132
もうすぐ夏休みだ。去年は芹香ちゃん達と軽井沢の別荘に遊びに行ったなぁ。今年もみんなで旅行に行く予定はあるのかしら?
期待いっぱいで聞いたけれど、返事は芳しくなかった。私を含め、みんな予定が詰まっているので、上手くスケジュール調整が出来なさそうなのだ。残念。泊りがけの旅行じゃなくていいから、どこかに遊びに行ったり集まっておしゃべりしたりしようよ~。
私達のグループも高等科にまで上がると、結構な大所帯になってしまったので、グループ内でもさらに、気の合う子同士が数人の小さなグループを形成している。私といつも一緒にいてくれるのは芹香ちゃん、菊乃ちゃんにあやめちゃんや流寧ちゃんなどだ。
夏休み~、遊びたい~、という空気を出しまくったら、その芹香ちゃん達がスケジュール調整を考えてみると言ってくれた。やった!
桜ちゃんや葵ちゃんとも夏休みに会えるといいな。
ウキウキ気分で手芸部に行けば、夏休みにも学園祭で展示するウエディングドレス制作のために、部員が登校する日があるそうだ。去年は手芸部員(仮)だったので呼ばれなかったけれど、今年は正式部員なのでもちろん私も参加する。刺繍もミシンも苦手なのでドレス制作ではすでに戦力外通告を受けているが、だからといって不参加では正式部員の名が廃る。ドレス作りにあたり、みなさんが落とす端切れや糸くずをこまめに掃除しようじゃないか。その合間に自分の出品物制作をしよう。南君のアドバイスに従って、私は大きくてなるべくリアルなニードルフェルトを作ることにしたのだ。私の実力では今のうちから手を付けておかないと間に合わない。まずはなにを題材にするかも早く決めないと。
最初はテディベアにしようかと思ったんだけど、テディベアのぬいぐるみを作る部員がほかにもいて、その子のほうが私よりはるかに実力が上なので比べられることを恐れて断念。でも可愛い動物がいいよなぁ。あとはうさぎとか~、犬とか~、猫とか~。でも小さいと見栄えが悪いし…。あ、条件にぴったり合う素材があった。
私の心の友、ベアトリーチェだ。
さっそく塾で梅若君にベアトリーチェをモデルに使いたいとお願いしたら、一も二もなく快諾してもらえた。
「ベアトリーチェのぬいぐるみかぁ。素晴らしい発想だよ、吉祥院さん!」
「そお?」
「うん!あの子の愛らしさをぬいぐるみにして永遠に留めたいって、その気持ちは凄くよくわかるなぁ。ベアたんの可愛さは世界一だからね!しかし困ったなぁ、これで瑞鸞にもベアたんファンが増えちゃうかも?!」
梅若君の犬バカが暴走し始めた。やっぱりほかのひとに頼むか動物園に行くべきだっただろうか…。万が一ブサイクな仕上がりになったら、大変なことになりそうだ。3割増し美化して作ろう。
「それでですね、梅若君。モデルを引き受けてもらうにあたって、ベアトリーチェのサイズと全体写真と部分写真が欲しいのですが、今度持ってきていただけますか?」
「サイズ?ベアトリーチェの体長は32センチだよ。体重は…、ダメダメ!女の子だから秘密ね!バラしたらベアたんに怒られちゃうから!」
「ええ…」
頭に花を咲かせた言動はとりあえずスルーした。しかし32センチか。案外小さいな。だったら等身大で作れるかも?!
「体重はよろしいですけど、胴回りとか細かいサイズはお願いできますか?出来れば等身大で作りたいので」
「えっ!そうなの?!等身大のベアたんぬいぐるみかぁ。完成したらめちゃくちゃ可愛いだろうなぁ。あ!だったらさ、吉祥院さん直接測れば?自分で好きなところを測ったほうがわかりやすくない?それに本物に会った方がイメージがわくと思うし」
「いいんですか?!」
「うん。今度公園かどこかで会う機会を設けるよ。それでどう?」
「ぜひ!」
写真だけを見本に作るよりも、本物に直に会って触れ合ったほうが絶対に作りやすい!欲しいパーツの写真も自分で撮れるし!
「ではいつにしましょうか。梅若君のスケジュールに合わせますわ。場所と時間を指定してくれれば、私がそこに出向きます」
「そうだなぁ…。あ!サイズ測るの、ちょっとだけ待って!実は今ベアたん、運動不足と食べすぎで少し太っちゃってるんだよ。今、朝夕の散歩とヘルシーメニューで戻してる最中だから、もう少しだけ時間ちょうだい!」
なんてことだ!
ベアたん、シンパシーーー!!
君は私のドッペルゲンガーか?!
「…もちろん!そういうことでしたらベスト体型に戻すのを待ちますわ。女の子たるもの、太った自分を形に残されるなんて、屈辱以外のなにものでもありませんからね!」
「ありがとう、吉祥院さん!必ず最高に可愛い状態のベアトリーチェに会わせることを約束するよ!」
私達は固く握手を交わした。
あ、犬バカ君のしてるシルバーリング、よく見たら犬の肉球の刻印がされてる……。
お礼はペアリングならぬペア首輪とネックレスなんてどうかなぁ。
ベアトリーチェからは“私がモデルなんて嬉しい!あーたんと一緒に頑張ってダイエットするから待っててね!ベアたん空腹になんて負けないっ!”というメールをもらった──。
我が分身、ベアトリーチェも頑張っているのだから、私も見習わないと。私は無為な毎日を過ごすばかりで、少したるんでいるのではないだろうか、心も体も。
そこで私はまず心身を鍛えるべく、走ることを考えた。身ひとつで出来るからお手軽だしね。夏は暑いし熱中症も怖いので、早朝か夜に近所を走ってみようかな。
それを夕食時に軽い気持ちで家族に話したら、ジョギング時専用の護衛を付けられることになってしまった。え…、おおごと?
近所だし平気だと何度も断ったけれど、危ないから絶対にひとりで走るのはダメだと全員に却下された。え~っ、だってわざわざジョギング専用の護衛を付けられたら、簡単にやーめた!って言えないじゃん…。私が飽きっぽい性格なのは、自分が一番よくわかっているんだよ。どうしようかなぁ、先に前言撤回しちゃおうかなぁ…。うん、そうしよう。
と思っていたのに、さっそく一緒に走ってくれる護衛のかたを用意されてしまったので、完全に退路を断たれてしまった…。う~ん、暑いしさぁ、早朝のラジオ体操通いに変更したいなぁ~、なんて…、ダメ?
紹介された護衛のかたは筋骨隆々で日焼けしたおじさまだった。
「麗華お嬢様!私は学生時代に陸上を経験しているので、フォームの指導もしっかりコーチさせていただきますからご安心ください!一緒に記録を伸ばせるように頑張りましょう!初日は軽く3キロ走るところから始めましょうね!」
とんだ体育会系熱血中年だった…。まずい…。
「ジョギングじゃなくてラジオ体操に…」と私がささやかな抵抗をしたら、「わかりました!ジョギングのほかにラジオ体操も加えましょう!」とメニューが増えた…。
どうしよう、不安しか残らない。私、500メートル以上は走れないんですけど?!
お母様からはデトックスプランに行く前に見栄えを良くするためか、エステに連れて行かれた。
この数ヶ月、美食をして肥えた体に油を塗りたくられ、容赦なく肉を揉まれる。
ふと宮沢賢治の注文の多い料理店を思い出した。
丸々太らされ調味料を塗りたくられた私は、このままラ・フランスのタルトにでもされるのだろうか……。
あぁ、高校2年の夏休みが始まった。