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謙虚、堅実をモットーに生きております! 作者:ひよこのケーキ
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 結局、恐縮する麻央ちゃんをお母様は半ば強引に連れだし、着せ替え人形にしてしまった。


「ごめんなさいね、麻央ちゃん…」


 嬉々としてドレスを選ぶお母様を見ながら、私は麻央ちゃんに謝った。私は慣れているけど、さぞ麻央ちゃんは困っていることだろう。


「いえ、私はいいんですけど。でも本当に買っていただいていいんでしょうか?なんだか図々しい気がします…。お母様達が知ったら怒られるかも…」

「そんなことないわ。むしろ私の母の趣味に付き合わせてしまって申し訳ないくらいだもの。麻央ちゃんのご両親には私からきちんとお話させていだだくから大丈夫よ。麻央ちゃんもここまで来たら逃げられないんだから、せめて服の好みだけは主張したほうがいいわよ?でないと勝手に決められちゃうから」

「はい」


 麻央ちゃんはまだ少し遠慮していたけれど、お母様にあれこれ試着させられているうちに、段々嬉しそうな表情になってきた。それを見ていたら私も麻央ちゃんの服を選びたくなって、結局参加してしまった。だって麻央ちゃんは可愛いからなんでも似合うんだもん!

 最終的にお母様と麻央ちゃんが選んだのは夏らしいレモンイエローのドレス。スカートがふんわり広がっていてとっても可愛い。


「可愛い!似合うわ、麻央ちゃん!」


 私が手を叩いて褒めると、麻央ちゃんは恥ずかしそうにお礼を言った。

 そして私が選んだのは白地にお花模様のワンピース。こちらも乙女チックで可愛い!

 麻央ちゃんは私が選んだワンピースを着て帰ることになった。お母様はそれにちょっと不満顔だけど、街中でドレスは大げさだもの、しょうがない。でも麻央ちゃんの「あのドレス、今年のサマーパーティーで着させてもらってもいいですか?」の言葉に、一気に機嫌を直した。気を使わせてごめんね、麻央ちゃん。

 そして麻央ちゃんはそのままヘアサロンに連れて行かれ、髪を巻かれてしまった。うわぁっ!

 私のミニチュア版のようになってしまった麻央ちゃん。鏡の前にふたりで並ぶと、完全に巻き髪シスターズだ。

 心の中で申し訳ないと両手を合わす私に反し、麻央ちゃんは「お姫様みたーい!」と喜んでいた。


「私、麗華お姉様の髪型にいつも憧れていたんです。絵本に出てくるお姫様みたいだなって」


 嬉しそうに巻き髪を触りながら、何度も鏡を見ている麻央ちゃん。え、そうなの?

 私はどうやらロココの後継者を得たようだ。





 そのあと3人でティーサロンに行ったりショッピングをしたりして家に帰ると、お父様がケーキを買って帰ってきた。狸は女の子へのお土産は甘いお菓子という貧相な発想しか持っていない。食べ物しか頭に思い浮かばないからメタボなんだな。

 麻央ちゃんもダイエット中のはずなのに大丈夫かなと思ったけれど、優しい麻央ちゃんは笑顔でお礼を言っていた。いい子だ…。

 麻央ちゃんの初等科での話などを聞きながら楽しく夕食を食べたあとは、私の部屋でまったりと過ごした。

 麻央ちゃんが部屋の隅に置いてあるニードルフェルトの材料に興味を示したので、学園祭に出品する話をしてベアトリーチェの写真とスケッチブックを見せた。


「わぁっ!素敵っ、上手っ。この絵は麗華お姉様が描いたんですか?」

「いいえ、これは私のお兄様が描いたのよ」

「麗華お姉様のお兄様は絵がとってもお上手なんですね。あ!こっちも素敵。わぁ…、ん?あら?これは…」


 なに?あっ!それは、私の描いた絵!


「えっと、これは…」


 麻央ちゃんが気まずそうに尋ねた。


「それはね、私が遊びで左手で描いてみた物なのよ。利き手ではない手でどこまで描けるかなって」

「まぁっ、そうだったんですか!道理でおかしいと思いました。でも左手でここまで描けるなんて、お姉様には絵の才能があるのではありませんか?」

「まぁ、ほほほ…」


 泣いてもいいですか?


