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「最近、2年生に調子に乗っている子がいるようね」
と、ピヴォワーヌ会長が言った。
若葉ちゃんの中間テスト1位で、一部の生徒達の目が若葉ちゃんに対し、はっきりと厳しくなった。
私からすれば、実力で1位になったんだからしょうがないだろうと思うのだけど。それに私だって出来ることなら1位になってみたい。いいなぁ、1位…。ううん、せめてベスト5…、いや10位以内でもいい。もしそんなことになっちゃったら、喜びのあまりベリーダンス踊っちゃうよ。
ただ1年の時からそうだったけど、外部生の若葉ちゃんが、生粋瑞鸞生の栄光の象徴ともいえる、鏑木、円城の輝かしい首位の座を脅かすのが我慢ならない人達がいるのだ。ほかにも成績のいい外部生もたくさんいるのに、若葉ちゃんが槍玉にあげられてるのは、そのいかにも庶民といった見た目のせいもあるんだろうな。時々口をぽかんと開けている間抜けな顔からはとても秀才には見えないので、「あんな子がなんで」「カンニングじゃないのか?」などと陰口まで叩かれている。
それに加えて、円城や鏑木から声を掛けられていたのがまずかった。円城だけならともかく、あの女子生徒とほとんどしゃべらない皇帝に話しかけられたというので、いらぬ嫉妬まで買ってしまった。
私のグループの子達も若葉ちゃんに良い感情を持っていないようだ。「麗華様、頑張って!」とよくわからない激励までされた。私がいったいなにを頑張るのでしょうか?それに、私は今回の中間テストでちゃんと頑張ったんですけど、まだみなさんお気づきでない?
高道、鏑木、円城のトップ3争いの陰にはもうひとつ、29位、吉祥院麗華という物語があったことを、誰も気づいてくれないまま、順位表は剥がされた…。
あんなに頑張ったのに、誰も褒めてくれない。誰も気づいてくれない。哀しい…。
だから私は自作自演をすることにした。
お兄様が仕事から帰ってくる頃を見計らって、リビングのテーブルに中間テストの成績表をさりげな~く出しておいた。それだけを出しておくのはいかにも見て欲しいとアピールしているみたいなので、ほかにも筆記用具や教科書やプリントなども一緒に散らばして、学校のカバンの中から探し物をしていたらついうっかり成績表も出しちゃってました風を装う。
あれ、おかしいなお兄様、まだ来ないの?
しょうがないからもう一度カバンの中に筆記用具をしまう。また出す。…来ない。またしまう。また出す。
何度か繰り返しているうちに、やっとお兄様がリビングに現れた。
「おかえりなさいお兄様!」
「ただいま。どうしたの麗華、テーブルにお店広げちゃって」
「ちょっと探し物をしていて…」
私は特になにも入っていないカバンをごそごそ漁る。お兄様、そこに妹の成績表がありますよ!
私は時間稼ぎにペンケースの中身をひとつひとつ取り出した。
お兄様!目の前!目の前!
「ん?これ、麗華のテストの成績表?」
お兄様がやっと気が付いて、成績表を手に取った。
「やだぁ~、お兄様!恥ずかしいから見ないで~」
あっ、カバンが邪魔でお兄様が成績表を開くのを阻止できないわ。こまるぅ~。
「へえっ!麗華、今回のテスト29位じゃないか。凄い、よく頑張ったね!」
「え~っ、そんなこともないけどぉ~」
「29位だと高等科では名前が貼り出されただろう。凄い凄い。これは頑張ったご褒美になにかプレゼントしないといけないかな」
「えぇっ、29位なんてたいしたことないからいいのに~」
「そんなことないよ。麗華の努力の賜物だよ」
そう言ってお兄様が優しく笑いながら私の頭を撫でてくれた。
お兄様~っ!!
