米国東部ボストンの近郊にあるマサチューセッツ工科大学。全米屈指の名門校で理系のトップとされる 高校から米欧の名門大学に直接進学する生徒が増えている。副島智大さん(22)は、東京大学に合格しながら、米国の理系トップ大学、マサチューセッツ工科大(MIT)に進学した。優秀な成績を修め、現在はドイツの研究機関で研修中。ただ、海外の名門大の授業料は高額で、日本側のサポート体制もまだ不十分だ。副島さんに進学理由などを聞くとともに、グローバル人材育成の現状と課題を探った。
■東大に半年足らずでMITへ
――最初に米国での大学進学を志望したきっかけは何ですか。
「立教大学の付属高校に通っていて、2年、3年のときに、世界各国の高校生代表が参加する『国際化学オリンピック』に出場しました。そこでタイやシンガポールの学生と友人になり、フェイスブックでやり取りするうちに、イエール大学やMITへの進学を計画しているのを知り、自分にもそうした進路があると思いました」
――現在は国内に米進学専門の塾もあります。
「ベネッセなどで専門コースがありますが自分は利用しませんでした。13年春にMITと東大理科一類に合格し、8月中旬のオリエンテーションで渡米するまで東大に通いながら、予防接種や留学資金の確保など渡米の準備をしました。9月にMITに入学しました」
「周囲からは『日本では、東大の方が知られているから』という意見もありましたが、新しい世界を知りたいと思い、MITへの進学を決めました。入学当初は専攻を決めず、1年後に化学、2年後に物理学の専攻を決めました」
――大学生活はどんな様子でしたか。
マサチューセッツ工科大学のシンボル、通称「グレートドーム」 「授業は1週間に6時間半程度の授業を4コマ。日本の大学と違うのは宿題というか、課題が多いことです。成績も課題が3割、中間テスト3割、期末テスト4割で評価される。1つの課題をこなすのに5~6時間かかります」
「それでも寮同士のサッカー試合などサークル活動に参加する余裕はあります。自分は『ギルバート・アンド・サリバン』の古典的なミュージカルに、ややなまりのある英語で出演しました(笑)。英語の授業は心配したほど大変ではありませんでした。化学や物理学の専門用語は聞き取れます。しかし、文系的な長文や微妙な発音はやはり苦労します」
■日本人は2人だが、中国人は20人
「私が入学したとき、新入生の日本人は自分を含め2人でした。中国からは20人くらいでしょうか。寮生活は約50人で人生論や政治論まで語り合えて刺激的でした。印象的だったのは2016年の大統領選挙でトランプ支持が米国の白人学生2人だけだったこと。みんなで開票結果を見ているとだんだんお通夜のようにシーンと空気が沈んでいきました」
――東大など日本の国公立大学の授業料は年間54万円弱ですが、米国の名門大学は高額です。資金面で苦労しませんでしたか。
「MITの授業料は年間約4万6000ドル(約520万円)、生活費や寮費を含めると年間6万ドルでも足りないのが実感です。当時の日本では大学院への奨学金制度はたくさんありましたが、学部進学を対象にした制度は充実していませんでした」
東大に合格しながら、MITに進学した副島智大さん 「米国では日本人も対象にした奨学金制度は、あまりありません。MITでも、(学生の家庭の所得に連動して授業料が決まる)ニードブラインドと呼ぶ制度がありますが、複雑です。1年目の13年は両親の援助を受けましたが、ちょうどアベノミクスで円安に大きく振れた時期に当たり、正直大変でした」
■美術収集家の授業料支援で一息
――授業料は東大の約10倍、生活費を含めるとかなり経済的な負担が重いですね。
「2年目に米国在住で美術収集家のミヨコ・デイヴィーさんから授業料などの支援をうけられることになりました。これで一息付きました。デイヴィーさんは、個人的に日本人留学生の応援をされていて、現在も何人か資金援助しています。化学研究室のバイトも始めました。物質合成の実験やデータ収集、分析などで1時間約10ドル。週20時間くらいをバイトに充てました」
――副島さんは、全米で最優秀の学生を選ぶとされるクラブ「ファイ・ベータ・カッパ」のメンバーにもなり、現在はドイツのマックス・プランク物理学研究所でインターン研修を受けています。このクラブには米国の政治・経済界の大物がメンバーに多いといわれますが。
