると難ありですね……)
デミ >(現時点では捜査範囲を無秩序に広げたくありませんし……)
デミ >(失敗前提で進めるべきでしょうね……)
デミ >(支配の呪言やニューロニストもいることですし。手段は他にいくらでも……)
デミ >「え? パンドラズ・アクターが? 頼みますね(にっこり」







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