今回のテスト、私本当によく頑張ったんだよ。誰も気づいてくれなかったけどさぁ。
…はぁ、やっと私、報われた。
市之倉さんにテスト終了祝いのお食事に連れて行ってもらった。今回は麻央ちゃんは欠席だ。料理は市之倉さんお薦めのイタリアン。イタリアンといっても気取ったリストランテではなくトラットリアだった。
お店に入った瞬間に、炒めたニンニクの匂いがしておなかが空いた。
パスタは私はボロネーゼで市之倉さんがペスカトーレをチョイス。ピザはマルゲリータ。
「ブルスケッタも食べるでしょ」
「そうですね」
「ほかにはサラダかな。麗華さん、サラダはなにが好き?」
「私はカプレーゼが好きですわ」
「じゃあそれにしよう。あ、でもそしたらトマト尽くしになっちゃうな。僕パスタを変更するよ。なににしようかなぁ…」
最初、市之倉さんと食事をする時は小食キャラを守るべきか悩んだけれど、釜飯の時点ですっかり化けの皮が剥がれてしまったので、今では遠慮なくガンガン食べている。
市之倉さんもよく食べる人なので一緒に食事をするのは楽しい。
テーブルには次々に料理の皿が並べられ、ちょっとした大食い選手権気分だ。さぁ!じゃんじゃん持ってきて!
ボロネーゼおいしーい!この平べったいパスタが最高だね!マルゲリータもチーズが伸び~る!イタリアンのトマト料理はどうしてこんなにおいしいのかな?それにトマトには脂肪燃焼効果もあるんだって。食べても太らない食物なんて素敵すぎるね!
さすがにこれだけ食べるとおなかいっぱいだ。デザートはティラミスでお願いします。
市之倉さんに中間テストの結果はどうだったか聞かれたので、そこそこだったと謙遜しておいた。
「麻央の話だと、麗華さんはずいぶん優秀らしいよね?」
「そんなことありませんわ。麻央ちゃんたら買い被りすぎなんですもの」
「今度麻央に勉強教えてあげて」
んふふ、まかせてください。この中間テスト29位の私には、初等科の勉強など楽勝ですわ。
帰りに市之倉さんがお土産にスイーツを買って、今日来られなかった麻央ちゃんに届けるというので、そのぶんだけは私に支払わせてもらえるよう頼んだ。毎回ご馳走になっているから、せめてこれくらいは出させて欲しい。私、相当食べてるしね…。
固辞する市之倉さんを押し切って私が支払いをする時に、レジの近くにアマレッティが置いてあるのを発見したので、自分用のお土産にそれも買う。明日食~べよう。
「スイーツ、ありがとう。麻央に麗華さんからだよって渡すね」
「こちらこそ、いつもご馳走していだたいてありがとうございます。今日もとってもおいしかったですわ。特にカプレーゼは私が今まで食べた中でも3本の指に入りますわね」
「そう?気に入ってもらえて良かった。あの店はトマトにこだわりがあるんだ」
「道理でおいしいはずですわね。でもチーズもおいしかったです」
「チーズかぁ。なら今度はリゾットの専門店に行かない?ブルーチーズのリゾットがお薦めなんだ」
「リゾットですか!私大好きですわ」
「じゃあ決まりだね」
市之倉さんとの楽しいお食事から帰ると、お兄様が旅雑誌を読んでいた。どこか行くのかな?
自分の部屋に戻って、お土産のアマレッティを1個だけ食べた。おいしい…。
廊下で蔓花グループが若葉ちゃんに足を引っ掛けようとしていたけれど、若葉ちゃんはそれをハードル選手なみの跳躍で次々に跳び越えていた。
体育の授業では、若葉ちゃんだけバスケットボールがドッジボール状態になっているらしい…。
大丈夫かなって少し心配になったけど、若葉ちゃんは今のところ飄々としているのでなんとかこのまま乗り切って欲しい。
申し訳ないけどピヴォワーヌ会長に目を付けられてしまった若葉ちゃんを、私は助けてあげることはできないから。
ちっ、他力本願だけど鏑木、あんたなんでなにも動かないんだよ。運命はどこいった。