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2日目はお母様とエステや岩盤浴に行ったり、ヨガスタジオで先生に筋がいいと褒められて有頂天になったりしながら過ごした。
舞浜さんとは食事以外でかち合うことはなかったので、概ね平和だった。
そしてその夜の夕食にも、鏑木夫人は顔を出して参加メンバーと一緒に食事を摂った。
玄米や雑穀米もたまにならいいけど、毎日だと少しつらそうだなぁなどと考えながら食べていたら、鏑木夫人が席を移動して私に話しかけてきた。うっ…。
「麗華さん、今回のプランはいかがだったかしら?」
「はい。自然食を身近に感じることができて、とても有意義な2日間でした」
「そう言ってもらえると私も嬉しいわ。麗華さんは痩せているからダイエットは必要ないものねぇ?」
「とんでもありませんわ」
はい、お世辞ですね。自分の肉は自分が一番良くわかっていますとも。さすがにそんな見え透いたお世辞じゃ、浮かれて木に登ることもできません。
お世辞には愛想笑いで返しておく。
「麗華さんは夏休みはどのように過ごす予定なのかしら?」
「塾の夏期講習や習い事に通ったり、お友達と会う約束などがいくつかあります。あとは両親との家族旅行でしょうか」
「あらよろしいわね。今年はどちらに行かれるの?」
「母の希望でオーストリアです。湖上オペラが観たいそうなので」
お母様はオペラやバレエなど、美しくて非日常的な世界が大好きだ。さすが娘をジュモーの人形にしようとするだけのことはある。
「まぁ素敵ね!湖上オペラなら私も前に観に行ったことがあるのよ。圧倒的な迫力で、とても素晴らしかったわ!麗華さんはオペラもお好きなの?」
「母の影響で、ヨーロッパに行った時に好きな演目が上演されていれば、観劇いたします。ただ私はお恥ずかしながら毎回楽しく鑑賞しているだけで、オペラそのものにはあまり詳しくはありませんの。もっと知識を深めてから鑑賞すべきとは思っているのですけど…」
「そんなことないわ!頭でっかちで難しく鑑賞するよりも、麗華さんのように素直な心で楽しむほうが私はいいと思うわよ?私もオペラは大好きなの。麗華さんの好きなオペラはなにかしら?」
「月並みですが、ローエングリンとか魔笛などでしょうか」
「ローエングリンがお好きなのね?では同じワーグナーでトリスタンとイゾルデはどうかしら?」
「とても情熱的だと思います」
「まぁ!」
鏑木夫人はころころと笑った。
その後しばらくオペラの話をしていると、鏑木夫人が「そうだわ!」と手を合わせた。
「今度、蛍狩りの会を開くの。麗華さん、ぜひいらして!幻想的な世界がお好きな麗華さんならきっと気に入ると思うの!」
「え…」
それはちょっと……。できれば全力でお断りしたい。今回だってお母様に半ば脅されて来たっていうのに。
私がなんとか断りの口実を探している間に、鏑木夫人はさっさと私の隣のお母様に話しかけて了解を取り付けてしまった。げっ!
