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謙虚、堅実をモットーに生きております! 作者:ひよこのケーキ
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 ピヴォワーヌ内で、若葉ちゃんの雪の日の長靴登校が地味に問題になっていた。曰く、瑞鸞の品位を損なうと。

 たかが長靴とは思うけど、瑞鸞ブランドをなによりも大切にする人達にとっては、許しがたいようだ。私が手芸部に日参している間に、ピヴォワーヌ会長直々に若葉ちゃんへの厳重注意が下されたらしい。

 ピヴォワーヌ会長から睨まれたことで、若葉ちゃんを遠巻きにする生徒が増えていった。

 若葉ちゃんは素直に謝って、学院には長靴を履いてこないと誓ったらしいんだけどね。

 こんな時鏑木はどうしているのかと思えば、ハイネの詩集を読んでは落ち込んでいた。優理絵様はアマーリエか。面倒くさい…。

 でもこのまま卒業まで鏑木がうじうじ悩んでいたら、私の高校生活も安泰なんじゃないか?むしろ立ち直らないほうが都合がいいかも?!

 円城も鏑木が旅人は一端廃業したようなので、放置気味だし。なんだか今年はとってもいい年になりそうだ。




 塾に行くと、もうすぐバレンタインも近いということで、森山さんと榊さんがチョコの相談をしていた。自称男っぽいはずの森山さんは手作りするらしい。


「吉祥院さんは例の好きな人にチョコをあげるの?」


 あぁそんな設定だったっけ。伊万里様とは頻繁に会えるわけじゃないし、わざわざチョコを郵送するのもおかしいので、あげたことはない。


「特にその予定はありませんわ。バレンタインはいつも身内にしか渡していませんし」

「えーっ、もっと積極的にならないとダメだよ」

「密かに憧れているだけなので、私の気持ちに気づかれたくないんです」

「ふーん」


 そこへ梅若君達男子3人が「なになにバレンタイン?!」と、話に入ってきた。


「梅若はどうせチョコなんてもらえないだろうから、私があげるわよ」


 森山さんがさりげなくアピールをした。やっぱりね。

「家族の目が痛いので、数が欲しい」というので、全員に1個ずつチョコを渡すことになった。なぜか私も。

 私、義理チョコって配ったことないんだけど。


「吉祥院さんのチョコって、超高級そー!」


 梅若君の言葉に、森山さんの目が鋭くなった。怖い。ほかのふたりには普通のチョコで、梅若君にはベアトリーチェ用の犬チョコを贈ろう。これなら梅若君に直接渡したことにはなるまい…。

 あ~ぁ、本命チョコのないバレンタインなんてつまんないなー。




 学院では芹香ちゃん達も皇帝達へ贈るチョコの話で、毎日花を咲かせている。一応私からは「鏑木様はチョコではなくショコラと言うことにこだわりがある」とアドバイスしておいた。

 バレンタイン談義ではひとり蚊帳の外なので、退屈して校内をふらふら散歩していたら、職員室から出てくる友柄先輩に出くわした。


「友柄先輩!」

「あれ、吉祥院さん」


 私はタタッと駆け寄った。もうすぐ卒業してしまう友柄先輩と会えるのは、私にとってとても貴重なのだ。


「友柄先輩、希望の学部に合格なさったそうですね。おめでとうございます!」

「ありがとう」


 友柄先輩が裏表のない笑顔でお礼を言ってくれた。うふふ、眼福眼福。


「なにか合格のお祝いを差し上げられたら良いのですけど…」

「お祝い?そんないいよ、気持ちだけで。どうもありがと」


 うーん、まぁそうだよね。ただの後輩から合格祝いのプレゼントなんて贈られても困るか…。でもなぁ、卒業まであとわずかだし、なにかしたいんだよね。

 すると友柄先輩が、だったらと代替案を出してくれた。


「合格祝いはバレンタインのチョコでいいよ」

「えっ!」


 友柄先輩にバレンタインのチョコですと?!

 そんな夢みたいなことしていいの?!やっぱり今年の私はツイている!

 友柄先輩にどんなことがあっても必ずお贈りいたします!と固く約束して、私は3年生の教室に早足で向かった。

 私も楽しいバレンタインイベントに参加できる!と浮かれたけれど、まずは友柄先輩の彼女である香澄様の了解を取らないと。

 香澄様に事の次第を話して私が友柄先輩にチョコを渡していいか尋ねると、香澄様は笑って許可してくれた。「千寿はお菓子好きだから、おいしいチョコを選んであげてね」って、おまかせあれ!

 私は芹香ちゃん達の話に首を突っ込み、桜ちゃんにリサーチし、あらゆる情報網を使って、これだと思うチョコを厳選した。みずからすべて試食して。

 妄想恋愛でも楽しい。こんなに真剣にチョコ選びをするなんて初めてのことだ。アイドルにチョコを贈っちゃうファンの人達の気持ちって、こんな感じなのかな?



 バレンタイン当日、私は香澄様と友柄先輩にお揃いのチョコを渡した。メッセージカードにはふたりのイニシャル、S&Kを入れた。恋愛ぼっち村村長として、幸せなカップルを応援、祝福するよ!

 このチョコレートは、私が食べまくったチョコの中で一番おいしかったから自信を持って贈れるぞ!

