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謙虚、堅実をモットーに生きております! 作者:ひよこのケーキ
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 朝、私は早起きして1時間以上も前に登校した。

 人気のない廊下を歩いて、若葉ちゃんのクラスを覗く。よし、誰もいないな。

 私は事前に調べておいた若葉ちゃんの机に、そっと手紙を忍ばせた。そして見つからないうちにダッシュ!

 誰もいない自分の教室に戻ると、やり遂げた感が湧き上がった。任務完了だ。

 あの手紙には瑞鸞で生活する上での注意事項が書いてある。サロンでも話題になっていた学院外を制服で全力疾走しないとか、廊下もなるべく走らないとか、制服を着て電車で熟睡しないとか。それ以外にも長靴NG、合羽NG、扇子はいいけど団扇はNG,イヤーマフNGとか、思いつく限り書いた。さすがに合羽を着て登校する女子学生なんて都会にいないだろうと思いつつも、いや長靴を履いてきた若葉ちゃんなら傘も差せない台風の時などにやりかねないと念のため書いておいた。

 ピヴォワーヌへの注意事項もしっかり書いた。むしろこれが一番重要だし。ピヴォワーヌ専用席には近づかない、メンバーが前から歩いてきたら道を開けて、特に上級生なら通り過ぎるのを会釈して待つといった基本から、食堂のメニューでの会長の好物を数点挙げ、これには手を出さないほうがいいといったプチ情報まで書いた。それから中、高等科のピヴォワーヌメンバーの名前を全員書いた。赤い小さな牡丹バッチだけじゃ、気づかない場合もあるかもしれないので。プティメンバーの名前は私も全員把握していないので無し。プティはサロンも別だから若葉ちゃんに影響もあまりないだろうしね。ただ初等科の子供だからと侮るべからず。中、高等科に兄妹がいる場合有りと付け足しておいた。特に1年生の円城雪野君には決して関わってはいけない、と。これは初等科における、最重要注意事項だ。

 ほかには比較的頼りになる先生の名前とか、逆に完全にピヴォワーヌ寄りの先生の名前を書いておいた。

 それから、瑞鸞の植物などを採取する場合や入り込んだ猫に餌をやったりする場合には、必ず周りに人がいないことを確認すること、と書いた。いきなり“山菜摘みする時には気をつけて!”なんて書いたらこの手紙の主が私だって特定されちゃうのでさりげなく。

 そう、この手紙はもちろん匿名だ。筆跡でバレないように封筒の宛名も手紙も直筆を避けた。指紋も付けないように手袋をしたほうがいいかなとも思ったけれど、いくらなんでもそこまでする必要はないかと考え直した。別に犯罪ではないし…。

 我が身が一番可愛い私としては、若葉ちゃんを直接庇ってあげることはできないから、こうして手紙でトラブル防止策を授けることくらいしか出来ない。すまぬ。

 最後に保険として、この手紙は誰にも見せないで下さいと書いておいた。頼むよ、若葉ちゃん。朝学校に来た途端、「この手紙なに~」とかやらないでね。



 1時間以上も前に来てしまったので、手紙を机に入れるという用が済んだらやることがなにもない。どうしよう…。

 窓から外を見ると、部活動の早朝練習をしている生徒達の姿があった。こんなに朝早くから登校している生徒もいるんだなぁ。

 このまま教室にいたら、もしも若葉ちゃんへの手紙を出した子探しをされた場合に、一番乗りで登校していた私だとバレてしまうので、ほかの生徒達が登校するまで、どこか別の場所に移動しようと思った。サロンでもいいけど、どうしようかな~。

 ふと、あまり行かない図書室に行こうと考えた。次の期末テストに向けた密かなる野望のために、今から勉強をするのだ。おお!なんという学生の鑑!

 図書室では数人の生徒がすでにいて驚いた。私以外に朝から図書室で勉強をしようと考える人間がいたとは!

 私ははじっこの席に座り今日の授業の予習を始めた。静かな図書室での勉強は誘惑の多い自室での勉強よりもはかどった。これはいいかもしれない。今度から図書室で勉強をしようかな。

 集中して勉強をしていたらあっという間に時間が過ぎて、生徒達もだいぶ登校してきた頃合いなので、私はカバンを持って教室に戻った。その際に若葉ちゃんの教室の前で若葉ちゃんの様子を偵察してみたけれど、若葉ちゃんは特に普段と変わりなく、「この手紙なに~」もやっていなかったので、ひとまずホッとした。