 私はスケッチブックをそそくさとしまい、麻央ちゃんの夏休みの宿題を一緒にやることにした。


「実はまだ、全然やっていないんです…」

「そうなの?ではふたりで頑張って早く終わらせてしまいましょうか」

「はいっ」


 麻央ちゃんに勉強を教えるのはお姉さん気分が味わえて楽しい。本当にこんな可愛い麻央ちゃんが私の妹だったらなぁ。

 しばらくすると仕事から帰ったお兄様が私の部屋に顔を出した。


「こんばんは、麻央ちゃん。僕は麗華の兄の吉祥院貴輝です。よろしくね」

「早蕨麻央と申します。本日はお邪魔しております!」


 麻央ちゃんがぺこっと頭を下げた。いつも思うんだけど、お兄様は仕事で帰りが遅いのになんでお父様は早く帰って来られるのかなぁ。自分の仕事をお兄様に押し付けているんじゃないの?お父様。

 お兄様は麻央ちゃんの宿題を優しく教えたりしてしばらく私の部屋で過ごしたあと、自分の部屋に戻って行った。


 夜も更けてそろそろ寝ようと準備をする。麻央ちゃんは私の天蓋付ベッドにわくわくしていた。天蓋に喜んでくれるならなりよりだけど、案外と天蓋付ベッドって、毎日見ているとわりとすぐに飽きるものだよ?ホコリも気になるしねー。

 私達は同じベッドに横になった。


「今日は振り回してしまってごめんなさいね。疲れたでしょう」

「いいえ。とっても楽しかったです」


 本当はもっといろいろと遊ぼうと思っていたのだけど、思わぬお母様攻撃で予定が狂ってしまった。まったくもう。

 しかし麻央ちゃんはそれも嬉しかったと言ってくれた。聞けばこの夏休みの間に、また家に来た親戚や祖父母が弟だけを可愛がりまくっていたらしく、麻央ちゃんはちょっぴり寂しい思いをしていたらしい。

 そっかぁ。うるさくかまってくる私の両親も、少しは役に立っていたか。それなら良かったかな。

 明日こそは一緒に楽しく遊びましょうね。私はそんなことを考えながら眠りについた。




 ──はずだったのに、なぜか次の日の昼間から璃々奈が突撃訪問してきた。


「麗華さん!遊びに来てあげたわよ!」


 いや、誰も呼んでいないから。見ろ、麻央ちゃんのびっくり顔を。


「あら、この子は誰ですの?」


 私と一緒にニードルフェルトをやっていた麻央ちゃんを、璃々奈が無遠慮にじろじろと眺めた。


「この子は早蕨麻央ちゃんといって、私が妹みたいに思って可愛がっている子よ。瑞鸞の初等科に通っているの。麻央ちゃん驚かせてごめんなさいね、この子は古東璃々奈。私の従妹なの」


 私は麻央ちゃんを庇うようにしてお互いを紹介した。


「妹…?」


 璃々奈の眉がピクッと動いた。


「妹…」


 璃々奈は不機嫌そうに私達を見比べた。麻央ちゃんは璃々奈の視線に怯えた様子だ。ここは私がきっちり璃々奈に言ってやらねば!


「璃々奈」

「麻央!」


 璃々奈は私を押しのけるようにして、麻央ちゃんの前に仁王立ちした。


「は、はい…」

「麻央、ね。いいわ!今日から貴女を私の妹にしてあげる!」

「えっ!」

「はあっ?!」


 驚きすぎて思わず素が出てしまった。妹にしてやる?!なに言ってんだ、こいつは。


「あの…」

「麗華さんの妹なら、私の妹も同然。今日から私のことは璃々奈お姉様と呼びなさい!」

「え…璃々奈、お姉様…?」


 璃々奈は麻央ちゃんに満足気に頷いた。


「ちょっと、璃々奈…」

「麻央は初等科なのね。今日は麗華さんの家に遊びに来てたの?えっ、泊まり?!だったら私も今日は泊まるわ」


 私の制止の声など聞こえないのか、璃々奈は麻央ちゃんにぐいぐい迫って話を進めていく。そして気が付けば、いつの間にか仲良くなってしまっていた。って、璃々奈が泊まっていくってのは確定なのか?!

昨夜の私と同じく、お姉さん風を吹かせたい璃々奈は麻央ちゃんに勉強を教えてやると言い出し、宿題を手伝い始めた。余計なことをと思って止めようとしたけれど、意外にも璃々奈の教え方は上手かった。そして頭が良かった。さりげなく璃々奈の成績に探りを入れれば、期末テストは20位だったという衝撃の事実!


