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「むふふふふ…」
通帳に並ぶ0のマーク。私立大学の4年間の学費分は貯まった。これでもしも国公立大学に落ちても、大学はなんとかなる。
でもなぁ…、学費以外の生活費が心もとない。バイトするにしてもそこまで稼げるか。私ひとりならまだしも、家族の食い扶持まで稼ぐのはきつい。特に狸はよく食べそうだ。
やっぱりコツコツ勉強して奨学金がもらえるくらいになっておかないとダメか。
「どっかに一攫千金のチャンスが転がっていないかなぁ」
例えば埋蔵金とか。
自宅や別荘の敷地は探してみた。でもなんにも出てこなかった。せめて小判の1枚でも掘り当てたかった。
あぁ、一攫千金。濡れ手で粟、なんて素敵な言葉でしょう。私は本当は、出来れば人事を尽くさず天命を待ちたいタイプだ。
そういえばここ掘れわんわんって昔話があったな。犬バカ君にベアトリーチェを借りて山に行ってみようか。もとは猟犬だしな。まずは赤城山あたりか?
犬バカの梅若君にはホワイトデーにお菓子と一緒に、「吉祥院さんには特別だよ」と手作りのベアたんポストカードをもらった。「チョコありがと。おいしかったよ!」というベアたんからのメッセージ入りだ。
「特別」という言葉に森山さんが反応してちょっと怖かった。良ければ譲りましょうか?ベアたんポストカード。
犬バカ君は愛するベアトリーチェに貢ぐためにバイトもしているらしい。ベアたんへのホワイトデーのお返しに、キャンディプリントのお洋服とお揃いのヘアアクセサリーをプレゼントしたのだとか。
だいたいホワイトデーのお返しって、そもそもベアたんからバレンタインをもらったのかと冗談で聞いたら、「もちろん!俺達は相思相愛だから!」と笑顔で言われた。…へー、そうなんだー。
森山さんには悪いけど、犬バカ君は諦めたほうがいいんじゃないかな…。相思相愛の彼女がいるらしいよ。
でもあれだけ甘々に可愛がられている犬では、野生の勘は失われているかもな。前に見せてもらったベアたん写真集でも、海で波と戯れるベアたんの写真はあったけど、山で泥まみれの写真はなかった。箱入り娘のベアたんでは大判小判がザックザクの夢の片棒を担ぐのは無理かもしれん。
あ~あ、そんな夢みたいなことを考える前に、堅実に発明でもしようかなぁ。特許料で一生安泰…。不労所得でウハウハ生活…。
私は机に向かい、ノートを開いた。まずは家庭用品を攻めよう。
春休みになり、私は桜ちゃんと会った。そろそろ暖かくなってきたので、これが最後のホットチョコレートになるかもしれないと思いつつ注文する。おいしいよねぇ、ホットチョコレート。
「あら、麗華、そのネックレス可愛いわね」
「うふふ、そうでしょー。これ、友柄先輩と香澄様にホワイトデーにいただいたのよ」
私は桜ちゃんに良く見えるようにネックレスを持ち上げ、自慢しまくった。
「友柄先輩って、確か昔、麗華が好きだった先輩だっけ。麗華まだ好きだったの?」
「違うよ、ただの憧れだよ。だって友柄先輩には香澄様がいるんだもん」
私は卒業式での友柄先輩と香澄様の話をした。桜ちゃんは「素敵ねぇ…」とうっとりした。
「私の卒業式に匠が来てくれないかしら。そして百合宮でドラマチックに宣言するの」
「いやぁ、秋澤君にはそんな芸当ムリだと思うわよ」
「なによ、匠をバカにする気?」
「そんなつもりはないけど、人には向き不向きというものがあるから~」
そういえば桜ちゃんの秋澤君への片思い歴も相当長いよな。その一途と言えば聞こえはいいけど要するに執念深い恋心って、鏑木と似ているかも。同類ということで、鏑木は桜ちゃんに教えを請えば良かったのではないかな?
