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「彼女は僕の大学時代の同級生で、弓山エリカさん」
「こんにちは」
市之倉さんの隣できれいに微笑む弓山エリカさんは、モデルのように細かった。いや、ファッション誌で見たことのある、本物のモデルさんだった。
「エリカ、オーダーは?」
「私はサラダだけでいいわ。もうすぐ撮影があるから」
先にお店に着いて注文をし終えていた私と麻央ちゃんの前には、料理の乗ったお皿がたくさん並べられていた。
麻央ちゃんは自分の目の前の料理とエリカさんの注文したサラダをジッと見比べた。
頼んでしまった物を残すわけにもいかないので、サラダしか食べないエリカさんの前で、私と麻央ちゃんはなんとなく気まずい思いをしつつも、いつもの要領でカロリー摂取に勤しんだ。
「晴斗からふたりの話はいつも聞いていたのよ」
エリカさんがニコニコしながら話しかけてきた。
「とっても可愛がっている姪っ子ちゃんとそのお友達って。晴斗が言ってた通り、本当にお人形さんみたいに可愛いふたりね~!」
そう言ってエリカさんは小さく手を叩いてはしゃいだ。
「でしょ?麻央も麗華さんも妹みたいに可愛いんだ。この子達と一緒にごはんを食べていると、ストレスも忘れちゃうんだよ」
市之倉さんもエリカさんの隣でニコニコと笑って言った。それに対し「晴斗は食道楽だものね~」とエリカさんが返した。
「麻央ちゃんの話は前から聞いていたんだけど、最近新しく麗華さんていう可愛い女の子と仲良くなったって聞いて、ぜひ会いたくなっちゃったの」
その言葉に私はギョッとした。
「あの、恋人のいるかたと頻繁に食事をして申し訳ありませんでした。私、なにも存じ上げていなかったものですから…。ご不快な思いをさせていたらお詫びいたしますわ」
やばい。もしかして今日会いたいと言ってきたのは、「ひとの彼氏と遊び歩いてるんじゃないわよ」って牽制するためか?!正確には食べ歩きだけど。あ!この前、日帰りとはいえふたりで台湾に行っちゃった!朝から出かけて夕方には帰国という、旅行とも呼べないような内容だけど。
今の私の立場ってまたもや悪役横恋慕キャラ?!あぁっ!なぜ香澄様の時に学ばなかった、私!不倫…。慰謝料請求…。
「やだ、誤解しないで!私は全然不愉快な思いなんてしてないんだから!むしろ大食いの晴斗に付き合って食べてくれる子がいて、喜んでいるくらいよ?」
エリカさんが両手を振って私の言葉を否定した。…本当だろうか。
「晴斗は知っての通り食道楽でしょう?私もなるべくそれに付き合ってあげたいとは思ってるんだけど、なかなかそうもいかなくて。そうしたら最近、麻央ちゃんと麗華さんがそれに付き合ってくれてるって聞いて、良かったな~って思ってたの。晴斗もね、たくさん食べてくれる子と一緒に食事をするのは楽しいって言ってたし」
私は曖昧な笑顔で相槌を打った。
「エリカは食が細いからね。無理して付き合ってくれなくてもいいよ。麗華さんも最初に会った時は飲み物しか飲まないで一切食べ物に手をつけないから心配したんだけど、麻央の誕生日会で会った時は、凄くおいしそうに食事をしててホッとしたんだ。エリカは元々食が細いし仕事柄あまり食べられないけど、ふたりは成長期なんだからしっかり食べないとダメだよ。あ、デザートはなにがいい?」
そう言って市之倉さんが、たらふく食べた私と麻央ちゃんにデザートメニューを見せた──。
ふたりの馴れ初めやらモデルの仕事などの話を聞いたりして、一応和やかにランチを終えることができた。心配した市之倉さんとの台湾も「日帰りで台湾って疲れたでしょう。小龍包おいしかったようで良かったわ。私も晴斗からお茶をお土産にもらって毎日飲んでるの」と笑ってくれた。
「さて、これからどうしようか?今日はエリカもふたりの好きな場所に付き合うって言ってるし」
「ええ。ショッピングに行かない?私、ふたりに似合う洋服を選んであげたいわ。あ、それともほかに何か食べに行く?」
私と麻央ちゃんはそっとアイコンタクトをした。
「いえ、私はこれで失礼いたしますわ。おふたりのデートのお邪魔はできませんもの」
