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市之倉さんとはすっかり食友になってしまった。とにかく食事の趣味が合う。ほぼ1週間に1度は一緒にごはんを食べている。この前は通勤通学前の早朝から築地にお寿司を食べに行ってしまった。いくら大好き!ただあの日はいつもより早めの朝食だったせいで、お昼前にはおなかが空いてしまってちょっとつらかった…。そんな市之倉さんとのお食事会の半分以上は麻央ちゃんも一緒だ。時々そこに悠理君も交じる。おかげで益々麻央ちゃんとは仲良しだし、悠里君もすっかり打ち解けてくれた気がする。
麻央ちゃんと悠理君は家同士が仲が良く、幼稚園も同じだったそうだ。なんとなく桜ちゃんと秋澤君を思い出した。ただあのふたりと違う点は、あちらは桜ちゃんが外堀を埋めてぐいぐい一方的に攻めているのに対して、こちらは悠理君と相思相愛の両思いカップルに見えるというところか。
「麻央、デザートは決まったの?」
「う~ん、どちらにしようか迷ってるの」
今もふたりは私の前でメニューを仲良く覗きこんでいる。
「どれで迷ってるの?」
「このシフォンケーキに果物のアイス添えか、ブルーベリーのチーズケーキタルト」
「だったら僕が片方頼むから、半分こしよう」
「うん!ありがとう悠理!」
ああ、ほのぼのするわぁ。可愛い彼女の食べたいものを、ふたりで半分こ。なんて微笑ましいんでしょう。
「麗華さんもデザートは決まった?」
隣の市之倉さんが声をかけてくれた。おっと、可愛いふたりに見惚れている場合じゃない。私もさっさと決めないと。
苺のタルトは凄くおいしそうだけど、最近の私はティラミスブームなのだ。あちこちのティラミスを食べ比べて、ランキングを決めている。
「どうしたの?」
「ティラミスか苺のタルトかで迷っているんです」
「なんだ。だったら両方食べればいいよ。麗華さんなら大丈夫!」
…ええ、そうですね。
しかしメイン料理も完食し、ここでさらにデザートをふたつも食べるというのは、さすがにいかがなものか。いや、本当は食べようと思えば食べられると思うけど、年頃の女の子としてどうなのよ。
それに可愛い麻央ちゃんと悠理くんの、麗華お姉様のイメージが壊れてしまうのも怖い。憧れのお姉様が大食いって、なにか違うと思うんだ。
「いえ、やはり苺のタルトだけにしておきますわ…」
私は苦渋の決断をした。
「せっかくだから食べればいいのに」
「いえ、苺のタルトだけで」
ティラミスよ、許せ。
私達は運ばれてきたデザートをおいしくいただいた。市之倉さんはコーヒーのみだ。
「ふふっ、このチーズケーキもおいしいっ。ありがとう、悠理」
「うん」
麻央ちゃんは悠理君と食べたかったデザートを分け合ってご満悦だ。甘いものを食べると笑顔になっちゃうよねー。
「あぁ、こんなに食べたら太っちゃう」
麻央ちゃんの言葉に私はドキッとした。
実は私も毎週のように市之倉さん達と食事に行っているからか、最近ちょっぴり肉付きが怪しくなってきている気がしているのだ…。
「なに言ってるんだ、麻央。子供がそんなこと気にしてダイエットなんてしたらダメだぞ。育ち盛りなんだからしっかり食べないと」
「だって、太りたくないもん。女の子ならみんなそう思いますよね、麗華お姉様?」
「えっ!そうね…」
「ほら!麗華お姉様もこう言ってるわ。晴斗兄様は痩せてるからわからないのよ」
確かに市之倉さんはあれだけ食べているのに痩せている。羨ましい限りだ。もしや、女子の憧れ、胃下垂の持ち主か?!
市之倉さんはため息をついた。
「なんのために痩せたいのかわからないけど、ガリガリに痩せているより、むしろちょっとふっくらしているほうが女の子は絶対に可愛いと思うよ。世の男はみんなそう思ってるよ」
「え~、そうかなぁ…」
え~、そうかなぁ。
「悠理君もそう思うよね?」
「本当?悠理!」
「あ…僕は…麻央は今のままでいいと思う…」
悠理君は麻央ちゃんの真剣な眼差しに気圧されて若干引きつつも、模範的な答えを導き出した。
そんな悠理君の言葉に麻央ちゃんはすっかりご機嫌になってシフォンケーキを食べるのを再開した。
「麗華さんも、無理なダイエットなんてしちゃダメだよ。それでなくても麗華さんは痩せているんだから」
えっ、私痩せてる?!なんだじゃあ、このおなか周りは気のせいかな…。
「そういえば、雪野君に麗華お姉様と一緒にお食事に行ってるって話をしたら、楽しそうでいいなって言ってましたわ」
「えっ、雪野君が?!」
「雪野君、この前麗華お姉様に教わった手芸に興味を持ったんですって。また教えてくださいって麗華お姉様に伝えて欲しいって言われました」
「まぁ…!」
もしかしたら私に天使な弟子が出来るかも?!あー、でもその天使の後ろには、関わりたくない腹黒兄貴がいるんだっけ…。どうしようかなぁ。
とりあえず今は目の前の苺のタルトを片付けましょう。
お店を出て4人で歩いていると、前を歩く市之倉さんの肩にキラッと光るものがあった。それを手に取ってみると、銀色の毛…?
「どうかした?」
「いえ、市之倉様の肩にこれが付いていたものですから」
「なに?あぁそれ、もしかしたらうちの猫の毛かな」
「猫?市之倉様の家では猫を飼ってらっしゃるのですか?」
「うん」
「ちなみに猫の種類は?」
「ヒマラヤンだよ。名前はアリスっていうんだ」
「ヒマラヤン…」
……長毛種だな。
私はどこぞの誰かを思い出した…。
「麗華様、麗華様」と、麻央ちゃんが小声で私の袖を引っ張った。
「晴斗兄様の家の猫は、ちょっとおでぶさんなんですよ」
私に内緒話をするようにそう言って、麻央ちゃんは手で口を隠して笑った。
「麻央、聞こえてるよ」
市之倉さんは振り返ると、冗談めかして麻央ちゃんを睨んだ。
「ふふふっ、だって本当のことだも~ん」
「アリスはでぶじゃない。毛が長いから太って見えるだけなの」
麻央ちゃんは私に向かって、絶対に違うとばかりに首を横に振った。だがしかし、私にはそれよりも、市之倉さんがどれくらい飼い猫を愛しているかのほうが気になる。今の私は犬バカだけで手いっぱいなのだ。
幸いなことに市之倉さんのアリスちゃん愛は極々普通の飼い主レベルであった。良かった…。市之倉さんから“私アリス、仲良くしてね!今日はハルたんとおねむなの”なんてメールがきたら、さすがに受け止めきれないと思うから。
若葉ちゃんの敵は鏑木、円城ファンの女子生徒だけではない。男子の一部、特に若葉ちゃんと同じく高等科から入学してきた外部生の男子が、成績優秀な若葉ちゃんに嫉妬して目の敵にしているらしい。優秀だとそれを妬む人間も増えて大変だな…。
でも多垣君の言っていた通り、若葉ちゃんには女子の友達もいるようだから大丈夫そうだな。時々悪口を言われたりしているけど、毎日元気に学院に通ってきているし、このまま平穏無事に毎日が過ぎればいいな。
──などと考えていた私が甘かった。
ある日、ピヴォワーヌ会長が3年の取り巻きを引き連れて2年の階にやってきた。