あ、そうだ。桜ちゃんにあの詩集をあげたらどうだろう。今日は持ってきていないから、桜ちゃんの家に郵送してあげようかな。
「麗華、悪い顔してるけど何を企んでいるの?」
「えっ、気のせいだよぉ」
「…よくわからないけど、滅多なことをしたら許さないから」
「はい…」
ちぇっ。
「ホワイトデーといえば、舞浜恵麻が瑞鸞の皇帝にホワイトデーのプレゼントをもらうって、当日はしゃいでいたけど」
「ええっ!鏑木っ、様が、ホワイトデーのプレゼント?舞浜さんに?」
鏑木は毎年大量のバレンタインチョコをもらっているけど、ホワイトデーにお返しをしたなんて話は聞いたことがない。例外は優理絵様だけだ。
今まで優理絵様にしか贈らなかったホワイトデーのプレゼントを、ほかの女の子にするなんて。本当に舞浜さんは特別扱いなの?バレンタインのあの態度からは想像できないけど。
「それが次の日にはすっかりその話題は避けるようになっちゃって。プレゼントはもらったけど何をもらったかは教えないとか言ってたけど、あれはたぶん嘘ね。本当にもらっていたらあの子のことだもの、これみよがしに自慢しまくるに違いないんだから。百合宮では舞浜恵麻が皇帝と親密だと信じている子も結構いるけど、実際はどうなの?」
「さぁ…?私はそれほど鏑木様と仲がいいわけじゃないから知らないわ。ただバレンタインに瑞鸞まで来てチョコを渡したのは驚いたわ」
「あぁ、これから皇帝にチョコを渡して一緒に過ごすなんて吹聴してたわね。匠からも凄い騒ぎだったって聞いたわ。前から舞浜恵麻は皇帝の彼女気取りだったけど、今年に入ってからは特に酷いわね。瑞鸞の皇帝が素敵だと騒いでいる子達に皇帝の彼女として文句を言ったり」
「うわぁ…」
舞浜さん、予想以上の痛い人だ。マンガの吉祥院麗華だって、さすがに自分が皇帝の彼女だなんて恐ろしいデマは流さなかったぞ。
あ、そうだ。舞浜さんにあの詩集をあげたらどうだろう。鏑木の愛読書だと知ったらきっと大切にするに違いない。ホワイトデーにぬか喜びさせられた舞浜さんへ、私からのささやかな贈り物だ。さて、どうやって届けようか?
春休みなのに宿題があるので、真凛先生に手伝ってもらってこなす。春期講習もあるし、勉強しているだけで春休みが終わりそうだ。出かける友達がいるといいんだけど…。葵ちゃんに連絡してみようかな。
部屋でひとり、顎に鉛筆を何秒乗せられるかの記録にチャレンジしていたら、笑顔のお母様が手に招待状を持ってやってきた。
それは鏑木家主催の観桜会の招待状だった。
毎年開かれているこの会は招待客は大人がメインなので、これまでは両親から一緒に行こうと言われても私に関係ないと不参加を貫いてきた。けれど今回は「ぜひ麗華さんもご一緒に」という言葉が添えられていたので、逃げることは難しいようだった。
うげ~、凄く行きたくない。鏑木家と関わりたくないというのももちろんだけど、そもそも私は夜桜があまり好きではないのだ。昼間の桜は素直にきれいだと思えるけど、夜の桜はなんだか怖い。
昔の人も言っている。桜の木の下には死体が埋まっているのだと…。
お母様は張り切って私に振袖を着せようとしている。夜桜に振袖の少女。まさに怪談…。
どうにか行かないで済む方法はないかと考え、私は病気になることにした。まずは水風呂に浸かってみた。あまりの冷たさに1分と持たなかった。心臓が一瞬止まった気がする。唇は紫になり歯のカチカチ鳴る音が止まらない。寒い!死ぬ!でもこれを我慢すれば風邪を引いて病欠できるかもしれない!きっと明日は高熱だ。
寒くて寒くて、つま先なんて寒さ通り越して痛くて、ベッドに入ってもぶるぶる震えていたけど、朝起きた時にはくしゃみひとつ出なかった。どこか体に異常はないかと確かめたけど、朝から食欲もありまごうことなき健康体だった。
私の体は存外丈夫に出来ているらしい。がっかりだ。
よし、今度は少し腐った物に挑戦するか……。