“薬漬け”になりたくない ~向精神薬をのむ子ども~
向精神薬をのむ子ども
関東地方の小学校に通う9歳の男の子です。
 男の子が2年生のとき、母親は担任から呼び出されました。
 授業中に歩き回るなど問題行動が多く、困っているというのです。
 
連絡帳に書かれた担任からのコメントです。
「授業参観。
 教室は嫌だったようで教材室で過ごしてもらいました。」
「テスト。
 やりたくないと後期、一枚もやっていません。」
担任は、市の教育相談を受けるよう指示。
 市の担当者は、母親に病院に行くよう伝えました。
 精神科の医師は、発達障害の疑いがあるとして、衝動的な行動を抑える向精神薬を処方しました。
「『クラスの中でなじめないんだったら(薬を)飲んでみます?』って言われて、飲んでみなくちゃいけないのかなあ程度だったんですけど。
 了承して飲ませました。」
 
薬をのみ始めると、男の子は落ち着いて授業を受けられるようになりました。
 しかし一方で、生き生きとした表情が消え痩せていったといいます。
「たまに頭痛がきて食欲がなくなったり、いつものように力が出ないっていうか。」
 
母親が薬の添付文書を読むと、男の子が訴える症状が副作用として書かれていました。
 心配になった母親は、薬をやめたいと担任に申し出ました。
 しかし、学校側は、薬で男の子は落ち着いている。
 この状態を保ってほしいと譲らなかったといいます。
母親
 「薬を飲まないと、学校にいられないんじゃないかって。
 息子は排除されるんじゃないかって。
 そういう気持ちでいっぱいになって。」
学校で問題を抱えた子どもが病院を受診し、薬をのむケースは最近、増えているといいます。
フリースクールの理事長奥地圭子さん。
 ここ数年、子どもたちがすぐに、医療につなげられる傾向に疑問を感じてきました。
 奥地さんは、全国の親の会に呼びかけて、子どもと医療の実態についてのアンケートを実施しました。
 その結果、学校に通えない子どもの7割が精神科を受診。
 さらに、その7割が向精神薬をのんでいました。
「学校から医療へのハードルが低くなり過ぎ、危険だと感じる。」
「これでは薬漬けになってしまうと、恐怖を感じている。」
「今は大変、薬が多剤、多量投与になっちゃってて、どうしてこんだけの薬がいるんだろうっていうくらいに出ます。
 果たして子どもにとっていいんだろうかっていう非常に大きい問題をつきつけられていることがわかる。」
 
