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璃々奈が高等科に入学してきた。中等科に入学してきた時には、あんな我がままな性格では孤立して友達も出来ないんじゃないかと心配したけれど、そんな私の危惧をよそに、璃々奈は外部生ながら結構な規模の派閥を作り上げ、ボスとして君臨してしまった。
璃々奈の同級生のピヴォワーヌメンバーも、璃々奈がただの外部生ではなく私の従妹ということで、明確に対立することは出来ないらしい。知らないところで私の名前を利用しているとは、恐るべし璃々奈。
璃々奈の友達には、あの子が暴走して迷惑をかけていたら教えてくれと頼んであるけれど、今のところは特別問題を起こしてはいないようだ。
ただ一度、璃々奈が下級生と衝突したと聞いた時にはドキッとしたけれど、相手がアホウドリ桂木だったので、放置した。その後、璃々奈が鼻息荒く得意気に、「あのバカは私がシメておきましたわ!」と、お嬢様にあるまじき言葉で報告にきた。優しい私は類友という言葉を飲み込んだ。
ともかく、高等科でも私の評判を落とすような行動は控えてもらいたいものだ。
私達の学年の女子も、中等科までは私達と蔓花さんのグループが二大派閥のようになっていたけれど、最近外部生を取り込んだ第三の勢力も出てきているので、なかなか油断がならない。
同志当て馬も女子人気がどんどん増えていっている。同じ当て馬なのになんで私は男子から遠巻きにされているんだ?!ずるくない?私だってモテてみたい!
でもきっと女子の派閥のリーダーなんてやっている女の子は、おっかなくて敬遠されちゃうんだろうなぁ…、と自分の立場上しょうがないんだと無理やり納得した数日後、高等科の食堂に現れた璃々奈の取り巻きの中に男子が交じっていたことに全身の震えが止まらないくらいのショックを受けた。
いったい私のなにが悪いんだ…。
ひとりくらい私に好意を寄せてくれている男子はいないのかと、目をギラつかせて周りを見れば、目の合った男子達からは一様に怯えた様子で逸らされた。
どうしよう。私このまま一生村長だったらどうしよう…。
そんな時、私は一条の光を思い出した。麻央ちゃんの誕生日パーティーだ。
麻央ちゃんからのお誘いの後、スケジュールを調べたら出席できそうだったのでそう伝えたら、麻央ちゃんは手を叩いて大喜びしてくれた。なんて可愛いんでしょう!
そしてそこには、私をお姫様のように大切に扱ってくれた市之倉さんも来るのだ。これぞささくれだった私の心を癒してくれる光!
私は市之倉さんの持つ華奢で折れちゃいそうなお嬢様イメージを守るべく、久々にステッパーをギコギコ踏みまくった。
久しぶりのせいなのか、ステッパーから不快音がする。寿命なのか?
ステッパーを踏みながら通販番組を見ると、新しい商品がぞくぞく登場していた。ほぉん、面白そう…。
気がつけば、私はステッパーを降りてフリーダイヤルをメモしていた。
麻央ちゃんの誕生日は平日だったので、私は授業が終わるとすぐに麻央ちゃんの家に駆けつけた。
早蕨家ではすでにパーティーは始まっていて、麻央ちゃんは同級生の子供達に囲まれていた。
「麗華お姉様!来てくれたんですね!」
「お誕生日おめでとう、麻央ちゃん」
私はお祝いの言葉とともに、プレゼントを渡した。
子供向けのプレゼントにかなり悩んだのだけれど、いろいろ探した結果、私は繊細な装飾の施されたアンティーク風のオルゴールを選んだ。メロディは“いつか王子様が”で、蓋を開けると王子様とお姫様の陶器のお人形がくるくると踊るのだ。
どうだろうな~、気に入ってくれるかな~と少し不安だったのだけど、プレゼントを開けた麻央ちゃんは目を輝かせて喜んでくれた。ホーッ、良かった。
「良かったね、麻央」
「うん!」
麻央ちゃんの隣には
麻央ちゃんにはいつかではなく、もうすでに王子様がいるようだ。くっ、ここでも負けた…。
ならば私の王子様候補はどこ?と市之倉さんの姿を探したけれど、生憎仕事の都合でまだ来ていないそうだ。くーっ、気合入れて髪も巻いてきたのに…。
バースデーケーキのイベントはすでに終わっていたようで、私には給仕さんから切り分けられたケーキが渡された。お礼を言って一口食べたら、とてもおいしかった。素直においしいと感想を言ったら、ケーキもお料理もほとんどが麻央ちゃんのお母さんの手作りだと教えられて驚いた。上流階級の家では普段から専任の料理人さんやお手伝いさんが料理を作るものだと思っていたから。
ケーキ以外のほかのお料理にも手をつけると、どれも素晴らしくおいしい。プロ並みの味だけど、どこか母親の手作りというアットホーム感が出ているところがさらにいい。
早蕨家は麻央ちゃんがプティピヴォワーヌに入れるくらいの家なのだから、確実に奥様が家事をする必要のない家だと思う。それなのにこの腕前は凄い!
