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謙虚、堅実をモットーに生きております! 作者:ひよこのケーキ
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 円城の弟が初等科に入学したという噂は、私が雪野君に会ってから間もなく、学院中に広まった。

 その噂では弟は兄とそっくりの美少年だという話で、なかには初等科まで雪野君を見に行った子達も大勢いたらしく、その子達からとても可愛かったと大評判になり、円城弟への騒ぎはどんどん加速していった。しかしそれに対し円城がいつになく厳しい表情で、「弟は体が弱いからあまり騒がないでくれないか」と抗議したので、円城の怒りを恐れて、あっという間に広がった雪野君騒ぎは、徐々に沈静化しつつある。


 サロンでも雪野君の話題になったけど、さすがの円城もピヴォワーヌメンバーにまで弟のことで騒ぐなと強くは言えないのか、それなりに受け答えしていた。


「円城様に弟様がいらしたなんて、私達ちっとも知りませんでしたわ。ぜひ一度サロンにお連れになって」

「そうですね。機会があれば」

「雪野様のお姿を一目見るために、初等科まで出向く生徒達も多いそうですわね。お兄様にそっくりの可愛らしい弟様だとか」

「それなんですが、弟は小さい頃から喘息であまり丈夫ではないので、変に騒ぎ立てられて体調を崩したらと心配しているんです。弟には静かな環境で過ごさせてやりたいので」

「まぁ!それは大変ですわね。でしたら雪野様が健やかに学院生活を送れるように、ピヴォワーヌからプティにも注意するように伝えておきましょう。愚かな連中が雪野様の周りをうろつかぬようにと」

「よろしくお願いします」


 円城がにっこりと微笑むと、円城と鏑木を囲む女子達の頬が赤く染まった。

 こうして円城はピヴォワーヌの会長も味方につけ、雪野君の守りを盤石にした。

 雪野君、体弱いのか…。確かに肌も白かったもんな。でも円城って腹黒だけど弟思いだったんだ。ちょっと意外。

 私が甘いミルクティーを飲んでいると、その円城と目が合った。げ。


「吉祥院さん、弟と会ったんだって?」

「え…」


 円城の笑顔に冷や汗が流れた。もしかして私も雪野君を野次馬しに行ったと思われてる?!まずい…。


「あ、私がプティに行った時に偶然お会いしましたの。私はプティの女の子に渡すものがあって行ったんですけど。たまたま扉を開けてくれたのが円城様の弟様でしたのよ。本当に奇遇で」


 あくまで偶然会ったんだと強調する。やめてよ、愛弟の敵認定!


「うん、弟から聞いているよ。弟のおしゃべりに付き合ってくれたんだってね、ありがとう」

「いえ…」


 そのお礼は本心かしら?雪野君と違って兄は信用ならないからな。


「吉祥院、雪野に会ったのか」


 鏑木が話に入ってきた。鏑木も雪野君を知っているのか?まぁ親友なら知ってるか。


「ええ、まぁ」

「ふーん…」

「…あの、とても可愛らしくて、優しい弟様ですわね?」

「ふーん…」


 なぜか鏑木が眉間にしわを寄せた。円城は「そう。ありがとう」と食えない笑顔のままだった。

 なんとなく気まずい雰囲気だったので、私は早々にサロンを退散した。




 今の私には雪野君の騒ぎよりも大事なことがある。それは新入生の部活見学だ。

 手芸部は正直言って地味な部活だ。部員もおとなしい子ばかりで人数もそれほど多くはない。ここは新たな部員獲得のためにも私も頑張らねば!

 私は手芸部の正式部員になってから活動日はほぼ皆勤賞だ。これは正式部員なのだから当然といえよう。

 今日も私は手芸部の部室に急ぐ。カバンにはさっきサロンでかっぱらってきたお菓子が入っている。これを見学に来た子達へ振る舞うのだ。どう!この気配り!

 瑞鸞では基本的にお菓子などの持ち込みは禁止なので、これはかなりポイントの高いもてなしだと思う。ふっふっふっ…。

 私達が思い思いの手芸に勤しんでいると、新入生が見学にやってきた。私は張り切って立ち上がった。新入部員獲得!

 部室に入ってきた子達は、一瞬ギョッとした顔をした。

 あら?どうしたのかな?緊張しているのかしら?おお!そうだ!こういう時こそお菓子を!

