死の超越者は夢を見る   作:はのじ
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【訂正】クリティカルミス

シャルティアのセリフまわし変えました。
内容は変わりません。


転移(ニ)

「一体どういう事なのよ! モモンガ様がおられないわ!」

 

 シャルティア・ブラッドフォールン。

 

 ナザリック地下大墳墓の第一から第三階層を守護する階層守護者だ。

 

 創造主から与えられた漆黒のボールガウンを誇らしげに身に纏い、手にする日傘を優雅に抱える姿はナザリックの下僕にふさわしく嫋やかで美しい。本性は真祖(トゥルーヴァンパイア)レベル一〇を含む異形種だ。

 

 そのシャルティアがアルベドに詰め寄っていた。

 

 思慮ある者ならモモンガの不在を薄々察していても、不安になりながらも守護者統括アルベドの連絡を待っていることだろう。だが直情的なシャルティアにそれを求める事は難しい。

 

 むしろ遅かったですね、とデミウルゴスは感想を持った。

 

 ここでの一悶着は想定内だ。下僕を代表して思いのままをぶつけてもらい、彼女を説得する事が出来れば当面の混乱は回避出来る。最初に説得をしていた場合、混乱から時間を無駄に浪費し、配下を配置して防御態勢を取るのに手間取った事だろう。

 

「黙りなさいチビ。今から説明するところだったのよ」

 

「もっと早く説明するべきでしょう! モモンガ様はどこにいるのよ!」

 

 尤もな意見だ。最後まで残ったモモンガを心配するのは下僕として当然だ。声を出さずとも、皆思いはシャルティアと同じだ。

 

「黙りなさいと言ったわよ。デミウルゴス」

 

「はい」

 

 アルベドに名を呼ばれデミウルゴスは前に出た。

 

「デミウルゴス! モモンガ様はどこなのよ!!」

 

「シャルティア、落ち着きたまえ。それでは話すに話せないですよ」

 

「何を呑気な事を! 下僕が全員そろってモモンガ様だけがいないって……っ! あんた達!! 知っていたのね!?」

 

 興奮したシャルティアはデミウルゴスに詰め寄った。身長はデミウルゴスの方が大きい。しかし単純な力は小柄なシャルティアが圧倒している。シャルティアの圧に押し負けデミウルゴスはぐいぐいと後退する。

 

「ねぇシャルティア、その辺にしときなよ。私達も早く聞きたいんだから」

 

 見かねたアウラが仲裁に入った。若干呆れ気味だ。

 

「このちびすけ! どっちの味方なのよ!」

 

「どっちの味方もないよ。私は早く話が聞きたいだけだから。シャルティアが騒げば騒ぐほど話を聞けなくなるのが嫌なだけ」

 

「お、お姉ちゃん……」

 

「あ、マーレ。ガルガンチュア埋め終わったの? お疲れ様」

 

「う、うん……」

 

「丁度ヨイタイミングダッタカ。配下ノ配置ガ完了シタ。今ノ所問題ハナイ。ソレトシャルティアハ騒ギ過ギダ」

 

 真っ白な呼気を吐き出しながらコキュートスが現れた。マーレはアウラの背中に隠れている。

 

「守護者が揃ったね。起動していないガルガンチュアはいいとしてヴィクティムはメイド達と一緒に中央にいるね。シャルティアもいいかな?」

 

「……くっ! もういいわよ!!」

 

 階層守護者二名に諌められ、不承不承な態度ながらシャルティアは一歩引いた。

 

「ありがとう。あと配下の者達には君たちから話しておいてくれたまえ。とても大事な話だからね。ここにいる皆も聞いておくように」

 

 シャルティアはそっぽを向きながら。コキュートスは白い呼気を。アウラは真面目に。マーレはおずおずと。離れた位置にいるメイドや司書達は頷いて。了承の意を受けたデミウルゴスは語り始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

「まず最初に全員無事に転移出来たことをモモンガ様に感謝しよう。ユグドラシルの崩壊で私達はナザリックと共に消え去る運命だった。しかしモモンガ様の大いなる慈悲を賜った私達はこうして新天地に世界を変えることが出来た。モモンガ様、感謝いたします」

 

 頭を下げるデミウルゴスに合わせて下僕はモモンガに感謝を捧げる。一部の下僕は不審に思っているはずだ。これではまるでモモンガが……

 