国立精神・神経医療研究センターの中川栄二医師です。
 全国の精神科、小児科の医師に調査を行い、600人から回答を得ました。
発達障害の症状がある子どもへの向精神薬投与について。
 どんな薬を、何歳からどれだけの量を与えているかそれぞれの医師に聞きました。
睡眠障害を抑える向精神薬を、1歳から2歳で投与した医師もいました。
回答を寄せた小児神経科医の声です。
「内心ヒヤヒヤしながら処方。」
「重篤な副作用もまれではない向精神薬を使い続けることに疑問を感じる。」
この結果を受け、中川さんは今、子どもに対する向精神薬の処方の指針作りに取り組んでいます。
国立精神・神経医療研究センター 中川英二医師
 「向精神薬が成長過程にある子どもの脳に与える長期的な影響については、全く解明されていません。
 慎重な投与が必要だと思います。」
“薬漬け”になりたくない
子どもが向精神薬をのむことには危険があると、訴え始めた人たちがいます。
 ことし1月に発足した、精神科の早期治療に反対する会です。
 子どものころに精神科を受診し、多量の向精神薬をのんだ人やその親たちが参加しています。
中学の時に向精神薬を投与された女性
 「病院へ行ったら即入院が決まって、本当に何が起こってるのか分からなくて。」
向精神薬を投与された高校生の母親
 「本当にもう、ああもう、ぱっと見たときは、あっ、本当にこの子は気が狂っちゃったんだなと。
 やっぱりもう、薬をのませるべきじゃなかったと、すごく思いますし。」
現在、参加しているのは130人。
 副作用の実態を国に伝え、子どもを精神科につなげることに慎重になるよう訴えています。
向精神薬 子どもへの影響は
●小学校低学年までの投与開始が7割を超えているが
石川さん:やっぱり、それはとても心配で、人間の脳っていうのは、生れ落ちたときにもうすでに土台と、それから大枠組みが出来ているんですけれども、8歳ぐらいまでの間に内装をするようなこととか、いろんなことをして徐々に作っていくわけですね。
 そして、8歳ぐらいで、形は一応、大人並みになるんですが、そのあとは配線工事なんかが、その後数年間、ものすごい勢いで起こる、つまりそういう途中段階は、大人とは全く違う、そこに起こったことというのも違うので、これはとても怖いことだと思います。
●どんな副作用が考えられるのか
石川さん:画面に出たような運動に出るというような、見える副作用の場合は、比較的誰でもすぐ分かるんですけれども、これ、薬というのは、全部の脳に働きますから、全神経、全部の脳に、それから全身にも回るんで、肝臓、すい臓、腎臓、これらに対する危害というのは、逆に見えないだけに、気が付いたときには手遅れということがあるぐらい、全部。
●問題のある箇所だけに行くわけではないのか
石川さん:そうですね、薬はそういう形ではいってくれません。
●なぜ、そうした傾向が拡大しているのか
井上記者:最近は、発達障害やうつ病などの兆候を早く見つけて、必要なら早く医療につなげて専門的なケアをしたほうが症状の悪化も防げて、本人のためにもいいという考え方が学校現場や、それから医療の世界にも浸透してきているんです。
 文部科学省は、子どもの異変を見抜くための、教師向けの手引きというのを作成しておりますし、それから地域では、病院の医師が学校の中に入っていって、教師の相談に乗るというような取り組みも各地で始まっているんです。
 こうした早期の対応をすることで、子どもの周囲の環境が整えられて状況が改善するということも、もちろんあるんですが、中には不必要な投薬を受けて、深刻な副作用に苦しむというケースも出てきているんです。
●学校から医療に子どもたちがいざなわれる傾向
石川さん:私は、2つほど大きな問題があると思うんですが、1つはやっぱり、精神障害っていうのが広がる、発達障害ということばが広がると、親も先生も、医者も見逃してはいけないという意識が強く働くんですね。
 ですから、いいことをしてあげなければと、善意から見逃すことへの恐れと善意とが混ざって、どんどん、ともかく見逃さないようにという傾向が強くなってる。
もう1つは、それとともに、先生方も親も地域で子どもの行動を、これは昔だったら、元気がいいって見たとか、個性的と見たり、チャンスだっていうふうに、いろんなおもしろい行動と見たものを、問題行動なんじゃないかっていうふうに、悪い方向に見るようになってしまった。
 そういう余裕が、しかも先生から奪われて、しかもそれを生かそうという感じが減少してきている。
 やっぱり医者に任せたほうが楽だっていう、その2つのことが重なっているように思うんですね。
薬に頼らず子どもと向きあう
小児神経科の医師を囲む教師たちの勉強会です。
問題行動のある子どもを数多く見てきた宮尾益知医師です。
 発達障害の特性なども視野に入れながら、子どもの立場に立った具体的な対応のしかたをアドバイスしています。
 
教師
 「最近暴力的というか、よく手を出すんですけど、そのパンチが本当にマックスで手を出したりするんで、隣の子がびっくりしたり、『痛い痛い』って言ったり。」
 
宮尾益知医師
 「感覚認知が悪いんじゃないのかな、その子自身が。」
宮尾医師は、感覚を脳に伝える神経の発達が遅れているのではないかと指摘しました。
宮尾益知医師
 「まずブランコをやるとか、それからハンモックをやるとか、小豆とかああいうところに手を入れさせるとか、要するに感覚をもっとちゃんとできるようにするという。」
遊びを通して、手先や体全体の感覚を養うことを勧めました。
教師
 「教室内で落ち着かないで、学習にはほとんど参加できていません。
 参加させようとすると、奇声をあげて教室内を走り回る。」
 
国立成育医療研究センター・発達心理科 宮尾益知医師
 「その子の気持ちは、どうなんだろうってことですよね。
 行動だけ責めないで、そこにいて辛いという気持ちがあるんだな。
 だから辛い気持ちは分かるよと。」
 
薬だけに頼るのではなく、問題行動の背景に何があるのか。
 子どもの気持ちに寄り添いながら考えることが、大事だと伝えています。
周りの大人が気持ちを受け止めることで、回復に向かった女性がいます。
 裕子さんが向精神薬の服用を始めたのは、中学2年生のとき。
 ストレスから吐き気が止まらなくなり、精神科を受診したことがきっかけでした。
 心身症と診断されて入院。
 服薬に加え、点滴でも向精神薬を投与されました。
 意識がもうろうとし、歩くこともトイレに行くこともできなくなってしまった裕子さん。
 薬による治療は、8年にわたりました。
母親
 「おかしい。これはおかしい。
 何で止まらないんだろうって。
 どんどん悪くなるのは変だよ。
 治療をしていてって思ったんですよね。」
裕子さんの母親は、インターネットで見つけた医師に、セカンドオピニオンを求めました。
 すると、裕子さんの症状は薬の副作用だと指摘されたのです。
 母親は薬を少しずつ減らしていくことにしました。
 薬に頼らず、娘の気持ちに寄り添いながら支えていく決意をしたのです。
母親
 「減薬していくだけじゃなくて、家族の総括というか、この子が言い始めるとか、この子が何かしようとするのを待つ側にならないといけないというか。」
減薬に取り組んだときの母親の日記です。
 向精神薬を減らすにつれて、裕子さんは薬の激しい離脱症状に苦しむようになります。
 
