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プティの扉を開けてくれたのは、逆光に照らされてきらきら光る小さな天使様でした。
私の目の前には今、白い肌に琥珀色の髪、つぶらな瞳の天使ちゃんが微笑んで立っている。かっ、可愛いーーー!!
世の中にこんなに可愛い子供がいるのか?!本当に人間かしら?良くできた自動人形か本物の天使様じゃないのか?!
「こんにちは、高等科のお姉さん。なにかご用ですか?」
天使ちゃんが鈴のような声でしゃべった。さすが天使様は声まで愛らしい!
小首をかしげてきょとんとする顔も可愛い!お人形好きのお母様に見せてあげたい!連れて帰っちゃダメかなぁ…。
「お姉さん?」
天使ちゃんがちょっと困った顔をしている。
はっ!いけない!私、この可愛い天使に不審人物に思われている?!無言で目を爛々とさせて自分を凝視してくる怪しい変質者と思われている?!違う!私はただ天使ちゃんを愛でたいと思っているだけの、無害なロココです。
「あ、ごめんなさい。少し考えごとをしていてボーッとしてしまいましたわ。こちらにいらっしゃる早蕨麻央さんに会いに参りましたのよ。私は高等科2年のピヴォワーヌメンバーで吉祥院麗華と申します」
私の言葉に天使ちゃんは無垢な笑顔で頷くと、私の手を取り「どうぞ」と中へ招き入れてくれた。天使ちゃんの小さな手、やわらか~い!マシュマロみたいよ!うく~っ!やっぱり連れて帰っちゃダメ?
私が天使の導きでサロンに足を踏み入れると、麻央ちゃんがすぐに気が付いてくれて大輪の笑顔を見せてくれた。
「麗華お姉様!」
「麻央ちゃん」
小走りで私の前まできた麻央ちゃんが、天使ちゃんと反対側の私の腕にくっついた。
「麗華お姉様、この前は来てくださってありがとう!私、とっても嬉しかったです!あのオルゴールもお気に入りなの。毎日聞いているんです」
「まぁ私こそ楽しい時間をありがとう。オルゴール、気に入ってくれて私も嬉しいわ」
私が麻央ちゃんと話している間に、気が付くと天使ちゃんが私の手を離して、とことこ奥へと歩いて行ってしまった。あぁっ!天使ちゃん!待って!
「麗華お姉様?」
「…ううん、なんでもありませんわ」
あのふわふわの髪に触りたかった…。
「今日は私に会いに来てくれたんですか?あ!麗華お姉様、座ってください」
私が麻央ちゃんに連れられてきたソファには悠理君もいて、今まで食べていたであろう、ふたりぶんの食べかけのケーキとお茶が置いてあった。
「こんにちは、麗華、お姉さん」
悠理君は私をお姉さんと呼ぶのが恥ずかしいらしく、いつも言った後にはにかむ。可愛いねぇ。和むわぁ。
「こんにちは。今日はこの間のお誕生日パーティーの写真を持ってきたのよ」
そう言って私は“Happy Birthday!”と書かれたフォトアルバムを麻央ちゃんに渡した。
「わぁっ!」
「悠理君とふたりの写真もたくさんあるのよ」
「あっ、本当」
「麻央、僕にも見せて」
麻央ちゃんと悠理君は仲良く写真を見始めた。本当は梅若君に教えてもらって写真集を作ろうかと思ったのだけど、梅若君にその話を振るとなんだか面倒なことになりそうだったので結局やめた。犬バカ梅若君とは、うっかりメアド交換なんてしてしまったために、メルマガのように定期的にベアトリーチェの画像が送られてくる。
前にベアたんメルマガに社交辞令で“寒いのでベアトリーチェは風邪を引いていませんか”と返したら、“私ベアトリーチェ。毎晩あーたんと一緒に寝ているから平気よ。あったかいもこもこパジャマも着ているの”という、トチ狂ったメールがきた。犬からメール…。というより犬になりきった高校生男子からの嬉々としたメール…。きつい。
ちなみに犬バカ君の名前は
もうさ、犬バカ君はベアトリーチェと結婚すればいいと思うよ。
私が異類婚しそうな友の将来を憂いていると、向こうからお茶とケーキの乗った銀のトレーを、落とさないように両手でしっかりと持った天使ちゃんがやってきた。
あぁ天使ちゃん!一生懸命な姿が可愛い!
「お姉さん、これどうぞ」
「えっ?!」
このお茶とケーキのセットは私のため?!私の手を離してどこかへ行っちゃったのは、これを用意するため?!あぁっ!なんていい子なんでしょう!天使ちゃん!
