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謙虚、堅実をモットーに生きております! 作者:ひよこのケーキ
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 手芸部にはポツポツと入部希望者が現れているらしい。らしいというのは、私が関与させてもらえていないので直接知らないからだ。

 部長さんが言うには、私のピヴォワーヌという肩書が少し新入生達を気後れさせてしまっているとのことで、見学中はなるべく気配を消して欲しいと頼まれてしまった。

 確かに言われてみればそうかもしれない。手芸部に入部したいという子達は総じておとなしそうな子達ばかりだから、学院の不可侵領域であるピヴォワーヌは怖かろう。その気持ちはわかる。しかし私だって手芸部の正式部員。なにかお役に立ちたいではないか!

 部室の奥でニードルフェルトをやりながらも、誰か私に質問してくれないかな~と見学者をチラチラ見ていたら、ひとりの子が遠慮がちに声を掛けてきた。よしっ!


「なにかご質問かしら?」

「はい。あの、手芸部で使うミシンについて教えていただきたいのですが…」


 ミシン?

 自慢じゃないが、私は手芸部でミシンを使ったことはない。というよりミシンは苦手だ。糸通しの順番が上手く出来ないから。それに布に糸が絡まると取るのも大変。そういえば昔、布に糸が絡まったままウィンウィンいって動かなくなったミシンから、無理やり布を引っ張って格闘したら煙が出たこともあったなー。器械は難しいね。

 でもせっかくの入部希望者からの質問だ。出来る限り期待に応えたい!


「ミシンのなにを聞きたいのかしら?」

「ロックミシンのメーカーはどこのでしょう?それから4本糸のロックミシンはありますか?」


 …ロックミシンってなに?4本糸とは?


「私は3本糸しか使ったことがないんです。出来れば4本糸も使ってみたくて」


 ???

 どうしよう、せっかくの質問なのになにを聞かれているのかさっぱりわからない…。でも手芸部の正式部員として、入部希望者にそれを悟られたくはない。


「…ちょっとお待ちになって。私は今、手が離せないので別の部員を呼んできますわ。ロックミシンの説明ですわね」


 誰か!ロックミシンとやらを知っている部員はいませんか?!

 私が手の空いていそうな部員に声を掛けている間に、ロックミシンの子にほかの見学者が近づいて、「あのかたはピヴォワーヌの麗華様よ!ダメよ、ピヴォワーヌのかたの手を煩わせるような真似をしたら!不興を買ったらどうするの」と注意していた。

 私がミシンに詳しい子を連れて戻ると、ロックミシンちゃんが「申し訳ありません!私は外部から今年入学してきたばかりで、全く知らなかったんです!」と平謝りしてきた。全然いいんだけど…。ただ聞かれていることがわからなかったから、ごまかそうと忙しいフリをしただけだし。だからそんなに怖がらないで~。私はピヴォワーヌの中でも庶民派よ?

 あとでミシンのこと、勉強しよっかな…。


 そんな時に璃々奈が仲間を引き連れて手芸部にやってきた。「麗華さんたら、こんな地味な部に入ってるの!」と。

 このバカ従妹め!私は内心怒りの炎が燃え上がったが、璃々奈には大勢の取り巻きがいる。璃々奈が入部すれば新入部員大量獲得のチャンスか?!と計算し、「まぁいらっしゃい、璃々奈さん。手芸部に興味がおありかしら?」と愛想良く迎えてやったのに、「まさか!私が手芸部なんてマイナーな部に入るわけないじゃない。ただの麗華さんの冷やかしよ!」と言い放ったので、問答無用で叩き出してやった。

 そのやり取りを運悪くほかの見学者に見られてしまい、貴重な新入部員候補がなぜか怯えて逃げて行った。璃々奈めーー!

