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とうとうこの日が来てしまった。友柄先輩の卒業式だ。
もちろん卒業式の答辞は友柄先輩が読んだ。あぁ、制服を着た友柄先輩を見るのも今日が最後。さようなら、私の初恋。……なんて自分に酔ってみる。
私はピヴォワーヌのメンバーとして、卒業していくピヴォワーヌの先輩方にご挨拶をした後、友柄先輩の元へ行った。友柄先輩の周りには同じく卒業していく方々が大勢いた。ちょっと緊張。
「友柄先輩、ご卒業おめでとうございます!」
「ありがとう吉祥院さん」
うっ、間近で見たら涙が…。寂しいよぉ。
「この間のチョコもありがとうね。香澄も喜んでた」
「はいっ」
あ、香澄って名前出しちゃったけどいいの?
私の疑問が顔に出ていたのか、友柄先輩が笑って頷いた。
「香澄!」
離れたところでご友人のみなさんと一緒にいた香澄様がびっくりした顔をした。
友柄先輩はそのまま香澄様の元まで歩いて行くと、その肩を抱き寄せて「俺達、付き合ってるから!」と電撃発表した。
元生徒会長とピヴォワーヌメンバーとの恋に、あたりはどよめいた。
生徒会役員も、ピヴォワーヌも慌てふためいている。
しかし私は感動して、力いっぱい拍手をした。うわぁうわぁっ、これぞ私の大好きな王道少女マンガの世界だよぉっ!
卒業しちゃえば、もう生徒会もピヴォワーヌもそれほど関係ないもんね!大学では大手を振ってふたりで歩けるもんね!
私の拍手につられて、ほかの人達も拍手を始めた。その拍手はどんどん大きくなっていった。
友柄先輩はそれに応えて笑顔で手を振っているけど、香澄様は真っ赤になって小さくなっている。でも嬉しそうだ。あぁっ!香澄様泣いている!いかん、私ももらい泣きが止まらない!良かったですねぇ、香澄様!ずっと隠していたんだもんねぇ。誰にも言えないことに心を痛めていたもんねぇ。
ふたりのカミングアウトに驚かされた人達に囲まれていた友柄先輩と香澄様が、人垣を抜け出して私のところにやってきた。
私はもう一度拍手をした。
「ありがとう、吉祥院さん」
「ありがとう、麗華様」
「お゛、おべでどう、ございばずぅっ!」
やばいっ、私は泣くと鼻が詰まるんだよ~っ!
私は持っていたハンカチで涙と一緒にこっそり鼻水をぐいっと拭いた。…ふうっ、なんとか鼻呼吸できるようになった。
「良かったですわね、香澄様。やっと公表できましたわね」
「今までずっとありがとう、麗華様。いつも話を聞いてくれて、私とっても嬉しかった」
「香澄様~っ」
再び涙が出てきた私の手を、同じく涙ぐむ香澄様が握った。あ、ダメです香澄様、このハンカチには私の鼻水が…。
「俺も吉祥院さんのこと、ずっと可愛い妹みたいに思ってたよ。今までありがとう。卒業しても香澄と仲良くしてやって」
「はい。おふたりのこと、ずっと応援しています」
友柄先輩が私の頭をぽんぽんと撫でてくれた。うわーん!こんな出来損ないの妹でいいですかー?!
私って、実のお兄様を筆頭に伊万里様、友柄先輩と素敵なお兄様に恵まれている!
友柄先輩達を見送って、私はやっと涙腺も落ち着き人心地ついた。
泣いちゃったのが恥ずかしいので、ひとり校舎の隅のあたりに移動した。ここなら誰もいないな。私はティッシュを取り出して、思いっ切り鼻をかんだ。あー、すっきりした!
はぁーっ。いやー、すっかり感動しちゃったよ。やっぱり友柄先輩は凄いなぁ。私も1度でいいから卒業式であんな告白されたーい!
私が頭の中で鐘をリンゴンリンゴン鳴らしていると、肩をポンと叩かれた。ん?
振り向くと、悲愴な顔の鏑木が立っていた。
なんでこんなところに鏑木が?
