「第69回高松宮記念杯」が開幕。10年6月の61回大会までは大津びわこ競輪場(11年3月廃止)で開催。11年からは前橋、函館、岸和田(4回目)、宇都宮、名古屋で行われている。
高松宮杯→高松宮記念杯と名称が変わったのは98年の49回大会。また99年の50回大会から4日制となった。梅雨時期に実施されることもあり〝雨の宮杯〟と呼ばれている。
また73年~01年は東西対抗の形式で実施され、東日本地区と西日本地区の選手は決勝戦まで対戦することはなかった。94、95年に連覇した神山雄一郎、96、97年に連覇した吉岡稔真の「東西横綱時代」は東西対抗形式が実に似合っていた。
昨年の68回大会から東西対抗形式が復活。02年から12年まで11回実施されたGⅡ「東西王座戦」が廃止されたこともあり、東西対抗形式のビッグレースを望む声も上がっていた。
今大会は昨年と勝ち上がりが大きく変わる。詳細は高松宮記念杯面に掲載しているが、準決勝が東西各2レース、計4個レースあるのが一番の特徴だ。決勝進出するには2着権利。3着も1人だけ決勝進出するが、前走の競走格、着順で決まる。したがって2日目に青龍賞、白虎賞に出走して好着を残した者になる。初日の一次予選の1着(準決勝権利)勝ち上がりも先行選手の走りに微妙に影響が出るはずだ。
勝ち上がりは各大会、各レースごとに特徴があっていい。しかし大原則は「3着権利」に近づけることだ。車券発売が枠単の時代は選手は〝連に絡むこと〟(2着まで)がファンに貢献することだった。3連単主流の現在は〝3着までに入ること〟が車券に貢献となる。ファンの車券(3連単)と選手の勝ち上がりが同一であることが3連単車券にふさわしい。
♤中林 陵治(なかばやし・りょうじ)1962年(昭37)7月13日生まれ、熊本県出身の55歳。慶大卒。87年4月入社、翌5月に砂川秀樹(神奈川)ら59期生のデビュー戦(花月園新人リーグ)で記者デビュー。以来、競輪の現場取材一筋31年。高松宮記念杯決勝で勝負したレースは95年の神山優勝の関東5車結束。
※18年6月14日付・東京版掲載