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麻央ちゃんの私に対する才色兼備なお姉様像を壊さないためにも、今日も私は真面目に塾に通って勉強する。
次は目指せ25位だ。小さなことからコツコツと。そしていつかはあの栄光の…。
大いなる野望を胸に問題集を開いていると、梅若君達がやってきた。
「ねぇ吉祥院さん、さっき聞いたんだけど、あのドア側の前から2番目に座ってる男、瑞鸞生なんだって。知り合い?」
「えっ」
瑞鸞生が同じ塾の同じ講座に通っているなんて初耳だ。目を凝らして見てみるけど、見覚えがない。
「さぁ…。たぶん同じクラスにはなったことはないと思いますけど…」
「なんだかあっちは吉祥院さんのことを知ってるみたいだよ?」
「そうですか」
「ここには今年から通い始めたんだってさ。同じ学校なら話しかけてみたら?」
「そうですねぇ」
瑞鸞生だと聞いてしまったからには、一応あとで挨拶だけでもしておくべきかな。
先生が来て授業が始まってしまったので、休憩時間にでも声をかけてみることにした。
休憩時間に瑞鸞生だという男子の元に行くと、私の顔を見てあきらかに怯えた顔をされた。え、なんで。
「瑞鸞の生徒だと伺ったんですけど、そうなんですか?」
「あっ、はいっ…」
ちょっと地味で真面目そうな男子の名前は
「私は吉祥院麗華と言いますのよ。よろしくお願いしますね」
「はいっ、もちろん知ってます…」
多垣君は妙におどおどしている。そんなに怖がらなくてもいいのに。
「多垣君は瑞鸞では何組ですか?どなたと同じクラスなのかしら」
「えっと…僕は円城さんとかと同じクラスで…」
「円城様?」
円城と同じクラスということは、若葉ちゃんとも同じクラスということじゃないか。
「では高道さんとも一緒ね。高道さんとは親しいの?」
「えっ!いや、特には…」
「そう。高道さんってクラスではどんな感じ?お友達はいらっしゃるの?」
「あ…一応いるみたいですけど…」
友達はちゃんといるんだ。良かった、完全孤立じゃなくて。別に学院中から嫌われているわけじゃないもんね。あくまでも一部だし。ただその一部が厄介なんだけどさ。
聞けば多垣君はひとりでこの塾に通っているそうなので、なにかわからないことがあったら遠慮なく聞いてねと言って、私は自分の席に戻った。
「瑞鸞生だったでしょ?どうだった?」
「ええ。でもクラスも違うのでほぼ初対面でしたわ。あちらは私のことをご存じのようでしたけど」
「なに吉祥院さんって学校で有名人なの?」
「吉祥院さん、目立つもんねー」
「そんなことはないですけど、私は初等科から瑞鸞なので、外部生より名前が浸透しているのでしょう」
なんとなく多垣君の背中を見ていたら、視線に気づいたのか本人が振り向いて、目が合った途端すぐに逸らされた。う~ん、多垣君の中で私はいったいどんなイメージなんだ…。
「あれ?吉祥院さん、もしかしてビビられてる?」
ほっといてくれ。
帰るとベアたんから“ガンバ!私は麗華たんの友達だよ!あなたの心の友、ベアトリーチェより”というメールが届いていた。ありがとう、ベアたん…。
雲ひとつない爽やかな朝、登校すると玄関でばったり円城に出会ってしまった。
「おはよう、吉祥院さん」
「おはようございます、円城様」
そしてなぜかそのまま一緒に教室までの道のりを歩くはめになった。すれ違う女子生徒達は、円城に見惚れてポーッとなっている。妬ましい…。私はなにもしていないのに、ほぼ初対面の男子に怯えられ目を逸らされたっていうのに…。
「どうかした?吉祥院さん」
「いえなにも」
そお?と円城が眩い笑顔を向けてきた。後ろでそれを見ていた女子達から、きゃあ!という声が上がった。
「今朝は鏑木様とご一緒ではありませんの?」
「別に雅哉と僕は一緒に登校してるわけじゃないから。えっなに、もしかして吉祥院さん、僕達が毎日仲良く同じ車で登校してるとでも思ってた?高校生の男達がそれをやってたら、なかなか不気味でしょ。ただ来る時間帯が同じだからかち合うことはよくあるけど」
「あら、そうだったんですか?」
でも一緒の車で登下校している姿を何度か見かけたぞ。
私の顔から考えていることを察したのか、円城は「そういえば確かに一時期、朝迎えに行ってた時があったね」と言った。
「あの時は雅哉から目が離せなかった時期だったからねぇ。そうそう、あの時は吉祥院さんにもお世話になっちゃって」
円城がにっこりと笑った。
…あの時か。
「吉祥院さんの捨て身の励ましで雅哉もなんとか元気になったよ。あの時はどうもありがとう」
「どういたしまして…」
捨て身の励ましってなんだよ。嫌味ったらしい。勝手にひとを失恋女に仕立てたのはそっちだ!
「弟もお世話になっているみたいだね。この前吉祥院さんに習ったとかいうマスコットを持って帰ってきたよ」
「あぁ雪うさぎですね!」
雪野君。こんな腹黒い兄とは似ても似つかない真っ白な天使ちゃん。どうか円城から悪影響を受けずに、このまままっすぐに育っておくれ。
「ニードルフェルトっていうんだってね。吉祥院さんにそんな趣味があったとは知らなかったよ。弟も楽しかったと喜んでた」
「そうですか。雪野君に喜んでもらえたら、私も嬉しいですわ」
私は雪野君の無垢な笑顔を思い出して、思わず口角があがってしまった。
「あの雪うさぎは円城様との思い出の品だそうですね。鏑木様とふたりで雪だるまを作ってもらった話も聞かせてもらいましたわ。円城様は雪野君をとても可愛がっていらっしゃるのですね」
「まぁ歳の離れた弟だからね。体も弱いし。吉祥院さんだってお兄さんにずいぶん可愛がられているそうじゃないか。噂で聞いているよ、吉祥院さんのブラコンぶりは。最近ではそれにファザコン疑惑なんて話も持ち上がってるけど」
狸!
「確かに兄とは昔から仲がいいですわね。ファザコン疑惑というのはいったいどこから出てきたのか、心当たりが全くありませんわ」
「へぇ、そうなんだ」
円城は面白そうに笑った。
女子達の注目の中、円城の教室の前あたりまで来た時に、あぁそうかと円城が呟いた。
「年の離れた兄君が大好きだから、吉祥院さんは年上の男性が好きなのかな?」
「えっ」
円城はにやりと笑って教室に入って行った。
……怖い。誰のことを言ってんだ。
爽やかな朝がすっかり台無しな気分で自分の教室に向かうと、なんだかワクワクした目をした野々瀬さんと美波留ちゃんがいた。
「やっぱり姫には侍従じゃダメだったのよ。姫には王子!」
「侍従、応援してたんだけどな」
「慰めてみる?」
なにか楽しい出来事があったようだ。
野々瀬さんと美波留ちゃんは委員長に話しかけに行っていた。委員長は美波留ちゃんと話せて嬉しそうだった。
私は円城と楽しそうになにを話していたのかと、興奮した流寧ちゃん達に囲まれた。