「蛍狩りだなんて素敵だわ。麗華さん良かったわね。麗華さんは源氏物語が好きだものね」
「あら、麗華さんは源氏がお好きなの?でしたら当日は麗華さんに玉鬘になっていただかないと」
「まぁ、ほほほ。では蛍兵部卿宮はどなたかしら?」
「うちの雅哉などいかが?」
「あらぁっ麗華さん!どうしましょう。良かったわねぇ」
お母様と鏑木夫人は私そっちのけで勝手に盛り上がっているけど、勘弁してくれ…。
だいたいお母様、私がいつ源氏物語が好きだなんて言ったよ。吉祥院家の夫婦は、そろって話を作る癖があるらしい。
そんな私達の会話を聞いていた舞浜さんの目は凄いことになっていた。
2泊3日のデトックスプランもやっと今日で終わりだ。
鏑木夫人の蛍狩りのお誘いで、昨日の夜からお母様の機嫌は絶好調だ。昨夜は私の耳元で「雅哉さんのお母様に気に入られてるんだから、お近づきになるチャンスよ」と、洗脳するかの如く唱え続けていた。怖いので頭から布団を被ってすぐに寝た。
全員がミーティングルームに集まりスタッフから今回のプランの総括を聞いていると、鏑木夫人が息子を従えて部屋に入ってきた。
突然の鏑木雅哉登場に、マダム達から黄色い声があがった。
「みなさん、2日間お疲れ様でした。今日は息子の雅哉も連れて参りましたのよ」
「まぁっ雅哉さんにお会いできるなんて嬉しいわ!」
マダム達はアイドル系演歌歌手に群がるおば様方のように、鏑木の周りを取り囲んだ。う~ん、凄いな、おば様パワー。舞浜さんはそのパワーに押され、その輪の後ろをうろちょろしている。私のお母様はその中には入っていなかった。良かった…。
どうやら鏑木は、頑張った参加者のマダム達へのご褒美として連れてこられたようだ。鏑木は「お疲れ様でした」などと言ってマダム達を労っていた。
鏑木、学院じゃ愛想の欠片もないけど、外では後継者としてきちんと働いているんだなぁ。
私はこの2日間ですっかり仲良くなった耀美さんとメアド交換などをした。
そこへ、マダム達からやっと解放された鏑木がやってきた。
「おっ、なんだお前も来てたのか」
「ごきげんよう鏑木様」
「言っとくが、こんなプランじゃ痩せないぞ。運動しろ」
自分の家のホテルのプランを真っ向否定かよ…。
「私は母に付き添ってきただけですから…。特に痩せるために参加しているわけではありませんのよ?」
ダイエットしてると思われるのは恥ずかしいので、お母様のせいにする。それに付き添いは本当のことだし。
「ふ~ん。まぁどっちでもいいけど」
なら言うな。
「夏休みだっていうのに、母親とダイエットプランに参加なんてご苦労なことだな」
「デトックスプランですけどね。ご自分もお母様に依頼されて今日顔を出されたのでしょう?似たようなものではありませんか」
「まあな」
そこへ追いかけてきた舞浜さんが、横から会話に割り込んだ。
「雅哉様、今日は会えて嬉しいですわ!この前のパーティーでもなかなかお話し出来なかったんですもの。雅哉様のこの後のご予定は?よかったら下のラウンジでお茶をご一緒に」
「この後は人と会う約束があるから」
鏑木は舞浜さんの誘いを関心のなさそうな顔でばっさり切り捨てた。それでも纏わりつく舞浜さん。しぶとい。鏑木は舞浜さんを面倒くさそうに払いのけながら、私に「じゃあな」と言って去って行った。もちろんそのあとを舞浜さんは追って行った。舞浜さんは振り返って私を一度キッと睨むと、「昨日麗華さんに足を踏まれましたの~」としっかりチクッていた。鏑木はそれに対し「ああ、そう」と適当に返していた。
疲れた……。
塾に行くとさっそく梅若君と、ベアトリーチェご対面の日取りを話し合った。暑いのでベアトリーチェの体調も考えて、室内のドッグランのある場所に決めた。犬がいるといってもふたりだけで会うと、梅若君を好きな森山さんにまた敵視されそうなので、せっかくだからみんなで会わないかと提案してみた。
森山さんはもちろんOK。ほかの子達も来られそうだったので良かった。梅若君はどれだけ自分の愛犬が可愛いかをみんなに熱弁し始めた。なんだか最近私の周りには熱い人が多いなぁ…。いや、三原さんと梅若君だけなんだけどね。
夜にはまたラブラブ写真とともにベアたんメールが届いた。
“お気に入りのリボンでおめかしして行くから楽しみにしててね!お洋服のリクエストはあるかな?ベアたん、麗華たんに会えるの楽しみ!”
うんうん、私も早く会いたいよ。梅若君の犬バカっぷりという、怖いもの見たさ半分で…。