 1時間目の授業では早起きのせいで猛烈な睡魔に襲われた。私はそれに抗うことなく、頬杖をついて下を向き、教科書を読んでいるかの如く姿勢で熟睡した。

 この微動だにしない高度なテクニックで、私は授業中の居眠りがバレたことは今までに一度もない。




 その日の放課後はクラス委員の仕事で残ることになってしまった。プリントの集計が休み時間内に終わらなかったのだ。まぁ今日は手芸部もないから別にいいんだけどね。

 仕事をしながら委員長が声をひそめて、最近の美波留ちゃんとの恋の進展について語ってきた。


「なんだかね、近頃本田さんとよく話せるようになったんだよ。ほら野々瀬さんがうちのクラスにいるから、時々遊びに来てるでしょ。その時に野々瀬さんと一緒に話しかけてくれるんだ」

「まぁ、それは良かったですね」

「へへっ。最初はね、遠足の時に吉祥院さんの代わりに野々瀬さんがクラス委員の仕事をしてくれたでしょ。あの時に本田さんも手伝ってくれていろいろしゃべったんだ。それから仲良くなっちゃってね。ほら、本田さんと仲がいい男子がいるって話したでしょ。あれも別に好きな人ってわけじゃないみたい。うん、はっきりと聞いたわけじゃないんだけどね」

「ほぉ~」

「本田さんはまだ円城君に憧れているみたいだしね。でも恋愛感情とは別みたい。本田さんは、円城君は吉祥院さんとお似合いって言ってたし」

「はあっ?!なんですの、それ?!」


 聞き捨てならない言葉を聞いて、私は思わず大声を出した。


「えっ、いや、え~っと…。野々瀬さんは吉祥院さんは鏑木君とお似合いって言ってたけど、僕は中立って言っておいた」

「ちょっと!そこははっきりと否定しておいてくれないと!」


 なんてことだ。私の知らないところで、またおかしな話になってる!


「委員長は私の味方なのではありませんの!」

「うん、もちろん僕は吉祥院さんの味方になりたいと思ってるよ。今回、本田さんと仲良くなれたのも、吉祥院さんが遠足でゴールするのが遅かったおかげだし。さすがは恋愛の師匠だね!」

「どういたしまして。ってそんなことよりも、私と鏑木様や円城様との妙な噂を払拭してくれないと!」

「う~ん…」

「委員長!」

「いやぁ、だって結構この噂話って昔からだし根強いから、それを消すのって難しいんじゃないかなぁ」

「そうなの?!」


 なぜ?!私はほとんどあのふたりと仲良くした覚えはないのに!!

 私はショックで机に突っ伏した。

 そんな身に覚えのない勝手な噂でいらぬ敵を作りたくないし、あのふたりに知れて、私がふたりに気があるなんて思われるのはなにより悔しいっ!

 それに益々モテなくなったらどうするんだ…。


「あれ、吉祥院さん、ここだけ髪の巻きかたが反対だよ?」

「え?」


 私が机から顔を上げると、委員長が私の後ろ髪をちょこっと引っ張った。


「ほら、この一部分だけ違う」


 私は合わせ鏡で指摘された部分をチェックした。確かによく見ると後ろの髪の内側のほんの十数本だけが周りと反対の巻きだった。


「なにこれ!」


 この私の完璧な巻きに瑕疵を発見!


「でも内側だから全然気づかないよ。今も見つけたのは偶然だし」


 私の巻き髪はパーマもかかっているから、その時にうっかりそこだけ反対に巻いてしまったのだろうか…。

 やだ、見えない場所だけどパーマをかけ直してもらいに行こうかな…。今まで気づかなかったことだけど、知ってしまったからには気になってしょうがない。


「なんだか珍しいものを発見しちゃったから、いいことがありそう」


 私のもやもやをよそに、委員長が暢気なことを言った。

 私の頭は日光東照宮の逆さ柱じゃない!



 次の日、私が登校すると委員長がホクホク顔で近寄ってきた。


「今日、門の前で本田さんと偶然会って、教室まで授業のこととか話しながら来れたんだ。師匠のご利益かも!」

「へー…」


 私は朝から逆さ巻き髪がしっかり隠れているか、鏡で何度もチェックしたっていうのに。

 でもなんでこんな内側のほんの一部分だけが、逆さ巻きになっちゃってるのかなぁ。

 …もしかして、完璧な巻きはその瞬間から崩壊の始まりだから、わざと未完成にしたのか?!これは魔除けの巻き髪なのかもしれん!


「その反対の巻き髪って、四つ葉のクローバーみたいだよねぇ」

「……」


 さすがは乙女委員長、私とは発想が違う…。そうか、乙女的発想では東照宮ではなく四つ葉のクローバーか。


「今度、本田さんや野々瀬さん達と、試験が近くなったら一緒に勉強しようかって話も出たんだよ。僕、昨日その反対の巻き髪見つけてラッキーだったなぁ」

「良かったわね…」


 まぁ委員長が喜んでくれるなら私も嬉しいよ。好きな人と一緒にお勉強。乙女にはたまらない、胸キュンシチュエーションだよね。私も前世から憧れておりますよ。一度もそんな経験ないけどね。



 これは魔除けの巻き髪ではなく、幸運の巻き髪です。見つけた人は幸せになれますよ?


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