「私も!おなかいっぱいになったからもう帰るわ!」
「えっ、そんなこと気にしなくていいのに」
「そうよ、せっかく会えたのにもう解散なんて寂しいわ」
私と麻央ちゃんは「でもこれ以上は馬に蹴られてしまいますものね」「そうですよね、麗華お姉様。晴斗兄様こそ遠慮しないで、どうぞデートを楽しんできて!」ときゃあきゃあ笑い合った。
私達の冷やかしに、市之倉さんとエリカさんは困ったように笑った。
「じゃあ、せめて送るよ」
「平気ですわ。家の車が迎えに来ますから。どうぞお気遣いなく」
「麗華お姉様、だったら私も乗せて行っていただけますか?」
「もちろんよ、麻央ちゃん」
「う~ん、本当に平気?」
平気平気と、私達は機嫌良く頷いた。
エリカさんは「また今度絶対に会いましょうね?麻央ちゃん、私のこともお姉さんって呼んでくれると嬉しいな」と言い、麻央ちゃんは恥ずかしそうに笑った。
そして私と麻央ちゃんはにっこり笑顔でカップルを見送ると、そのまま反対方向へ無言で歩き出した。
「…麻央ちゃん、どこか入りましょうか」
「…はい」
私達は手近なカフェに入って、甘いドリンクをオーダーした。
「なにあれ!晴斗兄様の彼女、ガリガリじゃない!」
麻央ちゃんが先に不満を爆発させた。
「モデルさんですからね…」
「信じられない!痩せている子よりぽっちゃりしているほうが可愛いなんて散々言っておいて、選んだ彼女はガリガリのモデル?!ありえないわ!」
麻央ちゃんは拳を握りしめた。
私だって信じられない。エリカさんの足、私の二の腕くらい細かった。エリカさんの足が細すぎるのか、私の二の腕が太すぎるのか…。
「…サラダしか食べませんでしたわね」
市之倉さん、私達には散々ダイエットを否定してきたのに…。
「そう!私達がたくさん食べているのにひとりだけサラダだけって!まるで、よく食べるわねってバカにされているみたいに思えたわ!」
うん…。
「私、晴斗兄様が選ぶ人は、きっと食べることが大好きで、お料理上手なぽっちゃりした人だと思っていました。なのにあの人ったら、サラダしか食べないダイエッターじゃない!」
麻央ちゃんは怒りで頬を赤くした。
私は無言でバナナオレを飲んだ。
「……私、太りました」
「えっ!」
麻央ちゃんが俯いてボソッと呟いた。
「晴斗兄様と麗華お姉様にはああ言われましたけど、やっぱり悠理に言われたことが気になって…。体重計に乗ったら太ってたんです。でもお母様に言っても全然太って見えない、可愛いって言ってくれたから、平気かなって思っちゃったんです…」
麻央ちゃん、貴女は私ですか?
「悠理が正しかったんだ…。晴斗兄様なんて大嘘つきよ!」
麻央ちゃんが悔しそうな顔をした。
「そっか…。実は私も、太っちゃったの…」
「麗華お姉様!」
麻央ちゃんがハッとした顔で私を見た。
「私も薄々気づいていたんですわ、最近体が重いなって。でも現実から目を背けていました…」
「そんなお姉様!お姉様は全然太って見えませんわ!」
「ううん。私脱いだらラ・フランスなの…」
「……!」
私と麻央ちゃんはお互いの手を握り合った。
見渡すと、カフェにいるカップル達の彼女は、小さなケーキをフォークで更に小さく小さく切り分けて食べるような、痩せてて可愛い子達ばかりだった。2個も3個も食べるような子はいない。
アリスの飼い主の甘い言葉に騙されて、気が付けば私、ハンプティダンプティに変身していました……。
家に帰ると浮かれ狸が「麗華!麗華の大好きなケーキを買ってきたから、お父様と一緒に食べよう!」と寄ってきたので、ギンッと睨んで部屋に戻った。
憎い…っ。この世のすべての男が憎いっ!嘘つき!嘘つき!嘘つき!
世の中の男はみんなぽっちゃりが好きなんて言っておきながら、最終的に選ぶのは痩せている女の子なんだ!本音と建前を奴らは使い分けているんだ!
よく食べる子が好きなんて言って本当によく食べたら内心で嗤っているんだ、きっとそうに違いない!
「ぬぉぉぉぉぉぉっっ!!!」
私はこの高ぶる負の感情のすべてを、ニードルフェルトにぶつけた。ザクザクザクザク!
エロイムエッサイム、エロイムエッサイム!
「うぉぉぉぉぉっ!!!」
私の雄叫びが吉祥院家に響き渡った。
すべての嘘つき男どもに呪いあれ!