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──ワタクシ、少々取り乱してしまいました……。
もしや私に鉄輪が憑依したのでしょうか。だとしたら恐ろしいことです。
いざなぎ流の扉を開く前に正気に戻れて幸いです。
さて、現実を直視するためには、的確なアドバイザーが必要だ。
私が部屋を出ると、ドアの前になぜかお父様がぬぼ~っと立っていた。怖っ。娘の部屋の前で突っ立って、なにやってんの?お父様。
「なにかご用でしょうか?お父様」
「…麗華ちゃん、なにかあったのかな?お父様に話してごらん。お父様、可愛い麗華ちゃんのためならなんだってしてあげるからね?さぁ!悩みがあるならお父様に!」
「は?」
突然どうした、お父様。ケーキを無視したことがそんなにショックだったか?
よくわからないけど私は忙しいので、申し出はサクッとお断りしてリビングに向かった。後ろで麗華~、麗華~と私を呼ぶ狸の声がする。やだ、本当に怖い…。お父様こそ悩みがあるんじゃないの?
リビングではお母様がお茶を飲んでいた。
「麗華さん、部屋では静かになさって。なにやら獣のような声が聞こえてきましたよ」
「あっ、申し訳ありません」
私の魂の叫びが外に漏れていたか。
もしかしてお父様、そのせいで私の様子を窺ってた?だったらごめん、気にしないで。ちょっと鉄輪っちゃっただけだから。
私はお母様の隣に座った。
「ねぇ、お母様、私太ったと思いませんか?」
熟考の末、この家で本当のことを言ってくれるのはお母様しかいないと私は判断した。お父様は私に甘い上に自分もメタボだから絶対に太ったなんて言わないし、お兄様も紳士だからきっとはっきりと言わない。必然的に同じ女性のお母様が一番正直に言ってくれると思ったのだ。
お母様は私の言葉に目を見開いた。そしてそのあと、静かに頷いた。やっぱり!
「麗華さんも気が付いたのね…」
「お母様!なぜもっと早く言ってくれなかったのですか!」
娘のためを思えば、時には厳しいことを言うのも必要なのでは?!
「ごめんなさいね。麗華さん。でもお母様言えなかった…」
「お母様…」
お母様もデリケートな年頃の娘に、そんなことはなかなか言えなかったのだろう。
「お母様はいつから気が付いていたんですか?」
「そうねぇ、ここ1、2ヶ月といったところかしら…」
「そうでしたか…」
この前麻央ちゃんリクエストでホテルのランチビュッフェ行っちゃったしなぁ。デザート全種類制覇に挑戦!とかバカなことしなきゃよかった…。
「でもね、麗華さん、とってもいいお話があるのよ!」
お母様は一転して嬉しそうな表情でそう言うと、私に一通の封筒を渡してきた。
了解を取って中を見ると、鏑木グループのホテル主催のデトックスプランのパンフレットだった。
「これは…」
「去年一緒に断食に行ったでしょう?今年もお誘いを受けたのよ。でも今年は断食ではなくて、デトックスなんですって。エステを受けてマクロビ食を食べて運動するんですって。ね、麗華さん、お母様と一緒に行きましょう?」
「お母様…」
……お母様、貴女確信犯ですね?
私が太ってきているのを気づいていたのに黙って泳がせていたのは、このプランに一緒に行ってもらうためだったんですね?お母様ひとりで参加するのがイヤだったから!
鬼だ!ここに真の鬼がいた!