 私は笑顔で新入生達に席を勧めた。


「さぁ、こちらにお座りになって。お菓子もあるのよ?」

「え…」

「お茶はいかがかしら?良い茶葉がありますの」


 この茶葉もサロンからの盗品だ。

 新入生達はお茶とお菓子を前に妙に萎縮してしまっている。もっとリラックスして部活動の話をなんでも聞いてくれていいのに。私は優しい部活動の先輩として、笑顔を心掛けた。にこにこ。あら?どうしてドアのほうばかり見ているの?来たばかりなのに。


「ゆっくり見学していってよろしいのよ?さぁさぁ召し上がって」

「あの…でも、食堂以外での飲食は…。それにお菓子は校則違反では…」

「あら平気よ。これはピヴォワーヌのサロンのお菓子ですもの」


 新入生達が色を失い仰け反った。ひとりの子は震えている?


「あのー…」


 私が声を掛ける前に新入生達は立ち上がり、申し訳ありません申し訳ありませんと米つきバッタのように謝りながら、出直してきますと逃げるように部室を後にした。


「……」


 …もしかして、私が悪かったのだろうか?でもどうして?こんなにフレンドリーに接したのに。せっかく出したお菓子も食べるどころか持って帰ってもくれなかった…。

 その後も、やってくる見学の生徒達は似たような反応ばかりだった。見学に来たはずなのにすぐに帰ってしまう。お菓子どころかお茶にすら手をつけずに。ひどいのだとドアを開けた瞬間にすぐ閉めて逃げる子までいた。なんなの、いったい!私も思わずムキになって一度、お菓子を食べるまで逃がさないといった態度に出たら、ひとりの子が青ざめて「これを食べてしまったら…」と呟いた。なに?ここは黄泉の国ではないから平気だよ?さぁ、お食べなさい。さぁ。

 その子は涙ぐみながらマドレーヌを齧った。……食べたわね?もう逃がさない。

 新入部員1名獲得。さ、署名なさいな。


 しばらくすると部長さんが私に、部室の一番奥の場所で手芸をしているようにと言い渡してきた。

 え~、でも私も手芸部の正式部員として貢献したいのに。お茶出しでもなんでもしますよ?

 それから部長命令で部室の奥に座らされた私の前には、部員の子達が壁のように立っているので、見学の子達の顔すら見えなくなってしまった。

 新入生、入部してくれるかなぁ。心配だよ。やっぱり私ももう一度…。あっ、見えない。ど、どいて?




 市之倉さんとのお食事の日が来た。

 和食でいいかな?と聞かれたので了承したけれど、どこに連れていかれるのかな?懐石とか?

 などと考えていたけれど、市之倉さんが連れていってくれたのは釜飯屋さんだった。

 なんとなく釜飯って庶民の食べ物って感じだから、かなり意外だった。しかし私は前世から釜飯が大好きだ。というよりお米が大好きだ。VIVA!米食!


「こういうお店は苦手かな?もしイヤならイタリアンのおいしいお店もあるんだけど」

「いいえ。こちらで結構ですわ」


 釜飯、釜飯~。格調高いおしゃれなフレンチなんかじゃなく、釜飯料理屋さんをチョイスしたことで、私の中の市之倉さんの株はかなり上がった。

 このお店だって個室になっていて、釜飯屋さんの中ではかなりの高級店のはず。


「ここの釜飯はとってもおいしいんだ。ぜひ麗華さんに食べて欲しくて。この前、姉からパエリアをおいしそうに食べていたと聞いて、ごはんが好きなのかなって思ったんだ」

「まぁ」


 その通り!

 メニューにはたくさんの釜飯が載っていて、目移りしてしまう。紅鮭といくらの釜飯おいしそ~。鳥釜飯も捨てがたいけど、海老もいいな。でも無難に五目かなぁ…。


「僕は紅鮭といくらの御膳にするけど、麗華さんは?」

「では私は五目御膳で」


 無難を選んでしまった。しかし後悔はない。うずらの卵大好き。でも紅鮭…。

 運ばれてきた御膳には釜飯以外に茶碗蒸し、揚げ出し豆腐、お新香、お吸い物が付いてきた。茶碗蒸し大好き!銀杏サイコー!

 アツアツ釜飯は出汁が染みてておいしい!このお店、大正解だ!うずらはもう少し取っておこう。


「麗華さん、良かったらこっちも食べてみない?」


 なんと!素晴らしい提案です、市之倉さん!

 私はそっと自分の茶碗にうずらを避けて、釜飯を交換した。紅鮭サイコー!

 気がつけば私は釜飯と茶碗蒸しについて、市之倉さんに熱く語っていた。市之倉さんも自分の好きな食べ物の話をしてくれた。市之倉さんは堅苦しい料理より、味が第一なのだそうだ。わかります、わかります。そんな市之倉さんの食べっぷりは良かった。楽しく食について語り合いながら、一品料理もどんどん頼んだ。ふたりでしっかり完食した。デザートの抹茶アイスおいしかった。自家製だって。素晴らしい。



 市之倉さんとは帰りに、また一緒に食事をしようと固く約束をした。

 私は偽らざる自分を見せられる人に出会ってしまったらしい。


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