そんな天使ちゃんが運んできてくれたケーキはクレームアンジュ。天使ちゃんが天使のケーキを持ってきてくれたのね!
「どうもありがとう。ひとりで運んでくるのは大変だったでしょう?」
「いいえこの程度、全然平気です」
でもトレーをぎゅっと握りしめて持ってきたせいで、手のひら赤いよ?
「さぁ召し上がれ」天使ちゃんがニコニコと笑った。はあ~っ!可愛い!天使ちゃん、君、吉祥院家の子になりませんか?
「麗華お姉様のお茶を持ってきてくれたの?ありがとう
「どういたしまして」
「雪野君?あなたのお名前は雪野君とおっしゃるの?」
真っ白な天使ちゃんにぴったりなお名前!
「はい。円城雪野です。よろしくお願いします、麗華お姉さん」
天使な雪野君が可愛く微笑んだ。……ん?
…………円城?
「えーっと…、雪野君?あなたはあの、円城秀介様となにか関係がお有りかしら?」
私は恐る恐る尋ねた。無関係だと言ってくれ。せめて遠縁だと言ってくれ。あれだけはやめてくれ。
「円城秀介は僕の兄です」
げーーー!!
円城の弟?!なんで?全然似てないじゃん!あの腹黒の弟が、こんなに無垢な天使ちゃんなんて!
確かに顔だけ見れば似ていないこともない。髪の色は違うけど。って、この髪色って君ドルの円城と似ていない?あっちは蜂蜜色。雪野君は琥珀色。あぁもしかしたらマンガの良心部分が、髪色とともに弟に受け継がれちゃったのかなぁ。
しかし弟ってパターンだけは勘弁して欲しかったよ…。
「あの…、兄がどうかしましたか?」
無意識に顔が歪んでいたのか、雪野君が不安そうに私を見つめていたので、慌てて笑顔を作った。
「いえ。雪野君のお兄様とは同級生ですので少し驚いてしまったのですわ。円城様にこんなに可愛らしい弟さんがいらっしゃったなんて」
「本当ですか?」
あぁ!そんな心配そうな顔をしないで。
「お兄様とはピヴォワーヌのサロンでも時々お話しいたしますのよ。そうですわ!冬休み明けにお土産のお菓子をいただいたこともありますの!」
「兄様がお土産?」
「ええ。有名な滝や森に行ったみたいですわね。おいしくいただきました」
「そうなんですか」
私の話を聞いて、やっと雪野君に笑顔が戻った。
「あの、僕もお隣に座ってもいいですか?」
「もちろん!」
雪野君が私の隣にちょこんと座って、ふんわり微笑んだ。天使…。
あの腹黒円城の弟だから、あまり関わらないほうがいいとはわかっているけど、でもこの天使の微笑みには抗えないっ!
私は天使ちゃんの持ってきてくれた白い天使のケーキを食べた。ふわふわで溶けるー!
「とってもおいしいですわ。ありがとう雪野君」
「はい」
頑張って運んでくれた雪野君は、私がお礼を言うと嬉しそうに笑ってくれた。
雪野君は今年初等科に入学したばかりの1年生だそうだ。言われてみれば初々しいものね~。小さいし。
雪野君は甲斐甲斐しくお茶のおかわりはどうですかなどと、私のお世話を焼いてくれた。可愛い!雪野君のお兄さんが他人のためにお茶を淹れる姿なんて見たことないよ?
「麗華お姉様、せっかくいらしてくれたのに、私ともおしゃべりして欲しいわ」
麻央ちゃんがちょっと拗ねたように、私の腕を引っ張った。両手に雪野君と麻央ちゃん。ここは楽園か?!
「ごめんなさいね、麻央ちゃん」
「いいですわ。ねぇ麗華お姉様、今度晴斗兄様とお食事に行くんですよね?」
「ええ、そうね。この前そのようなお約束をしましたわね」
「晴斗兄様はおいしいお店をたくさん知っていますのよ。期待していてくださいね!」
そうなんだ。それは楽しみ。
私は子供達に癒され、おいしいクレームアンジュを堪能し、プティを後にした。
帰りは扉まで麻央ちゃんと悠理君と雪野君がお見送りしてくれた。
みんな可愛いなぁ。
家に帰ると市之倉さんからお食事の日程の問い合わせメールが届いていた。
市之倉さんとのお食事楽しみー!あ、でも私は大食キャラでいっていいのか、バレてても小食キャラを貫くべきなのか…。乙女としての正解はどっちだ?