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普段のランチは芹香ちゃん達と食べているんだけれど、今日はピヴォワーヌの会長のお声掛かりで、メンバー全員での昼食になった。
「ピヴォワーヌの結束を強めるためにも、全員で食事もいいものよね?そもそもランチはピヴォワーヌ専用席で、メンバーと食べるのが一番良いと思うのよ」
会長はご機嫌だ。会長と同じくピヴォワーヌ至上主義のメンバー達もその言葉に頷いている。
私は出来れば友達と食べたいんだけどなぁ…。友達ぼっち村の村長にはなりなくないし。
しかし長いものには巻かれちゃう私は、どっちつかずの笑顔でお昼を食べた。鏑木と円城はランチはほぼ毎日専用席で食べているから、人数がいつもより増えようが我関せずで、ふたりでスポーツの話をしながら食べていた。
「やっぱり初等科から瑞鸞で育っている人達といるのは落ち着くわね。高等科ともなると、外部から瑞鸞の校風に馴染まない人もずいぶんと混じってきてしまうから」
「そうだね。瑞鸞の名前を汚すような真似だけはやめてもらいたいものだよ」
「今年の1年生はどう?」
「まだ入学して日が浅いので問題を起こす外部生はいません」
「そう。なにかあればピヴォワーヌの名の元に、しっかりと立場を教えて差し上げて」
「わかりました。僕達の瑞鸞で好き勝手なことはさせません」
「全く、瑞鸞に憧れるのは結構だけど、身の程を知らずに入学してきて苦労するのはご自分達なのにねぇ」
不穏…。
私は基本的にピヴォワーヌでは当たり障りなく笑ってお菓子を食べているだけだけど、ピヴォワーヌメンバーには選民意識の強い人が結構多い…。ピヴォワーヌのメンバーということに、並々ならぬプライドがあるのだ。
ゆえに生徒会ともぶつかっちゃうんだけど。
去年は友柄先輩が生徒会長だったから、上手いことバランスが取れていたんだけどなぁ…。
「ところで、2年生には問題行動を起こす外部生がいるけれど…」
きた。
「あぁ、高道とかいう女子生徒だろう」
「瑞鸞の制服に長靴を履いているのを見た時は、私はショックで目眩がしましたわ」
「あれは驚きましたね。常識がないにも程がある…」
「本当だな。よくも外で瑞鸞の恥を晒してくれたものだ。あれが瑞鸞生だと思われるなど許しがたいよ」
「この前も廊下で飛び跳ねていたり、とにかくガサツで見ているだけで腹立たしいわ」
「髪も時々はねていたりしない?身だしなみもきちんと出来ないのかしら」
「帰りも駅まで走っているのを見たことがあるぞ。瑞鸞の制服を着て道を走るなど、みっともなくて思わず車を降りて注意しようかと思ったよ」
「まぁ、そんなことが…。とにかくあまりにも瑞鸞に似つかわしくない子ですわね。だいたいあの成績だって実力かどうか…」
「鏑木様と円城様を抜くなんて…。ありえないのよ…」
本人達が近くにいるのでさすがにその部分は声を潜めたけれど、ピヴォワーヌは鏑木、円城に泥を塗ったと言わんばかりに怒っている。だったらどうしろと言うんだ。若葉ちゃんに成績落とせと?特待生にそんな無茶な。それよりも鏑木と円城に「もっとしっかり勉強して首位キープしろや!」って言えばいいのにね。なーんて、言えるわけがないのはわかってるんだけどね。でもそっちのほうがよっぽど建設的でしょ。
それと廊下を飛び跳ねてたってのは、障害物を跳び越えないと転ばされちゃうからだと思うよ。
長靴履いてたとか髪がはねてたとか道路を走ってたとか、ピヴォワーヌはお姑さんのようだ…。
「とにかく、あの子は要注意ね。特に2年生のメンバーは彼女に目を光らせてくださいな。麗華様」
「…えっ!」
気配を消していたはずなのに、突然名前を呼ばれてびっくりした。
「麗華様もよろしくお願いしますわね。目に余る輩は粛清なさって」
粛清…。
あまりに怖い単語に、私はひたすら笑ってごまかすしかなかった。
誰か助けてくれないかと探しても、食事を終えた讃良様は自分の世界に入って本を読んでいるし、同じグループの芙由子様は相変わらずおっとり微笑んでいるだけだし、元凶の一端を担っているはずの鏑木と円城は楽しく別の話をして聞いちゃいないし…。
やだよ、粛清なんて。カトリーヌ・ド・メディチじゃあるまいし。若葉ちゃんに毒手袋なんて渡せません…。私はあくまでもロココの女王です。あ、でもロココの女王の大好きなマカロンは、カトリーヌ・ド・メディチがフランスに持ち込んだんだっけ。ありがたや、ありがたや。帰りにマカロンを買って帰りましょう。
気疲れいっぱいのピヴォワーヌランチを終えて教室に戻る道すがら、誰かに押し付けられたのか、重そうな提出用ノートを両手に抱えてよたよた歩く若葉ちゃんがいた。
近くを歩いている子達も、気づいていながら誰も手伝ってあげないのか…。瑞鸞の紳士教育はどこへいった!
