福岡大空襲の記憶つなぐ

太平洋戦争末期の福岡大空襲から73年となるのを前に、空襲で多くの人が犠牲になった福岡市の簀子地区で、16日夜、ろうそくに火をともし、犠牲者を追悼する催しが開かれました。
16日夜は、今は廃校となった、福岡市中央区の旧簀子小学校に、家族連れや地域のお年寄りなどが集まりました。
昭和20年6月19日の福岡大空襲では1000人以上が犠牲となりました。
簀子地区では176人が亡くなり、焼け残った学校の赤レンガの塀は、空襲の記憶を今に伝える数少ない場所となっています。
会場では地元の舞鶴小学校の児童が平和への願いを込めた歌を合唱したあと、参加者全員で空襲の犠牲者に黙とうをささげました。
そして午後7時半、学校のグラウンドや赤レンガの塀の近くに並べられたおよそ1500本のろうそくに火がともされ、空襲があった「6月19日」という文字が、ろうそくの明かりで浮かび上がりました。
中学2年生の女の子(14)は、「火をともすことで、空襲の記憶や戦争に反対する思いをつないでいっているような気持ちがしました」と話していました。