母親
「奇声を上げてキャーッと起きてくる。
 中学生のころの夢が怖いという。
 体が固まり、呼吸ができない。」
母親
 「この辺にある刃物でも何でも持って、あーってなっちゃう。
 1回は刺しちゃうみたいなこともあったし。」
母親は裕子さんの苦しみを受け止め、じっと見守り続けました。
 薬を減らし始めて6年、症状は徐々に改善しました。
 裕子さんは、しまい込んでいた自分の気持ちを母親に打ち明けるようになりました。
母親
 「この子も言えなかったことを、言えるようになってるなとか、夜中までかけて朝方まで(娘が)言うのを待つ。
 本当にこの子と向き合ってこれて、よかったと思います。」
 
裕子さんは先月から近所の農家で、野菜の出荷を手伝い始めました。
 自分がやりたかった仕事です。
「自分の感情があって、いろんなことができるので、どんなことでもうれしいし、楽しいし、いろんなことにチャレンジしたいです。」
●子どもの立場に立った対応
発達障害であれ、なかれ、子どもの行動っていうのは、必ずその背景には心の動きがあるわけですね。
 その心の動きさえ分かると、だめだと思ってることが全く違って見えてくる。
 例えば、ある子どもは牛乳の臭いが嫌なんで、給食を食べないようにして我慢しているような、それでも食べさせられると吐いちゃう。
 それを繰り返すうちに、我慢してると食べろと言って怒られる、我慢するっていうのは、本当は子どもにとって一生懸命の行為なのに、それを否定されてしまうと、どうしていいか分からなくなって、それで教室の中で、いろんな行動をしだすというような子がいる。
 そこが表面だけ見れば、給食を乱したり、吐いたり、変な子だと見られて、それで病院に連れて来られるということもありますし、あるいは、そういうのに対して、子どもでもちょっかいを出したり、手出しする、連れて来られる子がいるんですけど、その中には、たいていの子どもって、何かするっていうのは、自分の気分を変えたり、あるいは人に認められたくてするんですね。
 そうすると、そういう子どもを抑えつけるんではなくて、むしろ役割を与えてみる。
 役割を発揮したら、みんなで喜ぶし、自分ができたと思うと、すごくうれしくなる。
 そうすると、ちょっかいとか手を出すって行動が、逆に、非常に楽しいものに変わっていく。
 だから、病気と見るんじゃなくて、その背景にある心を、どうやったら生かせるか、その子の特色を生かせるかっていうふうに見ていく必要があるんだけど、今の先生たちはそのゆとりを奪われているように思いますね。
●薬を投与しなくても改善できる子どもの数
12歳ぐらいまでの子どもは、よほど生命の危機にあるとか、生活が危ないということを除けば、そういう数パーセントの人を除けば、ほとんどが実は薬なしで問題を乗り越えていけるというふうに考えています。
●長期的な薬の体への影響
実は調査自体が、これは原子力の問題と同じで、10年、20年、30年では済まないほどの調査の中で、いろんな問題が出てくると思うんですね。
 しかし、それを手がけた研究は非常に少ないし、ようやく、ヨーロッパの一部で、少し危険を警告するような雰囲気は出てますが、まだ確定したものは出てません。
●薬をやめることは難しいのか
やめることはできるんですが、これは慎重にやめないと、実はやめること自体で薬には向精神薬には離脱という恐ろしい反応があるし、薬によっては、てんかんによって命がなくなるということも起こるんで、必ず医師と相談する、自分の医者がだめなら、セカンドオピニオンを求めて、それを診てくれるお医者さんと相談するってことが必要だと思います。
●不安を抱えている方へのアドバイス
苦しい時期には物事って否定的にしか見えないし、みんなも合わせるんですけれども、そこを冷静に乗り越えてみるとね、実は問題だと思ったことは、その人の個性であったり、能力であったり、素敵な可能性であったりすることって、むしろ多いんですね。
 例えば、こだわりがあって困るって人もいるけれども、そのこだわりが、逆にいうと細かい発見につながるという、そんないろんな持ってることを障害、問題と見ないで、これは将来へ変わっていくチャンスだぞとかね、きっかけになるんだっていうふうに苦しい時期を捉えて、未来の希望を持つことと、そういう希望を交換できる友達や先生やいろんな人と出会っていくことで、精神障害で命が、そのものでなくなることはありません。
 それによる失望さえなければ、時間はかかっても、必ず希望は待ってることが多いので、そこは心配しないでいただきたいと思います。
●今後の子どもと薬の関係
どうしても必要なもの、これはやはり薬だけしか頼れないこともありますけれども、使うとすれば最低限、最小期間。
 できるかぎり副作用をしょっちゅう確かめながらやっていくということが必要だと思います。