■もし普通列車で事件が発生していれば?
6月9日に東海道新幹線のぞみ265号で殺人事件が発生した。どこか、10年前の秋葉原通り魔事件を彷彿とさせる殺傷事件だったが、事件の発生した日付が奇しくも秋葉原事件(6月8日)と近かったということで別の意味でも話題になっていた。
しかし、マスコミ界隈では、案の定、「持ち物検査が必要」というような話が飛び交っているが、これには疑問を呈さざるを得ない。
今回の事件は、たまたま新幹線内で起こったというだけのことであり、もし、普通の電車内で起こった場合は、どうするつもりなのだろうか?
その場合、全国の電車に全て「持ち物検査」を導入するべきと言うのだろうか? 特急列車で起これば、特急列車で「持ち物検査」、地下鉄で起これば、地下鉄で「持ち物検査」、普通列車で起これば、普通列車で「持ち物検査」ということになるのだろうか?
常識的に考えて、普通の電車なら必要なくて、新幹線は必要というような理屈は通らない。
■神出鬼没な「通り魔」に対症療法は無意味
秋葉原事件の際も、犯人が逮捕された後でも、秋葉原で厳重警戒態勢が敷かれていたが、10年経った現在では何も行われていない。これは当たり前の話で、「通り魔」というものは神出鬼没であり、時と場所を変えて、何度も何度も出現する。いつどこで通り魔殺人が起こるかは誰にも予測できない。そういう意味では、地震とよく似ている。
「秋葉原の街」や「新幹線の中」に通り魔が出現する可能性が必ずしも高いわけではないので、結局、このての「持ち物検査必要論」は後付けの結果論でしかない。このような対症療法を繰り返していると、終いには全国津々浦々で「持ち物検査」だらけになってしまう。
「持ち物検査」に全く効果が無いとは言えないが、国民の不安心理を煽り、警察の仕事を増やし、民間業を圧迫する結果しか生まないだろうことは火を見るよりも明らかだ。
痴呆症の老人が交通事故を起こせば、全国の老人ドライバーが全頭検査の如く痴呆症のチェックをされる。それでも、老人の交通事故は無くならないので、効果の割りに膨大な無駄が発生しているだろうことは誰にでも想像が付くと思う。
新幹線の「持ち物検査」も同じようなもので、たった1人の通り魔のために、何の関係もない人々が全頭検査の如く「持ち物検査」をされる。しかし、それでも通り魔事件は無くならない。
「通り魔撲滅」は良いことだが、地震と同様、いつどこで発生するか分からない通り魔事件を人為的に食い止めることは不可能だという厳しい現実を受け入れた上での現実的な対処法を考えるべきだ。
秋葉原事件の時は殺傷武器となった「ナイフ」が悪者扱いされていたが、今回の事件も同様、悪いのは「通り魔」であって「新幹線」ではないという当たり前の現実を直視するべきだ。
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