私が尊敬の眼差しで料理を褒めると、市之倉さんのお姉さんで麻央ちゃんのお母さんは「料理が趣味なの」と、笑ってくれた。
料理が趣味かぁ。いいなぁ。実は私はあまり料理は得意ではないのだ。まぁ多少は出来るけど。
将来、もし仮に吉祥院家が没落したら、あの家の家事は私が一手に引き受けることになるだろう。たぶんお母様に料理の腕は期待できない。お母様がキッチンに立っているところを見たことがないからだ。ならば私が頑張るしかあるまい。
あぁ料理上手な麻央ちゃんのお母様に弟子入りさせていただきたい。まずは弟子志願者として、師の料理を堪能することから始めよう。
初等科の子供達は、最初私に人見知りして近寄ってこなかったけれど、麻央ちゃんと悠理君とこれおいしいね、あれおいしいねと楽しくおしゃべりしている私を見て、徐々に打ち解けてきてくれた。お姉様、お姉様と呼んでくれる。みんな可愛い!
私が初等科時代の経験談を話すと、子供達は熱心に聞いてくれた。瑞鸞では騎馬戦に勝つとヒーローになれるという話をすると、男の子がキラキラした目で「僕のお兄ちゃんも言ってました!伝説の皇帝がいるって!僕もお兄ちゃんも皇帝が目標です!」と言ってきた。うわぁ…。
子供達がこれもおいしいよと私の前に料理を持ってきてくれるので、お礼を言って食べる。ほうれん草のキッシュおいしい。ミートパイおいしい。シーフードパエリアおいしい。
麻央ちゃんを筆頭に可愛い子供達とおいしいお料理。あぁ来て良かったな~。
私がブルスケッタを齧っていると、仕事を終えた市之倉さんが入ってきた。
「晴斗兄様、おそーい!」
麻央ちゃんが文句を言いつつも市之倉さんに抱きついた。市之倉さんは「ごめんごめん」と謝りながら、麻央ちゃんにプレゼントを渡していた。
麻央ちゃんはプレゼントを抱きかかえながら、「晴斗兄様!麗華お姉様も来てくれたのよ!」と言った。
「麗華さん?」
市之倉さんが子供達に囲まれている私を見つけた。
「麗華さん、来てくれたんだね、ありがとう」
「こちらこそ。とても楽しませていただいていますわ」
私は口に付いたトマトソースをそっと拭き取り、笑顔で迎えた。
「麻央がね、ずっと麗華さんに来て欲しいって言ってたんだよ」
「光栄ですわ」
麻央ちゃんのお母さんが「晴斗、仕事帰りならおなか空いてるんじゃない?」と料理を取り分けたお皿を持ってきた。市之倉さんはそれを受け取りながら「隣いいかな?」と私の横に座った。
「麗華さんも食べてる?姉さんの料理は結構おいしいんだけど」
「ええ、いただきましたわ。市之倉様のお姉様はお料理上手でいらっしゃいますわね」
「でも相変わらず、あまり食べていないようだけど…」
私の前には齧りかけのブルスケッタしかない。ほかはすべて完食しているからだ。
「先程いただきましたのよ」
「本当?」
そういえば私は小食キャラだったと思い出し、そのキャラを突き進もうとした時、思わぬ横槍が入った。
「麗華お姉さんはさっきからたくさん食べてるよねー」
子どもの無邪気な言葉だった。子供達としては、私の言っていることを信じない市之倉さんに対しての援護射撃のつもりだったのかもしれない。あれも食べたこれも食べたこーんなに食べたと暴露された。
子供達の話に、市之倉さんは唖然とした顔をしていた。
穴があったら入りたい……。恥ずかしい!小食キャラがとんだ食いしん坊キャラに変貌だ!
「…そうなんだ。麗華さん、結構食べるんだね」
「……はい」
居たたまれない。
考えてみたら女の子の食べる量じゃなかったかもしれない。人様の家で油断しすぎだ、私。
市之倉さんは少し考えた後、ニコッと笑った。
「じゃあ今度、一緒に食事に行きませんか?僕はよく食べる人が好きなんだ」
「えっ!」
神は私を見捨てていなかった!!
私、大食漢で良かった!
数日後、お誕生日パーティーの写真を届けにプティのサロンに行くと、天使のような男の子に出会った。