そこへ同志当て馬が走ってきて、横からノートを半分取り上げた。
「手伝うよ」
「え、でも違うクラスだし」
「いいから。これ職員室?」
「いえ、準備室のほうで…」
「わかった」
同志当て馬はそう言うと、若葉ちゃんを置いてさっさと歩きだした。若葉ちゃんはその後を慌てて追いかけていた。
おおっ!同志当て馬はしっかりと、当て馬たる自分の仕事を全うしているようだ。偉いぞ、同志当て馬。さすがは正義の当て馬だ。
しかしそれを見ていた女子生徒が、「なにあれ、男子に媚びちゃって」と憎々しげに言っていた…。
若葉ちゃん、あと約2年、大丈夫かなぁ。
なんだか殺伐とした心持になってしまったので、放課後に癒しを求めてプティに行った。
麻央ちゃんに勉強を教える約束をしているのだ。小2の勉強なんてさすがに楽勝よ。プティに行くと、麻央ちゃんと悠理君が笑顔で歓迎してくれる。可愛い。嬉しい。
麻央ちゃん達と宿題だという算数をやる。ふたりが問題を解いている間に、私はカバンからニードルフェルトの材料を出してチクチク刺していた。
「それ、なにをやっているんですか?」
振り向くと、天使な雪野君が興味深そうに私の手元を見ていた。
「これはニードルフェルトといって、こうして専用の針で刺して形を作っていくものなのですわ」
「へぇ、面白そう…」
雪野君がずいぶん興味を持ってくれたので、試しにやってみる?とフェルトと針を渡してみたら、天使ちゃんは輝く笑顔で頷いた。
雪野君は私の隣に座ると、さっそくフェルトをチクチク刺し始めた。
「最初は丸を作ってみてくださいね」
「はい」
手先が器用なのか、雪野君は少し教えるとどんどん上手に作れるようになった。実は男の子のほうが凝り性だから、手芸に向いているのかしら。そういえば今年は手芸部に男子の新入部員が1人入ってきたし。あの男子の新入部員は確実に私より手芸のレベルは上だ。
「出来た!」
雪野君が作ったのは、白い楕半円に緑の耳と赤い目の物体。…うさぎ?
「これは、うさぎさんかしら?」
「そうです。雪うさぎ。僕は小さい頃から体が弱いから、雪が降ってもあんまり外で遊べないんだけど、そうすると兄様が寝込んでいる僕に雪うさぎを作って持ってきてくれるんです」
「まぁ」
あの腹黒円城が、そんな可愛いことを!
「僕の部屋の窓から見える場所に、兄様とお友達の雅哉兄様が大きな雪だるまを作ってくれるんですよ。雪だるまは赤いバケツを被っていないとダメだって言って、雅哉兄様がわざわざ小さな赤いバケツを買ってきて被せてました」
雅哉兄様って鏑木か!鏑木、雪だるまにもこだわり有りか…。
「雪野君はお兄様と仲がよろしいのね?」
「はい」
雪野君ははにかんだように笑って、「この雪うさぎ、もらってもいいですか?兄に僕が作ったんだって見せたいんです」と言った。可愛いっ!
なんだかちょっとだけ円城と鏑木を見直してしまった…。