 私は部長さんにそっと背中を押されて、一番奥の定位置に戻された。私の前にトルソーが衝立のように並べられた。

 トルソーに囲まれてひとりぽっちの隔離状態は寂しいです…。





 委員長の顔色が冴えない。どうしたのかと聞いたら、美波留ちゃんが同じクラスになった男子と仲が良くなってしまったことが原因のようだ。


「僕はクラスも違うし、完全に分が悪いよね?どうしたらいいかな。本田さんは彼が好きなのかな」

「う~ん」


 私もそんなに美波留ちゃんと仲がいいわけじゃないから、聞くチャンスがないなぁ。委員長は眉が八の字になっている。

 そういえば野々瀬さんは美波留ちゃんと仲がいいんじゃなかったかな?食堂で一緒にランチを食べている姿を何回も見たことがあるし。


「私、野々瀬さんから探りを入れてみましょうか」

「えっ!本当に?!ありがとう、吉祥院さん!」


 恋する乙女はパアッと顔を輝かせた。いいけど、これで美波留ちゃんが本当にほかに好きな人がいるなんてことになったら、委員長どうするんだろう。



 次の日私は野々瀬さんに朝の挨拶をした流れで、世間話に持ち込んでみた。いきなり美波留ちゃんと彼の関係は?なんて聞けないので。


「野々瀬さんには中等科の夏合宿でとてもお世話になりましたわね。あの時も不出来なリーダーの私をしっかりサポートしてくれて、とても感謝しましたのよ。今年も私がクラス委員などになってしまいましたけど、ぜひ力を貸してくださいね」

「もちろんです!私が麗華様のお役に立てるかわかりませんけど。でも夏合宿、懐かしいですね」


 それから私達は夏合宿の思い出話に花を咲かせた。


「確か毎年、美波留さんも参加していたのに、あの年だけ用事があって来られなかったのでしたっけ」

「あぁ、そういえばそうでした。あの時は美波留ちゃんに夏合宿のメールを送りましたわ」

「まぁどんなメールを?」

「えっと…忘れてしまいましたわ。花火が楽しいとかそんな感じのことですね、きっと」

「そうですの。美波留さんとも同じクラスになれたら楽しかったでしょうね」

「本当にそうですね。クラス替えの時、残念だったねって話したんです」

「そう。もし美波留さんが同じクラスなら、きっとクラス委員は美波留さんだったわね。委員長とも気が合いそうですし」

「そうでしょうか…?私は委員長と麗華様がクラス委員のほうが合っていると思いますけど。麗華様は委員長をどう思いますか?」

「委員長?真面目で信頼できる人だと思いますわよ?」

「そうですか~!麗華様、柔道部の岩室君ともお親しいんですよね?彼のことはどう思います?」

「岩室君ですか?自分のやりたいことをしっかりと持っている人で努力家ですわね」


 岩室君は私からパックをもらって以来、自分でも肌の手入れを欠かしていないらしい。おかげで汗まみれの柔道部員のなかでピカイチの美肌を誇っている。


「なるほど~」


 野々瀬さんはなにやら楽しそうに頷いている。いや、私のことより美波留ちゃんの話なんだけど。


「美波留さんはクラスで仲のいい男子は出来たのかしら」

「仲のいい男子ですか?さぁ、特にそんな話は美波留ちゃんから聞いていませんけど。あら、麗華様は意外と恋バナがお好きなんですか?」

「えっ、そういうわけでは…」

「麗華様の恋バナ、興味ありますわー。でも聞いてはいけませんよね?」


 野々瀬さんはちょっと残念そうな顔をした。いや、話せるような素敵エピソードを持ち合わせていないんです。


「私達に聞こえてくる麗華様の恋の噂は、ロマンチックなものばかりですもの。羨ましいです」

「は?恋の噂?」

「恋の詩集の話なんて、私うっとりとしてしまいました。やっぱり侍従や傭兵ではダメですね。私、麗華様を応援しています!」

「え?侍従?傭兵?」


 野々瀬さんの発した理解できない単語を問う前に、予鈴が鳴ってしまって話はそこで終わってしまった。

 なんだったんだ…?

 でも聞き捨てならない言葉もあった。恋の詩集だ。もしかして鏑木のことか?!どこにロマンチック要素があるというんだ!呪いのアイテムだぞ!

 委員長がこちらを窺っていたけれど、すまん、委員長。肝心の収穫はなかった。



 ディーテから遠足の余興についての問い合わせの催促がきた。

 ごめん、忘れてた。

 CD-Rを渡され、ここから演奏楽曲を選んで欲しいと依頼された。ディーテのバイオリン演奏が録音されているらしい。これ、聞かなきゃダメ…?


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