「わぁ、璃々奈お姉様は頭が良いんですねー」

「20位なんて、たいしたことないわよ。むしろ中間より下がったくらい」


 負けた…。いまやすっかり麻央ちゃんの尊敬の目は璃々奈に向けられている。私はそっと部屋を出た。


「あれ、どうしたの麗華。麻央ちゃんは?」


 休日で出かける支度をして部屋を出てきたお兄様が、暗い顔をした私に気がついた。


「璃々奈が来て…」

「璃々奈?」


 お兄様が私の部屋を覗いて「なるほど…」と呟いた。中からはきゃっきゃっとふたりの楽しげな声が聞こえてきた。


「璃々奈に麻央ちゃんを取られちゃったんだ」

「はい…」

「まぁ、3人で仲良く遊んでて。僕も帰ったら付き合うから」

「本当ですか?!」


 お兄様、早く帰ってきてくださいね。私はお兄様を見送ったあと、ひとり蔵へと向かった。


 先日フラフープなどを片付けるために入った蔵で、私は恐ろしい物を見つけてしまった。蔵の奥にしまわれていた大きな木箱。好奇心で開けてみると、中にはおかっぱ頭に赤い着物を着た日本人形が入っていた。


「ぎゃああっ!」


 日本人形が苦手な私は悲鳴をあげた。しかもよく見るとそれは茶運び人形だった。怖いもの見たさで怖々とぜんまいを巻けば、カタカタと音を鳴らしながら人形がこちらに向かって動き出す。怖いっ!勝手に動く人形、怖すぎるっ!

 後ろには髪が時々伸びる、年代物のお雛様の入っている箱。前には不気味に動く茶運び人形。夜中だったら恐怖で髪が真っ白になりそうだ。

 私は急いでそれを箱に戻し、蔵から逃げ帰った。夜、あの人形が部屋に来たらどうしようとビクビク怯えながら…。


 そんな不気味な自動人形を今こそ目覚めさせよう。

 私は蔵から持ち出した茶運び人形のぜんまいを巻き、ドアの隙間から自室に投入した。

 しばらくすると璃々奈と麻央ちゃんの悲鳴が響き渡った。うへへへへ。私からお姉さん役を奪った嫌がらせだ~。

 そのあと私は璃々奈からなにを考えているんだ!と、こっぴどく怒られ、半泣きの麻央ちゃんに謝り倒した。




 夜にはお兄様も帰ってきたのでみんなでトランプやジェンガをしたりして遊んだ。人数が多いとこういった遊びが出来て楽しいね。

 私のベッドはそこまで大きくないので、璃々奈には客室で寝ろと何度も言ったのに、璃々奈は自分も一緒に寝ると言って譲らなかったので、私達は3人でくっついて寝ることになってしまった。狭い…。

 璃々奈は麻央ちゃんの家の事情を聞いて怒った。


「なんなの、それ!腹立たしいわね!麻央も我慢しないではっきり言ってやればいいのよ!」

「でも…」

「璃々奈、麻央ちゃんは貴女と違って優しい子なのよ」

「ふんっ。だったら麻央がその弟から跡継ぎの座を奪ってやればいいわ。麻央のほうが優秀だと見せつけてやるのよ。ふふふ、弟め、歯ぎしりして悔しがればいいわ」

「え…あの、別に私は弟が嫌いなわけではないので…。それに後を継ぎたいとも思っていませんし」

「そうなの?」

「はい」


 そうよ。麻央ちゃんが継ぐのはロココの女王。


「なーんだ。だったら麻央は好きな人と結婚できるように今から根回しすればいいわ」

「どっから結婚の話が出たのよ」


 話の飛躍についていけない。


「だって私達はうかうかしていると政略結婚で相手を親に決められてしまうじゃない。だから好きな人が出来たら早めに手を打たないと」

「はあ…。全く、璃々奈は子供のくせにそんなこと考えているの?」

「考えるに決まってるじゃない。私は一人っ子だからお婿さんをもらわなきゃいけないんだもの。麗華さんこそお気楽すぎるわ。本当になにも考えていないのね」

「…すみません」


 家を継ぐために婿取りを覚悟していたとは…。我がままで子供だと思っていた璃々奈の意外な一面を知った夜だった。

 私は没落したあとの身の振り方ばかり考えていたけど、このまま順調にいけばそのうち私にも政略結婚の話がくるのかなぁ…。

 やだやだ、私は絶対に恋愛結婚がいい。璃々奈の言う通り、手を打たなくちゃ!今のところ相手いないけど!

 私がブツブツと独り言を言っている間に、ふたりはぐっすり眠ってしまった。

 私は昔、寝る時に体を左右対称にして寝ると金縛りにあいやすいという話を聞いたことがあったので、音熟睡する璃々奈の手足をそっときちんと揃えてあげた。


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