「今から語る言葉は偽りのない真実です。事実のみお話ししましょう。というのもモモンガ様の叡智は深く広い。その足元にも及ばない私ではその思惑を全て理解することが出来ないからです。事実しか話せないとも言えます。質問は最後に受け付けます。ですが先程の理由により全てに答えを返すことは出来ないでしょう。これはアルベドとパンドラズ・アクターも同じです。彼らに聞いても私と同じ答えしか返ってきません」

 

 数人がアルベドとパンドラズ・アクターを見れば同じく頷いていた。

 

「話を終えた後、私はあなた達の選択を止めるつもりはありません。各自の判断にお任せします。逆説的にそれまではあなた達の行動を止めるという意味でもあります」

 

 モモンガ不在を嘆いた下僕が一人でも自刃すれば、モモンガから託された願いを裏切った事になる。その時はデミウルゴスも命を断つつもりだった。

 

 誠実な悪魔。デミウルゴスはこの場に於いてこの矛盾する存在となっていた。

 

「ですから早合点せず最後まで話を聞いて下さい」

 

 気の短いシャルティアは既にイライラしている。そんな事はいいからと顔に書いてあるのが手を取るように分かった。

 

「前置きはここまでです。モモンガ様がどこにおられるかでしたね」

 

 空気が物理的に熱を孕んだ。下僕達の最大関心事項だ。どこか前のめりな雰囲気も感じる。

 

「結論からいいますと私も分かりません。少なくともこの世界に転移していない事だけは確実です」

 

 一般メイドが数人、貧血を起こしたようにグラリと倒れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 満天の夜空に宝石をばらまいたような星空が広がっている。星々は赤く、青く、瞬く事でキラキラと輝いて見えた。美しいと思うがそれだけだ。ナザリックのきらびやかさに比べれば無意味で無価値だ。

 

 星々が価値を持つ時。それは至高の存在が欲した時だ。その時デミウルゴスは命を投げ捨ててでも手に入れ、差し出す事だろう。

 

 デミウルゴスは配下から手渡された報告書を読んでいた。紙などどこにあったのかと問い質せば司書達が持っていたと返ってきた。それもただの紙ではない。モモンガから直接下賜された紙だ。

 

 一瞬手が震えた。報告書に書かれた文字も緊張感が漂っている。

 

 そんなものよく供出したものだと軽く問えば、司書達はモモンガによくよく諭されていたらしい。

 

 ――使い切った者から順に何か褒美をやるのがいいかな?

 

 アイテムは貴重だ。身一つとは言わないが転移に際して持ち出せた物は少ない。ナザリックの至宝は殆どが持ち込めなかった。あるのはモモンガが厳選した装備とアイテム。個人で装備出来る限界まで身につけての転移だった。あたら疎かに出来るはずがない。

 

 驚くことにワールドアイテムも一時的にだが受け渡されている。ユグドラシルに二〇〇種類しかなかった世界の頂点に立つアイテムだ。アインズ・ウール・ゴウンはその内、十一種を所持していた。

 

 ワールドアイテムを所持しているのはアルベドと階層守護者、セバスと一部の領域守護者のみだ。人選は全てモモンガが行った。深い意味があっての事だろう。

 

 デミウルゴスは読み終わった報告書に一礼し大事に仕舞った。

 

 砂柱が立ち上がり地響きが伝わった。マーレだ。周辺の地形情報を元にアルベドとパンドラズ・アクターの三人で拠点作成に適した土地を選定し、マーレに地下掘削作業を指示したのだ。

 

 砂柱はいくつも立ち上がるが無音だ。魔法で音を消していた。

 

 ポケットからスキットルを取り出し、グビリと一口。中身はウィスキーだ。魔法のスキットルはウィスキーを無限に生成し、一生飲み続けることが出来る。モモンガが持たせてくれたアイテムだ。

 

 ――チューカンカンリショクになるのか? あったほうがいいよな?

 

 デミウルゴスの理解できない言葉で下賜されたアイテムだ。

 

 立ち昇る砂柱を肴に一口、また一口。

 

「イイダロウカ?」

 

「勿論構わないとも。友よ」

 

 デミウルゴスは振り返らず、しかし快くコキュートスを迎えた。

 

 コキュートスはその巨体を音も立てずデミウルゴスの隣に滑り込ませた。

 

「飲むかい? モモンガ様から頂いたお酒だ」

 

「オォォォ……」

 

 コキュートスは震える手でスキットルを押し抱くと恐る恐る口を付けた。

 

「……ウマイ」

 

「そうだね」

 