「あの…なんでしょう?」
私が当然の疑問を投げかけると、鏑木は私の肩に手を置いたまま、なおいっそう沈痛な面持ちで口を開いた。
「お前、偉いな…」
「え?」
偉い?なにが?
「ずっと好きだったんだろ?あの生徒会長のこと」
「え?」
「妹みたいに思ってるなんて言われて、つらかったよな…」
「え?いや…」
鏑木はわかっていると言わんばかりに、私の肩を何度も叩いた。痛いよ。そして勝手に妙な勘違いしないでよ。なにを言いだすんだ、こいつは。
「俺も、お前と同じだから気持ちはよくわかる。好きな相手に妹なんて言われて…!」
鏑木は感極まったように私の肩をぎゅうっと掴んだ。痛いっ痛いっ!
「でも凄いよ、お前は。それでも笑って祝福してやったんだからな。よくやったぞ」
今度は背中をバシバシ叩きはじめた。だから痛いってば!!私は力士じゃない!
「鏑木様、なにか誤解をなさっておいででは?」
私はさりげなく距離を取って鏑木の手から逃れようとした。しかし鏑木に両肩をがっしり掴まれた。
「いいんだ、俺にはわかってる。みなまで言うな。俺はお前の姿に励まされた。あんなふたりの姿を見せられたってのに…っ!偉いぞ、吉祥院!俺もお前を見習ってなんとか前向きになろうと思う…。だからお前も失恋なんかに負けるな!」
両肩バシバシバシ。痛い痛い痛いっ!地面にめり込む!
肩だ背中だと、あまりの痛さに涙ぐむと、鏑木まで目が潤みだした。
「つらかったら俺が話を聞くから。お互い頑張ろうな…。お互いなんとか乗り越えような…」
鏑木は浮かんだ涙を隠すように、さっと背中を向けて目元をぬぐっていた。そして「滅多なことは考えるなよ」と言って、去って行った。
…………。
なんだ今の。
滅多なことってなによ。私が旅に出るとでも思っているのか?いや、行かないよ?東尋坊。寒いもん。
しかし鏑木、思い込みが激しすぎる。なに勝手に私が友柄先輩に失恋したとか勘違いしちゃってんだ。そんなの大昔の話だぞ。しかも妹扱いされたことで、失恋の仕方が自分と同じだと、変な仲間意識持たれても困るんだけど。
バカだバカだと思っていたけど、あれ、本物だな。
肩、痛い…。
次の日、肩に湿布を貼って登校すると鏑木に呼び止められ、黙って詩集を渡された。え、いらないと思って返そうとしたのに、また肩を叩かれ頷かれた。「俺達の想いが綴られているから…」
俺達ってなんだよ…。だから一緒にしないでよ。
……まさに、恋とはすでに狂気。
せっかくの詩集からなにも学んでいないな、鏑木。
「それから吉祥院、お前泣き顔に気を付けろ。結構酷いぞ」
「…は?」
鏑木は自分の言いたいことだけ言うと、満足気な顔をして教室に戻って行った。
円城にはとてもいい笑顔で、「吉祥院さんのおかげで雅哉がなんだか元気になったよ、ありがとう」と言われた。
……はあっ?!
勝手にひとを失恋女に仕立て上げて元気になってんじゃねーよ!泣き顔ブサイクで悪かったな!詩集より湿布持ってこいよ!無臭の湿布だぞ!
人目があるので投げ捨てるわけにもいかず、詩集を手に教室に入ると、「麗華様が鏑木様から恋の詩集を渡されたわー!」とギャラリーが一斉に騒ぎ出した。もう最悪…!
「女性に詩集を贈る鏑木様の感性はなんて素敵なの!」と女の子達はうっとりしているけど、そうかぁ?私は全く嬉しくない。
2ヶ月以上も失恋男がめそめそ読み続けていた詩集なんて、持ってたら私の恋愛運まで下がりそうじゃないか。なんて縁起でもない!
家に帰って詩集入りのカバンを乱暴に置くと、お雛様の首がごろりと落ちた。