125
円城から雪野君が退院して学院に登校したと聞いたので、さっそくプティに会いに行った。
「雪野君、退院おめでとう!」
「麗華お姉さん!」
私を天使の笑顔で出迎えてくれた雪野君は、前に会った時よりも少しやつれて痩せてしまったように見えた。まだ本調子じゃないんじゃないかな。学校に来て平気なのかな。
そんな私の心配をよそに、雪野君はソファから立ち上がって私の元に駆け寄ってきた。
「あぁっ!立たなくていいから座って雪野君!」
「え~、このくらい全然平気ですよ?」
「ダメダメ、退院したばっかりなんですから。ほら座って」
「はぁい」
雪野君が素直にソファに座ってくれたので、ホッとした。
「雪野君は病み上がりなんですから、ムリしてはいけませんわ」
「ムリなんてしてないですよ?もう大丈夫です」
「でも…」
「本当に平気ですってば。麗華お姉さん、心配してくれてありがとう」
うっ…。ニコッと可愛い笑顔でそこまで言われたら、もうこれ以上はなにも言えない。でも本当にムリしないでね?
私の隣で、雪野君は温かい紅茶をおいしそうに飲んだ。
「そうだ!お見舞いの本、ありがとうございました。凄く面白かったです」
「そお?良かったですわ。雪野君のお兄様から雪野君が退屈しているって聞いて、なにか退屈しのぎになる物をと考えましたの」
「うん、面白くって2回も読み返しちゃった」
「気に入ってくれたなら嬉しいですわ。…入院生活は大変でした?」
「ううん。いつものことだから」
「いつもって…、今まで何回入院したことがあるの?」
「え~、覚えてないなぁ…、何回だろう?」
えっ!覚えていないほど入院しているの?!
「小さい頃から大きな発作のたびに入院しているんです。でも同い年くらいの子達がたくさんいて楽しいですよ?クリスマスには先生がサンタの格好をして、みんなでクリスマス会をするんです」
「えっ!クリスマスにも入院してたの?!」
「はい、一度だけですけど」
そんな!子供にとってクリスマスとは一大イベントのはずなのに!
楽しいクリスマスを、家族と離れて病院で過ごさないといけないなんて…。雪野君のようなまだ小さい子供がそんなつらい思いをしてきているのに、私ときたら暢気にたいした苦労もせず今まで生きてきちゃって、なんだか罪悪感……。
「麗華お姉さん、そんな顔しないで。それに入院してても家族も面会に来てくれて、プレゼントをたくさんもらいました。あと去年は元気だったからちゃんと家でお祝いできましたよ?」
「そうなの。じゃあ去年は家族全員で楽しいクリスマスを過ごせたのね?」
「はい。あ、でも兄様はいませんでした」
「まぁ!せっかく雪野君がいるクリスマスなのに!」
円城のヤツ、可愛い弟を放っておいてなにをやっているんだ。きっとモテる男はクリスマスはデートなんだ。取り巻きの女の子達を侍らせてハーレムワールドなんだ。なんてヤツだ。許せん。私は毎年しけたクリスマスなのに。
「兄様は雅哉兄様と日本海に行っていました。お土産に蟹を買ってきてくれましたよ。吹雪で海が暗くて荒れていたって言ってました」
「……」
……あらぬ誤解をしてごめん、円城。あんた、去年は私以上にしけたクリスマスを過ごしてたんだね…。男二人で吹雪の日本海で迎えるクリスマス。しかもその相方は失恋で再起不能状態。涙なしでは語れないね……。
「でも私、雪野君が入退院を繰り返すほど、悪かったとは思ってもみませんでしたわ…。治療って大変?」
「吸入と点滴くらいだから平気ですよ」
「点滴するんだ…」
健康が取り柄の私は、点滴なんてしたこともない。腕にずっと針を刺しっぱなしって怖すぎる…。そもそも私は昔から注射が怖いんだ…。
「今回はもう腕の血管は使えなかったから、手の甲に刺されちゃいました。ほら」
「えっ、手の甲?!」
そう言って見せてくれた雪野君の手の甲には、赤い痕がポツポツあった。点滴を手に刺すなんてあるんだ?!見てるだけで痛いっ!
「手はそれほど痛くないですよ。足の甲は痛かったなぁ。あれはもうヤだ」
「足?!」
足の甲なんて肉がほとんどない場所じゃないか。うおおおっっ!痛いっ!
もうなんで天使みたいに可愛い雪野君が、そんなつらい目に合わなきゃいけないの!
「雪野君、私に出来ることがあればなんでも言ってね!」
「ありがとう!麗華お姉さん」
本当だよ?私じゃ力になれないかもしれないけど、頑張ってる雪野君のためならなんでもするよ?
その後、雪野君が動物が好きだけど喘息だから飼えないという話をしたので、梅若君から送られてくる何枚ものベアたん画像を見せてあげたら、可愛いと大喜びしてくれた。確かにベアたんは飼い主が手塩にかけてお世話しているだけあって、毛並も艶々で可愛いよね。飼い主はアレだけど…。
猫も好きだっていうから、今度市之倉さんにアリスの画像を送ってもらおうかな。
手芸部には今年、南君という手芸の得意な男子の新入部員が入ってきた。南君は刺繍の腕前が特に見事で、今年の学園祭のウエディングドレス制作では素晴らしい戦力になると期待されている。
そんな南君が部室に続く廊下で今、同級生らしき男子達にからかわれていた。
「南、男のくせに手芸部入ってるんだろ?」
「お前おかまかよ」
「編み物とかやっちゃってんの?超ダセー!」
おとなしい南君は、げらげら笑われながらもじっと耐えていた。あ、小突かれた。
「おい南、なに作ってんのか見せてみろよ!」
「やめろよ!」
南君がカバンを引っ張られて取り上げられそうになった。これはいけない。
「貴方達、なにをしているの?」
私が声をかけると、男子達が一斉にこちらを振り返った。
「誰だよ」
「バカ!2年の吉祥院麗華、さんだ!ピヴォワーヌの!」
「えっピヴォワーヌ?!」
「南君は私の手芸部の後輩ですけど、なにかご用かしら?」
私がピヴォワーヌのバッチを光らせながら近づくと、南君をからかっていた男子達が怯んで、南君から離れた。
「えっと…」
「いや、俺達は別に…」
男子達はお互い顔を見合わせている。
「さきほど手芸部をバカにするような発言が聞こえましたけど、気のせいかしら?」
「えっ!」
全員の顔が引き攣った。
「いえ、僕達そんなつもりでは…。なあ?」
「うん」
「はい…」
「そう?南君は私の部活動の大事な後輩ですの。ですから南君に妙な真似をしたら、私が敵になると思ってね?」
私がにっこり微笑むと、南君をからかっていた男子達はとても良いお返事をして、走り去っていった。まぁ、廊下は走ってはいけませんよ?
「あの!吉祥院先輩、ありがとうございました!」
南君が私にガバッと頭を下げた。
「いいのよ。後輩を守るのは手芸部の先輩として当然のことですもの。またなにかあったら、いつでもおっしゃってね。さ、手芸部に参りましょう」
「はいっ!」
南君が大きく頷いた。
あんなバカ共のせいで、貴重な戦力に逃げられてたまるか。私は刺繍が出来ないんだ。
南君は両手にカバンを抱え、私の後ろを小走りで追ってきた。
次の日、南君は璃々奈に「麗華さんの後輩ならしょうがないから私が守ってあげるわよ」と宣言されたそうだ。
南君、これでもう1年生の間では無敵だね?