 二人は星空と砂柱を眺めながらしばらく無言になった。時折スキットルを交換し合い、ちびりちびりと口をつける。

 

 最初に口を開いたのはコキュートスだ。

 

「今日ハ済マナカッタ」

 

「……君が気にする事ではないよ」

 

 デミウルゴスが驚くほど、シャルティアが食らいついてきた件だ。

 

 最初は淡々と感情を込めずに事実だけを伝えた。納得出来るものは一人としていなかった。当たり前だ。デミウルゴスですら理解は出来ても本心から納得できていないのだから。

 

 モモンガ不在はそれ程までに下僕達に衝撃を与えた。数人が嘆いて命を断とうとしたが、最初に宣言したようにデミウルゴスの配下とパンドラズ・アクターが体を張って止めた。

 

 全てを語り終えた時、命を断とうとする者は出なかった。力を溜めたモモンガがいつか必ず戻ってくると約束してくれたという言葉が効いたのだ。

 

 内心ほっとしたデミウルゴスだったが、思わぬ誤算があった。

 

 シャルティアだ。

 

 デミウルゴスはシャルティアの情の深さを見誤っていた。いや色情だろうか。アンデッドらしからぬ感情の起伏を見せて食って掛かってきたのだ。

 

 デミウルゴスは宥め、賺し、理で諭し、言葉を駆使した。だが感情でぶつかってくるシャルティアには全て無意味だった。モモンガの不在で心に不安を抱えるのはデミウルゴスも同じだ。シャルティアと違うのはモモンガに託され、表に出さないようにしている事だけだ。

 

 シャルティアの想定外の粘りに、ついムキになったデミウルゴスは本気になった。本気になって、シャルティアを泣かせた。

 

 ここに至りデミウルゴスは方針を一部変えた。組織には悪者が必要だ。悪意を一身に受け、トップへの不満を逸らす役割がある。今後はそう仕向ける事になるだろう。

 

 泣き出したシャルティアのフォローはパンドラズ・アクターに任せた。モモンガと同じで女性の扱いに長ける彼に任せておけば大丈夫だ。今後も彼の力を借りる事が増えるだろう。

 

 コキュートスが謝ったのはこの事だ。

 

 デミウルゴスはスキットルに口をつけて中身を煽った。理解してくれる友がいるのは有り難い事だった。

 

「それだけじゃないんだろ?」

 

「ウ、ウム……」

 

 お互い友と呼び合う仲だ。言い難そうにしているコキュートスを見て色々と推測する。だが答えは出さず友の言葉を待った。

 

「ココガ落チ着イタラ旅ニ出ルツモリダ」

 

「ほう……なるほど。そういう事ですか」

 

「分カルノカ?」

 

「推測だがね。モモンガ様に言われたんだね?」

 

「ウ、ウム……流石ダナ」

 

 転移にあたり新天地で生きて行くため、モモンガは下僕達全てに存在意義とも言える使命(勅命)を与えてくれた。デミウルゴスの場合は下僕達を纏め、一人も欠けることなくモモンガにお返しすることだ。そこにはデミウルゴス自身も含まれる。

 

 モモンガが下僕達に何を語ったかデミウルゴスは知らない。それはこれから少しずつ分かっていくことだ。コキュートスの様に。

 

「強者ヲ求メニ」

 

 コキュートスの武はアインズ・ウール・ゴウンに於いて一つの頂点だ。つまり下僕を除き世界で彼に匹敵する者などいない。その旅にどのような意味があるのか。

 

「イナケレバ育テレバヨイ。一〇〇年カカロウトモ」

 

「壮大な話だね」

 

「ソウダロウトモ」

 

 ――うわ。武人設定だなこれ。放浪の武者修行とか似合いそう。弟子を育てて師匠って呼ばれるの格好いいかも。

 

「ここは私達に任せて心置きなく行ってくるがいいよ。友よ」

 

「ウム。感謝スル。友ヨ」

 

 デミウルゴスは拳を差し出した。コキュートスはそれに自らの拳をごつんとぶつけた。

 

 デミウルゴスはスキットルを大きく煽り、コキュートスに渡して空を見上げた。

 

「いい夜だ」

 

「ウム…………行クノハモウ少シ先ダゾ?」

 

「くくくく」

 

 二人の目の前で一際大きな砂柱があがった。

 

 

 

 

 

 

 




設定ミスとかありましたら、きつくお叱りください。

コラー! カツオ-! みたいな。

捏造部分はお許しを。
構成上捏造は多々あります。







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