死の超越者は夢を見る   作:はのじ
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転移(一)

 意識が覚醒すると同時に背後から大きな歓声が上がった。意識の覚醒は全員同時の様だ。

 

 

 転移は成功した。元より主の言葉を、(至高の存在)の奇跡の御業を疑った事などない。転移は成功すべくして成功したのだ。

 

 デミウルゴスは胸に痛みを覚えた。ファントムペインだ。

 

 アインズ・ウール・ゴウンにただ一人残った慈悲深き主は下僕達に生きよと、崩壊したユグドラシルに代わる新天地を与えてくれた。しかしこの地にモモンガはいない。持てる力の全てを使っても、偉大過ぎる自身の転移は不可能だったのだ。

 

 この事を知っているのはデミウルゴスを含めて守護者統括のアルベドと、モモンガの被造物であるパンドラズ・アクターの三人のみ。

 

 ――いつか再び皆に会える日を楽しみにしている。

 

 そう語ったモモンガの姿は今も目に焼き付いている。決して忘れる事などないだろう。

 

 胸の痛みは深い喪失感と後悔だ。モモンガと共に在れ無かった事への悔恨だ。主を犠牲にして助かるなどあってはならない事だ。

 

 デミウルゴスはモモンガに嘆願した。共に在らせて欲しいと。モモンガは何も語らず静かに背を向けた。全てを理解したデミウルゴスは体を震わせて男泣きした。主の意思は固くデミウルゴスの全能を使っても変えることは出来ないと最初から分かっていたはずなのに。

 

 主がいない下僕に存在価値などない。モモンガの不在を知れば全ての下僕は自害するだろう。だが神の叡智を持つモモンガがそれすら見越していた。下僕が新天地で生きるための存在意義と希望を与えてくれたのだ。

 

 それでも。

 

 私達にモモンガ様無しで生きろと言われるのですか……どこまでも慈悲深く……そして……

 

「デミウルゴス様」

 

 デミウルゴスの思考を遮ったのはセバスだった。背後に六人のプレアデスを控えさせていた。

 

「なんだねセバス」

 

「モモンガ様が見当たらないのですが」

 

 胸の痛みが増した気がした。だが想定内の質問だ。むしろ下僕なら当然の事だ。しかし何故その質問を私にするのか。面に出さない様にしていたはずだが、セバスなりに何か察したのかもしれない。

 

「その事だがね。これから皆に話さなければいけない事がある。君の質問はその時に答えようじゃないか」

 

 デミウルゴスは燻り続ける胸の痛みを悟られない様、いつもに増して軽薄な笑顔を貼り付けた。セバスの眉根が寄り、それがデミウルゴスに不快感を与える。舌打ちしそうになるがモモンガの言葉を思い出し思いとどまった。

 

 セバスと会話をしていると無性に心がざわつく時がある。理由は分からない。しかし今後決して面にだしてはならない。それはモモンガの心を裏切ってしまう行為だからだ。

 

「後、今後私に敬称は不要だよ。立場は違えど同じナザリックの一員だからね」

 

「畏まりました」

 

 セバスが軽く頭を下げた。

 

「おや。始まったようだね」

 

 デミウルゴスが首を向けた先に守護者統括アルベドがいた。アルベドは転移直後から下僕達の頂点に立つ立場にある。それを知る者はモモンガに託されたデミウルゴス達三人だけだ。

 

「レベルの低い戦えない者は中央に集まりなさい! シャルティアとコキュートスは配下を周辺に配置して警戒を厳に! アウラは周囲一〇キロに下僕を展開して周辺地形の調査を! 怪しい者がいれば全て殺しなさい! 情報を持っていそうな者がいれば無力化してここまで連れて来るように! 生死は問わないわ! マーレは一時的で構わないからガルガンチュアを隠した後にアウラの配下が持ち帰った情報を元に防御拠点を作成する準備をしておいて頂戴!」

 

 常にモモンガに向けていた優しい微笑みを、戦場に立つ勇ましい戦乙女のそれにかえ、次々と指示を出していくアルベド。デミウルゴスの役割は、アルベドの指示に追加でお願いをすることだ。

 

 デミウルゴス自身、配下には転移前に指示を出している。アルベドもデミウルゴスの行動を知っているので干渉することはない。

 

 今はこれでいい。モモンガが不在かもしれないという不安を命令を受けることで紛らわせる事が出来る。

 

「アウラ、少しいいかい」

 

「なに? 忙しいんだけど?」

 

 珍しく不安気な表情を浮かべたアウラが振り返った。やはり薄々と気付いているのだろう。階層守護者であるアウラが動揺すれば混乱は一気に広がる。闇妖精としては若年だが、年齢以上に聡明だ。

 

「北に向かう配下に恐怖公を一緒につれていって欲しいんだ」

 

「げっ!」

 