「お言葉ですが、私の贅肉はこの程度では落ちるとは思えませんわ」
己のために娘が肥え太るのを黙って見ていたお母様に腹が立ったので、わざと突き放してやった。
お母様は慌てて縋ってきた。
「麗華さん!お願いよ、一緒に行って?去年だってお母様、ひとりだったらつらくて耐えられなかったもの。ねぇ?お願い、麗華さん!」
「イヤです」
つーんとそっぽを向いてやった。
「鏑木家の奥様にもぜひ麗華さんに一緒に参加して欲しいって、この前パーティーでお会いした時も言われてしまったのよ。だから麗華さん、貴女も行ってくれるわね?」
「え~っ」
鏑木のお母さんのご指名なんて聞いたら、益々行きたくないよ。お母様は太りにくい体質作りだとか自然派料理だとか、パンフレットを持っていろいろ説明してきたけど、私は首を横に振り続けた。
すると私がうんと言わないことに業を煮やしたお母様が、突如態度を豹変させた。
「だったら麗華さん!貴女このままずっと太ったままでいると言うの!夏なのに!薄着の季節なのに!こんなにたくましいウエストになっちゃって!」
「痛いっ!お母様、痛いですっ!」
お母様が私のおなかの鏡餅を両手でぐいぐい引っ張った。痛いっ!
「麗華さんには絶対に行ってもらいますからね!拒否は認めませんっ!」
逆ギレか、お母様?!人は疾しい時に怒ってごまかすと聞いたことがある。お母様はまさに今それを実践していた。
お母様の剣幕に負けた私は、とぼとぼと部屋に戻った。行きたくない…。
部屋には私の怨念の塊が転がっていたので、供養の意味を込め火にくべた。
週明けの朝、私が靴箱で靴を履きかえていると、璃々奈が「麗華さん、貴女太りましたわよ!」と人差し指をビシッと私に突き出して言い放ち、その璃々奈を南君達が速攻で回収していった。朝っぱらからなに言ってんだあのバカ、ぶん殴ってやろうか…。
夏休みに向けて配るプリントを委員長とともに生徒会室に取りに行くと、同志当て馬がいた。
そういえば生徒会は夏休み明けに代替わりするんだったなぁ。やっぱり同志当て馬が生徒会長になるのかなぁ。
「吉祥院さん、こっち半分持ってくれる?」
「は~い」
半分と言いながら、3分の2は委員長が持ってくれた。心は乙女だけど委員長も紳士だね。
全部持ったかなぁとふたりで確認して生徒会室を出ようとしたら、同志当て馬に声を掛けられた。
「私になにか?」
「…前に、決めつけるようなことを言って悪かった」
「はい?」
なんのことでしょう?
「友柄先輩からも一方的な決めつけは良くないと怒られた」
「えっ、友柄先輩?!」
なに?友柄先輩の話?!聞きたい!友柄先輩がどうしたの!
「この前友柄先輩に会って、吉祥院の話が出た時、そう言われた…」
え~っ!同志当て馬、友柄先輩に会ったのー?!ずるい!私も会いたいっ!
「吉祥院も俺になにか言いたいことがあったら言っていいから」
「水崎君には特にありませんわね」
うん。私が知りたいのは友柄先輩の近況だけ。同志に言いたいことはなにもない。しいて言えば副村長としてしっかり働けよということだけだ。副村長たるもの、村長を差し置いて卒村出来ると思うな!
などと本人には絶対に言えないので、納得できない顔をしていた同志に当たり障りない退室の挨拶をして部屋を出た。
「吉祥院さん、水崎君となにかあったの?」
「さぁ。よくわかりませんけど…。まぁ悪いことではなさそうですから、よろしいんじゃないかしら」
「そうなんだ」
教室までの道で委員長の、「夏休みの補習に本田さん達も参加するらしいから、僕も参加しようかと思うんだ」という恋の相談に付き合っていると、向こうから歩いてきた岩室君が、「師匠、自分が持ちます!」と違うクラスなのにプリントを持ってくれた。そして「師匠、あとで相談が…」と言われた。岩室君の相談か…。夏の日焼け対策についてだな、きっと。
教室前の廊下では、美波留ちゃんと野々瀬さんが楽しそうにはしゃいでいて、それを見た委員長が乙女になっていた。
美波留ちゃんと野々瀬さんはファンタジーが好きなのか、時々そんな話が聞こえてくるな。“傭兵”って戦記かしら?