 友柄先輩は「ありがとう嬉しいよ!」と笑ってくれた。きゅーん!

 内部進学だけど、希望の学部に内定おめでとうございます友柄先輩。贈り物は消え物が一番ですね。


「私にももらえるなんて、ありがとう麗華様」


 香澄様も嬉しそうに袋を受け取ってくれた。おいしいですから、ぜひ食べてくださいな。


「ちなみに香澄様はどんなチョコを贈ったのですか?」

「え、私は手作りのケーキを…」


 おおっ!やっぱり本命は手作りなんですね!!

 いいなぁ、羨ましいなぁ。私もいつか好きな人に手作りチョコを渡したいなぁ。

 香澄様とはその後しばしバレンタイントーク。「麗華様は好きな人に渡さないの?」と聞かれたので、「相手がいませんの。友柄先輩のような方がいたら別ですけど」と言ったら、「あら、千寿みたいな人はいないわよ?うふふ」とのろけられてしまった。むきーっ!私だって来年こそは!



 今日の私があとやるべきことは、家に帰ってお兄様とお父様へ渡すバレンタインチョコを作ることだけなので、早めに帰ろうと友達数人と校舎を出たら、門の前に人だかりが出来ていた。

 野次馬根性で見てみると、なんと舞浜さんが鏑木にチョコを渡すためにわざわざ瑞鸞にまで乗り込んできていた。ゆる巻き、口元がもう得意気に上がってる。


「雅哉様、お約束のバレンタインのチョコですわ」

「……」


 あ!そのチョコ、私が夏の鏑木家のお茶会で持って行ったお店のじゃないか!好きな人にあげるチョコならば、自力で食べつくして探せ!そして「チョコ」って言った!愚か!

 瑞鸞女子達が放つ憎悪のオーラの中、すべてに投げやり状態の鏑木は、どうでもいいとばかりに適当な様子で受け取った。

 鏑木達がもらうチョコの数はあまりに大量なので、家から人が来てまとめて運ぶことになっているのだが、舞浜さんのチョコはそのまま鏑木の手にぶら下がっているので、女子達の顔がどんどん凄いことになっていく。

 私が怒りの芹香ちゃん達とそれを見物していたら、舞浜さんが私に気が付いた。


「あら、麗華さん」


 うわ、面倒。


「ごきげんよう舞浜さん」

「私これから雅哉様とご一緒に、私のバレンタインチョコを食べる予定ですの」

「そうですか」

「雅哉様のお母様に誘っていただいたものですから。麗華さんもこれから鏑木家にいらっしゃるの?」

「いいえ」

「あら~っ!麗華様はお声をかけていただいていないの?やだ、ごめんなさい。期待させちゃった?」


 舞浜さんの馬鹿にした態度に、私の周りの子達が一気に殺気立った。

 舞浜さんは私に自分のほうが上だと自慢したいようだけど、私相手にそんなことをしている間に、鏑木はひとりで鏑木家の迎えの車に乗り込んで帰ろうとしてるけど?あらら発進しちゃった。舞浜さん置いてけぼり。


「雅哉様?!」


 舞浜さんは慌てて自分の車に乗って後を追って行った。笑える。


「あの女、麗華様に対してなんという口を!」

「許せないっ!麗華様!身の程知らずに鉄槌を!」


 芹香ちゃんと菊乃ちゃんが私の両腕を掴んで怒り狂っている。まぁまぁそんなに怒らないで。面白い見世物だったじゃないか。


「所詮、小物ですわ」


 私の言葉に、芹香ちゃん達が少し落ち着く。そう、あの巻きを見てもわかる通り、小粒で小物なのだ。他校だし本当にどうでもいい。

 舞浜さんの道化一人芝居よりも、私にはバレンタインチョコ作りという仕事のほうが大事なので、お先に帰らせてもらう。どうせみんなはこれから舞浜さんの悪口大会だろうから。

 校舎から若葉ちゃんが出てくるのが見えた。若葉ちゃんの趣味はお菓子作り。若葉ちゃんも今日はバレンタインチョコを手作りするのかな?




 今年は普通のチョコレートケーキを作ることにした。

 あらかじめ用意されていた材料を混ぜていく。ここで麗華オリジナルレシピ。

 大人の味にするために、今回は少しグラニュー糖を減らして甘さを控えめにしてみる。そのかわりにリキュールを入れる。これが大人の隠し味。

 リキュールもオリジナリティを出すために、数種類混ぜる。ふんふんふん。

 レシピサイトに投稿してみようかな。あ!だったら作業工程を写真に撮っておくべきだった!ああいうのって画像が大事なのに。しょうがない、今回は諦めるか…。残念だ。

 出来上がったチョコレートケーキからはお酒の匂いがふわっとした。うん、いいんじゃない?

 試食してみると少し苦い…。

 庶民の人達は知らないと思うけど、高級なチョコレートというのはビターが多い。甘いチョコというのは安っぽいのだ。

 お兄様は帰りが遅くなるというので、しょうがないけどお父様に先に渡す。狸は一口食べて「お父様、最近人間ドックで引っかかっちゃって…」などともごもご言っていたけど、さっさと食べろ狸。娘の愛情がたっぷり詰まっているぞ。


 お兄様には……少し小さめに切り分けておいた。


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