 アウラが露骨に顔を歪めた。女性は恐怖公を苦手とする者が多い。理由は察する事が出来るが、共感は出来ない。恐怖公は礼儀正しく綺麗好きだ。他人に対する配慮も人一倍。デミウルゴスには遠ざける理由が何一つない。

 

「それ必要なの?」

 

「情報収集という点に於いて彼の眷属は非常に有用なのでね」

 

 うー! うー! と頭を抱え唸りながら葛藤するアウラ。

 

「敵性勢力の接近もいち早く知ることが出来ますよ」

 

 悩むアウラに恐怖公のメリットを五つ口に出した所でアウラが折れた。

 

「もう! 分かったよ! ごめんねフェン。後で洗ってあげるから……」

 

「ありがとう。では恐怖公、頼みますね」

 

「分かりましたぞ。この一大事に我輩も何かお役に立たねばと思っていたところですぞ。デミウルゴス殿、感謝いたします」

 

 アウラを気遣いデミウルゴスの背後に隠れていた恐怖公が姿を表した。

 

「いえいえ。恐怖公こそ適任と考えたので」

 

 デミウルゴスは膝を曲げ恐怖公の耳があるだろうと思わしき場所に顔を寄せた。流石のデミウルゴスも恐怖公の耳がどこにあるかは知らなかった。

 

「大規模召喚を行って眷属で埋め尽くすつもりで構いません」

 

「あの森の事ですな」

 

「えぇ。あと食事は自給自足でお願いしますね」

 

「それこそ我が眷属が得意とするところですぞ」

 

 恐怖公の眷属は雑食だ。それこそ何でも食べる。黒棺と違い自然豊かな森は眷属達にとっても絶好の住処になる。

 

「町が見つかった時も同じことをお願いします」

 

「町ですか。見つかりますかな?」

 

 知的生命体が存在するとは限らない。転移した世界の情報はまだ何もない。モンスターだけが存在する世界かもしれないのだ。

 

「必ず見つかりますよ」

 

 デミウルゴス達を転移させたのはモモンガだ。デミウルゴスは悪魔であり、人間の絶望や負の感情、断末魔の叫びが大好きだ。他にも人間を好んで食する者、玩具にする者は多い。

 

 デミウルゴスが足元にも及ばない叡智を持つ慈悲深きモモンガが、神の御業とも言える転移を使って人間のいない世界に送り出すとは到底思えない。

 

「必ず」

 

 恐怖公の背中を見送りながらデミウルゴスは思う。偏見をなくせば女性達も恐怖公に対する苦手意識を無くすのではないでしょうかと。

 

 デミウルゴスは悪魔だが、アインズ・ウール・ゴウンの一員らしく仲間思いだ。生理的な嫌悪から仲間に苦手意識を持つなど理解の範疇の外だった。

 

 その後も場所を変え、活動を始めた者達にお願いを次々としていった。

 

 

 

 

 

 

「デミウルゴス殿」

 

 デミウルゴスが振り返ると奇妙な姿勢を取ったパンドラズ・アクターがいた。

 

 顔の中央に三つの孔。ドッペルゲンガーである彼の表情を読むことは難しい。例え表情豊かだっとしても簡単に読むことは出来ないだろう。 

 

 彼の造物主はモモンガだ。優秀さを疑う余地がない。至高の四一人、全ての身姿を模倣しそれだけではなく能力も八割を使いこなす。アイテムの知識が豊富で、なるほど宝物殿の領域守護者だと納得の配置だ。言動が少しばかり派手だが意味があっての事だ。下僕として忸怩たる思いだが、モモンガの無聊を慰める役目を持ったパンドラズ・アクターなりの行動なのだろう。

 

「おや、パンドラズ・アクター。どうかしましたか?」

 

「ご挨拶にと思いまして」

 

 次々と姿勢を変えていくパンドラズ・アクターの動きは洗練されている。この行動を苦手とする者もいるだろうが、デミウルゴスは気にならない。モモンガがそうあれと創造した彼の挙動を不快に思う事すら不敬であると思うからだ。しかしそれを口にすることも皆に強要することはない。

 

 パンドラズ・アクターを玉座の間で紹介された時、モモンガが非常に戸惑っている様に感じた。そこからモモンガの思惑は幾つか読み取ることが出来た。勿論ごく僅かだ。モモンガの叡智を全て読み解くなどデミウルゴスには到底不可能だ。彼の言動に不快を感じてもモモンガ自身は気にしないだろうと推測できた。

 

 ユグドラシルの崩壊、異世界への転移という大事態に備えてモモンガはパンドラズ・アクターを宝物殿から呼び出しアルベドの指揮下に置いた。ナザリックの至宝を守護する宝物殿領域守護者という大任を解いてまでだ。

 

 ナザリックの下僕は一人残らず至高の存在に仕えるべく存在している。それこそ襤褸切れの様に使い捨てられ、命を失っても良い程に。むしろ至高の存在の為に死ねる事は本望だろう。

 

 その下僕の未来を憂い自らを犠牲にしてまでこれ程までの配慮をしてもらえるなど正に晴天の霹靂だった。

 