「米国には大学や州ごとに優秀な学生を顕彰するオーナーソサエティー制度があります。ファイ・ベータ・カッパは全米的な友愛会で、MITにもチャッターという特定の審議委員がいて、学生を選出します。成績優秀で卒業しましたという証しにはなりますね。終身会員制度なので、ビジネス面で人脈づくりに役立つという話はよく聞きます」
――MITと日本の大学、進学した場合の違いをどうみますか。
「やはり米国の方が世界から優秀な研究者が集まってきており、刺激を受けます。関心のある分野の最新の動きに触れていけます。日本の大学にいるより自分の世界が広がると感じます」
「学生への許容範囲も違います。日本では大学1年生が大学院の講義を受講しても単位にはなりません。ほかの学部に移る際もカリキュラムの組み方などが、日本の場合は複雑になります。米国は最終的に単位を取得していればOKだからスムーズに転部できます」
「教授のレベルは専攻ごとに米国の方が優れている場合もあれば、日本の方が進んでいることもあるでしょう。ただ学生の幅は大きく違うように思います。米国は(1)試験の成績(2)研究発表で優秀さを証明する(3)一芸に秀でている――といった複数の基準で入学します。学生のスキルセットが違ってきます」
――自分のキャリアの将来像をどう描いていますか。
「MITの寮では『何のために研究するのか』『知識とは何か』という議論をしました。自分の場合は、大きいか小さいかは別として『世界を変えよう』という研究をしたいと思っています」
■将来は研究者かグーグル、IBM
「ドイツで1年間、インターン研修をした後は米国に戻って大学院に入りますが、MIT以外のところを選びます。米国の大学には、同じ所にとどまるより、新しい環境で経験を積んだ方がよいという考えがあります」
「将来は、(国内外の)大学や国立研究機関で研究生活を送ることを考えています。企業に就職するなら、量子コンピューターに興味を持っているのでグーグルやIBMなどに関心がありますね」
――帰国の計画はありますか。
「体力のある企業が、世界を変えるために長期的に多くの研究資金を提供するケースがあれば、考えます。就職は、まだだいぶ先になるのでその時の米国や日本の状況にもよりますが」
――これから米国の大学に進学する学生のために必要なことは何でしょうか。
「この4年間で(孫正義社長が率いる)ソフトバンクグループや(柳井正会長兼社長の)ファーストリテイリングの関係財団が学部入学の奨学金を始めるなど変わってきている面もあります。しかし進学前後の支援や情報は、まだまだ少ない」
「中国の一部の高校では、優秀な学生を国内受験向け、海外受験向けに振り分けて教育すると聞きました。日本でも、多くの情報が得られるようになれば、もっと多くの留学生をスムーズに送ることができるようになると思います」
東京大学は世界大学ランキングで評価が下がっている ■憧れの米留学時代は終わった
米国留学の支援などを行うNCN米国大学機構の堀誠人理事長は、「米国に憧れて『最初に留学ありき』の時代は終わった。現在の高校生ははっきりした将来の計画を持って留学している」と言い切る。
毎年、海外トップ大への合格者を出しているベネッセの進学指導塾「Route H(ルートエイチ)」。これまでにMIT、ハーバードなど名門5大学に合計25人の日本人高校生を送り込んだという。東大と海外トップ大の両方の合格者は17人いる。ベネッセの大学・社会人事業本部の藤井雅徳本部長は「東大を選んだ学生はゼロ。もともと日本での就職で有利になると考えて海外を志向する学生はいない」という。
東大の世界的評価は下がっている。英教育専門誌タイムズ・ハイヤー・エデュケーション(THE)の2017年の「世界大学ランキング」によると、東大が順位は16年の39位から46位になり、過去最低となった。東大など国内有名大より海外の名門大へという志向は年々高まっている。
高校でも、渋谷教育学園幕張高校や同渋谷高校など海外の名門大進学に積極的な学校が増えている。公立高校でも、都立国際高校は「国際バカロレア」の専門コースを設け、今年から海外大の受験に挑んでいる。
奨学金制度も孫氏や柳井氏らが若手人材育成の財団を設立して新たな流れが生まれつつある。しかし、米国大学機構の堀理事長は「米国の大学支援の状況に比べるとまだまだ力不足」という。海外の大学に挑戦するための資金面などの支援体制をさらに充実させる必要がありそうだ。
(松本治人)
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