 どれほど私達はモモンガ様に愛されていたのでしょう。

 

 魂を激しく震わせると同時に、自らの不甲斐なさで命を断とうと思うほど情けなくもあり、主が下僕を護るなど本末転倒だと不敬な思いも抱いてしまう。

 

「デミウルゴス殿?」

 

「あぁ済まないね。少し考え事をしていたよ」

 

 デミウルゴスは思いを振り払うように、パンドラズ・アクターを真似、少し大げさに手を広げた。

 

「挨拶はもう済ませただろう?」

 

「こちらに来て改めてと思いまして!」

 

 玉座の間での紹介、それもモモンガが直接した紹介以外に、アルベドと三人で挨拶と事前の相談は済ませてあった。

 

「……あぁ成る程。そういう事ですか」

 

 他愛もない会話でデミウルゴスの思考はぐるぐると回転する。

 

「他の者にはもう済ませたのかい?」

 

「勿論! 関係各所、一通り済ませて参りました。失礼かと思いましたがデミウルゴス殿が最後になります」

 

 挨拶だけで済んだはずがない。パンドラズ・アクターは新参者だと遠慮しただけだ。命令系統が多くては現場が混乱する。デミウルゴスもアルベドのサポートに回っていた。

 

 パンドラズ・アクターはモモンガの被造物だというだけで下僕たちから憧憬と尊敬を既に受けている。彼を知ってから日は浅いが、アインズ・ウール・ゴウンの一員だと全員から認められている。同時にその優秀さも。

 

 ナザリックで一二を争うデミウルゴスとモモンガの被造物であるパンドラズ・アクターが率先してアルベドの命令に従う事に意味がある。最初に揉めてしまえば今後の活動に支障が出るのは間違いないのだから。彼の事だ。挨拶と同時に様々な根回しをしたことだろう。

 

「一つだけ確認をとりたいんだが」

 

 デミウルゴスにとって何より大事な事。決して後回しにしていいことではない。だが断腸の思いで我慢していた事だ。

 

「……そのことですね。残念ですが……」

 

「そうですか……」

 

 モモンガの直接の被造物であるパンドラズ・アクターならモモンガの存在を感じられるかもしれない。主の言葉を疑うなどあってはならない事だが、奇跡、偶然、手違い、なんでもいい、僅かでもモモンガがこの世界に転移している可能性に縋った質問は否定されてしまった。

 

「デミウルゴス殿。気を落とされぬよう。あの方は約束してくれました。力を溜めていつか再び会えると」

 

「ありがとうございます」

 

 パンドラズ・アクターの気遣いに感謝する。何より一番最初にモモンガの不在を改めて実感したのは彼だ。事前に知っていたとしてもそれは別の話だ。慈悲深い主が創造した下僕も主の気質に似るのだろう。

 

 パンドラズ・アクターが、下僕達に一通り指示をだし報告を受けているアルベドに視線を送った。

 

「分かってますよ」

 

「さすがデミウルゴス殿!」

 

 二人が懸念するのは守護者統括のアルベドだ。彼女もモモンガ不在を当然知っている。転移により下僕の頂点に立つことになった彼女は毅然とした態度で不安を微塵も感じさせない。

 

 だが彼女の抱えるモモンガ不在による不安はデミウルゴスと変わらないだろう。いやそれ以上かも知れない。

 

 アルベドはモモンガを愛している。

 

 下僕が主を異性として愛するなどあってはならない。主は畏怖と尊崇の対象であるからだ。下僕としての愛を以って接するのは構わない。だが異性として性愛の対象として見ることのなんと不遜な事か。

 

 だがデミウルゴスはそれを不敬とは思わない。彼女にだけはそれが許された。

 

 何故ならモモンガもアルベドを愛しているからだ。

 

 転移の二日前。密かに別室に集められた二人の前で、モモンガがアルベドに愛を語った。

 

 アルベドは幸と不幸を同時に味わった。思いを寄せるモモンガに愛されている幸せ。そのモモンガを直ぐに失ってしまう不幸せ。

 

 その中で転移後の下僕達の未来を託された。

 

 今のアルベドの胸中を渦巻く思いはどれほどのものか。デミウルゴスをして心中を察する事を避けたかった程だ。

 

「一〇年か二〇年。場合よっては一〇〇年……」

 

「私達にとっても決して短い時ではありません」

 

「えぇ。だからこそ私達に出来ることは全て全力でこなさなくてはいけません。でなければ……」 

 

「そうですとも! 合わせる顔がありません! Ich werde meine Loyalität Gott widmen!」

 

 洗練された動きで奇妙な姿勢をとるパンドラズ・アクター。その姿に周囲の視線が集まる。不審に思う者、瞳を輝かせる者、顔を歪める者。

 

 デミウルゴスは彼の思惑を想像し、流石ですねと転移してから初めて口元を笑みの形に変えた。

 




モモンガ様の設定(妄想)はガバガバ。







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